異世界の状況とこれから
エキドナ様にたずねてみたかったのは、主にあっちの世界のことだった。
「エキドナ様、あっちの世界の概況を教えてくれませんか?知ってる範疇でいいので」
このひとはいわば大御所だし、世界の『肝っ玉かあさん』みたいな存在だ。
エキドナ様の日常というのは、ヒマさえあればどこかで魔獣やら神獣やら産み落とし、自分だけでなく他人のお産の世話もしてやり、わらわらと幼獣や若い獣に囲まれているような生活が身上だったりする。何しろ一部の部族の間では、子宝の神扱いもされているらしい。
そんなわけで、今のような状況は当然、ものすごく異常事態なんだよな。
もともとあちこち飛び回る存在じゃないから、持っているニュースは豊富ではないだろう。
だけど、ここに来る前に色々聞いてきたはずだった。
「そなたが魔族の王を倒し、こちらの世界に戻ってからでよいのじゃな?」
「はい」
順調に八王子に向かう道の上で、エキドナ様は言う。
「そなたを送り返した神殿の者たちはまず、辺境の修道院などに送られたようじゃな」
「……」
「驚いておらぬな?」
「あー、実はある程度本人たちに聞かされてましたから。
俺を送り返してくれるのは国や神殿の総意ではないから、自分たちは終われば左遷されるだろうって」
俺も彼ら個人の厚意には感謝した。
けどそれは誘拐犯である彼らの国や神殿についてはまったくの別問題。彼らは結局罪滅ぼしも感謝のひとつもなく、俺が自分たちに従うのは当たり前ってスタンスを最後まで崩さなかったからな。
「その後、我らエルフやその他、人間族が亜人と虐げている者たちへの大規模侵攻が開始されたのだ。
じゃがエルフたちとて負けては居ない。
実はそなたがいるうちからな、エルフ族側も準備しておったのだ。
人間族たちが亜人勢力に攻撃をかけようとしたおりには、彼らは全て人間族の知らぬ隠れ里に移動済みじゃった。人間族たちの侵略は空振りに終わったわけじゃ。
そのため彼らは、居場所のわからぬ者たちではなく、先に魔族を始末する方を始めた。
具体的には古代兵器をこの地球から集めたエネルギーで作動させ、魔大陸ごと焼き払ったのじゃな。
知ってのとおり魔族はそのほとんどが魔大陸におるのでな、これで事実上全滅状態になった」
「……なんだよそれ」
なんかこう、ガックリきてしまった。
「俺のあの戦いは……あんな嫌な思いをしてまで戦ったのは全部無意味かよ」
今までいろんな勇者物語があったと思うが……こうもあっさりと無意味にされた勇者は、さすがに少数派だろうなぁ……ハハハ。
「無意味?それは違うじゃろう。
そもそも、そなたの召喚がきっかけでエネルギー取得の研究が始まったんじゃからな、彼らにとって無駄ではなかろうよ。
もちろん、ソレに対するそなたの心情は別としてじゃがな」
「……」
「それにじゃ。
その魔族攻撃の件があったからこそ、森の民どもも腹を決めたんじゃぞ。
このままここにいては全滅するとのう」
「なるほど」
そういう経緯があったわけか。
道理でエルフが……生まれた森をあれだけ愛するエルフ族が、よく異世界へ避難なんて考えたもんだと思ったんだけども。
「いずれあの婆から説明があるじゃろうが、この作戦は2つの面をもっておる。
ひとつは、避難先であるこちら側の確保。
わらわが今、ここにおるのは行き場を探すためでもあるが、そなたの護衛の意味もある」
「俺の護衛?」
「いかにも。
万が一、人間族がそなたを再召喚しようとしたら、これを止める事じゃな」
なに?
「再召喚?なんで?」
一撃で魔族が滅ぼせたあいつらが、なんで今頃俺を求める、なんで?
「そなたにエルフどもを探させるためじゃよ。
彼らはエルフを『異種族』でなく、神から与えられた自分たちの道具だと考えておる。勝手に逃げ出した道具を取り戻し、今度は逃さないようにするつもりなんじゃろう。
そのためには、エルフと仲の良かったそなたを使うのがよいというわけじゃな?」
「なんだよそれ!」
勝手にもほどがあるぞ!
「腹をたてるのはもっともじゃが、まぁ怒るな。
そして行き先を確保したら、皆の大規模転送を行うわけじゃが、それで終わりではない。実はやる事があるのじゃ」
「やること?」
「今朝放ったオルトロスたちじゃが、新天地の確認だけが仕事ではないぞ。
あやつらは新天地に向かう途中、見つけたゾンビにマーキングをしておるんじゃ」
「マーキング?なんの?」
「大規模転送と同時に、そやつらゾンビを向こうに送りつけるからじゃよ」
にやりとエキドナ様は笑った。
「この代替転送にはふたつの理由がある。
ひとつは、転送規模が大きすぎること。
世界の均衡が崩れるとまではいかぬが、そのままでは両者の位置関係が大きく狂いかねんのじゃ。
いずれそうなるにしても、大規模転送の時点でずれるのは好ましくない。
ゆえに代替えを入れるんじゃな」
「それだけじゃないよね?」
「ほう、さすがにわかるか」
「ダテに十年も勇者やってないよ」
「たしかにそうじゃったな」
エキドナ様は納得げにうなずいた。
「大規模転送の後、世界が許す限りじゃが、発見したゾンビをあちらに飛ばそうと思っておる。
その際、マーキングしたゾンビたちを転送の目印にしようというわけじゃな」
「……つまり地球のゾンビパニックをやり返すと?」
「あやつらの作ったゾンビじゃ、あやつらに始末させようぞ」
たしかに。
俺は思わず苦笑いしてしまった。
「それに、ゾンビを送りつけるのは別の効果があるんじゃよ」
「別の?」
「人間族国家はひとつではない、覚えておろう?
それらに対して魔族が離間工作しておったのを利用するのじゃ。
こちらのゾンビたちは向こうとは違う装いをしておるし、違うものを持っておるじゃろ?」
「あ……つまり仲違いの種にすると?」
「うむ、そういうことじゃ。
召喚国はそなたの働きのおかげで人間族国家の中で大きな顔をし、他国から利益を吸い上げておったからのう。
じゃから当然の反撃を受ける。
魔王を倒せし勇者を用のすんだ奴隷のように扱ったわけじゃから、報復されているのはあやつらのせいだとのう」
「なるほど」
単にゾンビを送る以上の嫌がらせにもなるわけか。
「それと、もうひとつあるのを知っておるか?」
「もうひとつ?」
「あの女……そなたがクソ女神と呼んでおる存在じゃが、あれの力の源は人間族どもの信仰心と、そしてそれ以外の種族の恐れの気持ちなんじゃよ。
じゃが連中の国家間に不信が広がり、くわえて勇者召喚を行った国そのものがその意義を疑われつつある現在、その信仰心は急速に衰えつつあるんじゃ。
くわえてその上、異世界産と思われるゾンビが世界のあちこちに現れたら、彼らはなんと考えるかのう?」
「……なるほど」
それはさすがに俺でもわかる。
「で、さらにとどめじゃ。
今まで召喚勇者といえば人間族側の存在ばかりで、しかも彼らは無条件で人間族の味方じゃった。
しかしユウ、そなたは人間族の縛りにこそ逆らわなんだが、それ以外ではむしろ全面的に我々の味方であった。
人間族が存在すらまともに認知しておらぬ精霊に非常に好意的で、何より
しかも猫族の生き残りを家来や奴隷でなく普通にかわいがり、そしてパートナーとして連れ歩いた。
その事をわらわたちは、非常に重視したのじゃ」
「……でも魔族は」
「それは仕方なかろうよ。
そなたの縛りは魔族の王を殺せ、じゃ。
これで敵対するなと言われても無理じゃし、その罪をそなたに問うほど我らは愚かではないぞ。
それにまぁ……その魔族が滅亡してしもうたのは、いろいろな意味で運命の皮肉じゃが」
「……ですね」
それには同意するよ。
魔族の生き残り……いくら操られていた結果とはいえ、彼らを殺しまくった俺には色々と言いたい事もあるに違いないからな。
その彼らを、あちらの人間族は大陸ごと滅ぼしてしまった。
なんともいえない話だよ。




