第57話 底にあるもの
エインに切り開かれた道を進み周囲を警戒しながらリヒトは先頭車両を目指す。
「他の車両の状況も気になってたッスけど……寝ているだけで動く様子はないッスね。さすがに乗客全員操るのは容量が足りなかったってことッスかね」
それに関しては一安心。しかしリヒトには一つ気がかりがあった。だが考えていても仕方がないと判断し、進み続ける。そうして扉を開け進み、扉を開け進みといった行為を何度か繰り返し遂に先頭車両へ到着。
しかし悪い予想ほどよく当たるもので──
「そりゃいるッスよね……」
先頭車両の奥、運転室の手前に立ちふさがるは鎧を着た二人の魔法師。騎士団から派遣されたこの列車の守り手たちは既に魔族の魔法の支配下に堕ちていた。
虚ろな目をしながらも騎士はロングソードを鞘から抜き臨戦態勢へと入る。
「エインさんもこのくらい予想できていたはず……。それでもオレに託したということは……ハハッ! 嫌でもやる気がでるッスね!!」
鞘を握り魔力を込めた──
◇ ◇ ◇ ◇
「改めてこんにちはエイン。そしてありがとう。二人きりで話せる時間を用意してくれて」
抜けた天井から差し込む光はさながらスポットライト。そんな光を浴びながらロノウェルはまるで舞台に立った役者のように大袈裟に頭を下げる。
「初対面のはずだがお前が俺にそこまで執着する理由はなんだ?」
千偽理の切先を向けながらエインは疑問を投げかける。現在の両者間の距離は約5m。ロノウェルはとっくにエインの攻撃圏内に入っている。強者であればあるほど死を鮮明にイメージさせられる距離。それはロノウェルも肌で感じている。
それでもロノウェルは不敵に笑う。
「よく聞いてくれたねエイン! そうなんだよ初めましてなんだよ! でも僕は君のことを一方的に知っていた。僕の仲間に情報を集めるのが得意な魔族がいてね、君の存在を教えてもらったんだ」
「何を聞いた」
エインは表情を変えず淡々と質問を続ける。
「千年生きたんだってね。あー、正確には違うか。でもどちらにせよ君の精神性は既に人間のそれじゃない。どちらかというとこっち側だ」
「一緒にするな。不快極まる」
“不快”。その言葉はエインにとっての本心だ。だがそれでもエインの表情は動かない。
「同じさ! エイン、君は殺しをしたことはあるか?」
「……ない」
「人間は、という話だろう? 君は魔族も人間も大した違いはないと思っている。言い淀んだのがその答え。必要に駆られれば人間を殺すことも厭わない、そういう人間さ」
「…………」
「なぁに、責めている訳じゃない。むしろこれは共感だ。僕はね、エイン。魔族としての本能は既にクグイに取り除かれているんだ。それでも僕は人を殺し続けた。そこに罪悪感は存在しなかった」
“クグイ”。予想外の名前が飛び出し遂にエインの眉が僅かに動く。しかしそんなことは気にもせずロノウェルは興奮気味に言葉を紡ぐ。
「つまり! これは! 種族としての本能ではなく紛れもなく僕自身の本能だったってわけだ!! 嗚呼素晴らしきかな、削ぎ落されてはじめて見えた煌々と輝く僕の“本質”!! 君だって殺しで後悔したことは一度だってないだろう!? 同じなんだよ!! 憎悪でも復讐でも快楽でも衝動でも!! 僕たちの底にあるのは“後悔なき殺意”!!」
高らかに声をあげたロノウェルは一転して穏やかな声色に。そしてエインに手を差し伸べる。
「だから一緒に踊ろうエイン。僕と友達に、そして僕達の仲間になってよ。この世界は僕達には窮屈すぎる」
ロノウェルによる熱烈な誘い。エインはそれを静かに聞いていた。魔族の戯言だと一蹴するのはやめ、その言葉の意味を真剣に受け止めた。そしてエインの出した答え、それは──
「断る」
拒否。端的に言えばそれだった。
「お前の言っていることが全て間違っているとは言わない。だが決定的に違うところがある。お前は“殺しても後悔しない”、俺は“後悔が残る殺しはしない”、だ。確かに俺は今後人間を殺すこともあるかもしれない。だけどそれは選び抜いた果ての結果であるはずだ。お前の殺しとは違う」
「本質は同じさ」
「それでも相容れない」
ロノウェルは残念そうにため息をつく。
「そっか……。まぁ言葉だけじゃ限界があるよね」
静かに口を開く。そして再び──
『襲え』
──魔法を発動。
停止していた乗客たちが再び一斉に動き出す。その数軽く四十は超える。狭い車両にひしめきエインの動きの阻害をはじめた。
「だったら同じ場所まで引き込むだけだ! こいつら殺さず切り抜けられる?」
エインは納刀。徒手で乗客を捌き出す。
「やってやるよ」
「──これでも?」
乗客の隙間から短剣を突き立てるロノウェル。これは挑発。刀を抜けば軽くいなせる攻撃だ。だがこの位置関係、どうあがいても乗客に当てず抜刀するのは不可能。エインに乗客を斬らせ信念を揺るがせる一撃を放つ。
しかし──
「──ッ!?」
エインは振りかざされた腕を目掛けて僅かな隙間からコンパクトに蹴り上げる。ロノウェルは手首に蹴りを喰らった衝撃で握力を維持できず短剣がすっぽ抜けた。そして天井に突き刺さる。
「当然。弱者救済、それが力を持ったものの責務だからだ!」
かつて自分がされたように揺るぎない信念を持って全うする。震える手はもうない。
「俺から簡単に奪えると思うなよ」
第57話 底にあるもの




