昏倒
女の子──ひまりちゃんを埋葬し、連中を処刑して戻ったら。
なんとエキドナ様もマオまでも、俺が行った時そのまんま待ち構えていた。
「戻ったか、さて始めるぞ?」
ちょ、なんなんだよ。
「あの、なんでそんなにやる気まんまんなんです?」
マオはともかく、なぜエキドナ様が?
「ん?そりゃ、今からわらわがそなたの母になるわけじゃからのう、楽しみじゃぞ?」
「……そっすか」
俺は女じゃないから、母になると言われてもちょっとな。
ま、とりあえず。
「まぁ了解っす。
そんじゃ、まずはマオを頼みます、俺はあとでいいですから」
いや、ビビったんじゃないぞ。
先にマオを猫族に戻してやりたい、それだけだ。
なのに。
「それは聞けぬ、マオには少しやってもらう事があるのでな」
え?
「それはなんです?」
「そなたに聞かせるわけにはいかぬ。
なぜならそれは、そなたら二匹が転生したあとに関係する事だからじゃ」
なんだって?
俺はマオの方を見たんだけど。
「どういうこと?」
「……」
「お、おいマオ」
おいおい、マオまでだんまりかよ。
それどころか。
「大丈夫」
マオはそれだけ言うと、ただ俺をキュッと抱きしめた。
「いや、大丈夫っておまえ」
「マオはユウを放さない。ずっと、ずーっといっしょ」
「……あ、うん」
他に何か大事なことがあるのか?
マオのまっすぐな瞳は、俺にそう告げていた。
まぁな、たしかにそうだ。
それは俺も同意見だと言おうと思ったその時。
……あれ?
なんか、世界がグラッと揺れたぞ?
あれ?
まさか……まて、まさか、もう始めるのか?
「ま・・・お・・・」
「大丈夫」
俺はマオの腕の中で、そのまま意識を失っていった。
ふと気づくと、俺は夢を見ていた。
え、なんで夢ってわかるのかって?
そりゃおまえ、とても懐かしい風景だったからだ。
『な~』
『……子猫?』
ああなつかしいな、これ、マオをみつけた時だ。
猫族の村を尋ねた時のこと。
彼らは全滅していて、代わりに村の片隅で子猫がミーミー鳴いていたんだ。
『猫族じゃあ……ないな、ただの子猫かな?』
俺は子猫の見方なんて知らなかったけど、ヒョウの子と子猫の違いは知ってた。
ネコ科の子猫はどれも似ているけど、大型のネコ科動物の子は四肢が太く、妙にどっしりとしているもんだ。
でも、拾った子猫にはそれがなくて……だから普通の子猫か、それに類する動物だと思ったんだよね。
まぁ猫でも野生なら強敵だけどさ。
『おまえ、お母さんどうしたんだ?……無理か』
誰も生き残ってない。
こんな屠殺場みたいな状況じゃ、この子の母親だってそのあたりに転がっててもおかしくない。
けど。
『おまえ、俺といくか?』
なんで俺はあの時、ああ言ったのか。
異世界から拉致されて人殺しを、それも大量殺戮を強要されていた当時の俺に、そんなココロの余裕はなかったのに。
なのに俺は、この子を拾ったんだ。
はじめに困ったのは食べ物だった。
猫用ミルクなんてあるわけがない。
とりあえず、これから向かうエルフの里で相談しようとしていた時なんだけど。
俺が自分用に焼いていた魚に興味を示したんだよ。
だから俺、身をほぐして骨をとり、食べさせてみようとしたんだけどさ。
これが全然食べようとしなくて。
記憶を頼りながら食事前に肛門を濡らしてやったりしても無駄。
やはり無理かと思ってもがっくりきた。
だけど、ままよと眼の前に顔を出し、目の前で魚を食べてみせていたら、いきなりその口にむしゃぶりつかれたんだ。
『!?』
で、その意味を知った。
こいつ……俺が噛み砕いた魚を食べてる?
とにかく欲しがるままに、口移しで食わせてみた。
一晩観察してみたが、幸いなことにおなかも壊さず、翌日さらに欲しがった。
ならばと口移しで魚の柔らかいところを食わせ続けつつ、さらに急いでエルフの里を目指したんだけど。
猫に詳しいエルフいわく、それでいいんですよと笑顔で言われた。
『猫族は一ヶ月くらいで離乳と言われますが、目が開いていたら消化のよいものから食べさせてもいいです。
我々は離乳食をつくりますが、咀嚼して柔らかくしたものを与えるのもアリですよ、かまいません。
しかし、やりますね。どこから学ばれたのですか?』
『眼の前で食べて見せてたら、その口に食いついてきた』
『それで、口移しを思いついたわけですか……なるほどですねえ。
ユウさんは種族が違うから難しいところもあるはずなんですが』
『俺もそこが心配だったんだが、他の餌が思いつかなくてね』
『いいですよ、問題ありません』
『いいの?そんな断言して』
『猫族の里からここまで、ずっと食べさせていたんでしょう?
ダメならとっくに体壊してますよ、赤子のデリケートさを舐めちゃいけませんよユウさん?』
『あー了解』
……って、ちょっとまて。
『え、この子って猫族?』
『は?そうですが?』
何を今さらと言われた。
『……いや、ただの子猫かと』
口移しの話の時より笑われた。
うわぁ……マジか。
ま、まぁいい。
とにかく、それから口移しで食事を与え続けたんだ。
正直いうと、ゲロを食わせているみたいな気分ではあった。
それに不衛生じゃないか、子供によくないんじゃないかって。
少なくとも現代人はあまりやらない方法だろうしなぁ。
でも考えてみたら、実は口移しに食わせたりミルクを与える種族は多いんだよな。
……フラミンゴミルクとかな。
俺は結局、マオが子猫卒業するまで口移しで餌をやり続けた。
しまいには習慣になっちまって、普通に食えるようになっても時々やられた。
食べてるとマオに襲いかかられ、食べてるのを一部とられたりとかな。
ああ……そうだよな。
あの口移しの子育てが、マオと俺の距離感を決めてしまったのかもしれないなぁ。
マオとのそんな生活は、殺伐としていた俺の異世界暮らしを一変させる事になった。
まず、食生活は全面改訂せざるをえなくなった。
だって、食ってるものを口から口へ奪われるんだぜ?
当然、めったなもんは食えないだろ。
俺はマオだけでなく、俺自身の食生活からヘルシーなものにせざるをえなくなった。
塩気の強いもの、刺激の強すぎるものを避けた。
さすがに人間の俺は塩が足りなくなりそうだったんで、それだけは何とかしたが。
けど、おかげさまで荒れていた俺の食生活まで健康そのものになっちまった。
そうして俺たちはコンビになった。
俺が猫族の元を尋ねたのはもともと、俺に欠けている斥候能力の高い仲間が欲しかったからだった。
その猫族の里は壊滅していて、俺は仲間を得られなかった。
だけどマオが猫族だったおかげで、仲間がほしいという俺の願いはかなう事になった。
しかも。
裏切る可能性が全くないどころか、かけがえのない身内としての仲間を得る事になったわけだ。
『……』
『……』
ああ、そうだな。
俺たちはいつまでも一緒だよ……マオ。
◇ ◇ ◇
倒れたユウを抱き上げると、エキドナは最後の術をかけた。
「よし、これで準備は完了じゃ、いつでも始められるぞえ?」
「……」
「それでマオ、話があると言っておったが、なんじゃ?」
「言いたいことがふたつある、ひとつは要求、ひとつは確認」
そういうと、マオはエキドナを見上げた。
そのマオの顔には怒りのような感情は見受けられなかった……むしろ、ユウが見たこともないほどにやさしい目をエキドナに向けていた。




