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祈り

『聞きたいこと?』

「夢の中で、親父と話したんです」

『……なんじゃと?』

 エキドナ様の声が一瞬、踊ったような気がした。

『父君が無事ということか?』

「いや、死んでますね。伊豆の温泉にいたのを精霊が見つけてきてくれたんで」

『ほう、温泉のう』

 あ、温泉に反応したなエキドナ様。

 はじめて出会ったのも向こうの温泉だし、なにげに好きなのかもしれないな。

「うちは夫婦そろって伊豆が大好きで、温泉もよく使ってたんです……ってそれはいいんですが」

 そういうと、俺は母が親父にかけたらしい最後の電話の話をした。

「というわけなんですが、ありうるもんですかね?」

『ありうるのう』

 エキドナ様は肯定した。

『といっても、かなり強い精神力がないと無理じゃし、意識を保てたのはごく短時間じゃろうがの。

 それ以降は、残された「情報」を元に生前の行動を繰り返す存在になっていったじゃろ。

 ふむ。

 しかし、わらわとしてはむしろ、そのデンワとやらを終えてからのほうが興味深いかのう』

「え、電話のあと?」

『そなたの母が、いまわのきわに何を求めたか、じゃよ。

 じゃがまぁ、それも無粋といえば無粋かの。

 同じ状況になれば何を願うかと思えば、女なら、いや母なら想像はつくというものじゃ』

「?」

 なんだろう。

 響いてくるエキドナ様の声が、とても、とてもやさしいものに思える。

『もしかしたらじゃが。

 そなたが無事にあちらで生き延び、こちらに戻ってこられたのも、そなたの母の願いのたまものかもしれぬのう』

「え、というと?」

 意味がわからない。

 だけどエキドナ様は言った。

『そなたに何が起きたのか、突然の死に瀕した女に理解できたとは到底思えぬじゃろ?

 しかし母じゃ、最後にできる事、自分にできる事をしたはずじゃ。

 ならばおそらく……祈ったのではないかの?』

「祈った?」

『うむ。

 たとえば、そなたに少しでも幸運をもたらすように。

 たとえば、困ったそなたを助けてくれる者が現れるように。

 迷った道を照らし、一歩先を進めるように。

 ……祈り。

 これならば、わけもわからず死にゆく女にもできるであろうからの』

「……祈り、ですか」

『うむ。

 母と子の結びつきというのはの、よい意味でも悪い意味でも強いものじゃよ。

 どこにいるかもわからぬ息子に、祈りや願いという形で祝福を与えてしまえるのも母。

 また、理不尽な扱いを受け不幸の中で死にゆく時、罪もない我が子に呪いを押し付けて逝くのもまた母。

 げに、母と子というものは近いものなんじゃよ』

「……そうなのか」

『うむ』

 なるほど。

 

 祈りというと小さなものに思えるかもしれない。

 そして実際、それほど大きな効果があるものでもないだろうと思う。

 だけど俺は同時に知ってる。

 俺は、俺の人生の中で……後から考えたら信じられないような幸運に助けられた事が何度もあるってことを。

 

 あの幸運の中のいくつかが、母の瀕死の祈りの結果なんだとしたら?

 ……うん。

 個人的にはめっちゃありうる気がするんだ。

 

 え、非科学的?

 いや、元異世界の勇者様で、おまけに精霊使いだぞ俺。

 今さら非科学的とか言われても。

 

 ああ、そういえば。

 エキドナ様との出会いだって、もしなかったらどうなっていたことか。

 

「エキドナ様」

『なんじゃ?』

「俺、せめてふたりの供養をしたいんですが」

『クヨウ?』

 あっといけねえ。

 何年も祀り続けるような平和な文化は向こうにはなかったっけ。

「ああ、要はお弔いをしたいんです。

 でも俺はそもそもこっちの宗教上の知識もないし、これじゃ尋ねる人もいないです。

 せめい向こうの流儀でもいいからやりたいんですが、どうすればいいですかね?」

『ああ、そういうことか……精霊にたくして祈ればよいじゃろ』

「精霊に?」

『うむ』

 エキドナ様の思念は一度止まり、そして続いた。

『よいかユウ。

 昇華した死者の魂は還元され、一度は精霊たちに取り込まれるのじゃ。

 そなたが亡くなった父君と話せたとすれば、それはそういう事じゃ』

「……」

『そしてその魂たちはやがて、また新しい命の中に吹き込まれる事になるのじゃ。

 したがって。

 精霊と通じる者が死者を弔うならば、精霊に祈るのが最も確実なのじゃ』

「なるほど、必要な条件はあります?」

『特にないのう。

 まぁ完全にやるつもりがあるなら、神聖な場所でやればよかろう』

「神聖な場所?」

『霊峰、神木のある古き森、あるいは静かなる湖の中央。深海のしじま。

 静謐で神秘をたたえた場所ということじゃよ』

「了解、ありがとうございます」

『礼などいらぬよ、さぁ、もう少し眠るがよい』

「はい」

 俺は、どこかで両親に祈る事にした。

 

 そんなエキドナ様との会話の中で、俺はひとつ聞きそびれた事があった。

 それはつまり。

 死んだ親父とは話せたのに、同じく死んだはずの母とはどうして話せなかったんだろうと。

 

 

 翌朝。

 目覚めてすぐ、俺はエキドナ様に質問してみた。

「なに、母君に会えなんだ理由じゃと?」

「はい」

「理由と言われてもな、さすがにそれは、わらわにもわからぬがのう」

「エキドナ様でも無理ですか……うーん」

「ユウ、わらわは別に全能というわけではないぞ?」

「それはそうなんですが……なんでも知ってそうで、つい」

「ふふふ、高評価は嬉しくもあるが、さすがに買いかぶりじゃよ」

「そうですか」

「うむ」

 

 なんだろう?

 なんとなくだけどエキドナ様、微妙に触れられたくない顔をしているような?

 ふむ?

 もしかして、これと意図した死者の魂に会うというのは、本来かなり大変な事なのかな?

 

 とりあえずフォローしておく事にした。

「とりあえず確認なんですけど。

 ゾンビになった魂は永遠に苦しめられるとか、そういう話はないんですよね?」

「なんじゃ、そんな心配をしておったのか、ならば問題ないぞえ」

 当然じゃろとエキドナ様は言った。

「だいたい精霊でも探せなんだというのなら、すでに昇華されておったんじゃろうしのう」

「え、そんな早く昇華されたりするんです?」

「ひとによっては、死んですぐ昇華される事もあるのう」

「へぇ……」

 そういうものなのか。

 じゃ、じゃあさ。

「言っておくが、もし転生しておったらその先を知ろう、などと考えるでないぞ?」

「う」

 先に釘をさされた。

「もし転生しておってその先がわかったとして、そこにユウが尋ねていったとしよう。

 それがきっかけで、当人にゾンビ化して死亡した記憶が蘇ってしまったらなんとする?」

「!?」

「そなた……自分の母の生まれ変わり先に災いを持ち込むつもりかえ?」

 その可能性は想定しなかった。

「……それは望まないです」

「だったら、昇華した魂の行き先を知ろうなどと思うのはやめておくのじゃな。

 まぁそれに、よほどの事がなければ昇華した魂は崩れ、一度無に帰るしのう」

「そうなんですか?」

「うむ」

「そうですか」

 生まれ変わったお袋に会える可能性は低く、しかも記憶がある可能性はまずない。

 そして、俺が顔を出せば不幸を撒き散らす可能性があると。

 

 ……まぁそうだな、幸せであればいいよな。

 

「理解できたようじゃな」

「はい、すみませんでした」

「謝る事はないぞ、母に会いたいという気持ちは悪いものではなかろうしのう」

 エキドナ様は満足そうに笑うのだった。

 

「話は変わるが、昨夜から今朝にかけて色々と判明した事があるが、聞くか?」

「あ、はい是非」

 精霊やオルトロスを使った調査の結果か。

「ユウ、それからマオもくるがよい。大事な事じゃからのう」

 俺たちはエキドナ様の肩に乗せてもらった。

「まず、この星におる生きた人間じゃが、現時点でだいたい七百万ほどになっておるらしい。

 ちなみに、今も一秒にひとり程度のペースで死に続けておるようじゃな」

「……減ったなぁ」

 推定人口でいうと、古代エジプトくらいの頃くらいか?

 それでも、そんなにいるんだ。

「減り続けてるのはなんのため?」

「ゾンビによる被害もあるが、生存者同士の殺し合いによるほうがはるかに多いのう。

 もとより、ここに至るまでの人間の最大の死因はゾンビでなく人間の兵器らしいからの」

「……」

 何やってんだよ地球人類。

「今も普段どおりに子孫繁栄しておるのは元々孤立していた集落で、外の危険に気づいた時点で関わりを避けておる者たちなんじゃが……合計しても数万もおらん。

 そもそも、一番多いのは数名……要は家族や最も親しき者など、少数精鋭で生き残っているグループが一番多いんじゃが、これらは少人数における妊娠のリスクを重要視している手合が多い、つまり子供を作ろうとせんのじゃよ。

 そして、多くの人口を残している地域では、物資の欠乏などの不安から妊娠・出産を拒む女が多い。

 また、それでも無理やり望まぬ妊娠をさせられて自殺したり、女を守って殺し合いになる。

 そして結果としてゾンビたちにもろともに潰されておる」

「……」

「問題はそれだけではない。

 直接感染などの確たる理由もなしに、突然ゾンビになるケースがある事を重要視しているグループが存外に多いのじゃ。

 特に大人数で生き残っているグループはこの事で疑心暗鬼になり、グループ同士のつぶしあい等で多くの命が失われておるようじゃな」

「……そうですか」

 七百万もいるといえば、まだ人類に希望がある……そう考えるのは簡単だけど、俺はそうは思えない。

 だって、それだけいるのに一秒にひとりの割合で減り続けているんだぞ?

 一秒にひとりで七百万……三ヶ月かからんぞ。

 

 むろん、もっと減れば減少数も落ちるのかもだけど。

 しかし数ヶ月、長くて数年あれば?

 

「滅亡しますね」

「このままいけばのう?」

「はい」

 

 数名単位で孤立している者たちが増えにくいのは当然といえば当然だ。

 生き延びて生活するだけなら、その人数でもいけるだろう。

 だけど。

 子孫繁栄するためにはどうしても、他の集団と手をとりあわなくちゃいけない日がやってくるわけで。

 

「どうするユウ?」

「……」

 エキドナ様は俺を見ていた。

 マオは俺をみていない……俺の決定に従うつもりなんだろうと思う。

 

 俺はためいきをついて、そして言った。

 

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