眠りと目覚め
戻ってからというもの、夢を見ることが増えたと思う。
皆が言うに、俺はもともと戦闘員ではなく神職みたいなもんらしい。
精霊に強い親しみを覚えるのはそのせいだという。
つまり、自分が本来強く関わるべきものだから、だから親しみを感じるのだと。
そして。
よく夢を見たり倒れて妙なものを見るのも、その一環なんだという。
【ゆうー】
『おう』
いつからか忘れてしまったけど、精霊たちは夢の中にも現れるようになった。
最初は驚いていたもんだけど、よく考えれば簡単なことだ。
そもそも精霊たちは物理的な存在ではない。
だからきっと、寝ている俺の魂というか、そういうものに直接触れてきているのではないか……ちょっとそんなことを考えたりもしている。
そして。
そんな精霊たちは夢の中にいる俺に、不思議な風景を見せてくれるんだ。
たとえば、マオと共に子どもたちに囲まれている俺。
たとえば、神殿のようなところで祈りを捧げている俺。
たとえば、地球ともあの世界ともつかないようなところを、これまた見知らぬ仲間と放浪している俺などなど。
ただちょっと変だなと思うところがあるとすれば……色々と違うところがあるってことだ。
マオと結ばれている夢の中では、なんと俺とマオは人間の夫婦になっていた。
いや、そのくらいの違和感なら、まだいいんだけど。
放浪している俺はずいぶんと歳をとっていたし。
神殿のようなところで祈っている俺に至っては、なんと若い女の子の姿だったりもした。
一体、どうなってる?
【それ、べつのせかいの、ゆうー】
『別の世界の俺?』
【そうだよー】
【へいこうせかいの、ゆうー】
【かのうせいの、かけらー】
可能性のカケラだって?
ちょっと待った。
『するとなにか?
どういう確率なのか知らないけど、俺が女の子の未来もあるってことか?』
さすがにそれは勘弁してもらいたいんだけど?
【だいじょうぶー】
【まお、が、いるから、かのうせい、つぶれたー】
【がんばれ、おとこのこ?】
【ちーがーうー】
よくわからない。
わからないが、マオが地球についてきた事で潰えた可能性のひとつってことか?
【そうだよー】
脈絡のない精霊たちの話を総合すると、こうなる。
たとえば女の子になる未来というのは、マオがいない状態で戻ってきた俺にありうる可能性のひとつなんだと。
その場合、クソ女神は約束通りに俺を召喚の瞬間に戻すわけだけど、それは同時にゾンビ騒動の発生の瞬間でもあるわけで。
で、その中で孤軍奮闘の果てなんだっていうんだけど。
……いや、いいけどさ。
いわゆるポスト・アポカリプスな感じの展開の最後がなんで「女の子になる」なんだかね?
意味がわからない。
その意味でいうと、一番ノーマルなのはマオが人間の女の子になるものっぽいんだけど……。
でもこれはどうやら、俺が危惧している問題が現実になるようだ。
つまり。
猫ベースの思考回路で生きてきたマオが人としての感覚に順応しきれず、深刻な問題が起きるようだ。
……そうだよなぁ、やっぱり。
マオの思考や思想は、明らかに人類のそれじゃない部分が大量にある。
そして、俺はそんなマオが好きなわけで。
だから俺は。
自分自身が猫族になってもいいから、マオを元の猫族に戻してやりたいんだよ。
ところで。
『女の俺って神殿にいたみたいだけど、あれどこの神殿なんだ?』
日本の神社なんかとは全然違う……むしろ古代ギリシャなんかのアレを想像するような神殿。
そんな場所で異国の服装で祈ってた女の俺もすごいけど。
さらに猫族に似てるけどちょっと違う、よくしらない種族もまわりにいたような?
そしたら。
【あれ、うちゅうじんだよー】
『宇宙人!?』
あんな昭和のスペースオペラみたいな、獣人種族な宇宙人なんているわけ?
……いや、別に宇宙人を差別するわけじゃないどさ。
似たような文明を築けるのは結局、似たような進化の歴史をたどった生命体だって話があるけど、俺もその意見には賛成なんだよね。
文明人として生活するなら、あんなモフモフの毛は邪魔だろ?
そもそも。
どういう未来をたどったら、宇宙人なんかと縁ができるんだ?
なんだかなぁ。
「……へ?」
目覚めると、俺はマオと一緒にエキドナ様の腕の中にいた。
しかもそれだけではない。
「起きたか?」
「龍王様」
にこにこ笑顔の龍王様がこっちを見ていた。
あ、もちろん昨夜の人間モード、白ひげのじいさんの姿でな。
「ふたりは、わしが寝かせた。すぐには起きぬから、ちょっと出てくるがよい」
「……なんでまた?」
マオはともかく、巨大なエキドナ様まで普通に寝かせるとか……いったいどうやったんだ?
しかし龍王様は笑うだけだ。
「あえて言えば、そなたに『男』の話がしたかっただけじゃよ」
「……なるほど」
何かあるのか。
俺はうなずいて、そして、マオとエキドナ様の腕の中を静かに抜け出した。
「……んん」
「!」
一瞬、マオにしがみつかれそうになったが、ギリギリ何とか抜け出して。
龍王様の後を追っていくと、なぜか昨夜のところにいた。
俺たちが昨夜座っていたのは、キャンプ場なんかによくある椅子とテーブルがセットのやつなんだけど、実は、ここのやつはテーブルがバーベキューもできるようになっている。
まぁ昨夜はただのテーブルというか、猫缶置き場になってたけどさ……ハハハ。
だけど。
今朝は近づくと、唐突に魚の焼けるいいニオイがしてきた。
あ、これって。
「ニオイを流さないようにしてます?」
「ウム、でないと彼女を起こしてしまうからのう。
……食べて見たかったのではないか?」
ああ、俺とマオの会話を聞いてたのね。
「すみませんわざわざ」
「ふふ、まぁ食べようではないか」
「はい」
ありがたく、ご相伴にあずかる事にした。
さて、問題の魚なんだけど。
表面の皮をはぎ、丁寧に処理しているので魚種がよくわからない。
わからないけど、うまい。
ほう……芦ノ湖産だよな、なにこれ?
「あれ、これって何ですか?」
「オオクチバスじゃよ」
「オオクチ……ブラックバスですかこれ!?」
おったまげた。
ブラックバスというと、生臭くて料理に向かないイメージあったのに。
きちんとした料理なら知らないけど、こんなバーベキューみたいな豪快な調理法でこんな?
「ブラックバスて……こんな美味しい魚だったんだ」
「皮、内臓、それと脂肪にニオイがつくようでな、それを処理すればいいんじゃよ」
へぇぇぇぇ……。
「フライやムニエルにして食べると聞いてのう、試してみたら美味かったのでな。
しかし、どうせなら塩焼きにもどうかと工夫してみたんじゃよ」
「そうなんですか……じゃあこれは工夫の結果ってやつ?」
「うむ、きちんと臭い部分さえ処理すればこの通りじゃな」
おお。
「で、どうじゃ?」
「うまいです!
……けど龍王様、ご自分でブラックバス捕まえて調理してみたんですか?」
「そうじゃが?」
「……」
映画見に行ったりブラックバス調理してみたり。
そのうち、ゆるいキャンプはじめて「肉、喰うかい?」とかやらねーよなオイ。
なんていうか……。
「ちなみに生食はするでないぞ?これは淡水魚全般でそうじゃが」
「あ、寄生虫とかいるんで?」
「寄生虫くらいどこでもおると言いたいが、この魚は多いようでな。
日本では症例も実際に出だようで、生食はやめよと役場からお達しも出てるぞい」
「なるほど……ちなみに情報ソースは?」
「たしか、愛知県衛生研究所のホームページじゃったな。秋田県で国内初の症例が出たという記事でな」
「……ネットサーフィンまでするんですか」
「した、が正しいがのう」
「たしかに」
そうしたインフラがもう止まっちゃってるからな。
それにしても。
……スマホもって映画見に行って、ネットサーフィンして。
ブラックバスの調理研究まで。
「なんていうか」
「ん?」
「人生楽しんでたんですねえ」
「ひとではないがな」
そういうと、龍王様はクックッと楽しげに笑った。




