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第49話 千年前の花

 ズウェルテに住み着いて数か月経った。最初は路銀を稼いだらさっさと王都まで行って、少しでも魔王の情報に繋がるモノを探そうとしていたがその必要ももうなくなった。特にこの町を出る理由もなく、言ってしまえばなあなあで魔法師を続けている。

 復讐が目的で手に入れたこの力だがその役目は既に終わっている。村のみんなの仇は取れた。そしてホロスの頼みも事実上達成したと言っていい。ホロスはもう特にクグイに執着はしていないみたいだし、俺としても無理にあいつと敵対する理由もない。あいつの思想に全面的に賛成というわけではないがわざわざ敵対してまで否定するのはリスクとリターンが見合ってない。俺たちに直接害が降り注がない限りはほっといていいだろう。


 俺が今求めているのは平穏。その横にホロスがいればそれでいい。


 それはそれとして……


「エイン! この前は荷物運ぶの手伝ってもらってありがとな!」

「エインくん魔物の群れから助けてもらった時のお礼なんだけど……」

「ホロスちゃん今日もりんご買ってくかい?」


 俺たちもこの町に随分溶け込んできたなぁ。


「……あなた声かけられすぎじゃない?」


 横に並んで歩いているホロスがジトっとした目で俺を見る。


「魔力のない人間が物珍しいだけだろ。それにホロスだって同じくらい声かけられてると思うが」


「そうかしら?」


 何か言いたげに見えたがホロスはりんごを齧りそのまま前を向いた。


「なんなんだよ。それより急ぐぞ。支部長直々のお呼び出しだからな」


 そう、今日俺たちは支部長に呼ばれてギルドまで足を運んでいる。どんな用事かは伝えられていないが必ず二人で来いとのことだ。

 ギルドに着くと早速とばかりに受付嬢のノーリスが俺たちを支部長室まで案内してくれた。

 扉をノックする。


「おう、入れ」


 俺たちは支部長室に入った。直前までタバコを吸っていたのだろう。換気はされているがタバコ特有の焦げ付いた匂いがまだこの部屋に残っているのを感じる。現在この部屋にいるのは支部長ワルドと俺とホロスの三人きりだ。


「どうだ最近の調子は」


「まぁ…上々だ」


「そりゃあよかった」


 ワルドは見るからに使い古された年代物の椅子から立ち上がる。その際椅子から少し甲高い、軋むような音が聞こえたがワルドは気にする素振りを見せない。


「なんだ? そんなことを聞くためだけに呼び出したのか? 活動報告はちゃんと出してるはずだが」


「ああ、ちゃんと目は通してる。お前らは既にフェルドとメイメイと並ぶうちのエースクラスと言っていい。あの時お前らを引き留めてギルドに入れたのは正解だったみてぇだ」


 ワルドはそう話しながら俺たちの目の前まで歩いてきた。


「回りくどいわね。本題の話があるならさっさと話してちょうだい」


 痺れを切らしたホロスが言う。


「何事にも前置きってもんがあるんだぜホロスの嬢ちゃん。だが眠てぇ話をし続ける男に魅力がねぇってのも事実だ」


 ワルドはいつも被っている中折れ帽を脱ぎ俺に顔を向ける。


「なぁエイン。本当に俺のことを覚えてないのか?」


 それは予想もしていなかった一言だった。


「……どういう意味だ? お前のことなら当然知っている。魔法師ギルドズウェルテ支部の支部長で植物魔法の使い手。名はワルド。趣味は酒とタバコ。違うか?」


「あってるがそういうことを聞きたいんじゃない。やっぱり覚えていないんだな……」


 ワルドは一瞬目を伏せたが再び俺の目を見て深く息を吸った。そして口を開く。


「──お前の故郷、ルイグは俺の故郷でもある。俺ァあの村の村長の息子だ」


「…………え…?」


「俺はお前が生まれる前にあの村を離れたがそれでも定期的に顔を出していた。エイン、お前とも何度も話したことがある。ルイグが魔族に襲撃される一週間前にも俺はお前と話したことを覚えている。だがお前は覚えていない」


「そ…それは……」


 まずいまずいまずい……! かねてから懸念していたことが起こった…! あの村の関係者との接触…!


 俺のこの世界での記憶は薄ぼけたものになってしまっている。なにしろ千年以上前の話だ。だがあくまでそれは体感での話。実時間では半年も経っていない。何故覚えていない? 当然の疑問だ。なんでもいい、とにかくワルドに関する記憶を思い出さなければ。


「無理に思い出そうとする必要はねぇよ。ただ俺は確認したかっただけだ」


 そう言いワルドは帽子を被り直した。


 そうだ。今更思い出してももう遅い。ワルドとこの町で出会ってから何か月経っていると思ってる。それにかつての俺を知っているなら今の俺の力の正体はどうやったって説明がつかない。

……いや…待てよ……


「なんで今更、何故初めてギルドに来た時に聞いてこなかった。そう思ってるだろ」


 俺の心の中を見透かしたようにワルドは言う。


「あの時俺は目も耳も全てを疑ったぜ。ルイグが壊滅した、その話自体もそうだが何よりもお前の存在自体に。あまりにも俺の知っているエインと雰囲気が違いすぎたからな。だから俺はお前に似た別人か、あるいはお前に化けた魔族か何かかと思った。だがそれだと説明がつかない。魔力のないお前の肉体がエイン本人だと証明してきた」


 俺の身体を指差したワルドは話を続ける。


「もうわけがわからなかったぜ。だが幸いお前らを連れてきたのはリヒトだ。あいつは人を見る目がある。あいつが懐いているってことは少なくとも悪い奴ではないってことだ。だから様子を見ることにした。これがお前らをギルドに引き入れた理由。俺の目の届く範囲に留めておきたかった」


 合点がいった。俺たちを引き入れたのは戦力が欲しい、そういう話だったがこの町の戦力は俺たち抜きでも事足りている。フェルドとメイメイを筆頭にこのギルドには粒ぞろいの魔法師たちが多く存在する。俺たち抜きでもこの町は成り立っている。もちろん戦力なんていくらあっても困らないだろうが規則を破ってまで引き入れる必要性なんて本来はなかったんだ。


「……それで…どう結論付けたんだ…?」


 俺は恐る恐る聞いた。

 今になってこの話を切り出してきたんだ。この数か月でワルドは見定めなんらかの答えを導き出したということだろう。

 ワルドは口を開く。


「お前はお前だ。力をつけても、雰囲気が変わってもお前の根っこの部分は変わっていない。エイン、お前の行動原理にはいつも誰かが存在する。昔も今もそれは同じだ。ついでに少しめんどくさがりなところもな。断言する。お前は俺の知っているエイン・フロースで間違いない──」


 ホロスと出会ったあの日から俺の人生は大きく変わった。後悔はしていない。むしろホロスには感謝をしている。それでも時々考える。あの日以前の俺はもう存在していないのではないかと。記憶は薄れた。思考も変わった。俺を知っている村人もみんな死んでしまった。当然だがホロスも出会う前の俺のことは知らない。俺を知っている人間は存在せず自分自身も同一性を疑っている。じゃあ今ここに存在している俺は本当に俺なのだろうか。

 良くも悪くも生まれ変わった気分だった。


 ──でも違った。ここにいた。変わらず俺を俺だと信じてくれる人が。


 途端に脳裏に浮かぶ。確かに存在した日常の1ページ。


「エイン~。おまえもうすぐ成人だろ? いいやついないのかいいやつ」

「この村に俺以外の若者いないことわかって言ってるのおじさん」

「だったらよぉ、今俺の住んでる町におまえも来るか? あの町なら魔力ないからって差別してくる奴なんていねぇ。おまえと歳が近い奴も多い。いいとこだぜ?」


 あの日見た横顔と重なる──


「ワルド…おじさん……?」


「エイン…」


 思い出した。おじさんの存在を。ふらっと村に現れては酒を飲んで仕事のグチをこぼす。どうしようもない大人だと思ったこともあるが村の外のことを教えてくれるのはいつもおじさんだった。俺を森に連れ出し魔法を見せてくれたこともある。あの日見た花を俺は何故忘れていたのだろうか。


 連鎖して鮮明に思い出し始めるあの村で暮らした日々。そしてそれが既に失ったものであることを今一度明確に実感する。

 頭が割れそうなほどズキズキと痛む。情報と感情が激流となり脳に直接流れ込んでくる、そんな感覚だ。

 俺は思わず頭を抑える。


「エイン!?」


「いいエイン! 無理に思い出さなくて!」


 ホロスとワルドおじさんの心配する声が頭に響く。


「ごめん、おじさん……。村のみんなを守れなくて……。一人で逃げてごめん……。俺は弱い……だから誰かに助けてもらうことしかできなかった……」


「いいんだエイン! 弱くたって、逃げ出したって。逃げ出した先に今のお前が存在してんだ! 親父たちが繋いだお前の命が今誰かを助けているんだ!!」


 どうやら俺は千年生きても大人になれていなかったらしい。おじさんも故郷を失くした、家族を失った、そのはずなのにそれを微塵も感じさせず俺を言葉で支えようとしてくれる。


「村のことは残念だった。でもエイン、お前だけでも生きててよかった……」


 おじさんは手を伸ばし俺を強く抱きしめた──



    第49話 千年前の花


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