第5話「揺らぐ境界線」
雨は、少し強くなっていた。
バス停の屋根を打つ音が、いつもよりはっきりと響く。その中で、凛は静かに蒼を見つめていた。
「ねえ」
先に口を開いたのは凛だった。
「今日も、濡れてないね」
蒼は苦笑する。
「観察力いいね」
「ごまかさないで」
即座に返す。その声には、これまでにない強さがあった。
蒼は少しだけ視線を落とす。逃げ場を探すように。
「……どうしてそこまで知りたいの?」
その問いに、凛は言葉を詰まらせる。
どうしてなのか、自分でもはっきりとはわからない。ただ——
「気になるから」
それが精一杯の答えだった。
蒼はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。
「凛はさ」
「……なに」
「もし俺が、普通じゃなかったらどうする?」
静かな問い。
冗談には聞こえなかった。
凛の胸が、わずかにざわつく。
「……どういう意味」
「そのままの意味」
蒼は雨の向こうを見つめたまま続ける。
「ずっとここにいるわけじゃないし、いつか急にいなくなるかもしれない」
その言葉は、なぜか妙に現実味を帯びていた。
「……やめて」
凛は思わず口にする。
「そういうの、冗談でも嫌」
声が、少しだけ震えていた。
蒼は驚いたように凛を見る。
「凛……」
「だって」
言葉が止まらない。
「せっかく……」
そこまで言って、凛は口を閉じる。
自分が何を言おうとしたのか、はっきり気づいてしまったから。
——会えるのが、楽しみなのに。
沈黙が落ちる。
雨音だけが、二人の間を満たす。
蒼はゆっくりと口を開いた。
「……そっか」
その声は、どこか優しかった。
「じゃあ、少しだけ教える」
凛が顔を上げる。
「俺はね、“長くいられない”んだよ、この場所に」
「……なに、それ」
「だから——」
蒼の言葉が続く前に、強い風が吹き込んできた。
雨が一瞬、横殴りになる。
凛が目を細めて顔を覆った、その一瞬。
次に視界が戻ったとき——
「……蒼?」
彼の姿は、そこにあった。けれど——
ほんの一瞬、輪郭が揺らいだように見えた。
まるで、映像が乱れるみたいに。
凛の心臓が強く跳ねる。
「今の……」
「見えた?」
蒼が静かに言う。
否定も、ごまかしもしない声。
凛は言葉を失う。
雨音が、急に遠く感じられた。
——この人は、本当に何者なのか。
その答えが、すぐそこまで来ている気がした。




