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最後の願い

 その車は、確かに下田方面から近づいてる感じだった。

 ただしちょっと距離があるので、精霊たちに現在位置をみせてもらったんだけど。

「……弓ヶ浜をウロウロしてやがるな」

 弓ヶ浜は文字通り弓状になった綺麗な浜なんだけど、石廊崎側から見ると川の対岸になる。

 石廊崎方面に来るには、新湊橋を西に渡って本格的に石廊崎方面に入らなくちゃならないわけだけど。

 

 生存者はいないようだけど、彼らがそれを知るわけがない。探してるのか?

『状況を教えてくれ、そいつら何をやってる?』

【これだよー】

 そしたら映像を見せてくれたんだけど……想定した中では最悪に近いものだった。

 

 あきらかに素行の悪そうな少年たち……六人いる。

 自衛隊車両っぽいトラックを転がしてる。

 まず確実に無免許だろうけど、それ以前に民間人だろ。

 しかし技術的には危うさがない。

 これは……この状況下で、しっかり運転経験を積んでるな。

 ただのバカじゃないってことだ。

 そして。

 なるほど、確かにアレならゾンビにぶつかっても平気だろうな。

「……」

 荷台に女の子がいる……荷物の間に鎖でつながれてる。

 仲間じゃないな、戦利品てわけか。

 詳細を精霊に見せてもらったけど。

 ……見るんじゃなかった。

 

「どうしたの?」

「あいつら、下田近くの生存者のコロニーを襲ったらしい。

 食料と若い女の子ひとりゲットして、あとは皆殺しにしたっぽい」

「!?」

 マオの目が開かれ、そして細められた。

「……どうするの?」

「女の子が無事なら助けようかと思ったんだが……精霊たちによると、もう助からないらしい」

「なんで?」

「命の源が壊れてるってさ」

 あっちの世界でも聞いた表現だ。

 地球的にいえば、命の炎がもう消えそうって感じだろうか?

 

 死者を蘇らせる魔法は、向こうの世界にも存在しなかった。

 それどころか、いわゆる地球製ファンタジーの回復魔法に相当するものは、本当に限られたものしかなかった。

 具体的にいうとね。

 とんでもない病気だったとしても、それに逆らうだけの体力があれば治療不能ではない。

 だけどその反面、問答無用で体力を回復させるような、ホントに『魔法のような』ファンタジックな回復魔法、なんてものは存在しなかった。

 たとえば、ガンの治療はできる。

 だけど、転移しまくった末期ガンのように全身くまなくやられちまってたら、治療はできてもまず確実に、体力が尽きて死んでしまう。ガン治療のために失われたり、壊れたりした部位を治療するための生命力というか、命そのものが足りないからだ。

 つまり。

 病気そのものは直せても、その病気により失われた生命力の回復は自力でやるしかないってことで。

 だからこそ。

 病気に耐え続けて体力に乏しいひとりの女の子を救う方法はないんだ。

 

「……そう」

 マオはそういうのを俺のそばでたくさん見てきたから、もちろん理解できた。

「ユー」

「ん?」

「楽にしてあげよう」

「そうだな」

 瀕死の牛馬を死なせてかわいそう、というのは優しさではない。自分の手を汚したくないだけだ。

 かわいそうと放置したあげく、野犬の群れになぶり殺しにあったら?

 そう。

 自分の手を汚し、速やかに死なせてやる方が優しさだろう。

 

 ただひとつ問題があった。

「攻撃するだけなら、ここからでもできるんだけどなぁ」

 きちんと看取ってやろうと思えば、現地に行く必要がある。

 でも。

 考えていたらマオが言った。

「ユー」

「ん?」

「先に行って」

「え?」

 首をかしげるとマオが言った。

「ユーひとりならイケるんでしよ?」

「マオ?

「イケるよね?」

「……」

 マオの目を見て、俺は気づいた。

「……なんで?」

「なんでも」

 マオは俺を静かな顔で見ていた。

 

 なんで、それをマオが知ってる?

 俺が、ひとりなら転移できるって。

 

 いや。

 実は向こうの世界で転移に成功したんだけどさ。

 それってマオをさらわれて、取り戻しに行く時だったんだよね。

 

 俺ひとりじゃないと飛べないもんで、マオがいる時は使ってないんだ。

 教えなかったのもそのためだ。

 マオは非常時にすぐ、俺だけ逃がそうとする癖があるからな。

 

 なのに。

「……誰から聞いた?」

「そんな話はあとでいい、助けてあげて」

「……」

「ユー」

「ああもうわかったよ、わかったって!」

 

 なんか俺最近、マオにどうも色々と握られてる気がして仕方ないなぁ。

 いやま、いいんだけどさ。

 

「じゃあ俺は先に行く。マオは追ってくるか?」

「ううん、行ったら間に合わないから待ってる」

「わかった」

 それだけ言うと、俺は精霊たちに告げた。

『俺を転移させてくれ、行き先は新湊橋の東側』

【わかったー】

【てんいー】

 

 

 次の瞬間、俺は川の東にある路上に立っていた。

「よし」

 見覚えのある景色。

 間違いない、昔何度か来た弓ヶ浜との分岐だ。

 さて、連中は……おや?

 探すまでもなく、向こうから車が近づいてきた。

 だが。

『ん、なんだあいつ?』

『なんだなんだ?』

『ほらあそこ、変なのがいるぞ』

『なんだあいつ、ケモミミ?このご時世にアレか、コスプレってやつか?』

『ぎゃははは、あったまおかしいんじゃねえか?』

 精霊が増幅してくれる声が伝わってくる。

 この世界に帰還して、はじめて出会う生きた人間がコレって……なんとも言えない気分だった。

 そして、その人間を自分の意思で殺めようって自分にも。

 意識を集中して精霊に呼びかけた。

『あの子を助けてくれ』

【おいさー】

【ふぁんふぁー】

 精霊たちが動いて二秒とたたないうちに、車の後ろから小さな姿が吸い出された。

 そして。

『よし、あとは皆殺しだ』

【うし】

【やったらー】

 たちまち車が異変を起こした。乗員たちに何かが起きたんだろう。

 

 そのまま車はヨレヨレと蛇行をはじめて。

 

 そして、俺の横ぎりぎりをすり抜けて後ろへ走り去って。

 

 そして、何かにぶつかる衝突音が聞こえた。

 

 ……よし。

 

 俺は女の子に駆け寄った。

 

 女の子は全裸だった。

 鎖は精霊たちに外されていたけど、首輪などの跡もしっかりついていた。

 沼津でゲットして以来の一張羅である、上着をかけた。

 シャツになっちまうけど、今の俺には言うほど寒くないしな。

 そして。

「おい」

「……」

 女の子はうっすらと目をあけて、そして驚いたような顔で俺を見上げた。

 ……なぜか頭のあたりを。

「……猫耳?」

「気にすんな」

 今更だけど、自分が人間の姿をしてない事を思い出した。

「大丈夫か、どこか痛くないか?」

「……もしかして、わかってる?」

「ああ」

 隠しても仕方ない。

 そのまま告げた。

「そう……やっと」

 やっと死ねるんだ。

 女の子はホッとしたような顔になった。

「ねえ」

「なに?」

「もしかして、おむかえ?」

「お迎え……!?」

 途中で女の子の言いたいことに気づけた。

 つまり。

 明らかに人間と違う俺を、死神かなにかじゃないかと推測したのか。

「違うよ。

 俺はただ……そうだな。

 あんな状態で死ぬくらいなら、最後にきれいな空でも見せてやりたいって思っただけだよ。

 余計なお世話だったかな?」

「ううん、ありがと」

 実際、俺たちの上には雲一つない空が広がっていた。

「じゃあ、あなたって何者?どこからきたの?」

 ああ、当たり前だけど日本人とは見られないよな。

 説明してもいいけど、この子がそこまで長持ちするとは思えないし意味もない。

 だから俺は言った。

「別の世界から逃げてきたんだ。

 こっちもなんか大変みたいだけど、向こうよりはマシだと思うから。

 今なら、その……今残ってるこっちの人間族なら、さすがに俺たちを追い詰めたり滅ぼしたりはできないだろうしね」

「……そうね」

「ごめん、ごめんよ、なんか不幸を喜ぶみたいな言い方で」

「いいよ、たしかにそうだもの」

 なんかお互い、悲しげに苦笑してしまった。

「俺と相棒と、それからエキドナって女神様と石廊崎のとこで道を開いて、仲間を今呼び寄せてるんだ」

「エキドナ……蛇体と翼のある大きな女の人?」

「そうだけど、知ってるのか?」

「すこしだけ……おじさんにもらったゲームに出てた」

 おじさん、ね。

 そのおじさんとやらは、うちの両親と大差ない世代なのかもな。

「なかまって、あなたみたいな猫耳さん?」

「いや、俺みたいな種族は相棒とあわせて二匹しかいない。

 あとはエルフとかドワーフみたいな人型の系列の種族から、果ては魔獣や大蛇、龍みたいな連中までいろいろな」

「……すごい、みたいなぁ」

 どうやらファンタジーの知識もあるらしく、目をキラキラさせている。

 ……だが彼女の時計はもう。

 くしゅん、と力なく咳き込んだ。

「ああ、うん……ざんねん……みたい」

 みたいなぁ、と彼女はもう一度繰り返した。

「そんなにみたいか?」

「うん」

 迷いがなかった。

 俺は精霊を通してエキドナ様に尋ねてみた。

『ユウ、そろそろ術式が完成するぞ、何をしておる?』

『生存者一名、でももう死にます。

 それで質問なんですが。

 この子をエキドナ様の手で、仲間として転生させることはできますか?』

『なに?』

 少しむこうで考え込むような思考が流れた。

『その娘の名前と意思確認、それにユウ、そなたの名前を教えておけ。

 それを鍵にして、あとで探して……見つけられたら転生してみようぞ。

 ただし』

『記憶は持ち越さない、わかってますよ。ダメなら?』

『普通に輪廻の輪に従うだけじゃよ』

『わかりました、ありがとうございます』

 通信を止めると、彼女に言った。

「君の名と意思を確認しておけと言われた。

 望むなら、記憶は持ち越せないが俺たちの仲間として転生させてくれるってさ」

「そんなこと、できるんだ」

 なかば信じてないような、そんな顔だった。

 でも彼女は微笑み、そして言った。

「じゃあ、お願い。

 わたしの名は、ひまり。お仲間にいれてほしいな」

「ひまりか、わかった。

 俺の名はユウ、そして転生を試みるのはさっきいったエキドナ様だ。

 ……でも、俺たちの要件がすむ前に君が輪廻の輪に乗っちゃったら、その時はダメだけどね」

「そっか……うん、わかっ……!」

 そこまていうと、ケホ、と小さく彼女は咳き込み。

 ……そして、まもなく。

「……ありがとう」

「いいよそんなの」

「もし、おぼえてたら……ううん、おぼえてなくても、きっと、きっと」

「え?」

「……なんでもないわ」

 なぞの微笑み。

 そしてゆっくりと……彼女の時計は止まった。

 

「……ごめんよ、あとでちゃんと埋めに来るからな」

 冷えていく彼女の体を屋根のあるところに……ゾンビがいないのは確認した……寝かせて布団をかけた。

 そして精霊たちに呼びかけた。

『みんなのとろに戻してくれ』

【りょかいー】

【おけっす】


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