第2話「雨に滲む距離」
次に雨が降ったのは、それから三日後だった。
凛は講義が終わると、無意識のうちにあのバス停へ足を向けていた。自分でも理由はよくわからない。ただ、あの青年の言葉が頭から離れなかったのだ。
「雨の日なら、きっと」
バス停に着くと、すでに彼はそこにいた。前と同じように傘も差さず、静かに雨を見上げている。
「……また、いたんだ」
凛が声をかけると、彼は振り向いて柔らかく笑った。
「ほらね、会えた」
まるで当然のことのように言うその態度に、凛は少し戸惑う。
「なんで傘、差さないの」
「差す理由がないからかな」
軽い調子の返事。けれどその瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
凛はそれ以上踏み込めず、少し距離を置いて立つ。人と近づくことに、まだ慣れていない。
「名前、聞いてもいい?」
彼が尋ねる。
「……凛」
「そっか、いい名前だね」
自然に褒められて、凛は言葉に詰まる。どう返せばいいのかわからない。
「君は?」
「蒼」
短く名乗ると、彼はまた空を見上げた。
沈黙が流れる。けれど不思議と、気まずくはなかった。雨音が二人の間を埋めてくれる。
「ねえ凛、晴れの日ってさ、少しうるさくない?」
唐突な言葉に、凛は首をかしげる。
「人も音も多くて、自分のことがわからなくなる気がするんだ」
その言葉に、凛はほんの少しだけ共感した。だからこそ、思わず口を開く。
「……わかるかも」
自分から誰かに同意するなんて、いつぶりだろう。
蒼は驚いたように目を細めた。
「凛、ちゃんと話せるじゃん」
「……別に、話せないわけじゃない」
少しむっとしながらも、どこか嬉しさが混じる。
バスが近づく音が聞こえた。
「また来る?」
蒼が尋ねる。
凛は一瞬だけ迷ってから、小さく頷いた。
「……雨の日なら」
その答えに、蒼は満足そうに笑う。
けれどその笑顔が、どこか少しだけ寂しそうに見えたことに、凛はまだ気づいていなかった。




