第4話「隠された輪郭」
雨は、約束を守るように降り続いていた。
凛にとってその時間は、もうただの帰り道ではなかった。講義が終わると自然と足が向かい、蒼の姿を探す。それが当たり前になっていた。
けれど、その日は少し違っていた。
バス停に着いても、蒼はいない。
胸の奥が、わずかにざわつく。
(来ない日も、あるよね……)
そう思いながらも、その場を離れる気にはなれなかった。雨は静かに降り続き、時間だけが過ぎていく。
「……遅れて、ごめん」
背後から聞こえた声に、凛は勢いよく振り返った。
そこには、いつもと同じようで——どこか違う蒼が立っていた。
「……遅い」
思わず口に出た言葉に、自分でも驚く。責めるつもりなんてなかったのに。
蒼は少しだけ目を細めて笑う。
「待っててくれたんだ」
「別に……帰るタイミングなかっただけ」
視線を逸らす凛。その頬に、わずかな熱が宿る。
けれど次の瞬間、凛は気づく。
「……濡れてない」
「え?」
蒼の服は、雨の中にいたはずなのにほとんど濡れていなかった。
傘は持っていない。さっき来たばかりだとしても、不自然すぎる。
「さっきまで、どこにいたの」
問いかける声が、少しだけ鋭くなる。
蒼は一瞬だけ言葉に詰まり、それからゆっくりと笑った。
「内緒」
「……はぐらかさないで」
凛は一歩踏み出す。今までなら聞けなかったこと。でも今は、知りたいと思ってしまう。
蒼の表情が、ほんの少しだけ曇る。
「凛」
名前を呼ばれて、動きが止まる。
「知らないほうがいいこともあるよ」
優しい声。でもその奥に、確かな壁があった。
凛は唇を噛む。踏み込めない距離が、そこにある。
「……ずるい」
小さく呟く。
「自分のこと、何も話さないのに」
蒼は何も答えない。ただ雨を見上げるだけ。
沈黙が落ちる。これまで心地よかったはずの静けさが、少しだけ重く感じられた。
やがて、バスが近づく音がする。
「また来る?」
蒼がいつものように聞く。
凛は少しだけ間を置いたあと、小さく頷いた。
「……来るよ」
本当は、まだ聞きたいことがあるから。
バスに乗り込みながら、凛は思う。
——蒼は何者なのか。
——どうして雨の日にしか現れないのか。
その答えに近づくことが、少しだけ怖いと感じながらも。
凛はもう、後戻りできないところまで来ていた。




