第3話「雨の日の約束」
その週は、やけに雨が多かった。
凛は講義が終わるたびに、迷うことなくバス停へ向かうようになっていた。最初は偶然だったはずの場所が、いつの間にか「待ち合わせ場所」みたいに感じられていることに、少しだけ戸惑いながら。
そして今日も——蒼はいた。
「最近、ちゃんと来るね」
からかうような声に、凛は視線を逸らす。
「……たまたま」
「ふーん?」
明らかに信じていない顔。それでも追及してこないところが、蒼らしい。
雨はしとしとと静かに降り続いている。前よりも少しだけ、二人の距離は近かった。
「ねえ凛」
蒼が不意に真剣な声で呼ぶ。
「もしさ、雨がずっと続いたらどうする?」
「え?」
突飛な質問に、凛は戸惑う。
「ずっと会えるってこと?」
「そう。毎日、こうやって」
凛は少しだけ考える。雨の日だけのこの時間。それは、まだ言葉にできないけれど、確かに心を揺らしていた。
「……別に、悪くないかも」
ぽつりと呟く。
蒼は一瞬だけ驚いたように目を見開いて、それから優しく笑った。
「そっか。よかった」
その言い方がどこか引っかかって、凛は眉をひそめる。
「なにが?」
「ううん、なんでもない」
はぐらかすように視線を逸らす蒼。その横顔は、やはりどこか寂しげだった。
バスが来るまで、あと少し。
「じゃあさ、約束しよう」
蒼が言う。
「次に会うときも、その次も——雨の日はここで会うって」
凛の胸が小さく高鳴る。約束なんて、いつぶりだろう。
「……忘れたら?」
「忘れないよ。凛はちゃんと来る」
断言されて、言い返せなくなる。
少しだけ間を置いて、凛は静かに頷いた。
「……わかった」
それは小さな約束。でも凛にとっては、確かな一歩だった。
バスが到着する。
凛が乗り込む直前、振り返ると——蒼はやはり傘も差さず、そこに立っていた。
けれど、ドアが閉まり動き出した瞬間。
ほんの一瞬だけ、彼の姿が雨に溶けるように薄く見えた気がした。
——それが気のせいなのか、凛にはまだわからなかった。




