祖母に似た人
「なんだって?」
俺は自分の耳を疑った。
婆ちゃんが……エルフの長老がこっちに来てないって、なんだそれ?
「おい、それどういう事なんだよ!?」
詰め寄ると、そのエルフの男は眉をしかめて言った。
「あの方はお歳を召しているが魔力は絶大でな、その力をもって、転移力をもたない、特に多くの女子供をこちらに転送したのだ。
だが……あの方は自分自身を計算に入れていなかった」
「バカな!なんでだよ!」
「残っているのは、あの方だけではないんだよ」
別の男が首をふった。
「高齢のエルフは皆、最初から生命を燃やし尽くして死ぬおつもりだった……そうでもしないと、これほどの大規模の転送はやはり無理だったんだ。
そして当初、代表としてあの方だけは年寄りで唯一、こちらに転送されるはずだった。……しかし」
「しかし、なんだよ?」
「直前で人間族の攻撃があってな、魔力が足りなくなったんだ」
「……それで急遽、婆ちゃんが出たってのか」
「……」
「ん?なんだよ?」
男たちが、何か不思議そうな目で見るので、思わず問い返した。
「ユウ、おまえは長老様を自分の祖母のように呼ぶのか?」
「あー、母方の婆ちゃんに似ててね、呼び間違えたんだよ。
それで謝ったら、そのままでもいいって」
「ほう……」
「だから一応、本人に許可はもらってるんだが……やっぱりエルフの人たちからすると不遜だよな、ごめん謝る」
俺は頭をさげた。
エルフは基本的に、長命の者を尊ぶからな。
部外者の俺がばーちゃん呼ばわりしてたら、そりゃ不快だろう。
でも。
「いや、あの方が自ら許可したのなら、それはかまわないとも」
「え、そうなの?」
「許可したということは、何か思い当たるものがあるのだろう」
「思い当たる?」
どういうことだ?
「それは我々にはわからぬ。
だが長老レベルの老木になると、エルフの本質は森に近くなる。我ら若枝には見えぬものが見えるのだ。
その長老が、おまえの祖母呼ばわりを許可したのだ。
おそらく、それはただの偶然や気まぐれではない。何か意味があるのだろう」
エルフは自分たちをよく樹木にたとえる。若者でなく若木・若枝といい、年寄りを大木・老木という。
そういう時、彼らからは敬意が滲んで見えるものだ。
「そんなもんなのか……俺には心当たりがないんだが」
そういうと、エルフの男は面白そうに笑った。
「だろうな、でないとそんな顔はすまい。
だがまぁ、気にすることはあるまい。
そなたに見える空が暗いとしても、闇を見通す目にとっては昼の明るさなのかもしれぬ」
「あ、はい。たしかに」
これはエルフ流の言い方で、自分に見えないからといって他人にも見えないとは思うなって意味だ。
「で、話戻すけどさ、婆ちゃんは無事なのかい?」
「わからぬ、わからぬが連絡がつかぬのだ」
「そうか」
俺はこの時、とんでもない事を考えていた。
そもそも俺が他人の術式で地球に戻った理由は2つ有る。
ひとつはもちろん、元の時間に戻りたかったから。よその世界で好きでもないクソ種族のために生命をかけさせられた事なんか全部チャラにして、俺は俺の人生を歩きたかったんだ。
十年や十五年の無駄足?
よくある話かもだけど、召喚された時の俺は高校出てなかった。それでリアルタイムに戻っていたら、中卒で就労経験なしの三十路だぞ下手したら?
せめて高校くらいでないとダメだろ。
それに、これもよくある話だけどさ、ファンタジー世界の武器や金銀財宝を持ち帰ってどうする?
ドラゴンも斬れる名剣だったとして、所詮は剣だぞ。傷一つなきゃ美術品の価値があるかもだけど、ただの時代遅れの武具だ。飾り気がなきゃ二束三文だろう。
まして、新鮮な血液反応でも出たらどうなる?後ろに手が回るって。
それだけじゃない。
金銀財宝はデザインに価値が左右されるし、どこの国ともわからぬ産品ってこともある。
たとえ白金貨だって、こっちじゃ当然だけど貨幣としての価値はない、ただの職人細工のメダルみたいなもんだ。
そして。
一回の学生が価値ある宝飾品なんか持ってたって、よからぬ手段で入手したと思われるのがオチだろ。
冗談でもなんでもなく、正直、異世界の物品なんて厄介事の種でしかないんだよ。
自分でいうのも何だけどさ。
精霊が好きだからって理由で、お気軽に精霊スキルを持ち帰りたいって言い出した以前の俺を褒めてやりたいね。
話がずれたな、戻そう。
俺が転移魔法に手をつけたのはもちろん、いずれ元の世界に戻る糸口になればと思ったんだ。
当時は転移魔法で世界を渡れるとは知らなかったけど、ひとつの可能性としてな。
だけど、あまりにも低レベルで使い物にならなかった。
最初は隣の部屋に行くのに全体力を使い切るような無意味な代物だったし、やがて見通し距離を飛べるようになっても、自分自身しか飛べないという制限も変わらなかった。
これでは使えない。
まして当然だが、異世界間なんて飛べるわけがなかった。
でも、今の俺は?
今の俺でもまだ、飛べないんだろうか?
「そなたには飛べぬぞ」
「!」
突然の声に見上げると、エキドナ様が俺を見下ろしていた。
「えっと、あの?」
「そなた今、森のを助けようと思っておったじゃろう」
あ。
「はい」
ごまかしても仕方ないので、素直に認めた。
「そなたが使える転移は初歩にすぎぬ、それでは界は超えられぬ。
そして、もし万が一超えてしまったら、もう戻ってこられぬ」
「……何とかする方法はないスかね?」
「そなた自分で言っていたではないか、自分は勇者ではないと。
凡人が非凡を願えば、それなりの代償が必要になろう。
言っておくがユウ。
このうえそなたに何かあれば、マオはどうなるのじゃ?」
「!?」
たしかにそうだ。
婆ちゃんを助けたくても、引き換えにマオが不幸になっちまったら。
俺はそれを死ぬまで後悔し続けるだろう。
「……」
言葉が継げなくなった俺に、エキドナ様は苦笑した。
「それでも森のを何とかしたいというのなら……そうじゃな、話じゃな」
「話?」
「おそらく森のは今ひとりじゃ。話くらいはしてやれという事じゃ。
どうじゃ、話すか?」
「話すって……場所がわかるのか?」
「うむ、わらわはな」
前にもいったけど、エキドナ様は強力な精霊使いでもある。
つまりエルフとは違う抜け穴を知っているってことかな?
「そっか……うん、話させてほしい」
「わかった、ついてこい」
『蛇よ、なにごとじゃ?そちらの非常事態以外では繋ぐなと言っておいたはずじゃが?』
「ユウがそちらに飛ぼうとしたのでな」
『なんじゃと?……わかった、話させてくれるかの?』
「ウム、世話をかける……ユウ、話すがいい」
専用の小さな結界を作り、その中でエキドナ様は婆ちゃんに繋いでくれた。
「ばあちゃん、そこはどこだい?背後がよく見えないんだが」
『そりゃ見えんじゃろ、地下じゃからのう』
婆ちゃんは楽しげに笑った。
『わしを助けようとしたと聞いたのでな、礼を言うぞユウよ』
「……」
『なんじゃ、なにを泣いておる?』
「くやしいんだよ俺は」
俺に世界間の転移能力があれば、婆ちゃんのとこに駆けつけられたはずだ。
そして、誰かを連れて飛べるならば、婆ちゃんひとりくらいこっちに運べたろう。
なのに。
「俺は……バカだ。なんで転移魔法を鍛えて来なかったんだ」
『それは無理じゃよ』
婆ちゃんは首をふった。
『そなたは知るまいが、転移魔法は本来かなりの高位魔法じゃ。ひとりだけで制限つきでも、そなたが飛べたのはつまり、そなたが勇者であった事、精霊の助けを借りている事、その他色々な上げ底があったからにすぎぬ。
じゃが、世界間転移はそうはいかぬし、ひとを連れて飛ぶのも容易ではない。
これら全部を満たすには、そなたでも百年以上の鍛錬が必要であろう』
「……百年」
そんなにも時間が足りないのか。
『じゃがユウ、わしはうれしいぞ。
たしかにそなたは我らエルフと親しき者じゃが、わしとは初対面に近いはずじゃ。
なのに、そこまで案じてくれるとはのう』
「それは、俺の勝手な理由だから」
死んだ婆ちゃんにすごく似てた、それだけだ。
もちろん、婆ちゃん当人であるわけがないけど……。
でも。
婆ちゃんと同じ顔をして、同じような優しさを感じる人を放置なんてできるわけがない。




