第50話 大きい人
「──で、結局ホロスの嬢ちゃんは何者なんだ」
感動の再会に横槍を入れず見届けていた私であったが遂に触れられてしまった。その話題に。エインだけだったらまだ誤魔化しようはあった。それこそ村の惨状を見て記憶に蓋をしてしまったとかいくらでも言い様はある。それもあながち間違いとも言えないだろうし。
でも私の存在に関しては今までの説明と完全に矛盾が生じてしまっている。私もエインと同郷という設定にしたのは失敗だった。あの村出身のワルドにはそれが嘘だと完全にバレている。
「ホロスは…その……」
エインはどうにかして私のことを誤魔化そうとしてくれているみたいだがやはり無理があるようで言葉に詰まっている。でもそれでいい。
「いいのよエイン。私から話すわ」
こうなった以上誤魔化すのは不誠実。ワルドにもエインにも悪い。これを話すことで今後の生活の基盤が揺らいでしまうかもしれない。だけどちゃんと話すべきだと、そう思った。
「──というわけで私は神の力の大部分を失ったけどこうして子供の姿になりながらも生きながらえたわ。そこから先は知っての通りよ。なんやかんやでリヒトと出会いここまで流れ着いた」
「…………」
ワルドは静かに私が話した内容を咀嚼しているようだ。思っていた以上に慎重に情報の精査をしている。
「女神ホロウノス……」
そう呟いたワルドは言葉を続ける。
「俺はその神の名を知らない」
「でしょうね。驚くことに現在私の神としての名は覚えている人間はほとんど存在していないみたい。千年という年月はひとりの神を忘れさせるほど長い時間だった。私はそれと同等の時間、エインを時という名の牢獄に閉じ込めた」
「ホロス! そんな言い方しなくても」
「客観的事実よ。それを誤魔化したら意味がない」
あの時の私はどうかしていた。一人の人間に千年間魔物と殺し合いをさせる? どんな大儀があろうとそんなことしていいはずがないだろう。普通の人間ならとっくに廃人になっていた。エインが今こうして立っているのはあの子が並外れた精神力を持っていたからに過ぎない。私は取り返しのつかないことをした。
「…なるほど……まあ、概ね理解した。まだ飲み込み切れていない部分もあるが」
「疑わないの?」
「単純に今の話を信じないと納得できない部分が多すぎる。それほどまでにお前らの存在は浮いている。とはいえホロスの嬢ちゃんが女神って話は飛びすぎてるけどな。この話リヒトにもしてあんだろ? 元からエインのことを知っていた俺はともかくあいつはよく信じたな」
「何故かあの子だけホロウノスの名前知ってたのよね。聞けば昔幼馴染からその名前を聞いたとか」
「あいつの幼馴染か。じゃあ俺は知らないな。あいつこの町の出身じゃねぇから。それにしても信心深いやつがいるもんだ」
そう、実はリヒトはこの町出身ではない。もとは王都で生活していたらしい。そこで冒険者をしていたけど求められるレベルが高く比較的強い魔物が少ないここで活動することになったとか。
「そういや今思い出したが村の近くの森に禁則地と呼ばれる場所があったな。まぁガキの頃の俺ァジジババの言うことは無視して入ってったけど」
「何やってんだよ……」
エインは思わず頭を抱えた。
「懐かしいなぁ。あそこに入ると必ず迷子になるんだ。不思議に思ってたが結界が張ってあったからか。俺も随分と罰当たりなことをしていたもんだ」
「一応言っとくけど私のことは神扱いしなくていいわよ。もうやめたから。今まで通り接してくれると助かるわ」
「なんだぁ? 神に辞めるとかあるのか。仕事みてぇな話だな。まぁ俺も嬢ちゃん呼びに慣れちまったからそっちの方が助かるが」
こうして話はつつがなく進んでいく。ワルドはもとから私とエインの存在に疑問を抱いていたということもあり腑に落ちたといわんばかりに私の話を受け入れた。言いふらしたりするつもりもないみたいでまずは一安心。
でもひとつはっきりとさせないといけない部分がある。
「怒って…ないの?」
「そりゃあなんだ? 嬢ちゃんがエインにやったことについてか? あの場にいなかった俺が怒る権利はないだろう。文句を言えるとしたらエイン本人だけだ。だがそのエインは気にしてる様子もない。だろ? エイン?」
「ああ、いつも言ってるだろホロス。俺はお前に感謝していると」
それでも私は自分がやったことを肯定できる気がしない。私は弱りきっていたエインの心につけこんで自分の目的のために利用した。エイン本人が許しても私自身が許せない。
「あのなぁ、ホロスの嬢ちゃん。いつまでその罪悪感を抱えて生きていくつもりなんだ? つまんねえぜそんな生き方。せっかく人間として生きる道を選んだんだ。楽にいこうぜ」
「楽に……」
「ああ! そしたらもっと楽しくなるぜこの世界!」
笑みを浮かべたワルドは言う。
「おまえらぁまだガキなんだ。ちっぽけな世界で生きている。世界はもっと広い」
「さっきも言ったけど私が子供なのはあくまで見た目だけであって、生きた年月でいうとあなたより圧倒的に……」
「そういうこと言ってるうちはまだガキだ。長く生きれば大人になるわけじゃない。いつ大人になるか、これは人によって意見が分かれるところだろうよ。成人したら、自立したら、親になったら、まあ色々ある。だがよぉ、人ってのはそんな何かを境にポンと大人にはなれねぇ。グラデーションがあんだ」
「グラデーション……?」
「人は経験を積んで少しずつ大人になる。実際に目で見て耳で聞き肌で感じる。直接知識を頭にぶち込んだだけじゃ得られない体験ってやつがあんだ。人との交流もその一つ。お前らもギルドに入ってそういった経験を積んできただろうがまだ足りねぇ。だが急ぐ必要もなぇ。過程も楽しんでけ」
過程を……楽しめ……。
私の過去をカミングアウトしてこんなことを言われるとは思ってもみなかった。崇められるか疑われるか蔑まれるか、そんなところだろうと思っていたけどまさか導こうとしてくるとは……。
想像以上にワルドという男は……
「でっかいわね」
「ああ」
エインは短く返事をした。
第50話 大きい人




