夢と現(ゆめとうつつ)
夢を見た。
それは過去の夢。
それもずっと昔……まだ俺が何も知らなかった頃の夢だった。
「お父さん、次はどこに行きますの?」
「うん、久々に天城にいってみようと思っているんだ。旧隧道への道が整備されたと聞いてね」
「ああ、あのトンネルですか……好きですねえ」
母は父の趣味が嫌いじゃなかったけど、トンネル見物だけは苦手としていた。
だがそれは、思えば簡単な事だったんだけどな。
旧天城隧道といえば、たしかに由緒正しい素晴らしい旧跡だ。
有名な小説『伊豆の踊子』などにも登場する有名な古隧道であり、しかもトンネル一本に対するものとしては破格の工事費用をかけ、壁の石ひとつひとつまで職人さんの手が入った総天然石という、非常に明媚で、なおかつ頑強きわまる建築物でもある。
おそらく、あれはあと百年以上は余裕で使えるのだろう。
だけどね。
現代人のセンスでいえば、電灯ひとつついてない明治時代の不気味なトンネルなんだよ親父。
男の俺だって子供の頃は怖かったよ。
むしろ母さんが怖がったのはむしろ当たり前じゃないか?
しかも、しかもだ。
ふたりがよく遊びにいった伊豆半島っていうのは、実は房総半島ほどじゃないけど旧隧道なんかのメッカなんだよ。マニアックな渋い古き隧道があちこちにあるんだ。
やれ、あれは明治中期の、あれは大正の、あれは昭和初期の。
俺がわかるようになってからは、よく母さんと苦笑いしてたもんだよ。
『なぁ、祐一』
『え?』
ふと気づくと、親父が俺の前に立っていた。
なぜか温泉宿の浴衣を着ていた。
けどそれは夢の親父であって、親父でないと俺にもわかった。
なんでかって?
そりゃあ、親父のまわりに精霊がいたからだよ。
そう。
親父は魂だけの存在なんだ。
やっぱり。
親父はもう……死んでいるんだ。
【ユウ、いたよーパパ】
『何だ、探してくれてたのか』
そんなこと頼んでないのに、なんで?
【ユウ、おとーさん、おかーさんって、ないてたからー】
『!?』
【おうふ、てれてるてれてる】
【つんでれ?】
【つんでれー】
『あのなぁ』
驚いたが、なんだか話は理解できた。
『ありがとな、でもどこにいたんだ?』
【あたみー】
『熱海?』
【おんせん、はいってたー】
精霊たちの言葉をきいて、俺は脱力した。
『親父……あんたなぁ』
死んでも伊豆で遊んでたのか。
アホだアホだと思っていたが。
どうやら俺の父親は、死んでも治らない筋金入りのアホだったらしい。
『まてまて、落ち着け祐一。
俺は死ぬ前、おまえの事を思い出していたんだよ。
なんで死んだかは覚えてないんだが。
ここにいるのはそのおかげだろうな。
まさか死んでなお、おまえと話せるなんて予想もしてなかったが』
『そりゃ俺もだよ』
親父……。
『話はこの精霊たちに聞いた。
精霊使いだったか?すごいもんなんだなぁ』
『コレは、たまたまだよ』
俺は、なんか親父に褒められるのが照れくさくて言い訳した。
それにしても。
異世界とか勇者のキーワードをサクッとスルーするのが実に親父だよ。
これってつまり、俺にとって楽しい言葉じゃない事を知ってて、あえて触れてないって事だろ。
ちっ。
余計なとこまであいかわらずで……ちょっと腹が立つ。
そして親父は、そんな俺に楽しそうに笑う。
くそ、見透かしてるな?
『あっちの世界からこっちに持ち込めるものが、ほとんどなかったんだ。
で、スキルなら持って帰れるって聞いたんだけどさ。
でも、あんまり人外なスキルやら、人に危害を加える技術なんて持って帰るのもどうかと思ってさ。
そしたら地球にも精霊がいるっていうじゃん?
それなら精霊と話せるスキルがいいってわけさ』
『うむ、なるほど趣味に走ったんだな』
『……』
ああくそ、この野郎。
さすがに俺の父親、言い訳全部すっ飛ばして核心だけ見抜きやがった。
『……そうだよ』
ちょっと眉をしかめてそういうと、親父は楽しそうに笑った。
『すぐそうやって趣味に走るところは、さすがに俺の子だな。
実は父さんもな、死んだと思ったら箱根湯本にぽつねんと立っててな。
とりあえずわけもわからず、いつもの宿にいったら女将が気づいてくれなくてなぁ。
いや~参った参った、ハッハッハ』
『……なにやってんだよ』
頭いてえ。
『で、参ったついでに温泉めぐりしてたのか?』
『正しくは、過去に巡った温泉宿を回ってたんだな、誰か話の通じる人はいないかと思ってな?』
『な、じゃねえよ。
そこはとりあえず温泉から離れないか普通?』
『そうはいってもなぁ、たぶん知り合いじゃないと気づいてくれないんじやないかと思ってな。
で、箱根から伊豆にかけての知り合いといや温泉関係ばかりだからな!』
『だから、な、じゃねえよ!』
たははは……ったくもう。
だァァ、心配して損した、ったく。
『それで、ひとつ聞いていいか?親父?』
『……母さんのことだな?』
『おう』
そればっかりは聞くしかあるまい。
『俺が聞いた母さんの最後の言葉は、電話越しなんだ。
たぶんあの、ゾンビってやつが発生した直後だと思うんだが。
いきなり仕事中に母さんの携帯から電話がきてな。
珍しいと思って取ってみたら、苦しそうな声で「ユウイチがあぶない」と』
『え』
それ、どういうことだ?
『それどういうことだ親父?』
『さぁわからん、それっきり応答しなくなって、帰ったらもう……』
『……』
沈黙が流れた。
『だがひとつだけ想像つくことがある。
母さんは、あれで色々と不思議なところのある人だった。
だからもしかして……いまわのきわに、おまえの危機に感づいたのかもしれん。
でも自分には無理だから、俺に連絡してきたのかもしれん』
『……』
『そんな顔をするな祐一。
それに、こうして母さんの最後をおまえに伝えられたんだ。確かに意味はあったと思うぞ』
あ。
たしかに。
そこまで話したところで、父さんの姿が揺らぎだした。
なんだ?
【こころのこり、きえたー】
【あとは、しょうか、するだけー】
しょうか……あぁ昇華か。
向こうの世界で、心残りが晴れて消えていくゴーストを何度も見たけど。
まさか自分の肉親の昇華を見る事になるとはな。
最初に感じた悲しい心は、すっかり小さくなっていた。
たとえようもない別れの寂しさはあったが。
と。
『あ、そうだ祐一、もうひとつあったぞ』
『なに?』
そういうと親父は、にっこり笑った。
『母さんは体が弱くてな、おまえを産んだことで死にかけたんだ。
確かに俺達は旅行好きだったが。
伊豆によく行くようになったのは、もともとは湯治もあったんだぞ』
そうなのか。
『だから祐一』
にやり。
ちょっといやな感じの笑いを最後にすると、
『俺たちのぶんも元気な子をたくさん作るんだぞ、いいな?』
『親父!?』
ハハハハハ、と笑いを残して親父は消えていった……。
目覚めは、暖かいものに包まれていた。
「……あ」
俺はマオに抱きしめられていた。
そして。
「……なんだこの毛布」
なんか、中学の時に友達が見せてくれた、どこぞのフェリーの毛布みたいなやつだった。
む?
視線を巡らすと、どうも事務所みたいなところのベンチで寝ていたっぽい。
むむむ?
「ユー」
「おう、おはようマオ」
「ユウ、ユウ!」
おっと!
マオは起きた瞬間、俺の顔を見て飛びついてきた。
「ユウ、ユウ!ユウ!」
「す、すまん、心配かけたな、ごめんよ?」
なんか知らんけど状況は理解できた。
なんか俺、こっち戻ってから前後不覚になりやすいよな。
どうなってるんだ?
前はこんなことなかったと思うんだが?
『目覚めたかユウ?』
「おはようエキドナ様。ここどこだ?」
頭にエキドナ様の声が響いてきた。
エキドナ様はこんな建物には入れないからな、外にいるんだろう。
『ここは海辺にある港湾施設のようなもの……じゃろうな』
「じゃろう?」
なんで推測?
『あちらの世界の船着き場とはだいぶ異なるのでな、あくまで推測じゃ』
「あー……それはまぁ」
あちらにも鉄甲船みたいなものはあったけど、そもそもサイズが違いすぎるからな。
『なんじゃこのバカでかい港は、いったいどんな巨大船が乗り付けるんじゃ?』
「こっちの世界にゃ、エキドナ様が普通に乗れそうな船あるんですよ」
エキドナ様の体重を測ったヤツなんていないだろうが、おそらく百トンを余裕で超えるはずだ。
それでも地球の船なら乗せられるだろう、貨物になっちまうだろうけども。
って、それよりも。
「エキドナ様、ちょっと聞きたいことがあるんですが」




