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男の話と出立

 朝から魚の塩焼きがいただけたのも嬉しかったが、それがブラックバスで、しかも美味しいというのが驚きだった。

 ただ、ひとつだけ釘をさされた。

「実を言うと塩焼きではない、なにしろ塩をふっておらんでな」

「え?」

「やはり味覚が変化しておるのう、塩をふらず焼いて正解じゃったか。

 なに、塩気がないという話になれば、これを使うつもりじゃったが」

「あ……」

 龍王様の手の中には、小さな壺のようなものがあった……おそらく中身は塩だろう。

 そうか。

 そうだった、忘れてたよ。

 獣めいた体になったことで、人間用の缶詰が辛かったんだっけ?

 頭をかいていたら、龍王様がおもしろそうに見ていた。

「なんですか?」

「いや……そなた、人を捨てるのだろう?ならば、人間用のうまい料理はもう食えぬじゃろうな、とな」

「う」

 痛いところをついてくるなぁ。

 でも。

「まぁこの仕方ないですし、問題ないとも思います」

「ほう?」

「将来的なことはわからないけど、当面はエルフたち……あっちから来る連中を引率している森の民ですけど、あの人たちと一緒にいる事になると思うんですよね。

 あの人たちは猫慣れしてるから、食事に関してはマオと一緒くたにしてくれるでしょう」

 要するに猫扱いだが、それは別にいい。それが俺の選択なのだから。

「そうか、あいわかった。

 そうそう、そういえばちょっと言っておきたいことがあったんじゃがな」

「あ、はい、なんでしょう」

 

 どうやら、わざわざ俺だけ起こしたのは魚を食わすためではないらしい……ってまあ当然か。

 

「あのマオという娘を元の猫族とやらに戻して、そなたも猫族になるというのじゃな?蛇の女の力を借りて」

「はい」

「それがそなたの幸せというのなら、それについては何も言うことはない。

 ただ、ひとつだけ言っておきたいのは……蛇の女のことじゃ」

「エキドナ様ですか?」

「うむ」

 龍王様は大きくうなずいた。

「うすうす、そなたも気づいておるじゃろうが……あの女はそなたに甘い」

「はい」

 ああ、うん、それはもちろん気づいてた。

「いつ頃からじゃ?」

「おぼえてないですね……はじめて出会った頃からそうだった気もするし」

 みんなの言うエキドナ様の評価と、自分に対するエキドナ様の態度が全然違うんだよね。

 ただ。

 それは単に厳しいとか甘いとかじゃなくて。

 

 なんていうか。

 うちの子状態というか、よその子扱いをされてないってのがわかるんだよね。

 

 疑問をもたれるのもわかる。

 そもそも俺にだって、理由にあんまり心当たりがないもんな。

 強いて言えば。

 精霊使いの大先輩であること、昔やったゲームキャラの女神様と同じって事くらいか。

 でもなぁ。

 前者はともかく後者は、普通は失礼なと言われてもおかしくない案件と思うんだけどね。

 

 その意味では確かに違和感がある。

 けど龍王様が気にするほどの違和感があるかというと……そこまでの話か?

 単に好き嫌いとか相性の問題のように思うんだけどなぁ。

 

「……ふむ」

 俺の話をきいて、龍王様は少し考えこんでいた。

「そうか……ふむ、まぁ、それもそうかのう」

「?」

「なんでもないわい。

 それで、好意的に見られている事に嫌悪感などはないのか?」

「へ?なんでです?」

 嫌悪感?

 いや、マジで意味がわからないんですが?

「……なるほど、そなたの気持ちはようわかったわい。

 じゃがいいのか?いってはなんじゃが異形の自然神じゃぞ?」

「ああ、そういうことですか……むしろ、何が問題なのかわからないんですが?」

「……徹底しとるのう」

 龍王様がためいきをついた。

 

 いや、だってさ龍王様。

 異形というだけで嫌悪感を持つような人間なら、向こうの世界で人間族の味方にならんとしても、もう少しうまくやれたんじゃないかと思うよ。

 

 そういうと。

「確かにのう……わしの心配は杞憂じゃったか」

 そういって龍王様は静かに笑ったのだった。

 

 

 そんな話をしていた、ちょうどそのときだった。

「む」

「!」

 エキドナ様が動いた、起きたようだ。

 身じろぎして頭をあげて……あら?

「婆ちゃんかな?」

 誰かと通信してるみたいだ。

「婆ちゃん?」

「あっちの世界のハイエルフの長老です。なんか母方の婆ちゃんに似てたもんで」

「おぬし……よもやと思っていたが、本当にマイペースな男なんじゃのう」

「え、そうすか?」

「自覚もないのか、やれやれ」

 なぜか笑われた。

 そんな話をしているとマオも起きたようで、キョロキョロと周囲を見回して。

 そして俺たちを見てキュッと目が細くなった。

 かと思うと、いきなり目にも止まらぬ速さでこっち向けてダッシュして、

「おわっ!」

 次の瞬間には、べちっとか聞こえそうな勢いで結界にぶち当たっていた。

 ……おいおい。

「まてまて、今、結界を解くわい」

「ユー!」

 龍王様が結界を解いたと思ったら、おもむろに抱きつかれた。

 おお、なんだなんだ。

「おはよう」

「おはお魚!」

 あー、あいさつしかけたところで魚に気づいたな。

 って、

「おお、ここにあるぞ?ほれ」

 いつのまにか龍王様、しっかりと追加を焼き始めていた。

「……いつのまに」

「気づいておらんかったか?

 蛇の話をしながら炭を追加して、魚も追加しておったが?」

「……気づいてなかった」

 話に集中してて全然、気づいてなかった……しまった。

「すみません」

「わしが仕切っとるんじゃから別にかまわぬよ。

 だいいち、こういうのは目立たぬようやるもんじゃからな」

「そうなんですか?」

「当然、バタバタしてたら相手に気を使わせるじゃろ?

 目立たぬようやって、必要な時だけババーンと見せつけてやる。

 そうしてやると、相手は『いつのまに』『できるやつ』と勝手に判断してくれるんじゃ」

「……」

「おもしろいもんじゃろ?」

「……たしかに」

 この場合おもしろいのは龍王様、あなたの方だと思います。

 龍王様とそんな話をしていると、エキドナ様が移動してきた。

「おはようございます」

「うむ、早いの……それはよいのじゃが、ちと問題が起きたようじゃ」

「なんです?」

「待て」

 エキドナ様が左手をツイと掲げると、そこに特大の光の窓のようなものが開いた。

 で、そこに婆ちゃんが写った。

「ほう?」

 興味深そうに龍王様がそれを見た。

『これは異世界の龍王様、わたくしはエルフ族をたばねる長老で老樹(アユタ)と申します。このたびは』

「ああよい、非常事態なのであろう?

 わしは部外者なのでな、それより、ここな蛇やユウたちに話してやるがよいぞ」

『感謝いたします』

 映像の向こうで婆ちゃんが頭をさげた。

『ユウよ、今、蛇にも話しておったが、ちとまずい事になった。急げるかの?』

「もしかして危険になった?」

『うむ、このままではこちらの時間で一月以内に人間族の攻撃があるじゃろう』

 なんだって!?

「場所がバレたんですか?兵器対策はどうなってます?」

『そちらの世界からエネルギーを吸い上げる術式が使えなくなっておるからの、エネルギー不足で撃てぬようじゃ』

「確実ですか?」

『厳密にはもう一回だけ撃てるはずのようじゃが、これは非常用に温存するつもりのようでのう』

 ああなるほど。

 

 向こうの時間で、あと一ヶ月。

 それだけ聞けば、まだ余裕がありそうだ。

 でも忘れちゃいけない。

 あっちとこっちの時間は同期してないってこと。

 つい先日だって、こちらでわずかの時間なのに、向こうでは長い時間が過ぎた話があったばかり。

 

 つまり、もう一刻の猶予もないってことだ。

 

 俺はエキドナ様に顔を向けた。

「エキドナ様、婆ちゃん」

『「なんじゃ?」』

 うわっと、ステレオで同時に返答来た。

「ひとつ質問だけどさ。

 今すぐ、そうだな……下田か石廊崎付近に転移して、すぐに転移の儀式を始められるかな?」

「……なんじゃと?」

 エキドナ様が目を丸くした。

「転移そのものは可能じゃろう。森の、どうじゃ?」

『うむ、いつでもできる。

 蛇の、その「シモダ」だか何だかに転移はできるかの?』

「ちょっと待て」

 エキドナ様は目を閉じて、何かを考えているようだった。

「……すまぬが位置がつかみにくい、今のわらわには無理じゃな」

『そうか、ではなるべく早く移動してくれぬか?』

「うむ、そうじゃな、あいわかった」

 芦ノ湖から下田までといえば、東名高速でも東京から御殿場まで行けるほどの距離なわけで、しかも伊豆の山の中だ。

 非常事態だし街道をまるっと無視したとしても、そもそも地形的に飛ばせやしない。

「エキドナ様、熱海に出て水上を通ったらどうかな?」

「うむ、その方が少しは早いやもしれぬな」

「わかった、じゃあ対岸に渡って岩戸山と城山の間を抜けよう」

 この場合、出口である熱海の町を一部破壊する事になるが、背に腹は代えられない。

「うむ、ユウよ案内を頼むぞ、ふたりとも乗るがよい」

「はい!」

 言われるままに俺とマオはエキドナ様の肩に乗ったのだけど。

「ちょっと待ちなさい」

 龍王様に唐突に止められた。

「半島の中は無理じゃが、石廊崎の沖、一里の海中に飛ばすことはできるぞ、どうじゃ?」

「海中?」

「陸地を通らず海に出るためじゃよ」

 ああなるほど。

「すると龍王様の体が隠れる深さという事ですよね?深さどのくらいです?」

「だいたい一間じゃな」

「えっと……」

「ああ、二メートル弱というところじゃな」

 即座にメートル法で教えてくれた。

 さすが。

 ……って、二メートル?たったの?

「なんでそれだけなんです?」

「海に行く時は、羅鱶(ラブカ)の姿で行くからのう。転移後、落ち着いてから龍体に戻るんじゃよ」

「ラブカですか」

 へぇ……それは珍しい。

 って、感心してる場合じゃないな。

「龍王様、もし可能なら俺たちを送ってくれませんか?」

「うむ、わかっとる。

 龍体に戻るのでな、ちょっと待て」

 そういって龍王様は少し歩いて距離をとった。

 そして。

 

 空間そのものがグラッと揺らいだ気がして。

 次の瞬間、龍王様が元の龍の姿で芦ノ湖から顔を出していた。

 

 ははは……やっぱりすごい迫力だなぁ。

 人間体の龍王様も親しみ持てるけど、やっぱりオリジナルのかっこよさにはかなわないな!

 

『三名、準備はよいな?』

「はい!」

「はい!」

「龍王どの、よろしく頼む。この礼はいずれ」

『そのような事は次の機会で良い、では送るぞ』

 龍王様がそういった瞬間、ぐらり、と景色が揺らいで。

 そして、あわてて俺とマオが口をふさいで。

 

 さらに次の瞬間には、俺たちは海の上にいた。

 

 水深2mという事だったけど、俺たちは水中に出現せずにすんだみたいだ。

 エキドナ様の肩のうえにいたおかげだな。

 

 周囲をみわたすまでもなく、すぐに陸地は見つかった。

「エキドナ様、あそこの陸地!」

「うむ、あいわかった」


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