これからのために
「それで、俺に何かできる事はないか?」
『うむ、あるぞ』
婆ちゃんは楽しそうに俺に言った。
「なんだ?なんでも言ってくれ」
『そなたは必ず子を作れ』
「……は?」
俺は自分の耳を疑った。
『念のためいうが、冗談で言っておるわけではないぞ。
わしはまもなく死ぬ事になるし、それで生き延びる事は望んでおらん。
じゃが、ひとつだけ願いがあるのじゃ……それがつまり』
「こっちの世界に転生する?」
『うむ、そうじゃマオ』
気がつくと、マオが隣にいた。
『ここで生き残っておるのは、もはやわしだけじゃ……そして、わしの命ももうすぐ終わる。
今こうして話ができているのは、わしの魔力ではない。蛇の力で精霊たちが道を開いてくれておるからにすぎぬのじゃ……!』
ふらり、と婆ちゃんの頭が揺れた。
「お、おいっ!」
今、ちらりと見えたぞ、たしかに。
「婆ちゃん、その体──」
『ふん、心配性の孫に見せてやる気はないわい』
そういって婆ちゃんは笑ったが、その笑みも痛々しい。
『といっても……さすがに時間がないのはわかってしもうたじゃろ。
そうじゃ、わしにはもう時間がない……たとえ何らかの方法でそちらに転送されたとしてもな。
じゃが、ひとつだけ希望が残っておる』
「それが、転生?」
『そうじゃ』
うむ、と婆ちゃんはうなずいた。
『蛇の、問題はあるかの?』
「ないぞ」
『それは重畳、よろしくうむ』
「まかせるがいい」
「お、おい」
エキドナ様と婆ちゃんのやりとりに不穏なものを感じた。
「エキドナ様、何をする気だ?」
「ん?いや、何もせぬ。今のはただの確認じゃよ」
エキドナ様は微笑んだ。
「わらわが他者を転生させる力をもつ事は話したであろう?
実はこの力じゃがな……積極的な転生と消極的な転生があるのじゃ」
「どういうこと?」
「つまり……マオやそなたの命をとりこみ、転生させるのは積極的転生じゃ。
これに対し、消極的転生というのは簡単にいえば、わらわが転生の触媒になるのじゃよ」
「触媒?」
どういうことだ?
「ユウ、生き物の魂というものはの、基本的に死んだ世界で昇華し、そして新たな命となるものじゃ。そなたが以前話してくれた、物語のような異世界転生なぞ本来はありえぬわけじゃな。
しかしのう。
ある条件が揃うと、別の世界に転生できるのじゃ」
「……というと?」
「たとえば、わらわの場合じゃが。
わらわはの、生前にある仕掛けをしておくことで、死者の魂を手元に引き寄せる事ができるんじゃよ。
本来なら、そのままわらわの体に取り込んで新しい命として生まれ変わらせるわけじゃが。
ここで取り込まずに、こちらの世界に拡散させたらどうなると思う?」
「……!」
エキドナ様の言いたい事がわかった。
「婆ちゃんの魂だけ引っ張ってきて、こっちで昇華させるのか!」
「正解じゃ」
ふふんとエキドナ様は笑った。
「そんなことできるんだ……さすが女神様」
「ふふふ、光栄な評価じゃが、実は体内に取り込む能力の応用なんじゃよユウ」
「そうなの?」
「わらわは命をとりこみ、生まれ変わらせる事ができるが……いかにわらわの腹でも、一度に無数の命を再生はできぬ。そういう場合はどうすると思う?」
「どうするって……ああそうか」
つまり。
魂の待ち行列か冷凍保存かしらないけど、複数の魂を整理して順番に処理したり、解き放ったりできるって事か。
「なんともはや……器用な能力だなぁ」
「ふふ、そうかもしれぬな」
エキドナ様は苦笑した。
「エルフの長老たちは全員、わらわがこちらに来る前に必要な手配をすませておるのじゃよ。
ゆえにじゃ。
向こうで死んだ森の者たちの魂は、界を越えてわらわの手元に引き寄せられ、この世界で昇華するというわけじゃな」
「なるほどなぁ」
「これで、わらわが先にこの世界にきた理由がわかったじゃろう?」
「ああ、納得した」
つまり。
「エキドナ様が先にきたのは移転先の調査だけでなく。
志半ばで亡くなった者が出ても、その魂だけでもこちらに渡航させるためだったと?」
「いかにも」
うわぁ。
すごい。
すごいと思うけど……現代地球人の俺にはある意味、できない発想だなぁ。
『それで話は戻るがな、子を作れと言ったじゃろう?』
「あ、うん」
婆ちゃんに話が戻ってきた。
『わしはエルフとしての能力とは別にいくつかの超常の力があってのう、来世の自分というやつも少しわかるのじゃよ。
それによれば……わしは、そなたらの子孫のどこかに出てくる可能性が高いようじゃ……まぁ、そなたらが子をなせばの話じゃがな』
「あ、それで」
『うむ、そういうことじゃ。
わしを助けたいと思うなら、そなたらはちゃんと子をなせ……わかっておるなマオ?』
「うん」
え?
「あの、なんで俺でなくマオに?」
『それは女同士の秘密じゃ、のうマオ?』
「うん」
『うむ、頼んだぞ?』
そういうと、婆ちゃんはエキドナ様の方をみた。
『さて蛇の、そろそろ通信を止めてくれるかの?』
「よいのか?」
『わしも森の民じゃ、最後を看取られるのは好かんのでな』
「……そうか」
『さらばじゃユウ、またのう』
そういうと、婆ちゃんはにっこり笑って俺に手をふって。
そして。
「うむ」
そういうと、エキドナ様は映像を消してしまった。
「ちょ、おい!」
「きいたであろうユウ、本人の意思じゃ」
「でもお別れくらい!」
「笑顔で手を振っていたであろう、あれが、そなたへの別れのあいさつじゃ」
「……」
「察してやれユウ」
「……わかったよ」
俺がよっぽど肩を落としているように見えたんだろう。
気がつくと、マオに頭までなでられた。
「おい」
「?」
「いや、なんでもない」
なぜだか妙に楽しそうなマオに、俺は文句を言おうとしたんだけど。
……けど笑顔で泣いているような気がして、何も言えなかった。
そうだ、そうだよな。
マオだって、親しくしていた人の死に何も感じないような子じゃない。
……そして俺は、そんなマオに心配ばかりかけている。
俺は、もっとしっかりしなくちゃいけない。
そう思った。
と、その時だった。
がやがやと騒々しい気配が近づいてきたのは。
お礼を言うようにマオの頭をぽんと叩くと、声をかけた。
「どうしました?」
近づいてきたのはエルフの集団だった。
俺の感覚だと若い男女に見えるけど、おそらく全員が百歳越えてるだろう。
「ユウ、この一帯の地図はありますか?ゾンビを掃討しつつ生存者探しをやりたいのですが」
え?
「ゾンビ掃討はわかりますが、なんで生存者探しを?」
向こうの世界で人間族にひどい目にあわされたのに、なぜ?
そしたらエルフたちは言った。
「精霊の話では、我々のいるこのニホンという列島には、我々を圧倒しうるような大集団はもう残っていないとのことです。
ですが、防災の知識や生活の知恵をもつ個人や小集団が各地に点在しているそうで」
「はい」
「わたしたちは彼らを助け、安全と生活の保証、そして可能なら孤独の不安からの開放を提供したい。
その代償としては、彼らにこの世界での生活の知恵や常識を教えてもらいたいのです」
「……!」
本当だけどウソだなと思った。
この世界の常識や知識を知りたいのはウソじゃないだろう。
だけどそれはおそらく、孤立している個人などを助けてあげたいってのが彼らの本音だろう。
ああ、こういうとこがエルフだよなぁ。
時として高慢なくらいの中華思想を持つエルフ。
だけど彼らは同時に森の民で、生き物というのは共存共栄して当たり前だとも考えている。
だからこそ。
あれだけ向こうで人間族に悩まされたのに、こっちの人間族は敵対してないってだけで手をさしのべる。
「すみません地図はひとつしかないです、それに──」
「わらわが入手したものならあるぞ、おおざっぱではあるが」
「助かります」
え?
みれば、エキドナ様が見覚えのない地図……ありゃマッ○ルの大判じゃねえか……をエルフたちに渡していた。
「いつのまに」
「ん?エルフたちが地図を欲しがるじゃろうと思ってな」
「……すみません、たしかに」
これは俺の思慮不足ってやつだろう。
謝ったら、エキドナ様に不思議そうな顔をされた。
「なんで謝る?」
「いや、俺の配慮が足りなかったみたいで」
そういったら、なぜかエルフたちにまで楽しそうに笑われた。
な、なんだ?
「ユウ、君は気を回したりあれこれ手配するのはあまり得意じゃないだろう?」
「我々が君に質問したのは、単に君が現地出身だからだ。気に病むことはない」
「そうとも、君は君の得意なことを、君のできる範囲でせいいっぱいやればいいのだよ」
「……おそれいります」
ああ、ちくしょう。
こういう配慮をされる時、俺はこの人たちにとっちゃ、ただのガキなんだなと思わせる。
異世界の勇者?
いやいや。
俺は彼らにとっちゃ、人間族に魔族殺しを強制されていた、かわいそうなガキでしかないんだろう。
うん。
ま、ガキはガキらしく俺もがんばりますか。
「ちょっといいですか?」
「ん?」
山間の小集落、避難所、あるいは孤立した民家。
日本の家屋や避難所なんかの感覚はたぶん、向こうの世界のそれとは異なっている……魔物や敵対異種族の存在を前提にしてないからだ。
俺はそれについて知恵を貸すべきで、少しは役に立てるだろうと思った。
「精霊に聞いた生存者の場所ですけど、どこだって言われてます?」
「ああ、そういうことか」
エルフの担当者は察してくれたようで、ちょっぴり期待混じりの笑顔を向けてきた。




