こんにちは異世界 3 終
ーー何だあれ・・・
姿勢を低く、身体を伸ばし唸り声を上げるその姿を前に、健司はただ茫然とした
ゴブリンでも無い、オークでも無く、かと言って、狼でもライオンでも無い
全く未知の生物を前に、思考が追い付いていない
「健司!」
そんな彼の思考は、灯華の叫びにより引き戻されると身体を押し飛ばされたのに気がつく
咄嗟の事で蹌踉けてしまうが、その瞬間、彼が立っていた場所にキャーウィグの爪が振り下ろされていた
ーーいつの間に・・・!
「この・・・!」
驚く健司ではあったが、その間にも腰から短刀を抜いた灯華が切り掛かる
一閃
だが、短刀を振るった時には、巨躯に似合わぬ俊敏さでキャーウィグは後ろへと高く跳び距離をとっていた
「何でこの子がここに・・・」
灯華は目の前のキャーウィグを凝視する
本来であればこの魔獣は人里離れた地に住んでいて、滅多な事では人を襲わないからだ
それが何故ここに居るのか
短刀を構え睨み付けながら思案に耽る
何か嫌な予感がした
「健司、ここを離れて」
彼女の言葉に驚く
「なっ・・・お前はどうするんだよ!」
「僕も健司が離れたのを確認したらすぐ逃げるよ、それまで足止めしておく」
「いや、あんなのに1人でだなんて・・・」
放っておけない
その気持ちは確かにあった
だからこそ、拳を強く握り締めて灯華の言葉に食い下がる
しかし、そんな彼の震える手足を見て彼女は穏やかに笑う
「大丈夫、僕これでも結構強いんだよ?」
「だからって・・・」
何か他に手がある筈だと
「心配してくれてありがとう・・・」
だが、健司が言い終わる前に彼女は全身に魔力を巡らせると、「ほら、行って!」と叫び魔獣へと一歩足を踏み出した
その瞬間、突風が吹き荒れ彼女の姿が消える
「んなっ・・・!?」
舞い上がる砂塵と風に顔を背ける
速い
そんな感想すら考えつく前に、灯華は魔獣の元まで駆けると短刀を振り下ろす
風を切り裂く音を響かせた短刀の一撃、だが、キャーウィグも猫科生物のような柔軟で俊敏な動きで回避すると距離をとる
再び睨み合う両者
灯華は短刀をさらに強く握り締め、キャーウィグは唸り声を上げる
そこから始まるのは魔法と斬撃の応酬であった
2本の鼻を鞭のように使い、鼻先から風の刃を放射し、出来た隙にすかさず牙と爪を突き立てようとするキャーウィグ
対して灯華も、透明なシールドである防御結界で魔法を防ぎ、近付いてきたキャーウィグへと炎を浴びせ隙を潰している
一進一退の攻防
だが、少しだけ灯華が押されているようにも健司には見えた
「攻撃してない・・・出来ないのか・・・?」
アレだけの猛襲を前に攻撃に転ずることが出来ないのだと健司は考えた
だからこそ、思ったのだ
自分が逃げても、彼女は逃げられないのでは無いかと
本当にそれで良いのか?
「ダメ・・・ダメだ・・・」
足は震えて力が抜ける
強く握り続けた手のひらは汗が滲んで気持ち悪い
正直なところ、怖い
それでも彼女を犠牲にしてまで逃げたく無かった
「俺・・・だって・・・!」
異世界に来て気が強くなったのかもしれないが、健司は立ち向かうことを選んだ
「やってやる!」
この新しい力でーー
徐に手を伸ばし、感じていく
自身の手のひらに集まった力が、指先へと至り、離れ、目の前の空間に留まることを
発動された魔法が捻れていくことを
思い描くのは漆黒の空で煌々と光を飲み込んでいく崩壊者
捻れ、捻れ、捻れ
空間も、時間も、全てを捩じ切ってしまう程の重力の坩堝
「な、何・・・!?」
それを感じ取ったのは灯華が再び距離を取り、魔獣と睨み合っている時だ
自分達の周囲に向けて送られる高濃度の魔力を感じ取る
その魔力の送り主を、灯華はすぐに理解した
「健司、何で逃げてないの!」
そんな彼女を叫びを遮るように健司は声を張り上げた
「魔法を発動するーー
逃げろ!」
彼が叫んだ瞬間だった
灯華とキャーウィグの間の空間に、小さな、ほんの小さな黒い球が生まれたのは
「ーーーっ!?」
それが何なのか灯華にも、キャーウィグにもわからなかった
だが、たったひとつだけ感じ取ったことがある
今すぐここから"逃げなければ"
そう本能が感じ取ったのだ
「健司!!」
彼女の取った行動は殆ど無意識に近かった
短刀を手放すと、健司目掛けて飛んだ
「うごっ・・・!? 何すん・・・」
「黙って、舌噛むよ!」
彼からしてみれば、一瞬で近づいて来た灯華が自身の腹目掛け体当たりして来たように思えた
抗議の声を上げようとするが、彼女は意に返さずそのまま彼を連れて走り出す
その間にも黒球は廻る
土や草、風をも吸い取り
ゆっくりと、だが、確実に
大きさを増していく
ーーやばっ!?
後ろを流し見た灯華がそう思った時、黒球は急速に拡大した
音がしない
聞こえるのはやけに甲高い音だけ
伸びた光をその身に纏い、土も草木も空気すらも全てを吸い込む
「アレを・・・俺が・・・?」
灯華に担がれた健司は彼女の肩の上で自身が産んだ重力球に目を奪われていく
ーー異世界転生とはもっと楽しいものだと思ってた
地面が抉れ、空を漂う雲が形を変えていく
風の流れる音と一緒に、キャーウィグの悲鳴が聞こえる
ーー魔法を使うのは、もっと心地の良いものだと思ってた
黒い球体にキャーウィグが吸い込まれて
いや、引き延ばされていく
「グググ・・・やばい・・・」
透明な何かを背にして、健司の下で必死に踏ん張る灯華の声が聞こえる
ーーこんなにも
怖いものだったなんて
自身の発動した魔法を見つめる目に最初のような歓喜や享楽を求める感情はもう無い
あるのは、自身の力に対する畏れだった
そうして次の瞬間、重力球は内部へと収束し淡い光を放ち消えていく
後に残ったのは大きく抉れた地面と、折れた木々
それを見て健司は小さく呟く
「・・・マジかよ」
自身の手にした力の大きさに戸惑うのであった
読んでくださりありがとうございます!
これにて第1話終了でございます
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