悲しみ
夜になった。
俺たちが話しているところは本来はバーベキュー用の場所で、芦ノ湖に面していて四角いテーブルがたくさんあるところだった。
そこで俺たちは夕食をとったのだけど。
「なあ、マオ」
「さ、たべよ?」
「お、おう」
俺とマオの食事は、マオの強い希望で、沼津でゲットした缶詰たちだった。
……要するに猫缶である。
「なあマオ、目の前に湖があるんだし、ここは自然のものを獲るのはどうだろう?」
もしかしたら釣り禁止とかあるかもだけど、もう誰もいないんじゃ意味もないだろうしな。
だけど。
「ダメ」
ふるふるとマオは首をふった。
「いっしょに食べるの」
「……さいですか」
一緒にいる方が優先らしい。
戻ってきてからのマオはどういうわけか、食事タイムに急にわがままになる事がある。
まぁ、あれだ。
昼間はおとなしくアシスタントに徹している反動なのかもしれないな。
半分ヒトになっちまってるのは本意ではないとはいえ、前のように種族の垣根もないわけだし。
そして……その種族的な問題で、今の俺は猫缶もおいしく食べられるわけだけど。
……でもさ。
俺のデリケートなマイハートは、そろそろ人間の食事もしたいなーと思うわけなんだが。
なにしろ俺、こっちの世界に戻ってから食べた人間用のものって、鯖缶だけなんだけど?
「ダメ」
「……さいですか」
逆らうだけ無駄のようだった。
エキドナ様はそろそろエネルギー補給が必要ということで、収納して持ち込んでいた保存食に手をつけた。
「すみません、本来なら俺たちが調達しなくちゃなのに」
「気持ちは嬉しいが無理じゃの、わらわが普通に食せば鯨ほども食うぞえ?」
うわぁ。
「まぁ問題ないぞ。
港でそなたが昏倒している間に、海にも魔獣を放っておいた。目的地につく頃には、きゃつも何か見つけてくるじゃろ」
「え、海に何を?」
「なに、ただの水蛇の一種じゃよ」
「……」
ちなみにエキドナ様のいう「ただの水蛇」って、余裕で人食いザメに勝てるような化物大蛇だからね、念のため。
「それで首尾はどうです?」
「連絡がきておるが、ここの南西にある入江の沖は魚が豊富だそうじゃ」
「ああ、駿河湾じゃな」
龍神様がウムウムとうなずいた。
「駿河湾?あんなとこに大量の魚が?」
そりゃ、清水サバもあのへんだし悪い漁場じゃないのはわかるけど、量は大丈夫なのか?
そしたら。
「なにしろ二年近くも駿河や遠江の沿岸から出漁がないからのう。
まだ小魚中心ではあるが、今まで漁獲されていた者たちが爆発的に増えておるんじゃろ」
「あ……そういうことか」
いつも大量に水揚げしていた地域から、まったく出漁が途切れてしまったわけだ。
そりゃ魚も増えるだろう。
「けど小魚でいいんですか?」
「小魚だけではないぞ」
俺の疑問を龍王様が引き取ってくれた。
「サバや近海カツオのようなものに始まり、イサキや手長エビにアオリイカ……。
珍しいものや季節ものを含めれば、駿河の沿岸で水揚げされておった海産物はどれだけになるか」
「……」
「今まで大量に水揚げしていた人間が、唐突に漁をやめてしもうた。
それらは水揚げされる事なくそのまま生きておる。
そして、それらを狙う生き物が沖合からさらにやってくる……というわけじゃな」
「それは、いいことですよね?」
龍王様の表情に渋いものを感じた俺は、つい聞いてみた。
「いいと思うか?
そなたの知識では、ある地域で突然、特定の種族が爆発的に増えるのはよい事じゃったか?」
「あ、だめだ」
それ最悪の場合、バランス崩れてもろとも全滅だ。
そういうと、龍王様は「そこまでにはならんと思うが」と前置きしたうえで言った。
「常に水揚げされる前提というのは不自然ではあるが、それでもバランスをとっておったんじゃ。
それが一気に崩れたわけじゃから、しばらくは要注意じゃろ」
「あちゃー」
「とはいえ、小魚らについてはすでに小魚喰いの大鮫、大鯨たちも来ておる。
あやつらは大食いじゃから、そのうち、それなりにバランスをとるであろうよ」
「なるほど」
妙なところで問題ありなんだな。
「そういや、清水あたりって釜揚げちりめんあったよな」
ああちくしょう、思い出しちまった。
そしたら龍王様は笑った。
「なんじゃ、そなた、ちりめんが好きなのか?」
「まぁ、保育園の連絡帳に、好物・ちりめんじゃこって書かれてたくらいには」
地域により、しらすと言ったり、ちりめんと言ったりするらしいけど。
俺の出た保育園は東西混じってる感じだったので、どっちの言い方なのか未だによくわからないんだよな。
でもとりあえず、言うことは変わらない。
「特に生のやつと、干してない釜揚げ状態の白いのがいいです」
「ふむ、小蛸とか混じってるのはどうじゃ?」
おお!
「好きですね!」
最近じゃ、ちりめんモンスターとかいうんだっけ?なんかゲームみたいな言い方だが。
あれは昔から大好きなんだけど……実は、釜揚げの技術が発達しすぎたせいで、最近は昔よりレア物になってしまったんだ。
まぁ。
どちらにしろこの状況じゃ、食べようにも食べられないけどな……。
そんなことを考えていたら龍王様に言われた。
「そんなに好きなら、落ち着いてから自分で獲って作ればよいじゃろう。
あれは流れ作業的に大量に作っていたようじゃが、工程そのものは複雑ではないのだぞ?」
「マジすか」
「うむ」
へえ……。まぁ製法によるのだろうけど。
「網などの道具がほしいなら各地の釣具屋を見ればよかろうよ。
漁期などについても調べれば読本くらい見つかるのではないか?」
「なるほど」
たしかにたしかに。
うむ、すばらしい。
と、そんな話をしていた時だった。
「……あれ?」
芦ノ湖畔、ここより南東の方に光と、それから人影がいくつも見える。
な、なんだ?
「あの」
「ん?」
「えっと、あれは?ひとはいないはずなのに?」
「ん?ああ、あれは神山を祀る神社の者たちじゃよ……生きた神主も巫女ももうおらぬがな」
「え」
なにそれ?
首をかしげていると、龍王様は態度を少しあらため、神のように厳かにおっしゃられた。
「この箱根周辺では古来、神山……つまり箱根で一番高い峰を神の降りる山として信仰しておったんじゃ。
ちなみにこの風習は、あのように湖畔にきらびやかな神社を作りおった今も継続しておるよ」
「といいますと?」
「あのやたら豪華な本殿たちは近年に建立、寄贈されたものなんじゃが……実は拝殿、つまり拝む場所なんじゃ、本尊はそこにはおらん。
対象は今も変わらず神山なんじゃ」
「へぇぇ」
それは知らなかった。
駅伝の時に調べたり見たりしたけど、芦ノ湖を拝んでるのかとてっきり。
「じゃあ、あのひとたち……生きてないのかもだけど、あのひとたちは生前と変わらず神様に祈りを?」
「ん?いや違う、彼らが祈っているのは別のことじゃよ、ほれ」




