第44話 雪合戦
勝負の一手目。仕掛けたのはエインだった。極限まで鍛えたバネから放たれる瞬発力、そして千、万、数えきれないほどの魔物との戦闘を積んだことによって得られた観察眼。エインの攻撃は例え真正面から仕掛けたものであろうと相手の死角を突く。
並みの魔法師相手であれば何が起きたのかさえ理解出来ぬまま地に伏せられる。そう、並みの魔法師であれば──
フェルドはノーリスの戦闘開始の合図を聞くや否や魔法を展開、自身の周囲にドーム状の氷を形成した。周囲に冷風が吹き荒れる。エインは攻撃を中断、少し距離を置き様子を伺う。
「いきなり完全無詠唱で防御ッスか……!?」
「弱気に見えるか? だが今回に限ってはこれが最善だと思うぜ」
リヒトの驚きの声にガデロンが答える。フェルドと長らく同じパーティを組んでいるガデロンはフェルドの性格、戦闘スタイルを深く理解している。だからこそ断言できる。あいつはこの戦い、本気で勝ちにいっていると。
「エインの攻撃軌道を予測するのは至難の業だからな。魔力がねぇから魔力の流れからの予測ができねぇ。ピンポイントで防御するのはほぼ不可能。山勘で対処するしかねぇ。だからこその全体防御だ。完全無詠唱なのは無詠唱だと発動が間に合わないという判断だろう」
ガデロンの言葉に補足を入れるのは支部長ワルド。冷風で帽子が飛ばされないように抑えながら解説をした。
「でもいつものエインさんなら攻撃を中断しないで防御壁ごと斬ってきそうなんスけどね。完全無詠唱のものなら尚更」
「いつもとは違うだろ」
そう言ってワルドが視線を向けたのはリヒトの手にある一振りの刀。
「……あっ!」
「いつもエインが使っている“ソレ”と今使っている“木剣”では大きく耐久力に差がある。下手に魔法にブチ当てたら木剣のほうがイカれちまう。それに……おっ、戦況が動くぞ」
ドーム状の氷の障壁にヒビが入り始める。そして霧散。細かい粒子となった氷が光を反射し辺りの空気がキラキラと煌めき出す。幻想的な風景がそこにはあった。
「引きこもりは終わりか」
「準備は万端。旅立ちの時だよ」
ギルドの上空に重たくどんよりとした雲が発生。雪が降り始める。
「ホントにすごいッスよねこれ。この天気、フェルドさんの魔法ですよね?」
リヒトは手のひらを前に出し雪が降っていることを確認。手のひらに落ちた雪は静かに溶け出した。
「ああ、あいつの魔法は天候すら操る。今は自重してギルド上空だけに留めているみたいだがそれだってできる魔法師はどれだけいるかって話だ」
そう語るガデロンはどこか誇らしげだった。自身が所属するパーティのリーダーが魔法の高見へと達している。この事実が自分事のように嬉しいのだろう。
「ここからは瞬き厳禁だ。動き出すぞ──」
ワルドの言葉が言い終わるよりも前に二人は距離を詰め、激しい剣戟を始めた。
「これ…どうなってるの……? 目で追いきれない……」
観客の魔法師の一人が呟く。この場にいる魔法師の実力はまちまちだ。まだゴブリンの群れに苦戦する若手の魔法師もいれば魔族を倒したことのある確かな実力者も存在する。だがこの中に二人の攻防を正しく追えているものはどれだけいるだろうか。
「相変わらずスゲぇなエイン。素の身体能力でこれってことだろ? もし魔力があったらどんな化け物になってたんだ」
ガデロンの言葉を聞いたリヒトは仮に魔力があったら逆にこうはなっていなかっただろうと思いつつ疑問を口に出す。
「オレ的にはフェルドさんがエインさんの剣に張り合っているのが驚きッスよ。というかエインさんの動きが明らかにいつもと違うんスよね。なんというか……少しぎこちない気が……」
その疑問に答えるのはワルド。空に指を差した。
「一つは雪の効果だな。この雪はただの雪じゃない。あいつの魔力が通っている雪だ。さっきはエインに魔力がないから動きが予測できねぇつったがフェルドは雪を通してエインの動きを捕捉しだした。これで正確な“読み”ができるようになった。んでもう一つは……リヒト、お前ならわかるはずだ」
「ん…? んん? あっ…!!」
リヒトの瞳は二人の動きを捉えた。リヒトはこの場でも僅かな両者の動きを正確に読み解くことのできる確かな実力者に成長している。リヒトが導いた答えは……
「エインさんは木剣を庇っている……!」
ワルドはにやりと笑う。
「正解だ。使っているのは同じ木剣だが片や魔力強化されたカチコチの木剣、片や素材そのままのやわやわな木剣だ。バカ正直に真正面からぶつかり合えばあっという間にへし折られる。だからエインは攻撃を避けるか受け流すかで対処しているし、フェルドもそれがわかっているから攻撃を仕掛け続け反撃の隙を与えないようにしているってわけだ」
「……これ、エインさんに超不利な条件じゃないッスか…?」
「魔力がないってのは本来こういうことだ」
「だからこそそれで張り合えているエインはすげぇって話になるな」
膠着状態だった二人の攻防は動きだし少しずつフェルドが押し始めた。
「どうしたのエイン君。手でもかじかんだ?」
いたずらでもした子供のような笑みを浮かべながらフェルドはエインに語り掛ける。
「はっ。バカ言うな。やっと温まってきた…とこだ!」
攻撃の隙間を見つけたエインは横薙ぎを仕掛ける。が──
「ふぅ~。危ない危ない」
フェルドは屈んでそれを回避。そして──
「僕はクールにいかせてもらうよ」
雪の降り積もった地面に剣を突き立てる。
「氷雪魔法 “雪影刃”」
「……ッ!」
エインの足元から氷の刃が勢いよくせりあがる。
急襲──
“ソレ”はエインの顔を目掛けて不意の一撃を放つ。
「ま、君なら避けるよね。でもこれは──」
エインは顔を仰け反らせ間一髪で回避。だがフェルドはすかさず二の矢を放つ。
「受けざるを得ないよね!!」
エインが魔法を回避したことで生まれた僅かな隙、それをフェルドは見逃さず木剣で追撃する。エインはこの攻撃を喰らっていない。喰らっていないが代わりに受けたのは──
「その木剣、いつまで持つかな!?」
──木剣
真正面からの衝突を避けていたエインの木剣を遂にフェルドの木剣が捉えた。辺りにカンと鋭い音が響き渡る。そして──
「この勝負、勝たせてもらうよ! エイン君!!」
エインの木剣にヒビが入った──
第44話 雪合戦




