反撃について
その晩、俺はマオは二人だけの小さな部屋をあてがわれた。
ただの部屋ではない。天井裏みたいなところを通り、屋根の上に出ると存在する隠し部屋だった。
海老名サービスエリアによくこんな部屋あったなって感じの部屋なんだけど、プレハブ感のある素朴な作りでなんとなく想像がついた。
大昔のゾンビ映画で、従業員区画を閉鎖・改造して住んでいた連中がいたよな。
あれと同じだろこれ。
おそらく、もともと計測器か何かを設置している小部屋があったんだろう。
で、ゾンビパニック後にこのサービスエリアに住んでいた連中が、ここを使っていたんだろう……狭いし、ベッドだけが妙に立派だから、物見に使っていたわけじゃなさそうだけど。
灯りは、つけてない。
部屋の隅には遊びにきた精霊たちがいるけど、俺にマオがぴったりくっついてしまったら、クスクス笑いながらみんなよそを向いてしまった。
どうもこれは……お膳立てしてくれてるみたいだな。
見れば、俺を見上げるマオも期待しているように見える。
俺はためいきをついて、そして言った。
「なぁマオ」
「ん?」
「どこでもいい……安全な拠点が確保できたら、子供ほしいと思わないか?」
「今すぐほしいよ?」
うわ。
牽制球のつもりが、ド直球で返されてしまった。
しかしここで引くわけにはいかないから、俺は続けた。
「いや待て、今はまずい」
「え?」
「ここは拠点に向かないだろ?」
確かに今は安全確保されているけど、そりゃ今もエキドナ様が駐車場にドーンと鎮座しているからにすぎない。
そして彼女にはハイエルフの婆ちゃんと組んで、地球のどこかに避難拠点を作るって目的があるわけで……つまり、俺たちの都合でここの安全を確保してもらうわけにはいかないんだ。
だから俺は言う。
「俺はエキドナ様たちを手伝って、拠点づくりをしたいと思う。
そんで安全が確保できたら俺たちも腰をすえて、これでもかって子供作ろうぜ、な?」
「……うん」
あ、興味が出たらしい。
目がキラキラ輝いてる。
「じゃあ、今はおあずけ?」
「お、おう」
「……ごめんね」
「なんで謝るんだ?」
「……なんでもない」
「……」
お互い、言葉は多くない。
俺は口下手な方だし、マオは猫だ。構造的に会話可能いっても、やっぱりしゃべらないのが本分だ。
ぎゅっ。
俺たちはただ、静かに抱きしめあっていた。
翌朝。
当たり前だけど、駐車場の中央にエキドナ様はいた。
現代的な海老名のサービスエリア中央に、怪獣サイズとしても大きめの半人半蛇に翼つきの女性。
その組み合わせに一瞬、めまいがした。
「えっと、おはようございます?」
「うむ、おはよう。なぜに疑問なのじゃ?」
「いやその、違和感がとんでもなくて」
「違和感?」
「見慣れた日本の現代風景のど真ん中に、本物の女神様が鎮座してるってのが絵的にすごいんですよ。
なんつーか、その」
まさにリアル怪獣映画。
さすがに失礼なその言葉を隠して苦笑していると、逆にエキドナ様に笑われた。
ナ、なんだ?
まさか読まれてないよな、ハハハ。
「いや、それよりもエキドナ様、その子はいったい?」
そう、そっちのほうが問題だ。
え、何がどうしたって?
エキドナ様の足元に、黒い犬っぽいのがいるんだけど……なんと首がふたつあった。
魔獣だろこれ、まだ子犬だけど。
オルトロスっていうんだっけ?
2つ首の犬、しかも猟犬や番犬によさげな恐ろしげなやつだ。
「ああ、今朝はやくに産んだんじゃよ」
「いつのまに!?」
なんと。
「妊娠中に世界間転移したんですか……無茶するなぁ」
何が起きるかわからないだろうに。
ところが。
「違うぞ?」
「え?」
「昨夜、野犬が迷い込んできおったのでな。精をもろうて作ったみたわ」
「一晩で!?」
「さすがに神級を産むのは一晩では無理じゃが、これは普通の魔獣なのでな」
おいおいっ!?
「たった一晩で子供作って産むとか……さすが魔獣の母」
「いや、これは二回戦めだが?」
「もう巣立ってる!?」
なんだかなぁ。
「でもなぜ子供を?」
「この世界の獣と子を成せるものか試したのじゃが……向こうの動物と変わらぬな。
これなら混血も繁殖も容易じゃろう」
マジですか。
「けど、ここ地球でしょ、先に巣立った方は相方どうするの?」
「このオルトロスはあくまで犬の上位種扱いなのでな、普通に犬と子孫を作れるんじゃよ」
「あの」
「む?」
「もしかしてそれ……魔獣の血縁をこの世界に解き放ったと?」
「そうなるのう」
「え、なんで?」
「不思議なことをきくのじゃな」
「え?」
「食事をすれば子も作る、それが生き物というものじゃ。違うか?」
「あー……確かに」
まぁねえ。
たんぽぽに向かって、おまえはどうして綿毛をばらまくのって言うようなもんだよな。
そんなもん決まってる。
つまり、それが生きるって事だからだ。
そして今日この時、異世界からやってきた本物の魔獣オルトロスの血が地球世界に解き放されたと。
しかもすでに巣立った子もいると。
……はは、は。
見なかったことにできないだろうか?
「ああ、それでひとつ面白いことがわかったぞ?」
「え?」
「どうもここのゾンビどもは人間だけを狙っておるようじゃ、動物のゾンビは一体たりとて生まれておらん」
え?
「どういうことです?」
ゾンビ化は種族を問わず起きるはずだ。
少なくとも爬虫類と哺乳類がゾンビ化する事は向こうの世界で確認したはずだが?
「昨夜、そなたらが仲良くしておる時に精霊たちを飛ばして調べておったが……動物のゾンビがおらぬのじゃ、一匹もな。死体はたくさんあったが」
「……そういえば」
これだけゾンビがいるのに人間しか見てないな。
いや、日本だからと思ってたけど、犬猫ですら見ないのはさすがにおかしいよな。
「獣たちはゾンビ化した肉は食べないですよね、すると」
「おそらく、無理やり人工的に感染でもさせない限り、ゾンビは人族だけであろう」
「……なんででしょう?」
「その理由はわかっておろう?
ゾンビ化の時に、人間だけをターゲットにするよう設定しない限り、このような事はできぬ」
「……」
要するに、これも向こうの人間族のせいってわけか。
俺は、ふと思いついたことを言ってみた。
「エキドナ様」
「なんじゃ?」
「それって逆用できませんかね?」
「逆用?ゾンビへの指示をか?」
「たとえばですけど……あちらの人間族を襲うように書き換えて、俺を召喚した王城に転送してしまうんです」
「……ほほう?」
エキドナ様は少し考えていたが「無理じゃな」と返してきた。
「さすがに虫が良すぎますか」
いい嫌がらせ方法だと思ったんだがなあ。
そしたら。
「そうではない、王城各国には直接転移を防ぐ結界があるんじゃよ」
え?
「すると……王城以外ならできる?」
「余裕じゃろ」
「へぇ……俺はむしろ、司令の書き換えができないんだとばかり」
俺の言葉に、エキドナ様は「ないない」と言いたげに首をふった。
「ふふ、そんなわけなかろう。
ゾンビへの指示書き換えなんぞ、より強い魔力で上書きすればいいだけじゃて」
「そうなんですか?」
「やったことないか?」
「はい」
ゾンビは基本的に焼くか置き去りだったからなぁ。
「ふむ」
エキドナ様は俺をじっと見た。
「昨日のリッチ戦といい、そなたずいぶんと弱体化しておるの……若返ったのは種族変換の時であろうが、いったい何があったんじゃ?」
「あ、それは」
そうか、エキドナ様は知らなかったのか。
俺は女神に『元いた場所と時間』に戻してもらった時、身体を元に戻すのだから経験もなくなると言われた話をしたのだけど。
そしたら。
「そんなわけがあるか!……あの女、ろくな事をせんのう」
そういって、エキドナ様は不機嫌な顔をした。
「ユウ、そなた騙されておるぞ。経験を女の力で吸い取られたんじゃ」
「……」
「おそらく、奪った経験を加護に変換し、人間族どもに恩恵として与えたのであろうが。
短いヒトの生から、十年にも及ぶ経験を全て奪うとは……なんとも極悪なことをしよるわ」
「……ま、その時間経過もなかった事になってるようっスけどね」
「だからといってそなた、納得できるかや?」
「……ははは」
ひきつった笑いが出た。
俺は本当に、どこまでもマヌケに騙されてたんだなぁ。
は、はは、ははは……。
「そういやエキドナ様、ふと思ったんですけど」
「なんじゃ?」
「こっちに戻される時、あの女神は同じ時、同じ場所に戻すという約束も守らず、装備品も全部取り上げて適当に放り出されたんですよね。
で、こっちに戻ると二年たってなかった。
俺はそれを世界間の時間のズレと考えていたんですが、これ何か意味ありますかね?」
「ユウ、そなた、自分の体感で向こうに何年おった?」
「十年くらいです」
「一年の長さは、向こうとこっちでどのくらい?」
「こっちは365と四分の一日弱ってとこでしょうか。で、向こうは354日ですよね?」
「ふむ、違いは11日程度か。一日の長さはどうじゃ?」
「ごくおおざっぱですけど、あまり違わないと思います」
「……なるほどのう」
エキドナ様は少し考え、そして答えた。
「実は昨夜、そなたらが引っ込んでから森のと話したんじゃが……こちらで一刻ほどの違いのうちに、向こうでは一晩が過ぎておったんじゃ」
「え」
そんなにずれるのか。
「森のの試算では、両者の時の流れは7倍ほど違うのでは、という事じゃったな。ただし同期しておるかは不明じゃが」
「不明、ですか」
「向こうとこちらはそれぞれ全く独立した別の世界なんじゃぞ。
通信にせよ世界間転移にせよ、素直に同じ時間に飛んでいる保証はどこにもないんじゃ」
「え、でも即時通信できてましたよね?」
「見た目上はのう。
かりに両者に二百年のズレがあったり、あるいは季節や年単位でズレが変動する場合、それをわらわたちは観測できぬのじゃ。第三者の視点をもっておらぬからのう」
「……たしかに」
言われてみればその通りだな。
「じゃあやっぱり同期してないって事なのかな、情報が少なすぎて判断つきかねてたんですが」
「わらわたちも似たようなものじゃ、異なる世界の間のことじゃからのう。
じゃが、ひとつ確かな事がある」
「なんです?」
「一度移動したら戻れるとは限らぬという事じゃ。
特に今回やろうとしておるのは、民族単位の大移動であろ?
これほどの負荷を双方の世界に与えるんじゃ、両者の位置関係が変わらぬとは思えぬ。
最悪の場合、二度と元の世界には戻れぬじゃろうと森のは言うておる」
「……まずいでしょそれ!」
俺は思わず叫んだ。




