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七人のヤンデレが融合して転生した結果、氷の姫になりましたが、愛する彼の前では恋愛ポンコツです  作者: 虹の箸


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氷の姫は五人目になりたい

王立学園の朝の教室は、いつもより少しばかり浮き足立った空気に包まれていた。


窓から差し込む秋の陽光が机の上を明るく照らし、生徒たちは教本を広げることも忘れて、教壇に立つ担任教師へ熱心に耳を傾けている。


黒板には、大きな文字で『学園競技祭』と書かれていた。


「というわけで、三週間後に学園競技祭が開催される。知っている者も多いと思うが、新入生には初めての行事だからな。改めて説明しておこう」


教師は教卓に置いた資料をめくり、続けた。


「競技は五人一組の陣取り合戦だ。学年ごとに設けられた模擬戦場で、魔法と剣術を使って拠点を奪い合う。安全結界は用意されているが、当然ながら危険な魔法は禁止だ。腕力や魔力の強さだけで勝てる競技ではないから、仲間との連携が重要になるぞ」


教室のあちこちから歓声が上がった。


「おお、今年もやるのか!」


「五人か。誰と組む?」


「絶対に優勝してやる!」


そんな賑やかな声を聞きながら、ルナティア・フォン・エーデルシュタインは静かに姿勢を正していた。


膝の上で両手を重ね、教師の説明へ真剣に耳を傾ける。


その凛とした佇まいは、まさに氷の姫。


周囲の生徒たちも、彼女ほどの魔法の使い手なら優勝候補の筆頭だろうと考えていた。


しかし、そんなルナティアの頭の中では、教師が「五人一組」と口にした瞬間から、まったく別の競技が始まっていた。


(……五人一組)


つまり。


ノエルと同じ組になれる。


同じ目標へ向かい、作戦を考え、練習を重ね、互いに背中を預けて戦うことができる。


(……まあ!)


何ということだろう。


それはもう、ほとんど夫婦の共同作業ではないか。


いや、待ってほしい。


夫婦とは、人生という長い戦いを共に歩む伴侶のことである。


ならば、この競技祭でノエルと力を合わせることは、結婚生活の予行演習と言っても過言ではないのでは?


(……過言ではありませんわね!)


ルナティアは内心で力強く頷いた。


想像してみる。


模擬戦場で敵に囲まれたノエルが、窮地に陥る。


そこへ自分が颯爽と駆けつけ、圧倒的な氷魔法で敵を一掃するのだ。


驚くノエル。


そして、夕陽を背負った自分を見上げ、感極まった声で言う。


『ありがとう、ルナティア。君がいてくれてよかった』


(…………っ!)


ルナティアは、危うく椅子から立ち上がりそうになった。


ルナティア。


様がない。


しかも、君。


『君がいてくれてよかった』。


(……あああああ!!)


これは愛の告白では?


どう考えても愛の告白ですわよね!?


ならば試合終了後、熱気も冷めやらぬうちに婚約の申し込みへ進んだとしても、決して不自然ではないだろう。


競技祭で絆を深めた男女が、そのまま生涯の伴侶となる。


何と美しい物語なのか。


(……素晴らしい! 何という素晴らしい行事なのでしょう!)


これを考案した人物は天才だ。


王国の宝と呼んでも差し支えない。


ぜひ伯爵家から金一封を贈らなければ。いや、金一封では足りないかもしれない。記念碑を建てるべきではないだろうか。王都の広場に大きな銅像を設置してもよい。


そして台座には、こう刻むのだ。


『この人物のおかげで、ルナティア・フォン・エーデルシュタインは最愛の夫を得た』


(……うふふ)


完璧だ。


実に完璧である。


もっとも、現時点ではノエルと同じ組になる約束すらしていないのだが、そんな些細なことは気にしない。


さらにルナティアは、重大な事実に気づいた。


競技祭には練習が必要だ。


当然、放課後は一緒に過ごせる。


作戦会議も必要だろう。


競技が終わったら、勝てば祝勝会、負ければ慰労会。


(……あら?)


どちらに転んでも、ノエルと一緒にいられるではないか。


(……勝ったわ)


何に勝ったのかは、彼女にもよく分からなかった。


しかし、勝利は勝利である。


しかも大勝利だった。


ルナティアは、誰にも気づかれないほどわずかに口元を緩めた。


そのとき、教師が説明を続けた。


「なお、五人のうち一人でも欠けた組は出場できない。参加を希望する者は、今週中に組を結成して届け出るように」


(…………)


五人。


ルナティアは、改めてその数字を考えた。


(……五人も必要ですの?)


ノエルと自分。


二人では駄目なのだろうか。


自分の氷魔法と、ノエルの剣術や魔道具への知識があれば、十分に戦えると思うのだが。


何より、二人きりで練習できる。


作戦会議も二人きり。


競技中も、ずっと二人きり。


(……あら、こちらの方が遥かによろしいのでは?)


ルナティアの頭の中で、瞬く間に新たな計画が組み上がった。


五人一組という規則を、二人一組へ変更すればよい。


学園長へ意見書を提出するのはどうだろう。


伯爵家の名を使えば、面会くらいはすぐに取りつけられる。


競技の公平性についても、こちらで完璧な理論を用意できる。


(……そうですわ。何なら、お父様からもお口添えを――)


そこまで考えたところで、ふと気づいた。


ノエルは、友人たちと一緒に参加したいと思っているかもしれない。


(…………)


それは困る。


彼が楽しみにしている行事を、自分の都合で変えてしまっては意味がない。


(……くっ!)


なぜ、この世の規則というものは、こうも恋する乙女の前に立ちはだかるのだろう。


しかも、彼が友人を大切にする優しい人であることまで、今は少々恨めしい。


(……いえ、そこが素敵なのですけれど!)


何とも腹立たしい話である。


数十秒前まで銅像を建てようとしていた行事の考案者に、今度は規則改正を要求しかけている。


しかし、外側のルナティアは微動だにしなかった。


教師が次の説明へ移ると、彼女は静かに教本を開き、必要な事項を丁寧に書き留めた。


その姿は、どこから見ても模範的な優等生だった。


もっとも、書き留めた内容の一番上には、学園競技祭の規則ではなく、


『ノエル様と同じ組になること』


と書かれていたのだけれど。


     *


昼休みになると、教室は一気に賑やかになった。


「おい、一緒に出ようぜ!」


「うちはあと魔法使いが一人欲しいんだけど」


「誰か防御魔法が得意な人、いない?」


机から机へ生徒たちが移動し、あちこちで組の結成が進んでいく。


ルナティアも、当然ノエルを誘うつもりだった。


今日こそは。


自分の方から。


(……よし)


彼はまだ、誰とも約束していないはずだ。


今なら間に合う。


どうせなら、昨日ようやく覚えた名前呼びも存分に活用しよう。


『ノエル様、もしよろしければ私と同じ組に――』


(……ああ、素敵!)


これだ。


これなら完璧だ。


何の不自然さもない。


ルナティアは静かに席を立とうとした。


しかし、その瞬間、厄介な考えが頭をよぎる。


もし断られたら?


『すみません。ほかの友人と出ることになっているので』


そんな返事が返ってきたら。


(…………)


いや。


困る。


非常に困る。


競技祭そのものに参加する気力が失われる。


三週間後どころか、明日から登校できなくなるかもしれない。


(……ああ、もう!)


何を弱気になっているのだ。


まだ誘ってもいないのに。


(行きなさい、ルナティア! 足を動かせ、この役立たずの氷女ァ!)


自分自身へ容赦のない罵声を浴びせ、今度こそ立ち上がる。


そのときだった。


「ねえ、ノエル君!」


聞き慣れた、明るい声。


ルナティアの足が止まった。


昨日も、一昨日も、ノエルと親しげに話していた女子生徒である。


彼女は二人の男子生徒を引き連れ、ノエルの席へ向かっていた。


「競技祭、私たちと一緒に出ない?」


(…………は?)


ルナティアの指が、机の縁をそっと掴んだ。


「俺たちも一緒なんだ」


「ノエルが入れば四人だな」


男子生徒たちが口々に言う。


ノエルは、少し驚いたように目を見開いてから、嬉しそうに笑った。


「いいね。僕も出ようと思っていたんだ」


(…………)


ルナティアの頭の中で、何かが盛大に爆発した。


(……おい)


(……おいおいおいおい)


(ちょっと待てや、そこの女ァァァ!!)


何を。


勝手に。


私のノエル様を誘っておりますの!?


いや、まだ私のものではない。


それは分かっている。


分かっているけれど!


(……誰が先に誘ってよいと許可しましたの!?)


もちろん、そんな許可制度は存在しない。


王国の法律にも、学園の校則にも、誰かを勧誘する前にルナティアの承諾を得なければならないなどとは書かれていない。


だが、そんな理屈が今の彼女に通用するはずもなかった。


こちらは朝から、いや昨夜から、ノエルをどう誘うか真剣に考えていたのだ。


断られるかもしれない恐怖と戦い、ようやく立ち上がったというのに。


その目の前で。


あっさりと。


しかも、何の緊張もなく。


(……何ですの、その手際のよさ!)


(どうして、そんなに自然にお誘いできますの!?)


(社交性って何じゃあああ!! 何であの女にはそんな便利な機能が標準装備されとるんじゃァァァ!!)


家柄もある。


財産もある。


容姿だって、客観的に見れば恵まれている方だろう。


魔法の才能も、学園では誰にも負けない自信がある。


それなのに。


好きな人へ、ただ一言。


一緒に出ませんか、と尋ねることすらできない。


一体何なのだろう。


この理不尽な世界は。


(……私から魔法の才能を半分持っていっても構いませんから、あの女の社交性を寄越しなさいませ!)


その要求を聞き届ける神がいたなら、さぞ困惑したことだろう。


けれど、ルナティアの怒りはそこで止まらなかった。


ノエルは笑っている。


あの女子生徒たちと、楽しそうに。


(……ああああ!!)


その笑顔。


その笑顔は。


(……私も見たいのに!)


羨ましい。


腹立たしい。


いっそ、あの女子生徒を学園の社交委員長にでも推薦して、毎日会議漬けにしてしまえば――。


(……いや、待って)


ルナティアの頭脳が、不意に冷静さを取り戻した。


人数を数える。


女子生徒が一人。


男子生徒が二人。


そして、ノエル。


合計、四人。


(……あら?)


もう一度、数える。


四人。


間違いない。


あと一人、空いている。


(……空いておりますわね!?)


そこへ自分が入ればよい。


何も問題はないではないか。


(……っしゃあ! まだ勝負は終わっておりませんわ!)


ただし、どう声をかければよいのだろう。


今さら会話へ割り込んで「私も入れてくださいませ」とお願いするのは、あまりにも必死すぎないだろうか。


……いや、必死なのだが。


それをノエルに知られるわけにはいかない。


(……ああ、もう! この氷の姫という評判、恋愛の役に立たなすぎるでしょうが!)


さすがに腹が立ってきた。


いっそ今日から『春の姫』にでも改名してしまおうか。


そうすれば、もう少し親しみやすくなるかもしれない。


……いや、それでは意味が分からない。


ルナティアが自分でも収拾のつかなくなった思考をどうにかまとめ、口を開こうとした、その直前だった。


「あ、そうだ。ルナティア様!」


ノエルが、こちらを振り返った。


(…………っ!)


名前。


呼んでくださった。


しかも、あんなに明るい声で。


(……ああああ、好き!!)


先ほどまで燃え盛っていた怒りの炎が、一瞬で満開の花畑に変わった。


何ということだろう。


ノエルの声には、世界を平和にする力があるのではないか。


いや、間違いない。


彼が一言呼びかければ、どれほど怒り狂っていた自分でも、たちまち幸福になってしまうのだから。


ルナティアが内心で壮大な発見をしていると、ノエルは柔らかく微笑んだ。


「ルナティア様も、よかったら僕たちと一緒に出ませんか?」


「……私、ですか?」


どうにか、落ち着いた声で尋ね返す。


「はい。ルナティア様の氷魔法があれば、すごく心強いですし」


ノエルは少し照れくさそうに頬を掻いた。


「それに、工房で一緒に作業したときも楽しかったので。また一緒に何かできたらいいなって思っていたんです」


(…………)


一緒に。


楽しかった。


また。


(…………っ!!)


ルナティアの胸の奥で、何かが派手に弾けた。


(……っしゃああああああああ!!)


勝った!


勝ちましたわ!!


(……見ておりますか、神よ! この奇跡を!!)


ノエル様が!


私を!


誘ってくださった!!


しかも、私と一緒に過ごした時間が楽しかったと!


また一緒に何かしたいと!


(……ああ、もう! 結婚してくださいませェェェ!!)


今すぐ王都中の教会の鐘を鳴らしたい。


伯爵邸では祝いの宴を開こう。料理長には最高級の食材を揃えてもらい、使用人たちにも褒賞を出そう。


お父様には領民への減税をお願いしたい。


いや、いっそ今年の収穫祭を前倒ししてもらうのはどうだろう。


(……何て素晴らしい日なのでしょう!)


ルナティアは、頭の中で早くも王都規模の祝賀祭を開催していた。


しかし、外側の彼女は。


「……まあ」


と、わずかに目を見開いただけだった。


そして、いつもの澄ました微笑みを浮かべる。


優雅。


冷静。


慎み深い。


まさしく、氷の姫そのもの。


ただし、返事までに少しばかり間が空いてしまった。


その沈黙を、三人の生徒たちは別の意味に受け取ったらしい。


彼らは互いに顔を見合わせた。


伯爵令嬢であり、学園でも屈指の魔法の才能を持つルナティア。


そんな彼女が、自分たちと同じ組になりたいと思うだろうか。


あまりにも実力が違いすぎるのではないか。


もちろん、その間にもルナティアの頭の中では、すでに結婚式の招待客の席順まで決まり始めていたのだが。


そんなことは、彼らには知る由もなかった。


     *


「でも……」


活発な女子生徒が、遠慮がちに口を開いた。


「ルナティア様と同じ組なんて、ちょっと恐れ多いんじゃないかな」


(…………)


ルナティアの頭の中で、祝賀祭の音楽が止まった。


「俺たちが足を引っ張ったら申し訳ないし……」


男子生徒の一人も、気後れしたように頬を掻く。


「そうよね。もし負けちゃったら、ご迷惑をかけちゃうかもしれないし」


(…………は?)


ルナティアは、静かに瞬きをした。


(……あ?)


何だ。


今。


何と。


(……なんじゃあ、わりゃ喧嘩売っとんのかコラァァァ!!)


今!


ノエル様が!


私を!


誘ってくださったでしょうがァァァ!!


(その奇跡を! 何を横から潰そうとしておりますの、このすっとこどっこい共がァァァ!!)


恐れ多い?


足を引っ張る?


(……知るかァァァ!!)


そんなもの、いくらでも引っ張ればよい。


足でも腕でも、好きなだけ引っ張っていただいて構わない。


何なら、私が全員まとめてお運びして差し上げよう。


氷の台車を作るくらい、造作もない。


座り心地が悪いなら、クッションだって用意する。


お茶もお菓子も付けて差し上げる。


だから。


(……今だけは黙っとれやァァァ!!)


ルナティアは、満面の笑みを浮かべた。


「……ご心配には及びませんわ」


その声は、驚くほど穏やかだった。


もっとも、三人の生徒には、それが少しばかり冷たく聞こえたらしい。


女子生徒が、困ったようにノエルを見た。


「ほら、やっぱり……」


(……やっぱり、じゃねえんですのよ!!)


おのれ。


どうすれば伝わる。


自分は今、人生で五本の指に入るほど幸せな瞬間を迎えているのだ。


本当なら教壇に上がって、全校生徒へ向けて喜びを叫びたいくらいなのに。


(……ええい、もどかしい!)


ルナティアは、内心で地団駄を踏んだ。


しかし、それでも表情は崩さない。


ここで焦ってはいけない。


伯爵令嬢らしく、理性的に。


何より、ノエルの前で醜態をさらすわけにはいかない。


そう考えたところで、不意に別の名案が浮かんだ。


(……そうだわ)


競技祭で自分が全拠点を制圧すれば、誰も足を引っ張ったことにはならない。


敵の攻撃は氷壁で防ぎ、移動経路は氷の橋で確保する。


必要なら模擬戦場全体を凍結させて――。


(……あら、広域魔法には制限がありましたわね)


忌々しい。


学園という場所は、どうしてこうも制約が多いのか。


しかし、制限内で最大限の効果を出す術式なら、いくらでも考えられる。


ノエルには指揮をお願いしよう。


いや、彼は剣術の腕も磨きたいだろうから、自分と一緒に前へ出てもらうのがよい。


ほかの三人は、後方で安全に待機して――。


(……いえ、それでは五人組の意味がありませんわね)


ルナティアは、頭の中で組み立てた完璧な作戦を、渋々修正した。


その間にも、現実の会話は進んでいた。


「ルナティア様」


ノエルが、心配そうに声をかける。


「もしかして、無理にお誘いしてしまいましたか?」


(…………え?)


無理?


今、無理とおっしゃった?


(……違う違う違う違う!!)


無理どころか!!


(今すぐ参加名簿に私の名前を彫り込んでいただきたいくらいですわ!!)


何なら石碑でも構わない。


『ノエル様とルナティア、同じ組に所属する』


そう刻んで、伯爵家の庭園に永久保存してもよい。


(……ああ、もう!)


ここで、また曖昧な返事をしてはならない。


ルナティアは、つい先日の失敗を思い出した。


名前で呼んでほしかったのに、つい冷たく断ってしまった、あの朝のことを。


あのときは、訂正するまで丸一日苦しむ羽目になった。


今度は違う。


同じ過ちは繰り返さない。


たとえ内心がどれほど荒れ狂っていようと、言うべきことは一つだ。


ルナティアは、静かに息を整えた。


それから、いつもの涼やかな微笑みを浮かべる。


「……ご心配には及びませんわ」


一度、ノエルを見つめた。


彼の琥珀色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見返してくる。


(……ああ、好き)


危うくまた思考が脱線しかけたが、今度は何とか踏みとどまった。


「私も、皆様とご一緒したいと思っておりましたもの」


ノエルが、少し驚いたように瞬きをする。


ルナティアは、ほかの三人へも微笑みかけた。


「勝敗は組全員のものです。どなたかお一人が責任を負う必要などございませんわ。それに、皆様と力を合わせることができるなら、私にとってもよい経験になると思います」


それは、彼女の本心だった。


少なくとも、嘘ではない。


皆と協力することは大切だ。


ノエルも望んでいるのだから、当然、自分も努力するつもりである。


……その努力の目的の大部分が、ノエルとの距離を縮めることにあるだけで。


「ですから、もし皆様がよろしいのでしたら、ぜひご一緒させてくださいませ」


一瞬、沈黙が落ちた。


それから、女子生徒の顔がぱっと明るくなる。


「……本当ですか?」


「ええ」


「よかった! 私、てっきり迷惑かなって」


「そのようなことはありませんわ」


(……迷惑どころか、感謝状を差し上げたいくらいですわよ)


もっとも、さっきまでこの女子生徒を心の中で罵倒していたことは、もちろん秘密である。


ノエルも嬉しそうに笑った。


「じゃあ、これで五人ですね!」


(…………)


決まった。


五人。


ノエル様と。


同じ組。


(……っしゃああああああああ!!!)


ルナティアは、静かに一礼した。


「……よろしくお願いいたしますわ」


それは、誰が見ても優雅で、礼節をわきまえた伯爵令嬢の振る舞いだった。


一方、彼女の頭の中では、王都中の鐘が鳴り響き、祝砲が上がり、国民総出の大祝賀祭が開催されていた。


しかも、すでに来年の記念行事まで計画され始めている。


氷の姫は、今日も誰より騒がしかった。


     *


その日の放課後、結成したばかりの五人組は、空き教室に集まっていた。


窓の外では傾き始めた陽が校舎の煉瓦を赤く染め、遠くの訓練場からは木剣を打ち合わせる音が聞こえている。


「それじゃ、改めてよろしくね!」


活発な女子生徒が、机の上へ競技祭の案内を広げた。


彼女の名前はリーゼ。


風魔法が得意で、誰とでも気さくに話す明るい少女だった。


ノエルとは入学後に知り合い、授業の課題などを通じて親しくなったらしい。


ルナティアにとっては、何とも気の抜けない相手である。


(……リーゼさん、ですか)


名前は覚えた。


顔も覚えた。


得意魔法も覚えた。


できれば、ノエルへ何回話しかけたかも記録しておきたい。


(……いえ、さすがにそれは少々)


……少々、何なのだろう。


そこまでは考えないことにした。


残る男子生徒の一人は、剣術に自信のあるラウル。


明るく、少々お調子者で、競技祭への意気込みも相当なものらしい。


もう一人はエリクという名で、防御魔法や地形の把握が得意な、物静かな青年だった。


「ノエルは剣術もできるし、魔道具の扱いにも詳しいだろ?」


ラウルが言う。


「リーゼは風魔法、エリクは防御。で、ルナティア様は氷魔法の名手。結構いい組じゃないか?」


「攻撃も防御もできそうだね」


ノエルが頷いた。


「ただ、得意なことが違うから、どう連携するか考えないと」


「そこよ!」


リーゼが嬉しそうに身を乗り出す。


「まずは放課後、みんなで練習しようよ。競技祭まで三週間しかないんだし!」


(……放課後!)


ルナティアの胸が跳ねた。


ノエルと放課後も一緒。


しかも、今日だけではない。


何日も。


何度でも。


(……素晴らしい!)


競技祭を考案した人物には、やはり銅像を建てるべきだ。


先ほど規則改正を考えかけたことについては、ひとまず水に流しておこう。


「でもさ」


ラウルが腕を組んだ。


「いきなり五人で動くより、最初は二人一組で連携練習をした方がよくないか?」


(…………)


二人。


一組。


ルナティアの耳が、ぴくりと動いた。


「相手の癖も分かるしさ。剣術と魔法の連携なら、まず二人で動く練習から始めた方がよさそうだろ?」


「確かに」


エリクも頷く。


「五人全員が一度に動くより、基本的な連携を覚えてからの方が効率はいいと思う」


(……二人一組)


つまり。


ノエルと。


二人きりで。


練習できる。


(……おおおおお!!)


神よ!


今度こそ!


今度こそ、あなたは素晴らしい仕事をなさいましたわ!!


二人きりの連携練習。


しかも、競技のためなのだから、誰にも咎められることはない。


ノエルが剣を振るい、自分が氷魔法で援護する。


ときには互いの弱点を補い、励まし合い、信頼を深めていく。


そして、ある日の練習が終わったあと。


夕暮れの訓練場で、ノエルが微笑みながら――。


「じゃあ、ノエル君は私と組もうか!」


(…………)


リーゼが、何の悪気もなくそう言った。


「私が風魔法で牽制するから、ノエル君が前に出ればよさそうだし」


「なるほど。それは面白そうだね」


ノエルも、素直に頷いている。


(…………は?)


ルナティアの頭の中で、再び祝賀祭が吹き飛んだ。


(…………はあああああ!?)


ちょっと待てやァァァ!!


(何を勝手にノエル様との二人組を決めておりますの!?)


さっき五人組に入れて差し上げたと思ったら、今度は二人組まで!?


(……お前さん、どこまで私の恋路を邪魔すれば気が済むんじゃァァァ!!)


もちろん、先に組を作っていたのはリーゼたちであり、そこへ誘われて加わったのはルナティアの方である。


そんな事実は、今の彼女の頭から綺麗さっぱり消え去っていた。


(……くっ!)


何か。


何か手はないものか。


氷魔法と剣術の相性を説明する?


合理的だ。


ノエルと自分の方が、連携に向いていると証明すればよい。


いや、それではリーゼの風魔法が劣っていると言っているようなものではないか。


ノエルは、きっとそんなことを望まない。


それなら。


いっそ、全員の実力を比較し、最適な組み合わせを数式で導き出して――。


(……待って)


そんなことをして、ノエルとリーゼの相性の方がよいという結果になったら?


(……そんな数式、存在してはなりませんわ!!)


危ないところだった。


学問とは、時として残酷なものである。


ルナティアが、自分に都合のよい理論をどうにか組み立てようとしていると、ノエルがふと思いついたように口を開いた。


「それなら、組み合わせを順番に変えて練習するのはどうかな?」


「順番に?」


リーゼが首を傾げる。


「うん。五人全員が、誰とでも連携できるようになった方がいいと思うんだ」


ノエルは、机の上の案内書を指さした。


「競技中は、いつも同じ二人で動けるとは限らないだろうし。いろんな組み合わせを試してみれば、それぞれの得意な動きも分かると思う」


「なるほど。それはいいかも!」


ラウルが頷き、エリクも賛成した。


そして、ノエルはルナティアへ顔を向ける。


「ルナティア様とも、工房で一緒に作業したときみたいに、うまく連携できそうですし」


(…………っ!)


ルナティアの胸が、きゅっと締めつけられた。


また。


また、工房の話をしてくださった。


ノエルも、あの日のことを覚えている。


自分と一緒に魔道灯を直したことを、楽しかったと思ってくれている。


(……ああああ、ノエル様!!)


何と素晴らしい方なのだろう。


優しい。


賢い。


気配りができる。


そして何より、こんなにも可愛い。


(……結婚してくださいませェェェ!!)


ルナティアは、心の中で何度目になるか分からない求婚をした。


もちろん、声には出していない。


もし出していたら、この作戦会議は別の意味で大変なことになっていただろう。


「では、二人ずつ組んで練習して、残る一人は動きを確認する役に回るのはどうでしょう」


エリクが提案した。


「交代しながらなら、全員が練習できます」


「いいね!」


ノエルが頷く。


「見ている側も、気づいたことを伝えられるし」


五人は、初回の練習から組み合わせを順番に変えていくことに決めた。


ルナティアも、静かに賛同した。


「……よいお考えだと思いますわ」


実に協調性のある返答だった。


しかし、その内心では、すでに別の計算が始まっていた。


五人。


二人一組。


交代制。


つまり、自分とノエルが組む時間は、必ずやってくる。


しかも、全員との連携を試すという名目がある以上、リーゼがノエルを独占することもできない。


(……あら?)


これは。


(……完全勝利では?)


ルナティアは、涼やかな微笑みを浮かべた。


そして、机の上に広げられた練習予定表を見つめる。


そこには、今後の放課後の予定が並んでいた。


剣術の基礎練習。


魔法との連携。


拠点防衛の模擬戦。


作戦会議。


それぞれの欄に、五人の名前が書き込まれていく。


ルナティアは、その一つ一つへ丁寧に目を通した。


(……ふふ)


ノエル様と一緒。


今日も。


明日も。


その次も。


競技祭まで、ずっと。


(……ああ、何て幸せなのでしょう)


すると、リーゼが顔を上げた。


「ルナティア様は、練習の日程で何か希望はありますか?」


「……特にはございませんわ」


ルナティアは、上品に微笑んだ。


「皆様のご都合に合わせます」


「そうですか? ありがとうございます!」


リーゼが嬉しそうに笑う。


ルナティアも微笑み返した。


その内心では、すでに極秘の練習予定表が完成している。


ノエルと組む時間帯には、真っ赤な丸。


それ以外には、黒い印。


さらに、ノエルと組む時間を一分でも長くするための作戦が、余白へびっしりと書き込まれていた。


(……やはり、連携練習はじっくり行うべきですわね)


一回十分?


短すぎる。


最低でも三十分は必要だろう。


いや、一時間。


何なら、夕食の時間まで。


(……そうですわ。練習後に反省会を開けば……)


ルナティアは、静かに頷いた。


そのとき、隣のノエルが声をかけた。


「ルナティア様、どうかしました?」


「……いいえ」


彼女は、にこりと微笑んだ。


「皆様とご一緒するのが、楽しみだと思っておりましたの」


それは、偽りのない本心だった。


ノエルが嬉しそうに笑う。


「僕もです。三週間、頑張りましょうね!」


(…………っ!!)


三週間。


ノエル様と。


一緒に。


(……うおおおおおおおおお!!)


ルナティアは、両手を膝の上に揃えたまま、静かに微笑んだ。


「……ええ。よろしくお願いいたしますわ」


その声は、どこまでも涼やかだった。


しかし、彼女の頭の中では、すでに王都の地図が広げられ、競技祭優勝後の祝賀会場から婚礼の大聖堂まで、最適な移動経路の検討が始まっていた。


もっとも、本人はまだ気づいていない。


三週間も一緒に練習するということは、ノエルと過ごせる時間が増えるだけではなく、あのリーゼとも毎日のように顔を合わせることになるのだ。


そして、その明るい少女が、これからルナティアの恋心を何度となく逆撫ですることになるとは。


さすがの氷の姫も、このときばかりは想像していなかった。


お読みいただきありがとうございました。

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