これからの方針
「そなた、本当にそれでいいのか?自分の生まれた種族を捨てるのだぞ?」
「ああ、わかったうえで言っている」
俺はうなずいた。
「家族も友達も、誰もいなくなっちまったんだ。
今さら人間族に思うところもないし、俺もこだわりはない。
それよりも俺はマオを、元の猫族に戻してやりたいんだ」
「……そなたも猫族になる理由は?」
「猫族のマオに子を産ませるには猫族が一番だろ?」
そもそもマオは、人間にしてくれと望んだんじゃない、俺と子供が作れるように……つまり「つがい」になりたかっただけだ。
この容姿は彼女の望んだものじゃないんだ。
それに今の俺たちは中途半端だ。
確かにこの姿のマオもかわいいとは思うけど、やはり本来の猫族の方がいいだろう。
「ふむ、確かに順当ではある」
エキドナ様は少し考え込んだ。
「変換状況は確認したとはいえ、妙な仕掛けや未知の問題がないとも限らぬ。
その意味でも、あの女の仕事を一度ご破算にする事は悪くないじゃろ。
しかし、ひとつ問題があるのう」
「というと?」
「変換方法じゃな」
「変換方法ですか?」
「うむ」
エキドナ様は大きくうなずいた。
「マオを戻すだけなら方法はいくつかあったが……そなたをマオにあわせて猫族にするというのなら、やはり最良は、一度わらわの中に取り込む事になるじゃろう」
「とりこむ?」
「ひとことで言えば、今いちどそなたらは人生をやり直すということじゃよ……わらわの子として生まれなおしてのう」
「な……なんですかそれ?」
「わらわの機能は子を生むだけではない、そういうことじゃよ」
ふふふとエキドナ様は楽しげに笑った。
「瀕死の者の魂を取り込み魔獣に生まれ変わらせる……わらわにはおなじみの能力なんじゃが、わらわを神とあがめる物好きが生まれる原因にもなった能力ではあるのう」
「へえ」
なんと。
「子供からやり直しになるんですか?」
「大人のまま蘇生させる事もできるぞえ……わらわはあまり好きではないがのう」
「好きではない?」
「生誕とはすなわち、新しい命のはじまりなんじゃぞ?
いつまでも前世を引きずり続ける事は幸いでもなんでもない。
ゆえにわらわは……どうしてもという者は記憶情報だけ引き継がせるが、当人たちは一度真っ白な子供に戻してしまうのう」
「えー、なんかもったいない」
「ほう、そう思うかや?」
「いや、だってもったいないでしょ」
俺がそういうと、エキドナ様は小さく笑った。
「ふふ、そういうところは若いのう」
「え?」
「歳をとってしまうとな、ひとは生きるのにだんだんと疲れるものなんじゃよ。
もう一度ゼロからやり直すなんてこりごりだとのう」
「……そんなもんすか?」
「ほれ、災害なんかの時に、あとは若い者に託して生き延びようとしない年寄りがおるじゃろ?
そういうことじゃ。
あれは逃げでも負けでもない。
もちろん人により程度こそあれ、若者ほど生きる事に執着しておらんのじゃよ。
そして事実、衰えてきた体は若い頃ほどの覇気もなく、無理もきかんのじゃしのう」
「……そうですか」
かの東日本大震災の時にきいたんだけど。
自分はもういいと若者を避難させ、生まれ育った家ごと津波に飲み込まれたお年寄りがいたそうだ。
俺はその話をきいて、そこまで年寄りとは達観できるものなのか、すげえな東北人と思っていたけど。
そうか。
歳月の重さと老いとは、ひとにはそこまで重たいもんなのか。
「……ふむ」
ふと、異世界で積み重ねた徒労のような日々を思い出した。
ああ……たしかに。
大人になって、あんな理不尽をずっと経験していたら……そう思っても無理はないのかもしれないなって。
そんな話をしていたら、マオが騒ぎ出した。
「ユーだめ!」
「だめ?」
な、なんだ?
俺にしがみつき、必死に訴えるんだが……妙に言葉が足りない。
えーと、何がダメなんだ?
「自分のために人間を捨てるなんて、とんでもないと言っておるんじゃよ」
「ああ、そういうことか」
俺はマオの頭をぽんぽんと叩いた。
「違う、そうじゃないマオ、おまえのために人間を捨てるんじゃないんだ。
いやま、それもあるけど、それは単に理由のひとつにすぎない」
「……?」
あーうん、マオにはわからないだろうな。
説明するしかないだろう。
「俺はねマオ、なりたいんだよ。
エルフとか魔獣関係とかそういう、人間と違う世界の住人にさ」
そう。
俺はあっちの世界にいた頃から、それを望んでいた。
人間族やクソ女神の勝手で召喚され、変な束縛までつけられ戦わされた俺。
だけどそんな世界で俺が見たのは、いろんな種族が、喧嘩したり仲良くしたりしながら共存する、穏やかな共存共栄の世界だった。
本当に素晴らしいと思った。
もちろん、いいところばかりじゃないぞ。
地球の田舎によくある排他性とか、そういうものも当然あったぞ。
あったけど。
でも、それでもなお素晴らしかったんだ。
だけど。
「だけどねマオ。
どんなに精霊が好きであの人たちが好きでも。
でも、俺は人間なんだ。
よそものなのは当然として。
人間なのに、人間のくせに、人間にしては……。
どうしても『人間』のくくりだけはとれなかったんだ」
「……」
そして俺は自分の手を見た。
「それでも、あの頃は仕方ないと思っていたよ。
だって地球には親がいたし、すごい少ないけど友達だっていたんだ。
だから俺はやっぱり人間であるべきだって思ってたんだけど」
「……ユー」
マオが抱きしめてくれた。
俺がいいたい事を理解してくれたようだ。
そうだ。
この世界にいた、俺を人間たらしめていた大切な人たちは……もういないんだ。
だから俺は。
今いる、たったひとりの大事な存在……マオと未来を作れる種族になりたいと思うんだ。
たとえそれが。
人間という、自分の生まれた種族を捨てる事であっても。
はっきりいって、意味ないかもしれない。
かりに猫族になったとしても、あいつは元人間みたいな言われ方をして、結局同胞にはなりえないのかもしれない。
だけど、それでもいい。
え?なんでかって?
ほら、三代続けば江戸っ子っていうだろ?
だからきっと。
俺とマオの残す子孫はおそらく、ただの猫族だ。
少なくとも俺がいなくなる頃にはもう「人間だった猫族の子孫」とは言われないだろう。
だから。
俺はそれでかまわないんだ。
「とまぁ、そんなことを考えてるわけなんだが」
「……」
マオが俺の説明を理解しているかどうかはわからない。
だけど、マオのためというより、俺たちの子孫のことを考えての選択というのは理解してもらえたと思う。
そして。
「子供のためって言われたら、マオには何も言えないよう」
そう言いつつも……やっぱり俺の選択を過酷なものだと思っているんだろう。
マオは俺にしがみついて、そしてやさしく頬ずりしてきた。




