突きつけられたもの
色々と話をしているうちに、ふと気づくと八王子に到着していた。
「ここが『ジャンクション』というやつかの?」
「ですです、やっとこさ八王子ですよ」
八王子から都内が、短いようでまた長いんだよなぁ。
ちなみに。
「お」
「別に道通りに進まねばならぬわけではないのじゃろ?」
「……ですね」
ひょいと道を乗り越えて本線に入っていくエキドナ様に、俺は苦笑した。
そうなのだ。
自動車サイズを想定した設備がエキドナ様には小さすぎて、実はさっき厚木ジャンクションを少し壊しちゃったんだよな。
あれは焦った。
もし日本という国がまだちゃんと稼働してたら、賠償金いくらになるんだか……ははは、はは。
って、それはいいとして。
「……」
「エキドナ様、どうしたんです?」
本線に入ったのにエキドナ様は加速をはじめようとしなかった。
それどころか、じっと遠方の気配を伺っている。
どうしたんだろう?
「エキドナ様?」
「ユウ、ちとおかしいぞえ」
「え?」
俺とマオは思わず顔を見合わせ、改めてエキドナ様の顔を見あげた。
「えっと、何かありました?」
「トウキョウというのはこの向こうなのじゃろ?」
「はい」
「そして、途方もない人口を抱えた大都市だったのじゃろ?」
「そうです」
「それにしては妙じゃぞ」
エキドナ様が眉をしかめた。
「この向こう、ゾンビの気配が異様に薄いぞえ」
「誰かに始末されたんじゃないですか?」
「ありうるのう。
じゃが、人工物の気配が少ないのはなんとする?」
「え」
そういわれて東京方面に目をやった。
あれ?
このあたりまできたら、新宿のビル街ってもう見えなかったっけ?
あれ、まだだっけ?
「さらにいうと、古代兵器の臭いがするのじゃが?」
え?
「古代兵器?」
「む、そうか、ユウは知らなんだか」
少しエキドナ様は考え、そして言った。
「すでに現物が残っておらんから、そなたは見ておらんのじゃな……すまぬ、わらわの感覚で話してしもうたの。
遠い昔にの、太陽の輝きの原理を解析し、地上に再現した者たちがおったんじゃ」
「……なんですって?」
まさか原子核反応のことか?
言葉通りだとすれば、それは核兵器って事になるが?
その臭いが東京からするって……そんな馬鹿な。
背中がゾッとした。
でも、聞かずにはいられない。
「それって、どういうことです?」
「そのまんまじゃよ、この向こうで広範囲に使われた形跡がある」
「……近づく事はできます?」
核兵器が使われたのなら、接近は危険かもしれない。
それに対してエキドナ様はフム、と少し考えた。
「ある程度の時間が過ぎておるようで、短期の毒は薄まっておるから入るには問題なかろう。
じゃが長期に渡って残留する毒はまだあるようじゃな」
そういうと、エキドナ様は俺たちの顔を見た。
「そなたらが老人であれば問題ないのじゃが、若者じゃからのう。
念のためじゃが、中で飲み食いはしないように。
あと、わらわのそばから離れる出ないぞ、よいな?」
「え、そんなもんでいいんですか?」
もっと厳しい注意が必要かと思ってた。
そしたらエキドナ様に苦笑された。
「毒には色々あるが、古代兵器の毒はそのほとんどが二年も経てば無害化されておる。
そして、わらわの体は古代兵器の毒も受け付けぬようになっておる。
ただ、念のためにそなたらは注意しておけということじゃ」
「念のためて……そんなレベルの話なんです?」
「そんなレベルの話じゃが?」
エキドナ様は首をかしげた。
「ああ、毒ときいて不安になったかの?
じゃが、この毒はもともと自然界には少しあるものにすぎぬ。
さすがに発動初期なら近づくのも禁止じゃが……もうそんな危険はないのう」
「あ、半減期」
なるほど。
あーでも俺は核物質には完全に素人なんで、自分の認識を簡単にまとめてみる。
核兵器がどうしてやばいかというと、その大きな破壊力と放射線の被害もさる事ながら、少なくない量の放射性物質をばらまくからっていう方が馬鹿にならない。
ではそもそも、どうして放射性物質がまずいのか。
放射性物質とはその名の通り、継続的に放射線を放ちつつ、変質していく不安定な物質だ。
なぜ変質するかというと、水が高きから低きに流れるのと同じ事だといっていい。
物質として不安定だからこそ、放射能を吐き出し安定した別の物質に変化していく。
で、これが一定期間ごとに半数に減っていくわけで、これを半減期という。
半減期は物質により異なっていて、数日から天文単位までと差が桁外れに大きい。
問題は、この安定化のために吐き出している放射能がやばいってこと。
だからこそ放射性物質はまずいわけだ。
放射性物質は自然界にも存在し、生き物の生存や進化のサイクルにも関わっているらしい。
つまりそれ自体は本来、悪いばかりのものではない。
だけど、この本来ごくわずかしかないはずの、放射性物質が大量にあったら何が起きるか?
ゆっくりと進化を促すはずのものは、細胞を狂わせ破壊するおそろしい毒になる。
さらに多いと放射線障害を引き起こし、ついには死に至る。
俺の話を、エキドナ様はウムウムと聞いてくれた。
「わらわの知識とだいたい一致するようじゃの。
やはり間違いあるまい。
この先の惨状は、何者かが古代兵器……そなたらの言う核兵器を用いたからであろうよ」
「馬鹿な、いったい誰がそんなことを」
「さあのう。
じゃが、この世界で古代兵器が作られておったというのなら、誰が使っても不思議はないじゃろうな」
「え?」
「考えてもみよ。
国家が成り立たず、巨大な都市が死者の都になるほどの大惨事のおりじゃぞ?
今こそ攻め時だと考え、この国に攻撃をしかける可能性のある国に心当たりはないかや?」
「……ありますね」
そもそも国と国というのは基本的に敵だ。
幸い、日本には安保を結んでいるアメリカと、複雑な事情あれど概ね好意的な台湾という友好的な存在がいる。
しかし、それ以外の隣接国家はすべて敵。
え、殺伐としてる?
とんでもない。
そもそも国と国の関係って、そんなものだよ。
だってさ。
国というのは利害関係で生じるものなんだから。
利害が対立するからこそ別の国になるわけだから、本質的に他国というのは味方ではない。
特に領土が隣接していると直接利害が出るから深刻だ。
だからこそ安保を組んだり交流して、少しでも仲良くしようとするわけで。
え?考えがおかしい?
では考えてほしい。
どうして、わざわざ『友好』という言葉が頻繁に国家間でかわされるのか。
簡単だよ。
本質的に味方ではないからこそ『友好』を事あるごとに確認するんだよ。
ましてや世界的規模の脅威。
どんな国だって、自国の中の事でせいいっぱいだったろう。
ならばこそ、自国のために今こそ小日本を攻撃せよってバカが出たと。
……ね、ありうる事だろ?
「ユウ、マオよ、何か適当なものに掴まるがいい」
「え?」
「え、ではない。
そもそも、こうしてわざわざ移動しておったのは状況を確認しつつ進んでおったからじゃぞ。
事態が変わったからには、わざわざ進まずともよい……転移するぞ」
「でもエキドナ様」
「なんじゃ?」
「東京になんか来たことがないのに飛べるんですか?」
「あ……それはな、まぁ簡単にいえば裏技があるんじゃよ」
「え、裏技?」
「そうじゃ裏技じゃ」
裏技ねえ。
基本的に転移は、知った者のいる場所、または行ったことのある場所にしか行けないと聞いたことがある……まぁ俺は転移できないからあくまで「聞いた話」だけどな。
事実、エキドナ様がこの世界に転移してきた時、そばには俺たちがいたわけで。
なのに。
行ったことのない場所に行ける?なんで?
「ユー」
「なんだマオ?」
ふと気づくと、マオが真剣な顔で俺を見ていた。
「ほら、ここ掴んで」
「お、おう?」
「はやく」
言われるままに、万が一にも振り落とされない場所を掴んだ。
「いいです、どうぞ」
「うむ、では転移する」
そうして世界が陽炎のように揺らいで。
そして次の瞬間、俺は焼け野原になった東京にいた。
「……」
わかってはいたけど、あまりにも衝撃的な光景だった。
ひたすら続く土地は、しかしただの荒野ではない。
地面は真っ平らではなく、むしろ凹凸が激しい。
今いるところは窪地ではないが、しかし山でもない。近隣には小山があったり谷になっていたりと複雑な地形を持っていて……だがその全てで、何かが薙ぎ払われるように失われ、土台だけが残されている。
……いや、残っているものもあるな。
地面に何か、ひし形の金属プレートが埋め込まれている……公共基準点の標識だ。
そこにはこうある。
『道界・新宿区』
「……冗談だろ?」
東京都新宿区で、この地形。
……。
精霊に呼びかけた。
『すまん、ちょっと教えてくれ』
【なあにー】
【教えてえらいひと?】
『ここの現在地、番地でわからないか?』
【わかるよー】
【えっとねー、東京都新宿区原町一丁め、番地はねえ……】
【ひがしむらやま?】
【ちがうよう】
間違いない。
ここ……この、何もない場所が。
……俺の実家だ。
「……」
俺は気がつくと。
その場に膝をついて、ただ泣いていた。




