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 あちらの世界の人たちが、この世界に避難してくる……それは大変なことだけど、それはそれでいい。

 だけど。

 二度とこっちから向こうに戻れなくなるとしたら?

「エキドナ様、ひとついいですか?」

「なんじゃ?」

「そうまでして、あっちの人たちがこっちの世界に逃げてこようとしている理由ってなんです?」

「最大の理由をぶっちゃければ、他に逃げ場がないからじゃよ。

 人間族はこの世界の人間の生命力を吸い上げ、世界そのものを揺るがすような兵器を使いおった。

 これによって、もはや魔族は魔大陸ごと全滅状態じゃ。

 のう、ユウや。

 これほどの事態が、あの世界そのものに影響を与えてないと思うかや?」

「!」

 それは。

「あやつらは、人間族にとって都合の悪いものを根こそぎ滅ぼすつもりのようじゃ。

 じゃが、それが世界にどう影響するかを理解しておらぬ。

 かの者たちの破壊は世界のバランスを崩し、いずれ大規模な破滅(カタストロフ)を引き起こすであろう。

 そしてその破滅すらも彼らは自分たち以外の種族のせいにしてはばからないじゃろう。

 じゃから我らは決めたのじゃよ。

 そうなる前に逃げ出そうとな」

「……あの女神が妨害する可能性はないんですか?」

「あの女は、あちらの世界から動かぬよ」

「なぜです?」

「なぜ人間族だけがあの女を信仰しておると思うんじゃ?

 あれは信仰を自分の力の、存在の源泉にしておる。人間族に君臨し大きな力をもつが、反面、もはや人間族ぬきでは存在できぬほどになっておるんじゃ。

 ゆえに、あれは動かぬ……正しくは動けぬようじゃな」

「そうなんですか」

 そこで俺は気づいた事があった。

 気になったので迷わず質問してみた。

「エキドナ様、質問です」

「なんじゃ?」

「どうしてあの女神、そこまで人間族に固執するんです?」

「ん?ああ知らなんだか」

 なぜか納得げにエキドナ様はうなずいた。

「あれは元々、かの世界の神ではないんじゃ。別の世界から来た『神のような一柱』なんじゃよ」

「え……あっちの神じゃなかったの?」

「神なら精霊がおるじゃろうが。あれが精霊の一種に見えるかや?」

「見えませんね」

 きっぱりと返事した。

「あの女は存在の根っこを失い、滅びかけておったらしい。

 そしてかの世界に自分の一部を注入して猿の一種を変貌させ、人間族を生み出したのじゃよ」

「じゃあ、あちらの人間族が女神を信仰するのは」

「我らは神の子であると彼ら自身が言っておるじゃろ?そのとおりなんじゃよ。

 間違っておるのは、かの世界が自分たちのために女神が与えたと思っておる事だけじゃな」

「ああ、あれですね。

 『おまえがそう思うならそうなんだろう、おまえの中ではな』ってヤツか」

「よくわからぬが、たぶんそういう事じゃな」

 なるほど。

 そういう事だったのか。

 

 わからない話がほとんどだが、ひとつわかった事があった。

 つまり。

 森や自然界と共に生きるのが本質のエルフまでもが、あの世界を捨ててくるという……その意味。

 それはつまり。

 

 あの世界は──失われるんだ。

 少なくとも、エルフやみんなが住める世界ではなくなる。

 

「すみません!」

 俺はその場で土下座した。

「ユー?」

 マオが首をかしげているが、それどころじゃなかった。

「すみません……もう謝ってもどうしようもないでしょうけど、ごめんなさい!

 俺は……あの世界を滅ぼすのに手を貸しちまった」

 謝ってももう遅い、とは思った。

 だけど正直、ほかに何も思いつかなかったんだ。

 

 だけど。

 

「何か勘違いしておるようじゃな」

 はぁ、とエキドナ様はためいきをついた。

「頭をあげよユウ」

「……」

「ユウ!」

 頭をあげると、立てとエキドナ様は言った。

「言っておくが、そなたとあの世界の危機はまったくなんの関係もないぞ。

 かの者たちは、召喚術の結果を見て異世界からエネルギーを吸い上げる方法を知り、そして実行したのじゃ。世界の危機はその結果にすぎぬ。

 その事と、召喚被害者であるそなたのその後の行動になんの因果関係があるというのじゃ?」

「でも、俺が魔族と戦って人間族に余計な時間を作らなきゃ」

「ユウよ」

 エキドナ様がためいきをついた。

「はっきり言うが、そんなものはユウの責任ではないぞ」

「……」

「ユウ、この世のあらゆる事象には因果がある。

 両親が出会い、夫婦となったからそなたが生まれたように。

 単なる原因と結果でなく、そうやって、間接的に関わったものもすべて責任があるというのなら、この世はあまりにも住みにくいものになってしまうじゃろう」

「……」

「そなたが責任を感じてよいのは直接剣を交え殺した魔族くらいじゃろう。

 じゃがそれにしても、誘拐犯に『故郷にかえしてほしくば従え』と言っても従わず、やむなく制約で縛られ戦わされていた結果なのも事実じゃ。

 確かに、脅されていれば何をしてもよいわけではなかろう。

 じゃが、だからといって魔族が手放しで被害者であるとは言えぬよ。

 のうユウ。

 問答無用で何もかも自分の責任と考えるのは、それこそ無責任というものじゃぞ」

「……でも」

「でも、ではないわ!」

 いきなり頭が凄い力で叩かれた。

 あいたたた。

「おおげさな、デコピン(・・・・)しただけであろうが」

「だぁぁ」

 そんな、お釈迦様みたいな手でやられたら首が飛ぶわ!

 だけど。

「ふふふ」

 エキドナ様は楽しそうに笑った。

 

「話を戻そう。

 そんなわけでじゃな、この世界の人間族の生存数確認、それと移民に使える最初の土地の策定が求められておるんじゃ。

 このうち生存数の方は、今、精霊に頼んで調査させておるのでもう少し待つがよい。

 で、あとは土地の策定じゃが……ユウ、そなたはどこか候補を知らぬかえ?」

「ふむ」

 俺は少し考えた。

「どこでもいいってわけにはいきませんよね?どんな条件の土地がいいんです?

 気候は?広さは?」

「そなたが逗留しておったエルフの森を参考にすればよかろう。

 あとは近くに海、それから湖があればよいのじゃが」

 ということは、日本と大差ないな。

 ここから遠くなくてその条件を満たす……まてよ?

 あるんじゃね?

 

 俺は父さん母さんによく連れられてきた、伊豆の南部を思い出していた。

 ゾンビを遠ざける意味でいえば、地形は半島。

 比較的温暖で地形が変化に富み、近郊に海があり……ちょっと遠出になるが湖もある。

 うん、いいかも。

 

「もしかして、伊豆あたりがいいんじゃないかな?生存者の状況などにもよるけど」

 避難民がたくさんいたら、どのみちまずいからな。

「イズ?」

「あっちの方にある、南に突き出した半島ですよ」

 俺は伊豆のある方向を指さした。

「むこうか……。

 よし、では先触れとしてこの子らと精霊を調査に出そうかの。

 行くがよい」

「「オンッ!」」

 オルトロスがふたつの首で応えるように鳴き、そして走っていった。

 ……その後に精霊も一塊ばかり、わらわらとくっついて行く。

「とりあえずこれでよかろう、ではまいろうか」

「え?」

「え、ではないぞユウ、そなたの生家を確認するのであろうが」

「……いいんですか?」

 どう考えても、世界の危機の方が優先だろうに。

 でも、そういうとエキドナ様はまた笑った。

「ユウよ、それは、わらわたちの都合じゃ。

 そして両親や生家の確認をしたいのは、そなたの都合じゃ」

 そう言うと、エキドナ様は目を細めた。

「他人の都合を優先するという気持ちは尊いもの、素晴らしいものじゃ。

 しかし肉親への情は根深いもの、それは誰にも覆せぬもの。

 それを押し殺してまで他者を優先するのは……正直感心せぬぞ。

 昔から言うであろう?『孝行したい時に親はなし』とな?」

「……質問」

「なんじゃ?」

「それ、日本の言葉ですよね?

 エキドナ様的には、んー……振り向く先に親はなし(ワル・ワズ・マイマラル)なんじゃないですか?」

 前にエルフのおばさんに聞いた言葉なんだが。

「……ふふふ」

 そういうと、なぜかエキドナ様は小さく笑った。

「まぁよい、とにかく子供が遠慮するなという事じゃ」

「俺は子供じゃないっすよ……見た目は若者かもだけど」

 あっちの世界ではもう、おっさんと呼ばれる歳になってたわけだしな!

 しかし。

「ほうほう」

「ほうほうじゃねえって!」

 それでもエキドナ様は俺を子供扱いして。

 それどころか。

「ふふふ」

 まるで俺のお袋がするみたいに、意味ありげに笑って。

 そして。

「……」

「マオ?」

 なぜかマオまでも、微笑ましげな目で俺を見ていた。

 

 はぁ。

 とりあえず俺はマオの頭に手をかざして、

 

「チョップ」

 一発かましてやった。

 

「痛いよユー!」

「すまんすまん、肉球で遊びたかったんだが今のおまえじゃ無理だしな」

「何それ……」

 頭をおさえてうずくまっているマオ。

 いや、何それって。

「ん?俺よくマオの肉球いじってただろ?あれ休まるんだよなぁ」

「意味わかんない」

「そうか?」

「うん」

 まぁ、猫の肉球のよさを猫に語っても理解してはもらえんか。

 ちょっと残念。

 と、そんなことを考えていたら、唐突にマオが顔をあげた。

「ユー、チッポゲームしよ!」

「……は?」

 チッポゲーム?

「なんだ、そのチッポゲームって」

「シッポのある子同士じゃないとできない遊びだよ。

 ユーもシッポ生えたもんね、だからできるよね?」

「そ、そりゃあまあ。

 で、それって具体的に何やんの?」

「シッポをからませて、ギュッギュッてするの」

「なんだそれ……勝ち負けとかあるのか?」

「あるよ」

「ほう、どうやったら勝ちなんだ?」

「やればわかるよぅ」

 クスクスと楽しげなマオに、俺はわけもわからず了承した。

「よくわからんけど……やってみるか」

「やったぁ!」

 

 結論からいうと、俺はこの選択をすぐに後悔する事になった。

 

 俺は尻尾が生えたばかりの初心者で、扱い方もろくにわかってない。

 しかし相手は、生まれた時から尻尾のあったやつ。

 しかも、しかもだ。

 尻尾というのは脳から神経が一直線に直結している器官であり、めちゃめちゃ敏感なわけで。

「……ぉふ」

「♪」

 わずか数分後。

 にこにこ笑顔のマオの隣に、腰がぬけてブザマに転がっている俺がいたのだった。


チッポゲーム

 チッポは尻尾の幼児語。

 もちろん原語は日本語ではないが、そういうニュアンスの子供言葉と考えてください。

 

 長い尾をもつ種族の子がやるゲームで、尻尾をからませ締め付け、降参したら負けというもの。

 基本的に長い尾は運動補助に使われているため、尾を鍛えることは運動性を鍛える事につながるため、非常によく推奨される子供の遊びである。

 

 反面、尾には脳から脊髄経由で神経がつながっていて、大の男でも悶絶させる事すら可能。


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