なんか
夕刻になった。
場所は芦ノ湖畔のキャンプ場。
誰もいないのをいいことに、俺たちはキャンプ用テーブルについてあれこれ話していた。
ああ、そうそう。
ちなみに今、目の前にいるのは白ひげの見事なお爺さんだ。龍王様が化けたものらしい。
つーか、ひとに化けられるのかと驚いたのだけど。
「実は映画が好きでのう。
もっとも最近は近くの映画館が閉鎖ばかりなので、よく電車に乗って見に行っておったが」
「……さいですか」
富士五湖の竜王様が、電車に乗って映画見に行くのかよ……。
いや、突っ込まねえぞ俺は絶対、うん。
ちなみにエキドナ様は人に変化できないそうで。
でも、少し羨ましげなエキドナ様に龍王様は静かにおっしゃった。
「それは逆じゃぞ」
「逆?」
「ひとに化ける必要がないということは、ひとに混じってコソコソせんでもよいという事じゃ。
わしはむしろ、その体で今までやってこれたというのが、うらやましいがのう」
「……ふん」
あらら、エキドナ様、よそ向いちゃったよ。
かわりに質問した。
「そういうもんなんですか?」
「そりゃそうじゃろ。
鳥が空を飛ぶのは天敵から逃げるためや、食料を確保するためじゃ。
そなたは知っておるであろう?飛べない鳥や、飛ぶのが不得手な鳥がいることを。
それらの鳥はどこにおった?」
「そりゃ、ニュージーランドだのなんだのって……あ、そうか」
俺はぽんと手を叩いた。
「天敵がいないとこ、いなかったとこだ!」
「うむ、そういうことじゃ。
となれば、逆もわかるであろう?
わしらが人に変ずる力を得たのはつまり、必要だったからじゃよ」
「なるほど。
エキドナ様は人になれないんじゃなくて、なる必要がなかったって事ですか」
「うむ、そういうことじゃ」
なるほどねえ。
「まぁ、当人が望めば百年とかけずに変異可能となろうが、必要ないなら無理に取得することもあるまい」
「……」
エキドナ様は、けげんそうな顔をしていた。
たぶん話半分で聞いてるんだろうなぁ。
「あの死体どもじゃが、人のいる場所から基本的に外れぬようじゃな。
あと、道がなければその先にはあまり行かぬようじゃな」
「道が?」
「うむ。
ゆえに提案じゃが、熱海から沼津にかけてのこのあたり、伊豆半島の首のところじゃな。南下する前にここの道を全部潰しておくがいい。
おそらくそれだけで、ほとんどのゾンビはそこから南下せんじゃろう。
「伊東や修善寺方面、下田あたりに生存者はいないんですか?」
「おらんようじゃな」
龍王様は静かに言った。
「ゾンビ掃討の手段があるのじゃろ?そっちは好きにせい。
南伊豆と西伊豆にわずかに生存者がおるが、それも任せる。
もし共存が無理なら、ここ芦ノ湖に送り込んでくれればよい」
「ここに?」
「気づいておらぬか?」
ここで龍王様は顔をあげたけど、反応したのはエキドナ様だった。
「もしや結界の事かえ?」
「うむ、そうじゃ蛇の。
破邪結界を元にしたものじゃが、ゾンビにあわせて調整しておる……間に合わせじゃがな」
「ほう、なるほどそれでじゃったか……龍王どの」
「わかっておる、術式はわかるか蛇の?」
「それは問題ない、解析もすませておる」
「それは重畳、有効利用するがよいぞ」
「感謝する」
なんか俺ぬきで会話が繰り広げられていた。
「……あの」
「ん?ああ気づかなんだのじゃな?ユウには無理じゃろ」
「なんで?」
「人が気づくほど強いものではないからの」
龍王様が苦笑した。
「しかり。
こんな微弱で精緻な結界、人ならそれこそ本職の結界師でもないとのう。ユウには無理じゃよ」
「どうせ」
「ふふふ」
エキドナ様だけでなく、龍王様まで笑っていた。
「まぁそんなわけじゃ、もし生存者とうまく共存できないなら、ここに連れてくるがよい」
「いいんですか?」
「村落くらいなら何とかなるからのう、かまわぬ」
そういうと、龍王様はゆっくりと微笑んだ。
「人は、あまりにも減りすぎてしもうた。
今、おそらく世界中で、わしのような古き者が動いておるじゃろうが……さて、どうなる事かの」
「あの、ひとついいですか?」
「なんじゃ?」
俺は気になったことを尋ねてみた。
「どうして龍王様は、いや、龍王様に限らないかもだけど。
古い神様たちは、人間がこんなになるまで放置しといたんです?」
「わしらは神と呼ばれておるが、そもそも人間に都合のいい神ではないということじゃよ」
そういうと、龍王様は微笑んだ。
「神にはいくつかの種類がある。
たとえば、わしや、この蛇女のようなものは自然神に属する。もともとは運命やら何やらで規格外の力を得たり精霊に気に入られすぎて、変異を起こした存在じゃな。
元は一匹の生き物じゃからもちろん、その能力には限界がある。
しかしその限界は同時に、信仰をなくしたからといって滅びないという意味でもある……まぁ、良くも悪くも所詮は生き物の成れの果て、ということじゃよ」
「……なるほど」
「次に精霊じゃが、そなたも精霊とつきあいがあるようじゃから説明はいるまい?
精霊は世界に散らばる無垢であり、寄り添うが交わらぬ永遠の存在じゃな」
「……はい」
その言い方は可愛くないが、まぁ確かに違わないと思った。
「そして、最後になるが……人神、つまり人の神じゃな」
「ひとの神?」
「ひとの恐れや信仰心のみで、無から生み出されし神のことじゃ。
こやつらは、人族にとってはまさに唯一絶対の神となりうるし、実際に、事実上の唯一絶対の神であることも珍しくない。信仰している人族にとっては、まさに頼れる最高の神といえるじゃろう。
ただこの神は、信仰する者に絶対の帰依を求める場合が多い。なぜかわかるか?」
「……信仰が力の、いや、存在の源だからですか?」
「うむ、そのとおりじゃ。
何しろ物理限界がないので、集めた力はそのまま存在となり威力となる。
しかし逆にいうと、頼りにされなくなり、忘れられると力を失っていき、やがて消滅してしまう不安定な存在でもあるのじゃ」
「……なるほど」
まさにクソ女神がいい例ってわけか。
「わしら自然神の話に戻ろう。
色々おるから断言はせんが、わしらは人間対人間の戦いにはあまり関わらぬのじゃ。
もともとその民族を守護する神として成立しておれば別じゃがな」
「……」
なるほど人間だけの神様じゃないってことか。
「ゾンビがやたらと増えて人の社会が崩壊し、またたくまに人は追い詰められてしもうた。
もはやこの国に残る人も、ヤマトだクマソだ言っていた時代よりもさらに、さらに、さらに少ないものになってしもうた。
おそらくじゃが……生き残った人に待っているのは、長いたそがれの時間じゃろうな」
「たそがれ、ですか?」
「うむ」
龍王様はうなずいた。
「人ひとりでできる事には限りがある。
大文明を築き上げるには過去からの蓄積だけでなく、その大文明を維持するだけの構成員が必要なのじゃ。
それだけの人数は、もはや世界中の人間をかき集めたとしても得られまい。
そして、それだけの数の減少はそのまま、蓄積してきた知識の継承も一気に途切れるという事を意味する」
「……」
「かりに再び人の時代がくるとしても、まず人口と、それに失った知識の再構築が必須となろう。
そして。
それがなし得たとしても、再び文明が起きるのは……何万年未来になるかもしれぬ」
万年て。
「そこまで生き延びられるんですか?」
「無理なら滅びるだけじゃな」
きっぱりと龍王様は言い切った。
「その場合、たそがれはそのまま夜となろう。
夜は冷たく寒いかもしれぬが、眠ってしまえばもう、苦しいことも寂しいこともない。
人は永久の眠りにつき、ひとつの種族の歴史が終わるわけじゃな」
こともなく言う龍王様に、俺はためいきをついた。
「達観してますね」
「複数の種族がしのぎを削り、結果として滅亡が訪れる……それ自体は珍しいことではないからの。
ここまでの規模は久々になるが」
今度は龍王様の方がためいきをついた。
「話を戻しますけど、なるほど、具体的にはどこに防衛線を引くのがいいと思います?」
「ここがよいだろう。
わかるかな、伊東線の伊豆多賀駅じゃが」
「あ、はい。行ったことはないですが」
伊豆は両親の車で来てたからなぁ。
「地図とコンパスをひとつやるでな、まずはこの駅を目指すがいい。
そして、ここから西に向かって、出会う道路をすべて寸断しておくんじゃ。わかったな?
で、そうしたうえで薄い結界壁を作れば完璧であろう」
「あ、はい、了解です」
ちなみに龍王様が見ているのは、俺もよく知ってるおなじみのドライブ用日本地図だった。
コンパスもなんと、実家で父も持っていたような透明のケースに入った方位磁針だった。地図と組み合わせて方角がわかるやつだ。
ちなみに、ちゃんと沼津で二年前に買ったそうだ。
「コンパスも沼津で?」
「それはだいぶ前に町田のハンズで買ったのう」
「……さいですか」
町田のハンズって……やっぱり東京都町田市の東急ハンズの事だよね?
突っ込まんぞ、俺はもう断じて突っ込まんぞ……ハハハ。
ん?
「二年前?二年前に買ったってつまり」
「おや、気づいたか。そうじゃよ、ゾンビ騒ぎが始まってすぐに買ったんじゃ」
「なんでまたそのタイミングで地図を?」
「そりゃあ、スマホの地図が使えなくなるじゃろうと思ってな。
本来なら防災用品として持っておくべきじゃったかもじゃが、そこまで必要とは思ってなかったしのう」
「……」
えーと。
俺今、なんかすごいこと聞いたような。
「あの、龍王様?」
「なんじゃ?」
「スマホ使ってたんですか?」
「ああ、ほれ」
「うわ、しかも林檎のやつじゃないですか!」
やべえ、俺が使ってた富○通の比じゃねえ。
しかし、林檎のスマホいじってる神様て……なんていうか。
「何を驚く?電車に乗るには時刻表も見るし、緑のカードも使うじゃろ」
「……電子マネーまで使ってたんですか」
ハイテク龍王様、なんだかなぁ。




