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第55話 洒落

 俺達は走り出した魔導列車の車内を進み、向かい合わせのボックスシートに座った。ホロスが窓側の席、俺はその隣、向かいの席にリヒトという形だ。

 周りには老若男女様々な乗客がいる。若い夫婦とその子供、旅の話に花を咲かせている女性二人組、老夫婦に新聞を顔に被せ寝ている男性、この場は至って平和そのものだ。

 しかし──


「魔族がいるって本当ッスか……」


 向かいの席に座っているリヒトが小声で尋ねてきた。


「ああ、列車が動き出しても気配は変わらず。間違いなくこの車内にいる」


「気配ッスか……。エインさんの言うそれ正直ピンとこないんであんまり参考にならないんスよね。ホロスさんはどうやって見つけたんスか」


 俺は魔力探知の方がピンとこないぞと言いたいところをグッと堪えてホロスの返答を大人しく聞くことにした。


「もちろん魔力探知よ。でも厄介ね、今回の魔族は人間の魔力に紛れるのが上手いみたい。完全な特定ができないわ。一体何が目的でこの列車に乗っているのかしら」


 そうなんだよな。その魔族の目的が不明ではこちらとしても動きづらい。暴れるつもりがないのなら無理に敵対する必要もないのだがそうだと断言できる要素がどこにもない。

 それにこれだけ気配を紛れさすのが上手いんだ、手練れと見て間違いないだろう。仮に乗客に被害を与えるのが目的だった場合この列車内にいる騎士団から派遣された魔法師でも対処できるか怪しい。魔族がいるとわかっていながらこの便を見送らず乗り込んだのはそれが理由だ。


 そんなことを考えていると視界におずおずと手を挙げるリヒトの姿が見えた。


「あの……マジで今更なんですけど聞いていいッスか? オレまだ人間と魔族の見分け方よくわかってないんスよね。魔力探知以外での見分け方ってあるんスか?」


「気配」


「気配以外でお願いします」


 ……リヒトも俺の言うことに反抗してくることが増えてきたな。まぁ全肯定されるよりはいいか。


「仕方ないわね。代わりに私が教えてあげるわ。と言っても大した話ではないのだけれども。人間と魔族の身体構造は基本的に同じ。だけど魔族には異形の部位が存在するの」


「異形?」


「スズメなんかはわかりやすかったわね。背中に翼があったでしょう?」


「あー、なるほどー。あれそういう魔法かと思ってました。ん……でも待ってください。ハーベルとかいう魔族は翼なかったですよ」


 ハーベル。リヒトの兄の仇で土魔法を使っていた魔族の名前だな。


「異形の形は魔族によって違うの。あの魔族はたしか……耳がとんがっていたわね」


「結構個人差あるんですね」


「そう、それに魔力操作の精度が高い魔族は異形の部位を変形させて隠すこともできるわ。ここにいる魔族は十中八九隠すことができる」


「えっ!!? じゃあもう完全に見分けつかないってことッスか!?」


 驚いたのか危機感を持ったのかリヒトの声は気付けば大きくなっていた。その声に反応して近くの座席に座っていた女性二人組がこちらを見た。

 そんなリヒトに声が大きかったことを伝えるため俺は口元に人差し指を当て「静かに」というジェスチャーを送る。


「す……すいません……」


 再び小声に戻したリヒト。心なしか肩も小さくなっている気がした。


「話を戻すけどいい? 見分け方なら他にもあるわよ。魔力操作でも隠せない人間には存在しないモノが魔族にはある」


「な……なんスか……」


「魔石よ。魔族は体表のどこかに魔石が浮き出ている。これは魔力操作でも隠せない。スズメは目元にあったわね。でもこれも個体差があって普通に服やアクセサリーで隠せる位置にある場合もあるから魔石が確認できないイコール人間確定ってわけでもないのだけれども」


 要するに見た目に惑わされるなという話だ。だから気配で確認するのが一番確実だというのに。

 とはいえ──


「後手に回ることになるな」


「そうね。近付いてくれば私も気付けるのだけれども」


「じゃあ車内ざっと見て回るっていうのはどうッスか?」


「そうだな。それがいいかもしれない」


 乗客護衛の魔法師を信頼していないみたいで悪いが何かあってからでは遅いしな。リヒトの考えに乗るとしよう。

 そう思い座席から立ち上がろうとした瞬間──


 ──パチン。


 どこからか指を鳴らす音が聞こえた。そして──


「催眠魔法 “洒落しゃらく”」


 魔法が発動される。


 先ほどまで話に花を咲かせていた周囲の乗客たちが途端に静かになり動きが止まる。

 と思えば一斉にこちらに振り向き、まるでゾンビのような歪な動きで襲い掛かってきた。


「趣味の悪い魔法を使ってきたわね」


「うわっうわっうわっ……!!」


 冷静に状況を分析するホロスと動揺を見せるリヒト。そのコントラストが奇妙に映る。


「落ち着きなさいリヒト。あなた誰と一緒にいると思ってるの?」


 そう言いホロスが魔法を発動させた。


「“密閉クロズド” 悪いけどあなたたち、暫くそこでじっとしてなさい」


 半透明の箱に閉じ込められた乗客たちは身動きが取れない状態へ。車内にはホロスが作り出した半透明の立方体が点々と存在している。


「うおーーっ!! ホロスさんかっけーッス!!」


「喜ぶのはまだ早いわよ。まだ根本が解決していないのだから。エイン」


「ああ、わかってる。()()()だろ」


 ホロスに声をかけられた俺を居合の構えをとる。

 魔法が発動されたことで気配はより明確に濃くなった。今なら近づく魔族を認識できる。


 ──前方車両。扉を挟んだその先に間違いなくいる。


 悪意があるのは明白。乗客にはもう手を出している。問答は必要ない。扉が開いたその瞬間に叩き切る。


 辺りは静寂に包まれた。レールの上を走る列車の音だけが響く。エインは変わらず居合の構えを継続。


 列車が歪んだレールの上を走ったのだろうか。少し大きめの縦揺れが起きる。それを合図に扉は開かれた。


 抜刀。エインの神速の居合が炸裂する。しかし──


「ちっ……」


「危ない危ない。一応人間(たて)持っててよかったよ」


 その魔族は急所を守るように催眠下においた乗客を盾代わりに三人ほど配置。それに気付いたエインは斬撃が乗客に当たる寸前に止めた。


「でも別に人間これは斬ってもよかったんだけどな」


 背丈はエインと同程度。くせ毛で牛のような角が頭に片方だけついている。額には赤い魔石、そして手の甲には片翼の紋様が浮き出ている。そんな魔族が乗客を押しのけてエインに話しかけた。


「本当に悪趣味な野郎だ」


「そんなピリピリしないでよ。僕は戦いにきたつもりはないんだ」


 へらへらと笑いながら魔族は言葉を続ける。その内容はエインを更にいらだたせるもので──


「僕の名前はロノウェル。仲よくしようエイン。僕たちいい友達になれると思うんだ」


「ふざけるのも大概にしろよ。なるわけないだろ」


 エインはロノウェルと名乗った魔族を鋭く睨みつけた。


「あれ? おかしいなー?」


 心底不思議そうな顔をしながらロノウェルは頭を掻く。


「あー、なるほど。もしかして怒ってる?」


 ロノウェルの顔は再びへらへらとした笑い顔へ。


「なーに、ちょっとした洒落しゃれだって。怒るほどのことじゃないだろう?」



    第55話 洒落


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