第7話「初めての本音」
その日は、朝から雨だった。
空は重く、途切れることなく降り続く雨が、まるで時間を引き延ばしているように感じられる。
凛は講義が終わると、迷わずバス停へ向かった。
——今日は、ちゃんと伝えなきゃいけない。
理由はわからない。ただ、そうしないと取り返しがつかなくなる気がしていた。
「凛」
名前を呼ばれる。
顔を上げると、蒼がいつもの場所に立っていた。
けれど、その姿はどこか薄く、前よりも不安定に見える。
「……今日、ずっと雨だね」
凛は話し出すきっかけを探すように言う。
「うん。珍しいよね」
蒼は穏やかに笑う。
その“普通さ”が、逆に怖かった。
まるで、この時間が終わりに近づいていることを隠しているみたいで。
「ねえ、蒼」
「なに?」
凛は一瞬だけ目を伏せる。
心臓がうるさい。言葉にするのが、こんなにも怖いなんて思わなかった。
それでも——
「私、たぶん」
声が震える。
「蒼と会うの、好き」
蒼の表情が止まる。
雨音だけが、二人の間に落ちる。
「雨の日、待ってるのも」
少しずつ、言葉が続く。
「話すのも、全部」
逃げ場はない。
凛は顔を上げて、まっすぐ蒼を見る。
「……好き」
それは、小さくて、それでも確かな告白だった。
沈黙。
長い時間が流れたように感じる。
やがて、蒼はゆっくりと息を吐いた。
「……そっか」
その声は、優しくて——そして、少しだけ悲しかった。
「ありがとう」
「ありがとうって……」
凛は戸惑う。
その返事は、どこか距離を感じさせた。
蒼は視線を逸らす。
「嬉しいよ、本当に」
「じゃあ——」
「でも」
言葉を遮るように、蒼が続ける。
凛の胸が強く締めつけられる。
「それに応えることはできない」
はっきりとした言葉だった。
「なんで……」
思わず声が漏れる。
蒼は苦しそうに笑う。
「もうわかってるでしょ」
そう言って、自分の手を見る。
指先は、はっきりと透けていた。
「俺は、消える側の人間だから」
その一言が、現実を突きつける。
凛は何も言えなくなる。
けれど、それでも——
「それでもいい」
気づけば、口にしていた。
蒼が驚いたように顔を上げる。
「消えるとか、関係ない」
涙が滲む。
「今ここにいるなら、それでいい」
自分でも驚くくらい、まっすぐな言葉だった。
蒼はしばらく何も言えずにいた。
やがて、小さく笑う。
「……ずるいな、凛は」
その目は、どこか揺れていた。
迷いが、確かにそこにあった。
雨はまだ、降り続いている。
けれどその強さは、少しずつ弱まっていた。
終わりが、近づいている。
それでも凛は、その場を離れなかった。
この時間が一秒でも長く続くようにと願いながら。




