約束を果たす
転移してきた者たちは、俺が何もしなくとも各自、それぞれの活動を開始していた。
考えてみたら当たり前だった。
どの種族も、ずっと人間族に悩まされつつも自分なりに生活してきたわけだ。
つまり難民ではあるけど、彼らは生活力がない「かわいそうな人たち」なわけではないんだ。
彼らの状況をひとことでいえば「安全なすみかを追われ、寄る辺もない」なわけだけど。
でも彼らには生活のノウハウがあり、また長く生き延びつつも暮らしを組み立てるバイタリティもある。
そして俺たちはただの個人で、ここの住民ですらない……ただ避難をちょっと手伝っただけの第三者にすぎない。
うん。
ならば、彼らの転移が成った今、俺たちがやるべき事って……ほとんどないな。
せいぜい、生き残りの地球人との対話の時くらいか?
そんなことを考えていたら、エキドナ様に声をかけられた。
「ユウよ」
「はい」
俺はエキドナ様を見上げた。
「彼らは彼らの判断で、この世界での活動を開始したようじゃ。
これから、この世界に自分らの判断で居場所を確保しつつ散っていくじゃろう」
「はい、俺もそう思います」
もうちょっと補佐が必要と思っていたけど、俺の考え過ぎだったみたいだ。
みんなは俺が想像したよりも、はるかに強くて……そして大人なんだって思った。
「それでなんじゃがなユウ、わらわもこの世界最初の仕事を始めようと思うんじゃが?」
え?
「あのう……もしかしてそれって」
「うむ、そなたとマオの転生じゃ」
「……いきなりですか?」
思わず聞き返していた。
「言ったじゃろ?なるべく早くするべきじゃと」
あーうん、確かに聞いた。
そしてエキドナ様に、俺たちの種族変換を頼んだのは他でもない俺だしな。
けど、それをちゃんと頼んでから2日とたっちゃいないんだぞ。
やるとしても、何ヶ月か先の事だと思ってたよ。
もうやるの?
ええぇぇぇぇぇ、ま、マジで?
「あの、エキドナ様?」
「なんじゃ?」
「さすがに気が早いんじゃないですかね?」
「いやいやとんでもない」
ちょ、なんか楽しそうなんですけどこのひと?
「ほら、アレですよ。地元民とのトラブルとかあるかもだし」
「それを言い出せば、きりがなくなるぞえ。それに大事なことを忘れておらんかユウ?」
「え?」
「おまえたちの種族変換には、あの女の仕事をご破算にするという目的も入っておる。
そして、それはこの世界の人間問題の解決を待っていては果たせなくなるのじゃ」
「あ」
たしかに。
色々ありすぎて、クソ女神のことなんかすっかり忘れてたよ。
「そんなわけでな、さぁ始めようかの」
「あ、あの、エキドナ様」
「なんじゃ?」
ずいっと近寄ってきたエキドナ様に俺は言った。
「ちょっとまってください、ひとつだけやる事がありますんで」
「む、なんじゃ?」
「さっき弓ヶ浜の方で亡くなった女の子です。あとで埋めに来るって約束して来たから」
「ああ先刻の娘か」
ふと、何もない空を眺めたエキドナ様だったが、
「その娘の名は『ひまり』で間違いないかや?」
「あ、はい……なんで?」
「うむ、さきほど拾った魂におるわ」
「拾った?」
「そなたの報告にあったから網を広げておいたんじゃが?これくらいなら片手間でできたからの」
「あ」
わざわざ手配してくれてたのか。
「すみません、あんな状態の時に」
「ふふ、よいよい」
エキドナ様は平気な顔をしているが、迷惑をかけたのは確かだ。
俺は頭をさげた。
「そうか、埋葬すると約束したのじゃな?」
「はい」
「そういう心残りは残せば人を縛るもの……行って来るがよい」
「……」
「む?」
「あ、すみません、行ってきます」
「うむ」
え?
今、どうしたかって?
いや、実はね。
『心残りはね、ひとを縛り、その心を重くするものなの。
つらい人生を送りたくないなら、心残りをたくさん残すことはしないようにしないとね』
『……よくわかんない』
『うふふ、そうね』
うんと小さい時に、そんな言葉をきいたような……。
まぁテレビか何かで見たんだろうな、きっと。
マオは誘わなかった。
え、なんでかって?
んー……よくわからないけど、虫の居所が悪そうだったからだ。
転移で現場に戻ると、彼女……ひまりちゃんは、当然ながらさっきのままだった。
でも家の周囲に野犬とカラスを見かけた。
うん、やはり正解だったか。
いや、あっちの世界でさ、埋葬しに戻ったら動物が食ってたってのはよく見たからね。
さっきまで生きてた女の子がカラスに突つかれてる姿は……少なくとも俺は見たくない。
だから屋内に入れたんだ。
さて。
どこかの裏にひっそり埋めようかと思ったけど、どうせ誰もいないって事にすぐ気づいた。
ならばと表にまわり、道の横にある花壇のある場所に、精霊に頼んで人間ひとりを寝かせられる穴をほってもらった。
ここなら。
次に来るのは人間じゃないかもしれないけど、誰かが通りかかる可能性はある。
そして、気の向いた人がいたら、挨拶くらいしてくれるかもしれない。
うん、やっぱりここがいいだろ。
「こんな穴で悪いけど……ごめんな」
この世界に戻って最初の、ちゃんと話した生きた人間。
もともと弱った体で新陳代謝も落ちるだけ落ちていたんだろう。
死んでから短時間ということもあり、硬直どころか異臭も少ない。
元が結構美少女なのもあって、本当に、物語に出てくるようなきれいな遺体だった。
『……やってくれ』
【おけ】
【おとむらいー】
女の子が埋められていく。
俺はそれを最初から最後まで確認し、そして、終わったあとにケルンのように三段づみの石を載せた。
最後に、近くの庭でもらった花を添えて、祈り。
さて。
「……あっちはどうかな?」
トラックの方、つまりバカどもの方にいってみた。
川に落ちて全滅したかと思っていたが、車体の大きさと頑丈さで彼らは無事なようだった。
ただし精霊に頼んだ処置のおかげで、彼らはまだそこにいた。
……ま、そうだろうな。
さっきトラックがクラッシュしたのは全員の両手に攻撃を加えたから。
え?足が無事だから逃げられるだろうって?
いやいや。
人間、いきなり骨を折られたら、普通のやつなら指一本でも激痛で何もできなくなるもんだよ。
まして両手なら……指先よりマシかもしれないが、激痛を我慢しつつ自衛隊仕様のトラックのドアを開けて逃げられるのか、ということだ。
さて。
「お」
死ぬか、あるいは逃げおおせるか、賭けみたいなもんだと思っていたが、なんと全員生きていた。
衝撃か激痛か、六人とも意識がない。
全員の手がそれぞれ、変な方向に曲がったり歪んだりしている。
なんと、全員の両手が折れている。
ヒビをいれる程度の衝撃を与えたつもりだが、なんでだ?
もしかして……どうも向こうの魔族基準でやったから、やりすぎたってことか?
やばいな、次から気をつけよう。
精霊に頼み、トラックから外に引き出してもらう。
県道16号の路上に彼らを並べた。
両手が折れてる状態で自由に逃げられるとは思わないけど、念のために全員の足同士を軽くロープで結んでおく。
そして。
ちょっと考えて手足の神経を麻痺させた。
え、なんでかって?
今からやる事を考えた時、痛みはむしろ彼らを楽にすると思ったからだ。
それよりも、痛みは感じないけど身動きとれない方がいい。
さて。
『この集落のゾンビたちは?』
【おうちのなかー】
【はまー】
【そとにもー】
町のゾンビたちは、みんなお行儀よく家にいる事が多い。生きてる時の動作を繰り返すので、夜や悪天候には屋内に引き上げるからだ。
なのに外に一部出ているということは。
『さっきのトラックの音かい?』
【そうだよー】
トラックに引っ張られて外に出た個体が、まだ外に残っているわけか。
『中にいて、外に出られないゾンビはいるかな?』
【いないよー】
よし。
『じゃあ、彼らをここに誘導してくれる?浜の近くとか遠いやつだけでいいから。
近くのやつは、あいつらが騒げば勝手にくるだろうしね』
【いいよー】
少しして、もういいだろうってところで少し距離をとり、六人の意識を回復された。
もちろん俺の姿は見せない。
「痛ぇ……」
「お、おいなんだこれ、動けねえぞ?」
「いやまて、それより手足が変じゃねえか?」
「なんだこれ、なんだこれ!」
二人ほど大声で騒ぎ出した。
他の四人は知恵の働くヤツららしく、バカ、騒ぐなと注意している。
でも動けないので騒ぐバカを止められない。
そしてその声に誘導され、ゾンビたちが通りの向こうに現れ始めた。
そのゾンビたちに気づいたことで、バカふたりの絶叫がさらにはねあがる。
「お、おいおいおいおいちょっと待て、やべえぞオイっ!!」
「ぎゃああああ、たす、たすたす助けてぇっ!!」
「ば、呼び寄せるなやめろ!」
他のメンツは逃げるなり、口を塞ぐなりしたいのだろう。
でも、麻痺した手足のおかげでどうすることもできず、バカが大絶叫でさらに呼び寄せる。
そして、完全に六人を認識したゾンビたちが群れをなし、襲い掛かっていく。
「ぎゃああああっ!」
「いぎやぁぁぁぁっ!」
六人のバカどもは動けないままに、ゾンビたちに生きたまま全身をかじられていく。
だけど。
「すぐに死なせてやるかよ、『回復』」
【ちりょー】
【ほっかほかー】
普通ならすぐ死ぬか激痛で失神するんだけど、そうはさせない。
彼らは、その若さによる体力と、そして、俺が精霊に頼んで少しずつ回復させたりショックを起こさせないようにしている事の相乗効果で、なかなか死ねないうえに、意識を失うこともできない。
「……」
もちろん、言ったように回復魔法には限界がある。
ゾンビにかじられている限り、それは彼らの死を数分引き伸ばす程度の効果しかない。
だけど、その数分で充分だ。
ゾンビ、魔獣、あるいは普通の動物でもそうだけど。
数分にわたって生きたままかじられ続けたら、それに耐えられる人間がどれだけいるかというと、
「げへ、ぎゃへへへへへごぶぁ」
あ、ひとり狂ったな。
でもおそらく、狂い切る前に命が尽きるだろ。
たちまちそれは連鎖していって。
そして。
『……』
興味を失ったらしいゾンビたちの立ち去ったあとには、ズタボロの死骸が数個転がっていた。
そしてそれも。
「……」
むくり、むくり。
無数にかじられ、引き裂かれて欠損した体をよろよろと持ち上げ、六体のゾンビが新たに生まれた。
そして。
「……おえ」
で、その光景を見つつ、俺はちょっと吐いた。
え、なんでおまえが苦しんでるんだって?
いやね……向こうでも何度かこういう「処刑」をやったんだけどさ。魔物に食わせたりするやつ。
けど俺……やっぱりこういうの慣れないわ。
あっちの人間族の執行官とかにも「男の人はたまにそういう人いますよ」って慰められたんだけどさ。
……俺は無理だわ、やっぱ。
うげ。
ま、猫族に生まれ変わったら、さすがにもうこんな処刑、二度とやらなくていいだろ……いいよな、うん。
きっと。




