海老名のリッチ
「エキドナ様、何か?」
「進行方向の左少し距離があるが、ずいぶんと多数の死者の塊がおる。
それはいいんじゃが……どうも上位種、それもリッチに進化した個体が中心におるようじゃぞ」
「え」
進行方向の左少し向こう?
「たぶん海老名のサービスエリアあたりですよね……そっちに行かずに圏央道に入るつもりなんですが……って進化!?」
ゾンビから進化したってことか?
まさか!
いやちょっとまて。
「ちょ、ちょっと待った!」
「ん?」
「それってつまり……たった一年や二年でリッチになったってのか!?」
そんなバカな!
ゾンビが自然に上位種に進化って、あっちでもすごい年数かかるんじゃないのか?
なのに!
なのにリッチて、何段階特進してんだよオイ!!
「現実におるんじゃから仕方ないじゃろう」
「でも!」
「おちつけユウ。
おぬし、しょうもないとこだけ一人前の男じゃのう」
「ほっといてくれ」
融通がきかないって意味か。
思わずムッとしたせいか、つい敬語を忘れた。
対するエキドナ様は、大人の余裕で笑うだけだった。
「そう慌てて一人前にならんでもいいんじゃぞ?
まあよい。
おそらくじゃが、おぬしを召喚した時にゾンビ化した者の生き残りじゃろう」
「……それってまさか」
「うむ、勇者のなりそこないならば、この短期で上位存在にシフトもありうるじゃろ?」
げっ!
「ふふふ……これも『ちーと』というやつかのう?」
「そんなチートいらねえよっ!」
「あっはははは!たしかにのう!」
俺の叫びに、エキドナ様は大笑いした。
「さて、さすがにこれはやり過ごすわけにはいかぬぞ、ん?勇者どの?」
「わかってますよ」
思わずためいきをついた。
「寄り道になりますけど、潰しましょう」
ゾンビだけなら蹴散らすのも容易だろう。
でも下手に上位種にコロニーなんて作られたら、えらい事になりかねない。
ただし。
「エキドナ様、ひとつだけ訂正」
「む?」
「元勇者です、今の俺はただの凡人ですよ」
「おお、たしかにそうじゃったな、悪かった。
では元勇者ユウとその相方の戦士マオよ、戦闘開始じゃ!」
「「はいっ!」」
アンデッドとの戦い方はいくつかあるが、ひとつだけ間違えちゃいけない事がある。
つまり「死体は腐り落ちるもの」という固定観念を排除することだ。
ただの死体は確かに腐るが、アンデッドになると腐敗の進行が止まる、あるいは極端に遅くなる。
このためなにが起きるかというと。
たとえばゾンビをハンマーで殴っても、ただの遺体のように粉砕できない事を意味する。
ゾンビは限りなくただの動く死体だけど、腐敗が止まっている事からもわかるように死体そのものではない。そこには魔物としての、仮初めの微弱な生命力が存在している。
ゾンビがゾンビを倒しても得られる経験はほとんどないが、幸運にも「生きてるもの」や上位種のアンデッドを始末した場合、ある条件を満たすと上位種に移行する。
スケルトン、レイス、あるいはミイラ的な何かを経由してリッチにいったり、グールから吸血鬼コースにいったり。
何になるかは決まっていないが、素体が生前持っていた才覚にも依存するらしい。
だけど。
「エキドナ様」
「なんじゃ?」
「なんで地球人のゾンビが進化して、しかもいきなりリッチになるんだ?地球には魔術師なんていねえぞ?」
リッチとは簡単にいえば、ミイラの動く魔法使いだ。
そしてリッチになるという事は、元が魔法を扱う者でなくちゃならない。
魔法のない地球でなぜ?
いくらチートでも納得できねえぞ。
「ユウよ」
「なんだよ?」
「この世界にも聖職者はおったのじゃろ?」
「え?そりゃまぁ」
「高位の聖職者は上位種になりやすいんじゃ、そなた知らなんだか?」
「……マジで?」
「あちらの世界で、村ごとゾンビ化で潰されたものに遭遇したことはないかえ?」
「一度ある」
「その時リッチはおったかえ?」
「……いた」
「そのリッチは聖堂におるか、それとも聖職者の格好ではなかったかえ?」
「……あぁぁぁぁ!」
「わかったかのう?」
「た、たしかに!」
そういうことかよ!
うわぁぁ、そんなこと日本に帰ってから知りたくなかったよ!
「マオ、炎の装備をつけとけ」
「いいの?」
マオが質問してきた。
炎の装備は対アンデッドには有効なんだけど、要は魔法装備なので後で補充が必要。
おまけに燃費が悪いので、後で充填が大変なのだ。
でも。
「俺のレベルが低すぎるんだ、万が一がありうる」
「わかった」
エキドナ様は戦闘力をもっていない。
彼女はその異様な外見と生命力に騙されがちだけど、実態はちょー巨大な肝っ玉母さんみたいなもんだ。
巨大さで雑魚を寄せ付けず精霊だって使えるわけだけど、そもそも『母親』を戦闘に担ぎ出すわけにいかねーだろ?
あちらの世界なら魔獣たちが彼女を守る、だけど今はいない。
ならば、俺とマオが守るしかないんだ。
「ユウ、マオや」
「はい」
「周囲の雑魚どもは、わらわが潰そう。そなたらは気にせずリッチを叩くがよい」
「え、でも」
「わらわは確かに戦闘には向かぬが、魔力任せで火を燃やすくらいならできるぞえ?」
「なるほど、すみません」
「かまわぬ。
それより威力に注意せよ。
今のおぬしは勇者ではない、当然、魔法関係の威力も落ちる事を忘れるな?」
「はい!」
油断禁物、さていくか。
「よし、行くぞマオ!」
「うん!」
……と、勢い込んでみたまでは良かったんだけどなぁ。
「弾かれておるのぅ」
「……」
めっちゃ弾かれていた。
精霊に頼んで攻撃してもらうんだが、リッチの防御壁が破れない。
当たってはいるんだ。
いるんだけどな。
なんてこった。
確かに上位種かもしれないけど、エルダーリッチでもなんでもないただのリッチだぞ!
くそ、どうしたもんか。
「元聖職者のリッチじゃからのう、通常のリッチより耐魔力は強いじゃろうな」
「それってつまり?」
つまるところ。
「ナマグサでなく、まじめに修行した坊主だったんじゃろうな」
「勘弁してくれよ」
俺はためいきをついた。
「ばっかやろう、そんなとこまでマジメな日本人やってんじゃねえよ!」
リッチになってもクソ真面目。
いくらなんでも笑えんわまったく。
「ふふ、まぁ仕方なかろう。
しかしま、それも限界のようじゃぞ?」
「え?」
「結界が弱まっておる」
「あ」
言われてみれば確かに。
「魔力切れじゃろ」
「こんな簡単に?」
「そりゃ、こっちの世界にはマジックアイテムがないからのう」
「あ、そうか。弱点をアイテムで補強できないのか」
「そういうことじゃ。
ユウ、そのまま続けよ、弱まった結界ごと押しつぶしてしまうがよい」
「……でもそれだと」
確かに押し切れるだろう。
でも俺の魔力はカラッポになるわけで、回復の時間が必要になる。
そしたら。
「今は先を急ぐより、おぬしの成長の方が急務じゃ」
エキドナ様はきっぱり言った。
「この世界のアンデッドに上位種が確認された、この意味を考えるのじゃユウ。
現在、この世界にどれだけのアンデッドがおるのか知らぬが、元の総人口は70億なのじゃろう?
その全てがゾンビとなり、さらにそれを最初の世代のアンデッドが駆逐した場合……最悪の場合じゃが、エルダーリッチやディ・ウォーカー級の吸血鬼が生まれてもおかしくないぞ?」
「!!」
おいおいおいっ!?
「落ち着かんか、あくまで可能性じゃ。
今はとにかくあのリッチを倒せ、枯渇するまで魔力を振り絞ってもかまわぬ。
なぁに、心配はいらぬよ。
魔獣の母たる、わらわがついておるでのう?」
「……わかりました」
やっとの事で、俺はそう答えた。
結局、俺は何とかそのリッチを倒せたんだけど。
魔力はカラッポでフラフラになり。
その日は結局、エキドナ様が安全確保してくれた海老名SAでお泊りとなった。
僕は絵心がないんですけどね。
あの東名高速海老名SAにリッチがいたり、巨大なエキドナ様が鎮座している光景て……絵にしたらとんでもないだろうなぁ。




