大転移
転移と召喚の違いは色々あるが、一番大きいのはもちろん、能動的に飛ぶか引き寄せられるかという事になる。
そして、どちらが自然かというと圧倒的に転移だ。
転移というのはつまり、こちらから能動的に飛んでいく事になるので当然、行き先がちゃんと指定できなきゃ、どこに行くかわからない。
だが反面、三軒隣だろうと異世界だろうと、基本的に同じ転移術の延長線なんだよね。
それに、向こう側への悪影響もほとんどない……まぁ、転移した者自身が環境や生態系に与える影響があるので、もちろんゼロではないのだけど。
対して召喚は、そんなローインパクトな事はできない。
召喚はつまり「引き寄せ」であり一見すると単純明快な気がするけど、そもそも魔法とは意思で為すものって事を忘れちゃいけない。
つまり召喚するにあたって、相手の意思を無視して無理やり引っ張ってこなくちゃならないって事になる……そう、実は召喚という行為は非常に力技で、無理やりなものだということだ。
しかもである。
異世界召喚、つまり世界間の移動を含む召喚の場合、この力技でさえ困難だ。
つまり呼び出す側からの干渉はなんとか可能であるものの、世界間移動のためのリソースは向こう側の世界から調達せざるを得ないのである。
だから外法と組み合わせたのだろう。
そしてその結果が、現在の地球……つまりエネルギーの搾りかすがゾンビになり、現地の生態系筆頭種族のひとつを絶滅に追い込もうとしているわけだ。
「おわっ!」
転移で戻ると、そこはもう異界だった。
魔法陣は立体的なものになり、石廊崎駐車場は何かファンタジーな謎空間になっていた。乱舞する光はまるでアニメか何かに出てくるワープやハイパードライブ中の異空間で、その広大なゆらぎのど真ん中で、エキドナ様は宙に浮いたまま術式をさらに広げていた。
「……なんじゃこりゃ」
思わず口から言葉が漏れた。
「ユー」
「おう」
マオが寄ってきた。
「どんな具合だ?」
「もうちょっとだって」
「ほう、そのココロは?」
「目印をちゃんとつけると、転移の初心者でも飛べるんだって」
「ああ、なるほど」
向こうからの転移は複数の者……おそらく多少なりとも転移術の使える者は、その全てが参加するんだろう。
当然、中には実力のちょっと足りない者、経験不足の者もいるはず。
だから、なるべく初心者でも飛びやすい、飛ばしやすいようにしているんだろう。
「何か頼まれたか?」
「ううん、なにも」
「じゃあ、後ろに下がっていよう」
「うん」
邪魔にならないようマオと少し距離をとっていたら、ふと昔、親父の友達に聞いたことを思い出した。
その人はバイク乗りだった。
大型バイクも乗れる免許を持っていたのに、学生時代から乗り続けて三代目だというホンダ・レブルという古い250ccバイクで遊びにいくのが趣味だった。
彼の言葉がなぜか耳をよぎった。
『高速でな、でっかいオートバイがビューンって追い抜いていくんだ。速ぇなーって思うんだ。
けど、思うだけなんだよな』
『なんでです?いいと思えば乗ればいいのに?』
彼は金もあるはずだった。
『あのさ。
友達から英国仕様の900ニンジャ借りたんだけどさ、あれで200km出したら目が回りそうでさ』
彼はタハハと苦笑いした。
『すんげえし、乗っててゾクゾクするし、好きなやつの気持ちはよくわかったよ。
でも俺のスタイルには根本的にあわない、そう思ったよ』
『そうなの?だったら、ゆっくりいけばいいじゃん』
飛ばせるけど飛ばさないのと、そもそも飛ばせないのとは違う。
できないよりは、できる方がいいはずだ。
バイクはよくしらないが、そもそも100kmでいっぱいのバイクより、200km出るバイクで100kmで走る方が安全なんじゃないだろうか?
『言いたいことはわかるけど、足回りも車体もハイスピードが前提なんだよ。
100kmそこそこじゃハンドルは遠いわ、サスは硬すぎてゴツゴツ来るわ、粗さばかりでな。
180km以上出してる時のウルトラスムーズで心地よい感じとは裏腹でなぁ』
『へぇ』
どうやら、エッジのきいたスポーツカーみたいな代物だったらしい。
『だったら、もっとゆったりした大型に乗ればいいんじゃ?』
『コンビニ行くならスクーターかカブだろ?
けど、俺はスクーターでロンツー行きたいとは思わないし、カブは各地の自動車専用道路を走れないだろ?
で、それは大きいバイクにも言える事なんだよ。
いつもならいいけど、出先で疲れている時に取り回しの重いバイクは足かせになる。
荷物の積み方、バイク自体の重さ、そして重心や安定性。
色々あるから、これが絶対とはいえないけどな』
『……なるほど』
『結局、なんでも適材適所ってことさ。
特にバイクは車と違って、人により向き不向きが大きい乗り物だしな』
『なるほど』
……とまぁ、そんな会話だったんだけどな。
運転免許を取得する年齢になる前に異世界行きになった俺は、親父の友人のバイクの後ろしか経験がない。
戻ってきたら乗りたいと思ってた。
でも、これがすんだら猫族になるわけで。
うん。
どうやら俺はバイク乗りにはなれなそうだなぁ……ちょっと残念かな。
ま、いいさ。
たしか平行世界っていうのがあるそうだし、バイク乗りはそっちの世界の俺にやってもらおう。
「……」
「なんだマオ?」
「なんでもない」
そういうとマオは、なんでか俺の体をギュッと抱きしめた。
──逃がさない。
なんでだろう。
その無言の抱擁が、そう言っているかのように感じられた。
と、その時だった。
「ユウ、マオ、向こうの準備が整ったようじゃぞ」
「!」
「!」
俺たちは顔をあげた。
エキドナ様の顔の前には見覚えのある窓が開き、その向こうにはエルフの長老の婆ちゃんの顔が見えている。
しかし。
前に見た時よりも婆ちゃんの顔は老けて、しかも余裕がないように見えた。
そんなにやばいのか、向こうって。
『蛇の、こっちはもう時間がない、行けるか?』
「こちらはいつでも良い、来い!」
『了解、では始めるぞ』
そういった瞬間、周囲にものすごい数の気配が蠢きはじめた。
「ユー!?」
「転移が始まったんだ」
しかし……俺がいうのもなんだが、おそろしい数だ。
こうして立っているだけでも、ゾクゾクしてしまうほどの数。
そもそも転移というのは、しょっちゅう行われている事ではない。
他人の転移を感知する事だって珍しい、それくらいのものなのだ。
なのに。
見渡すかぎり無数の転移だなんて。
大丈夫なのか?
この場所は、この空間は……そして2つの世界の間は、これだけの一斉転移に耐えられるものなのか?
未知なる現象に対する不安が頭をもたげる。
「ユウ」
「あ、はい」
エキドナ様に呼ばれた。
「代替転送をはじめる。
そなたが手伝うことはないと思うが、念のために注意してくれるかの?」
「代替え……あぁ」
そういや言ってたっけ、大量転移のかわりに向こうにゾンビを送りつけるって。
「そういや、代替え用のゾンビってどこに揃えてるの?」
「あの子らがマーキングしただけじゃが、この半島のあちこちにおる。
この2日ほどで数体壊れたようじゃが、転移に問題はないようじゃ」
ほうほう。
「それって、どういうタイミングで転送されるわけ?」
「向こうから一体転移されてきて、こちらの陣が検知した瞬間じゃよ。
一対一で転送されるようになっておる」
「印つけたゾンビってそんな多いのか?万単位だろ?」
「そなた、この半島にどれだけの人間がおったか知らぬのか?
そのほぼすべてがゾンビになり、さらに外部から来た者もおるのじゃぞ?」
「あ、そうか」
そりゃそうだ、バカか俺は。
「まぁ、気持ちはわからぬでもないが……!」
エキドナ様の表情が変わった。
「バカ話はここまでじゃ、くるぞ!」
「!」
「!」
気配が大きくなった。
そしてその瞬間、はじまった。
昔、手塚治虫の漫画で見た光景があった。
大陸からやってきた強大な敵と戦うため、昔から土地に住んでいた古き異形の神々が、思い思いの武器をたずさえて立ち向かうというものだ。
池の中から。
鳥居の裏から。
森の中、木々の下から。
あらゆる場所から有象無象の神々があらわれる、その光景。
そういう風景が、俺の目の前に現実になっていた。
次々に光の中から現れる、この世界にない者たち。
エルフ。
ドワーフ。
ゴブリン。
そしてさらに。
蛇のようなもの。
亀のようなもの。
翼をもつもの。
まるでカッパのような、わさわさした緑色のもの。
さらに、さらに、さらに。
「……すげえ」
思わず口をついていた。
向こうの世界でもいろいろな種族を見たけど、それらが一堂に会することはまずなかった。
そして、あらためてこうしてみると……それはものすごい風景だった。
有象無象の異形たち。
地球では伝説の住人でしかない者たち。
でも彼らは現実に、生々しく生きている存在だ!
「おう?まさかおめえユウか?」
ん?
振り返ると、そこには見覚えのある翼人が立っていた。




