スタンピード 3
冒険者ギルド
その歴史は古く、人類がタゲリの街がある新大陸へと到達する以前から存在していた
故に組織としての歴史は非常に長く、建物もまたそれに相応しい時代の流れに合わせた作りとなっている
受付の天井から垂れる担当部署の名札
中央には記入台があり、掲示板に貼られた紙を手に取り冒険者達が名前を書き込んでいた
待合椅子には所狭しと人が座り、受付に呼ばれるまでの間、談合に励んでいる
そんなギルドを見て、健司はポツリと呟いた
「いや、市役所じゃん」
「何言ってるの?」
「あぁ、いや何でもない」
来るまでに浪漫は感じていても、いざ到着すれば夢は泡沫となりて消えていく
諸行無常な現実に、待合椅子に座る健司は少しだけため息を吐くと肩を下ろした
「受付番号30番の方、こちらにどうぞ」
「あ、はーい、ほら行くよ」
「ウィ〜・・・」
灯華に手を引かれ、トボトボと歩いていくと受付の椅子へと腰掛ける
「えっと、冒険者登録ご希望ということでよろしかったでしょうか?」
「はい、お願いします」
「わかりました。では、こちらの用紙にサインをお願いします。その間に測定器の準備をしますね」
そうして2人に2枚の紙が差し出された
1枚は灯華に、もう1枚健司に、彼は自身の目の前に置かれたそれを手に取ると、渋々と読み進めていく
ーーこんなのマジで役所じゃん・・・
醍醐味の"だ"の字もない、無機質な手続きにまたしてもため息が漏れる
目を通した書類に書かれているのはありきたりな文言ばかり
1.丙(登録者)はギルドからの依頼を週に3回はこなすこと
正し、不要不急の要件がある場合は速やかに報告の後に要相談
また止むに止まれぬ事態の場合は事後相談にて判断をするものとする
2.丙は乙(依頼者)との直接依頼は原則禁止とし、甲を仲介に挟むこと
3.有事には丙は甲の指揮下へと入り、業務に取り組むこと
4.公的職員としての矜持を全うされたし
5.クエスト中の身の安全は乙並びに甲は保証しないものとする
「・・・ん?」
書かれている内容に気になる点があった
「冒険者って公務員なの?」
「まぁ・・・正確には運営は半官半民みたいなものですけど、概ねその認識で良いですよ」
「えぇ・・・」
異世界で公務員になっちゃったよ、などと思い思わず顔を顰めてしまう
世の中は倍率が高く中々なれないと言われているのに、まさかここでなれてしまうとは
「給料はクエスト達成金で賄われますので、公務員としての給料は無いですけどね」
「あ、まぁですよねぇ」
つまりは肩書だけである
どうやら世の中そんなに甘く無いらしい
そう思うとほろ苦い気持ちが彼の胸の内に溢れてくるが、とりあえず書類にサインして受付の女性へと手渡す
「はい、では書類は以上となります。次は魔力測定になりますので、こちらに手を当てて魔力を放出して下さい」
そう言って机の下から取り出されたのは野球ボール程の大きさの水晶玉だったが、これには健司のテンションも上がる
「お、おぉ、これに手を当てれば良いんっすね! なぁ灯華!」
夢にまで見た魔力測定
はしゃぎ急かすように尋ねる健司に、灯華は「良いよ、先にやりな」と答えると「よっしゃぁ!」とガッツポーズを決める
意気揚々と目の前に置かれた水晶玉に手を添えると、魔力を一気に放出した
眩い光が受付の一角を照らす
あまりの眩しさに目を細めながら、一体自分の魔力はどれ程なのか、SSSか、それともLRとかか? などと思い胸を高鳴らせる
やがて光が収まってきた頃、彼の前には白く濁った水晶玉の姿が見えてきた
「・・・何これ」
「わぁすごい、魔力量は白ですね」
「え、白?」
「はい、下から赤、黄色、白、青、水色、紫の順番で魔力量の多さがわかるので、健司さんはかなり多いですね」
サングラスを外しながら和かに笑う女性
だが、正直色だけ言われてもどの程度かわからない
「あの・・・それってどのくらい・・・?」
「うーん、URくらいですかね?」
「思ったより高いな!?」
「それじゃあ次、お願いしまーす」
「ちょっと流さな・・・眩しっ!?」
言い掛けた直後に水晶玉が再度輝き、健司は思わず叫ぶ
「あぁ・・・」と呻き声を発しながら身悶えしていると、隣からは「あっ、大丈夫?」と灯華の心配そうな声が聞こえた
「お、おう・・・大じょ・・・」
大丈夫と言い掛けた最中、目の前の"真っ白"に染まった水晶玉を見て言葉に詰まる
「え、白」
「うん、白いね」
平然と言ってのけた灯華に思わず健司は天を仰いだ
URとは何だったのかと
「凄いですねぇ、流石です」
「ありがとうございます」
気にすることなく和かに話す2人の傍、天井のシミを数え出していた健司も思わず声に出す
「ちなみに・・・白ってどんくらいの確率で出るんですかね・・・?」
「大体10万人に1人ですね」
「ほんとぉ・・・?」
「ほんとぉ」
小首を傾げ、戯けたように声を漏らすと合わせるように女性も首を傾げる
だとしたらエンカウント率高過ぎだろ
「まぁ僕だからね、仕方ないよ」
「何だよその自信、腹立つなぁ」
そんな健司の不満げな声に、「ふふん」と彼女は笑い、彼の表情は益々不満げに染まる
「それではこれでギルドへの登録は完了です。本日から1週間以内の依頼の受注だけお忘れ無く」
「あ、はい、ありがとうございました」
「ありがとうございます・・・なぁ灯華」
受付の女性へと軽く礼を言い立ち上がると、健司はすぐさま灯華へと顔を向けた
「ん、どうしたの?」
「もう依頼って受けて良いんだよな?」
「うん、大丈夫だと・・・え?」
この男、マジか
それが彼の言葉を聞いた灯華が思ったことだった
「もしかして・・・依頼、受けるつもり・・・?」
「もち!」
「もち! じゃないよ、君魔法の使い方理解したの!?」
「え、魔法使わなくても出来るんじゃ・・・」
「出来るけど、君はまずその魔法を何とかするところからだよ!」
こんな動く爆弾の様な男を、魔法が上手く使えない内に好き勝手動かさせてたまるかと灯華は慌てて引き留める
「まずは魔法を使える様になってから、じゃないと危ないってぇ」
「あぶっ・・・いやまぁ、うん・・・確かに・・・」
彼女の言うことに一理あると思い健司は納得する
確かに魔法を使った時、あんな大きなクレーターを作ったのだから、依頼を受けるよりも先に練習した方が良い
だが、そんな彼の切り替えの速さに灯華は思わず転けそうになる
素直なのは良いことだが、もう少しだけ考えて欲しいと思うと彼女の口からため息が漏れた
「それじゃあ訓練所借りて、明日から特訓しようか」
「おう・・・って、それも付き合ってくれるの? 良いのか?」
「ここまで来たなら一蓮托生、君が一人前の冒険者になれるまで付き合うよ」
「マジか・・・ありがてぇ・・・」
ハッキリとそう答える彼女の後ろから後光のようなものが見えて拝んでしまう
この世界に来てから世話になりっぱなしで申し訳ない気持ちはあるが、そう言ってくれるのならこの際最後まで甘えてしまおうかと健司は彼女の好意を受ける事にした
「じゃあ、今日はひとまず宿を取って・・・」
「貴様ら、煩いぞ!」
そうして灯華が次にやる事を思案しかけた時だ
彼らに怒号が浴びせられた
一体何事かと顔を向けようとする2人ではあったが、健司はなんとなく察する
ーーあ、これお約束のやつだ
冒険者ギルドでの騒動
ある意味で使い古された展開を感じ取り、胸の内が高鳴る
さて、相手はどんな奴で何人いるのかと小さく笑いこちらへと歩いてくる人物へと目を向けた
「・・・あらぁ」
そこにいたのは金色の髪に青い目をして豪華絢爛な衣服に身を包む貴族の御曹司であろう青年であった
髪型が垂れる程に長いリーゼントなのを除けば、特に違和感は無い
「え、何あの葉巻みたいな髪型」
「誰が葉巻だ! 貴様らさっきから大声で騒いで何だと言うのだ、もう少し静かにしろ!」
「そりゃ悪い、騒ぎ過ぎた」
言い方にはムッと来たが、騒がしかったのは事実なので健司が謝る
だが、青年の言葉は止まらない
「これだから新入りは思い上がって堪らんのだ、大体ここはだな」
「ちょっと待って、謝ってるじゃないですか」
「その態度は何だ? 騒いだのは貴様らだろう」
「何だと・・・!」
謝罪したのに怒り続ける青年に、納得がいかず腹を立てた健司は睨み付けると、逆に青年からは失笑が返ってくる
「何だ? 今時の新入りは実力差すら理解出来んか?」
「お前、言わせておけば!」
ついに我慢の限界となった彼は、ドタドタと足音を鳴らし青年へと近付こうとし、相対する青年もまた返り討ちにしようと全身から魔力を放出した
2人の魔力がギルドの中で衝突する
猛烈な突風を生じさせ、書類を舞い上がらせ机を押し倒す
周囲にいた人々も止めようとはしたが、2人の魔力に近付けない
やがて、2人はお互いの目の前にまでーー
「・・・っ!?」
「なっ・・・!?」
だが、そんな2人の歩みはすぐに止まることになる
床から伸びた氷が間に割って入る様に伸びてきたのだ
「はい、そこまで」
その魔法を使った灯華は、ゆっくりと2人の間へと歩み寄る
「ダメだよ、こんな所で喧嘩しちゃ」
「いや、でもよ・・・」
「元はと言えば貴様らが・・・」
互いに言い分があるのか、健司と青年は灯華へと食い下がろうとする
そんな彼らへと灯華が見せたのはーー
笑顔だった
「ダメだよ」
「あ、ハイ」
「スマン」
冷たく凍るような微笑み、感情の機微すら感じられない表情に男2人の危機察知能力が告げてきたのだ
これ以上はマズイと
「仲良くしなきゃダメだよ」
「ダイジョウブ、オレタチナカヨシー」
「ヨイゾー」
ぎこちなく肩を組み、わざとらしく仲が良いことを見せ付ける
奇妙なことだが、示し合わせるように動いている彼らは、お互いに心を許した訳ではない
単に恐怖に支配されて動いているだけである
だが、そんな彼らに満足したのか、灯華もうんうんと頷く
「それで良し、じゃあ健司、行こっか」
「ハイ・・・」
自分が原因とは言え、これから怒っている彼女と共に街を歩くのかと思うと、健司の気は重い
「その、なんだ・・・頑張れよ」
ーーうるせぇよ
灯華に聞こえないよう耳打ちしてくる青年の言葉に、健司は煩わしく感じながらも羨ましく思ってしまう
「じゃあ、ソルはこっちね」
突然隣から聞こえてきた声に2人は咄嗟に振り返る
そこにいたのは純白の法衣に身を包んだ僧侶の少女だった
「シータ・・・いつの間に・・・」
徐々に強張っていく青年、ソルの表情とは対照的に良い笑顔を浮かべたシータは静かに言い放つ
「あなたが喧嘩を売った時から」
「・・・ごめんなさい」
「言い訳は向こうで聞きますねぇ」
襟元を掴まれ、ズルズルと引き摺られていきギルドの奥へと消えていくソルを見て、健司はただ思う
ーー頑張れよ
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
暗い、暗い視界が広がっている
一寸先も闇ではあるが、一寸先すらあるのかもわからない
微睡の中で意識は無く、だが、ぼんやりと目の前の暗闇を眺めているということだけはわかった
不意に闇の中に白い穴が空いた
穴は徐々に広がり、白が滲み出てきて黒を塗り潰す
「あんた、いつの間にコメディ世界に行ったの?」
その白の中心に彼女はいた
女神デアセク
この世界へと健司を誘った存在
「まぁ良いわ、こっちも楽しませてもらってるし・・・特に魔法を暴発させたとこなんかもう」
彼女はアクアマリンのような美しい蒼い瞳を細めながらクツクツと笑うが、自分はただ何を考えることも無く、ただ茫然と見つめる
それが気に障ったのだろうか、デアセクは途端に不機嫌になり、ムスッとした表情を浮かべた
「何よ、少しくらい反応示しても良いじゃない・・・まぁ無理か」
雲のように白く毛の塊のようなソファから身を起こすと、ゆっくりとコチラへと歩いてくる
「良い? あなたがその世界に送られたのは私を楽しませる為、明日は・・・まぁ結構大変なことが起きるっぽいけど」
伸ばされた指が、額を小突く
「精々励みなさい」
次の瞬間には意識は落ちていった




