↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七人のヤンデレが融合して転生した結果、氷の姫になりましたが、愛する彼の前では恋愛ポンコツです  作者: 虹の箸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/9

氷の姫は、魔道具にまで嫉妬する

放課後の王立学園は、朝とは少し違った顔をしている。


講義棟からは授業を終えた生徒たちが次々と出てきて、寄宿舎へ戻る者、図書館へ向かう者、剣術の自主練習へ急ぐ者が、思い思いの方向へ散っていく。中庭では数人の女子生徒が花壇を囲んでお喋りに興じており、どこからか焼き菓子の甘い匂いも漂ってきた。


そんな賑やかな校舎を離れ、ルナティアはノエルと並んで小道を歩いていた。


道の両側には背の低い生垣が続き、その向こうでは庭師が落ち葉を集めている。午後の日差しはまだ暖かいものの、木々を渡る風には秋の気配が混じり始めていた。


ルナティアは、そっと隣を見上げた。


栗色の髪が、風に揺れている。


昨日の放課後、ノエルの方から誘ってくれた魔道具工房の見学。


その約束が、今こうして現実になっている。


(……一緒に、歩いているのね)


それだけで、どうしてこんなに嬉しいのだろう。


歩幅を合わせてくれていることも、ときどきこちらを振り返って話しかけてくれることも、何もかもが愛おしかった。


できれば、この小道がもう少し長ければよいのに。


王立学園は広いけれど、工房までの道のりは、せいぜい十分ほどしかないらしい。


(……いっそ、遠回りを)


そこまで考えたところで、ルナティアは思いとどまった。


ノエルは今日の見学を楽しみにしている。


それに、わざと遠回りしたことが知られたら、少々格好がつかない。


もっと自然に二人で歩く時間を増やす方法はないものだろうか。


そんなことを考えていると、隣から声がした。


「エーデルシュタイン様、今日はありがとうございました」


「……何がでしょう?」


「工房見学に付き合っていただいて。おかげで楽しみが増えました」


ノエルは、少し照れくさそうに笑った。


「実は昨日から、あまり落ち着かなくて」


(……まあ)


ルナティアの胸が跳ねた。


昨日から。


落ち着かなかった。


(……ノエル様も?)


思わず期待が膨らむ。


まさか彼も、自分との約束が楽しみで眠れなかったのだろうか。


「実家の工房にはなかった加工機もあるらしいんです。どんな仕組みになっているのか、気になって仕方なくて」


「…………」


なるほど。


魔道具だった。


(……ええ、そうでしょうとも)


少しも残念ではない。


いや、ほんの少しだけ残念だった。


けれど、彼が楽しみにしていた約束へ、自分を誘ってくれたことに変わりはない。


ルナティアは気を取り直して微笑んだ。


「私も、楽しみにしておりましたわ」


「それならよかった」


ノエルは嬉しそうに頷いた。


そんな彼を見ていると、こちらまで笑顔になってしまう。


実に困った人である。


何気ない一言で、ルナティアの心を忙しくさせてしまうのだから。


やがて小道の先に、赤茶色の煉瓦で造られた大きな建物が見えてきた。


高い屋根には換気用の小塔が並び、壁際には資材を運び込むための広い搬入口が設けられている。


その入り口から、金属を打つ乾いた音が聞こえてきた。


「ここですね!」


ノエルの足取りが、目に見えて軽くなる。


ルナティアはその横顔を眺めながら、そっと頬を緩めた。


(……本当に、お好きなのね)


そして、少しばかり欲張りな願いも浮かんだ。


いつか自分に会いに来るときにも、あんな顔をしてくれたらいいのに。


できれば、工房へ向かうとき以上に嬉しそうな顔で。


(……ふふ)


どうやら彼女は、まだ何も始まっていないうちから、魔道具に少々嫉妬しているらしかった。


     *


工房の扉を開けると、外とはまったく違う空気が二人を迎えた。


油を含んだ木材の匂いに、磨かれた金属の冷たい香り。奥の方では小さな炉が赤く燃え、作業台の上に並んだ魔道具からは、ときおり淡い光が漏れている。


木槌で部品を叩く音や、金属を削る甲高い響きがあちこちから聞こえ、その合間に学生たちの声が混じっていた。


「……すごい」


ノエルが小さく呟いた。


広い室内には作業台が何列も並び、学生たちが魔道具を分解したり、術式を刻んだ金属板を磨いたりしている。


壁沿いには大型の加工機が並び、奥には立派な魔力炉まで設置されていた。


「実家の工房より、ずっと設備が充実しています」


「王立学園でも、特に力を入れている施設の一つだそうですわ。王都の職人が技術指導に来ることもあると聞いております」


「へえ……」


ノエルは目を輝かせた。


その視線は右へ左へと忙しく動き、どこを見ても新しい発見があるらしい。


受付で見学の許可を取ると、二人は工房の職員に案内され、展示用の魔道具が並ぶ一角へ向かった。


「こちらは、魔力を動力へ変換する増幅器ですわ」


ルナティアは、台座に固定された装置を指さした。


銀色の金属枠の中央に小さな魔力結晶が収められ、その周囲には細い術式の刻まれた円盤が三重に重なっている。


ノエルは身を屈め、興味深そうに覗き込んだ。


「なるほど……三つの術式を重ねているんですね」


「ええ。従来のものより、小さな結晶で大きな出力を得られる仕組みです」


「でも、ここの導力板、随分と薄いな。これで熱に耐えられるんでしょうか」


「出力を上げすぎなければ問題ありません。ただ、術式の負荷が集中しやすいので、長時間の連続使用には向かないはずですわ」


「そうか。じゃあ、ここの冷却機構は……」


ノエルは装置の裏側へ回り込み、銘板に書かれた仕様を読み始めた。


そして、すぐに小さく唸った。


「うわあ……面白いな」


その声が、何とも嬉しそうだった。


ルナティアは少し離れたところから、彼の横顔を眺めていた。


(……素敵)


真剣な顔で何かを考えている姿も、やはり格好いい。


こうして夢中になっている彼を見ていると、いつまででも眺めていたくなる。


ただ、一つだけ問題があった。


(……あの)


そろそろ、こちらも見てくださらないかしら。


先ほどから、ノエルの視線は装置に釘づけである。


自分が隣にいることなど、すっかり忘れているのではないだろうか。


(……私、ちゃんとここにおりますわよ?)


もちろん、彼が魔道具を見るために来たことは分かっている。


それに、自分も魔法の研究は好きだ。


興味深い装置があれば、夢中になってしまう気持ちも理解できる。


理解できるのだが。


(……でも、少しくらい)


自分の方も。


そう思ったときだった。


「エーデルシュタイン様!」


「……はいっ」


思わず声が上ずった。


ノエルが振り返り、嬉しそうに手招きしている。


「ここ、ちょっと見てもらえませんか?」


(……!)


ルナティアは、すぐに彼の隣へ歩み寄った。


「……何でしょう?」


「この術式です。僕、こういう組み方は初めて見たんですけど、どうしてここで魔力の流れを分けているんでしょう?」


彼が指さした部分を覗き込む。


ルナティアは少し考えてから、術式の刻まれた円盤を示した。


「……おそらく、魔力の偏りを防ぐためですわ。こちらの経路だけでは、一定以上の出力を得たときに負荷が集中してしまいますから」


「なるほど。だから、こっちに逃がしているのか」


「ええ。ただし、その分だけ効率は少し落ちるはずです」


「そうか……。ありがとうございます。すごく分かりやすいです!」


ノエルが顔を上げた。


すぐ近くで、琥珀色の瞳が自分を見つめている。


(…………っ!)


近い。


先ほどまで装置を覗き込んでいたせいで、思っていた以上に顔が近づいていた。


ルナティアは、危うく息を止めかけた。


(……い、いけませんわ)


こんな距離で笑いかけられたら、心臓がもたない。


けれど、離れたくもない。


むしろ、もう少し近づいても。


(……いいえ、それはさすがに)


自分の中で欲望と理性がせめぎ合う。


そんなことを少しも知らないノエルは、再び装置へ視線を向けた。


「やっぱり、エーデルシュタイン様と一緒に来てよかったです」


「……そうですか?」


「はい。一人だったら、分からないところをそのままにしてしまったと思いますから」


(……ああ)


ルナティアは、胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。


一緒に来てよかった。


その一言だけで、先ほどまでの小さな嫉妬がどこかへ飛んでいってしまった。


(……それなら)


何時間でも教えて差し上げたい。


いえ、何時間と言わず、毎日でも。


もしノエルが望むなら、伯爵邸に専用の勉強部屋を用意することだってできる。


……もちろん、隣には自分の席も。


(……ふふ)


またしても、夢が広がる。


ルナティアはそっと微笑み、ノエルと並んで次の展示へ向かった。


     *


しばらくして、二人は工房の奥に置かれた照明用の魔道具の前で足を止めた。


背の高い金属製の台座に、大きな魔力結晶が取りつけられている。その上部には半透明の硝子球があり、昼間だというのに室内を明るく照らしていた。


「これ、随分と大きな魔石を使っていますね」


ノエルが感心したように呟いた。


「高出力の照明ですから。実習で細かい作業をするときにも使われるそうですわ」


「なるほど……」


彼は装置の周囲を一周し、側面に取りつけられた小さな表示板へ視線を落とした。


「でも、これだけの光を出し続けると、魔石の消耗も早そうですね」


近くで作業をしていた職員が、その言葉を聞いて顔を上げた。


「ああ、そいつはよく食うよ」


「よく食う、ですか?」


「魔力をさ。昼も夜も点けっぱなしにしていたら、一週間もすれば蓄えがなくなる」


職員は工具を置き、苦笑した。


「そうなったら交換するか、魔道士に頼んで魔力を補充してもらう。どっちにしろ、安い仕事じゃないね」


「……なるほど」


ノエルは、もう一度大きな魔石を見上げた。


「これだけの照明を使い続けるとなると、維持費も相当なものになりますね」


「王立学園だから使えるような代物だよ。普通の家じゃ、まず無理だろうな」


職員はそう言って、再び仕事へ戻っていった。


ノエルはしばらく黙っていた。


その横顔を見て、ルナティアは少し首を傾げた。


「……ノエル様?」


「いえ。ちょっと考えていたんです」


彼は照明装置を見上げたまま、静かに続けた。


「便利な道具なのに、使い続けるだけでこんなにお金がかかるんですね」


「……そうですわね」


魔石は、この世界では欠かせないエネルギー源だった。


照明や暖房、給水設備、工房の加工機械など、さまざまな魔道具に使われている。


けれど、魔石は決して安価ではない。


採掘には危険が伴い、加工には熟練した技術が必要になる。魔力の補充にも費用がかかるため、便利な魔道具を日常的に使える家庭は限られていた。


伯爵邸なら、夜になれば廊下の照明が灯り、冬には各部屋を暖房で暖めることができる。


しかし、王都の下町では、今でも薪や石炭を使って暮らす家庭が多い。


ルナティア自身、領地の視察でそうした家を訪ねたことがあった。


冬の朝、台所のかまどに火を起こすため、母親がまだ暗いうちから起き出していた。


そんな光景を思い出す。


「……便利なものほど、誰もが使えるとは限りませんものね」


ルナティアがそう言うと、ノエルは頷いた。


「実家の工房でも、魔石は大事に使っていました。鉱山があるからって、無駄遣いできるほど安くはないんです」


彼は少し考え込み、やがて何気なく尋ねた。


「……そういえば、空気中にも魔素はあるんですよね?」


「ええ。とても薄いものですけれど」


「それを、そのまま魔道具に使うことはできないんでしょうか」


ルナティアは瞬きをした。


「……大気中の魔素を、ですか?」


「はい。魔石がなくても、周りにあるものを使えたら便利だろうなと思って」


ノエルは少し照れくさそうに笑った。


「まあ、そんなに簡単なら、もう誰かがやっていますよね」


「……そうですわね」


ルナティアも、つられるように微笑んだ。


大気中に漂う魔素を利用しようという発想そのものは、古くからある。


ただ、魔素はあまりにも希薄で、実用に耐える量を集めようとすれば、集めるために使う魔力の方が多くなってしまう。


そのため、現在の魔道具は魔石に蓄えられた魔力を使う方式が主流だった。


「魔素を直接利用する研究も、過去にはあったようですわ。でも、十分な効率が得られなかったと記憶しております」


「そうなんですね」


「詳しいことは、まだ私も勉強不足ですけれど」


「いえ、ありがとうございます。そういう研究があったって分かっただけでも面白いです」


ノエルは、もう一度照明装置を見上げた。


「いつか、もっと安く使えるようになるといいですね」


その声には、特別な決意も、野心もなかった。


ただ、好きな魔道具がもっと身近なものになればいい。


そんな、ごく素朴な願いだった。


ルナティアは彼の横顔を眺めながら、少しだけ微笑んだ。


(……本当に、この方らしいわ)


自分なら、優れた魔道具を見れば、まずその性能や術式について考える。


けれどノエルは、その道具を使う人のことまで気にしていた。


もちろん、それだけで何かが変わるわけではない。


工房の照明は相変わらず大量の魔力を消費しているし、魔石の値段が明日から安くなるわけでもない。


二人はそれ以上この話を続けず、次の展示へ向かった。


ただ、ノエルの何気ない疑問だけが、ルナティアの記憶の片隅に残った。


     *


工房を一通り見学したあと、二人は職員に勧められ、初学者向けの調整体験に参加することになった。


用意されたのは、手のひらほどの大きさの卓上魔道灯だった。


真鍮製の台座に小さな魔石が収められ、上部には乳白色の硝子が取りつけられている。


「これ、壊れているんですか?」


ノエルが尋ねると、職員は頷いた。


「点いたり消えたりするんだ。初歩的な不具合だから、見学者の実習に使っている」


「なるほど」


「ただし、勝手に術式を書き換えたり、強い魔力を流したりするなよ。何か試す前には、必ず確認してくれ」


「分かりました」


ノエルは真剣な顔で頷いた。


ルナティアも丁寧に礼を述べる。


職員が少し離れた作業台へ戻ると、ノエルはさっそく魔道灯を手に取った。


「さて、どこが悪いんでしょうね」


「……まずは、魔力の流れを確認しましょうか」


「はい。お願いします」


ルナティアは台座に刻まれた術式を覗き込んだ。


ごく一般的な照明用の術式で、構造そのものは難しくない。


しかし、何かが少しおかしい。


「……こちらの経路、魔力の流れが不安定ですわね」


「本当ですか?」


「ええ。魔石から送られた魔力が、途中で途切れることがあるようです」


ノエルは台座の側面を確かめた。


「だったら、接続部分かな……」


彼は小さな工具を手に取り、職員に確認を取ってから、台座の裏蓋を外した。


中には、細い金属板と魔石を固定する金具が収められている。


「……あ、これか」


「何か分かりましたの?」


「この金具、少し緩んでいますね。魔石がわずかに動いて、接点が離れることがあるんだと思います」


ノエルは慎重に金具を確かめた。


「でも、ここを締め直すだけだと、また緩むかもしれないな……」


「……それなら」


ルナティアは術式をもう一度見つめた。


「こちらの魔力経路を少し調整すれば、接触が不安定になったときの影響を減らせるかもしれません」


「なるほど。じゃあ、金具を直してから、そっちも見直してみましょうか」


「ええ」


二人は顔を見合わせ、自然と笑った。


その瞬間、ルナティアは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


(……一緒に)


同じものを見て、考えている。


ノエルが気づいたことを、自分が別の面から確かめる。


自分が分からない部分を、彼が教えてくれる。


何だか、不思議な気分だった。


伯爵家では、ルナティアが何かを望めば、たいていのことは使用人たちが整えてくれる。


もちろん、彼女自身も勉強や研究はしてきた。


けれど、こうして誰かと肩を並べ、一つの道具を直すために頭を悩ませることは、あまりなかった。


「エーデルシュタイン様、こちらを押さえていてもらえますか?」


「……はい」


ルナティアは、小さな金具を指先で押さえた。


ノエルが工具を動かす。


真鍮の台座に工具が触れ、かすかな金属音が響いた。


「……よし。これなら大丈夫かな」


彼は顔を近づけて接続部分を確かめた。


その拍子に、二人の肩が軽く触れ合った。


「……っ!」


ルナティアの指先が、ぴくりと動いた。


「あ、すみません。狭かったですね」


「……い、いいえ。お気になさらず」


どうにか返事をする。


けれど、心臓はまったく落ち着いてくれなかった。


(……近い)


本当に、近い。


昨日は茶房で向かい合って座っていただけだった。


それが今日は、同じ作業台を覗き込み、肩が触れ合うほど近くにいる。


(……ああ、もう)


こんなことがあってよいのだろうか。


しかも、ノエルは少しも気にしていない様子で、作業を続けている。


(……私ばかり、こんなに)


胸が高鳴っている。


少し悔しかった。


彼にも、ほんの少しくらい意識してほしい。


できれば、自分の方を向いたとき、少しだけ照れてくれたりしたら。


(……素敵でしょうね)


そんなことを考えていたせいで、危うく押さえていた金具を離しかけた。


「……あっ」


「大丈夫ですか?」


「え、ええ。問題ありませんわ」


慌てて手元へ意識を戻す。


いけない。


ここで失敗したら、せっかくの共同作業が台無しになってしまう。


ルナティアは小さく息を整えた。


(……しっかりなさい)


今は魔道灯の修理中だ。


恋に浮かれている場合ではない。


……少なくとも、作業が終わるまでは。


     *


それから二人は、職員に確認してもらいながら接続部分を調整し、魔力の流れを安定させるための小さな補助術式を加えた。


ノエルが金具を直し、ルナティアが術式を整える。


単純な作業のはずだったが、思っていた以上に時間がかかった。


一度目の確認では、魔道灯はしばらく光ったあと、また消えてしまった。


「……あれ?」


ノエルが首を傾げる。


ルナティアも、術式を見直した。


「金具は問題ないようですけれど……」


「じゃあ、こっちの接点も見た方がいいかもしれませんね」


再び裏蓋を開く。


今度は、別の金属板がわずかに歪んでいることが分かった。


「……これですね」


「ええ。魔力の流れが途切れていたのは、この部分かもしれませんわ」


二人は顔を見合わせた。


「もう一度、やってみましょうか」


「……はい!」


ルナティアは、思わず少し大きな声で返事をした。


ノエルが楽しそうに笑った。


その笑顔につられて、彼女も小さく微笑む。


失敗したことが、少しも嫌ではなかった。


むしろ、もう一度一緒に考えられることが嬉しい。


(……あら)


そこで、ふと気づく。


もし魔道灯が直ってしまったら、この作業は終わってしまう。


それは、少し寂しい。


(……いっそ、もう少しだけ直らなくても)


そんな考えが浮かんだ。


けれど、ノエルは真剣な顔で工具を動かしている。


不具合の原因を探し、どうすれば直せるか、一生懸命考えていた。


その姿を見ていると、妙な気持ちになった。


(……でも)


直ったら、きっと喜んでくれる。


あの工房の入り口で見せたような、子供みたいに嬉しそうな笑顔を。


(……それは、見たいわね)


ルナティアは、そっと口元を緩めた。


失敗が続けば、もう少し長く一緒にいられる。


けれど、成功すれば彼の笑顔が見られる。


何とも悩ましい話だった。


「エーデルシュタイン様、これでどうでしょう?」


ノエルが尋ねた。


ルナティアは手元へ目を戻した。


接点はきれいに整い、魔力経路も問題なさそうだった。


「……ええ。今度は、うまくいくと思いますわ」


「じゃあ、試してみましょう」


二人は職員を呼び、調整箇所を確認してもらった。


安全に問題がないことを確かめてから、ノエルが起動用の金具に指をかける。


「……いきますよ」


「……はい」


小さく、かちりと音がした。


次の瞬間、乳白色の硝子の奥に、淡い光が灯った。


最初は頼りなく揺れていた光が、やがて落ち着き、作業台の上を柔らかく照らし始める。


二人は息を潜めて見守った。


十秒。


二十秒。


三十秒。


今度は、消えない。


「……やった!」


ノエルが嬉しそうに声を上げた。


「点きましたね!」


「……ええ!」


ルナティアも、思わず笑顔になった。


「今度は安定しているようですわ」


「よかった……。ありがとうございます、エーデルシュタイン様!」


ノエルは、心から嬉しそうだった。


その笑顔を見た瞬間、ルナティアの胸がふわりと温かくなった。


(……ああ)


やっぱり。


この顔が見たかったのだ。


たった一つの魔道灯を直しただけ。


世界を変える発明でもなければ、大勢の人に褒められるような成果でもない。


けれど、二人で考え、二人で手を動かし、ようやく灯った明かりだった。


その小さな光が、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。


「エーデルシュタイン様が一緒でよかったです」


ノエルが微笑んだ。


「僕一人だったら、きっと金具を直して終わりにしていました。術式の方まで見直そうとは思わなかったでしょうし」


「……私も、ノエル様がいらっしゃらなければ、金具の緩みには気づかなかったと思いますわ」


「じゃあ、二人でやったおかげですね」


(……二人で)


その言葉を聞いた途端、ルナティアはまた嬉しくなった。


二人で。


何と素敵な響きなのだろう。


できることなら、これからも何度でも聞いていたい。


(……あら)


それなら、今度は何を一緒にしよう。


魔道具の修理もいい。


新しい術式を考えるのも楽しそうだ。


図書室で本を調べるのもよいだろう。


もちろん、伯爵邸の書庫なら、もっとたくさんの資料が揃っている。


(……やはり、いずれはお招きしたいわね)


思考がいつもの場所へ辿り着く。


そのとき、職員が魔道灯の光を確認し、感心したように頷いた。


「うん、いい具合だ。初めてでここまで直せるなら、なかなか見込みがある」


「本当ですか?」


「ああ。二人とも、よく考えて作業していたよ」


ノエルは嬉しそうに笑った。


ルナティアも丁寧に礼を述べる。


けれど、彼女の視線は、すぐにノエルへ戻ってしまった。


褒めてもらったことも嬉しい。


しかし、それ以上に。


(……あなたが喜んでくださると)


どうして、こんなにも自分まで嬉しくなるのだろう。


ルナティアは小さな魔道灯を眺めながら、そっと微笑んだ。


その理由を考えるのは、もう少し先でもよさそうだった。


     *


工房を出る頃には、空が茜色に染まり始めていた。


高い窓から差し込む夕日が、工房の床に長い影を落としている。


作業を終えた学生たちが片づけを始め、室内には工具をしまう音や、互いに挨拶を交わす声が響いていた。


ノエルは名残惜しそうに振り返った。


「いやあ、楽しかったです」


「……ええ。私も、とても」


ルナティアは静かに頷いた。


本当に、楽しかった。


工房の設備を見て回るのも、彼と魔法の話をするのも。


何より、同じ作業台に向かって、一緒に考えた時間が楽しかった。


思い返すだけで、自然と笑みがこぼれる。


「そうだ、エーデルシュタイン様」


「……はい?」


ノエルが、ふと思いついたように振り返った。


「今度、また一緒に来ませんか?」


ルナティアの胸が跳ねた。


「……また、ですか?」


「はい。今日見られなかった設備もありますし、ほかの調整実習もできるらしいんです」


ノエルは、少し照れくさそうに笑った。


「それに、エーデルシュタイン様と一緒に考えるの、すごく楽しかったので」


(…………っ!)


ルナティアは、思わず足を止めた。


今、何と。


一緒に考えるのが。


楽しかった。


(……ノエル様も?)


自分だけではなかった。


自分ばかりが、あの時間を惜しんでいたわけではなかったのだ。


ノエルも、また一緒に来たいと思ってくれている。


(……ああ、もう)


嬉しい。


あまりにも嬉しい。


今すぐ彼の手を取って、ぜひ毎日でもと答えたかった。


けれど、さすがにそれでは勢いがありすぎる。


ルナティアは小さく息を整え、どうにか笑顔を作った。


「……ええ。喜んで」


「よかった!」


ノエルが笑った。


「じゃあ、また都合のいい日に声をかけますね」


「……はい」


ルナティアは頷いた。


その返事をした途端、胸の奥がくすぐったくなった。


彼がまた、誘ってくれる。


自分から追いかけなくても。


伯爵家の力を使わなくても。


ただ、一緒に過ごした時間を楽しいと思ってくれたから。


(……ふふ)


そんなことが、本当にあるのだ。


ルナティアは隣を歩くノエルをそっと見つめた。


彼は相変わらず工房の話をしている。


今日見た加工機の仕組みや、修理した魔道灯の不具合について、楽しそうに語っていた。


その話を聞きながら、ルナティアは何度も頷いた。


けれど、心の片隅では、別のことも考えている。


(……次は、いつになるのかしら)


明日。


明後日。


できれば、明日がいい。


それに、次は工房だけでなく、帰りに茶房へ寄るのもよいだろう。


お茶を飲みながら、今日のことを振り返る。


もし話が盛り上がれば、夕食の時間まで一緒にいられるかもしれない。


(……あら、素敵)


またしても夢が広がり始めた。


そして、ふと気づく。


(……でも)


今は、急いで次の約束を取りつけなくてもよいのかもしれない。


彼は、また声をかけると言ってくれたのだ。


昨日も、今日も。


何度も。


(……本当に、また誘ってくださるのかしら)


胸の奥に、いつもの不安が小さく顔を出す。


けれど、隣を見ると、ノエルが笑っている。


今日もこうして、一緒に帰り道を歩いている。


(……大丈夫)


そう思いたかった。


まだ、完全には信じられない。


けれど、昨日よりは少しだけ。


今日よりも明日が楽しみだと思えるようになった気がした。


「エーデルシュタイン様?」


声をかけられ、顔を上げる。


「……はい?」


「何だか、楽しそうですね」


ノエルが笑っていた。


ルナティアは、思わず瞬きをした。


「……そう、見えますか?」


「はい。さっきから、ずっと嬉しそうなので」


(……あら)


気づかれていた。


自分では、いつもどおりにしているつもりだったのに。


ルナティアは少しだけ頬を赤らめた。


そして、そっと微笑んだ。


「……ええ。楽しかったですわ」


今度は、取り繕うことなく答えられた。


「ノエル様とご一緒できて」


彼が、少し驚いたように瞬きをした。


それから、嬉しそうに笑った。


「僕もです」


たった、それだけだった。


けれど、その一言が嬉しくて、ルナティアはまた笑ってしまった。


夕暮れの小道を、二人は並んで歩いていく。


生垣の向こうでは、庭師が最後の落ち葉を集めていた。講義棟からはまだ学生たちの声が聞こえ、遠くの時計塔が夕刻を告げ始めている。


いつもと変わらない、王立学園の放課後だった。


ただ、ルナティアにとっては、きっと長く忘れられない一日になるだろう。


好きな人と一緒に、魔道具を直した。


失敗して、考えて、最後には二人で笑った。


そして、また一緒に来ようと言ってもらえた。


(……ああ)


何て、幸せなのだろう。


できれば、こんな時間がずっと続いてほしい。


朝も昼も、夜も。


できることなら、一日中。


(……いっそ、工房を伯爵邸に作ってしまえば)


そこまで考えて、ルナティアは小さく首を傾げた。


いや。


それでは、ノエルが学園の工房を見学する楽しみを奪ってしまうかもしれない。


それに、彼は実家の工房も大切にしている。


(……そうね)


だったら、伯爵邸にも工房を作ればよい。


そうすれば、学園でも実家でも伯爵邸でも、好きな場所で研究できるではないか。


(……ふふ。これなら、何の問題もありませんわね)


どうやら、彼女の考える理想の未来には、やはり伯爵邸が欠かせないらしい。


ルナティアは、自分の思いつきに満足しながら、そっと隣のノエルを見上げた。


彼は夕日に照らされた校舎を眺め、何やら楽しそうに話している。


その横顔が、たまらなく愛おしかった。


(……ノエル様)


今度は、何を一緒にしましょう。


何を見て、何を考えて、何を話しましょう。


あなたの好きなものを、もっと知りたい。


そして、できれば。


(……私のことも、もっと知っていただきたいわ)


七人分の恋心は、今日も少しも大人しくなっていない。


けれど、その恋心が向かう先には、昨日まで知らなかった楽しみが、また一つ増えていた。


二人で何かをする。


そして、その時間を二人とも楽しいと思える。


そんな、ごくありふれた幸福だった。


もっとも、ルナティアはまだ、その幸福だけで満足するつもりなど毛頭なかったのだけれど。


お読みいただきありがとうございました。

もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。