57話 リディアの日常
ちょっと、とか言いつつ三ヶ月近く更新せず、すいませんでした。
実は話が思うように書けなくなっておりました。毎日二時間を二週間かけても全く進まない時とか、泣きそうでした。
更新ペースが以前と比べてかなり遅くなりそうですが、頑張ろうとは思っているので末永くお願いします。
目の前の空間に意識を集中。魔力を光に変えて式を刻みます。
一枚目、使用する魔法の基礎を描き終えました。これだけでも魔法は成立するのですが、威力が低すぎて話になりません。精々日常生活にあれば便利だな~、と言ったレベルです。
二枚目、魔法の威力を増大させる式を描きました。これでやっと戦闘に使えます。しかし、私が求めているのはもっと大きな力なのです。
三枚目、先程と同様に威力を増大させる式です。違う式を盛り込んでもいいのですが、それだと維持が大変になってしまいます。今すぐに発動するならそれでも問題ありませんが、今回はそのつもりではないので簡単にしました。
四枚目、いよいよ最後の式です。先程までに作り上げた三枚を維持しつつ、また同じ式を刻みます。頭が熱でもあるように重いです。未熟な私にはこの枚数が限度なのだと、毎度思い知らされます。無理をしすぎないようにゆっくりと、けれど早く完成させようと心を急かしながら式を描きます。
「……出来た!」
完成と同時、汗の浮かんだ顔が笑顔になりました。しかし、ここで安堵した自分が情けないです。気が抜けた私は魔法陣の維持を怠ってしまったのです。目の前に完成したばかりの魔法陣が弾けて消えてしまいました。
「ああ……」
溜め息が抑えられませんでした。先程の努力は何だったのでしょうか。ふて寝したいです。
頬を小さく膨らませてちょっと拗ねてみました。しかし、誰も慰めてくれません。まあ、今は一人で修行中なので当然の結果なのですが。
「……もうちょっと頑張ろう」
いじけても仕方無いですしね。帰ったらお肉をいっぱい食べてやります。
今日だけでも何十回と繰り返した修行。四重魔法陣の生成を再度始めます。
一枚、二枚、三枚…………良いペースです。後は最後の四枚目のみ!
「リディア」
「ひゃうっ!」
四枚目の途中。後ろから声をかけられました。驚いて集中が途切れ、またしても魔法陣が消えてしまいます。
「ああ……」
調子良く進んでいたので勿体無いです。またしても溜め息が漏れてしまいます。
「ごめんなさい。タイミングが悪かったわね」
申し訳無さそうに謝罪してくれました。
思わず出たものですが、私も溜め息は失礼でした。反省です。
「いえ。お構いなく」
返事をしながら振り返ります。そこにはウルさんの姿がありました。
彼女は姿勢や動作が綺麗な人で、今も真っ直ぐ伸びた姿勢が凛々しさを感じさせます。
「随分と頑張っているのね。汗でいっぱいじゃない」
「洞窟で戦った女の人みたいに、四重魔法陣を実戦で使えるようになりたいんですよ」
「あの兵士の魔法は凄かったものね。四人でやっとだったし」
私、ウルさん、クロナさん、エリーナさんの四人で戦った兵士。あの人は剣も魔法も使いこなしていました。剣が重くて持てない私には、剣術の事は分かりません。ですが、魔法の事は分かります。彼女の魔法と私の魔法には圧倒的な技量差がありました。戦いにおいて魔法しか取り柄のない私が、そこで負けてしまったのです。
正直な所、とても悔しかった。
だから努力をしようと思います。今の私はエルフ。フェアリーの頃とは違って力があるのですから。
それに、優しい彼の手助けになれたら、とも思います。彼は強いので、良いものも、悪いものも、たくさん惹きつけてしまいそうですから。強くなって少しでも手伝いをしたいのです。
「ところで、何の御用ですか?」
首を傾げて訊いてみます。するとウルさんが空を指差しました。
「もうすぐ日が落ちるわよ。そろそろ帰って来たらどう?」
言われて空を見上げます。すると、今まさに太陽が地平線に飲まれる所でした。
修行を始めた頃は真上にあったはずの太陽。それが何時の間にあそこまで移動したのでしょう。不思議です。
「すいません。気づきませんでした」
「そう。よっぽど夢中だったのね。努力するのは良い事だけど、根を詰め過ぎないようにね」
ウルさんが小さく微笑みます。それには優しさが滲み出ていて、姉の包容力というものを感じさせられました。ちょっぴりトトちゃんが羨ましいです。
「次からは気を付けますね」
「ええ。そうして。今日はもう帰るでしょう?」
真っ直ぐに帰る、と言いたい所なのですが、汗が気持ち悪いです。
ホノサウルスの皮の服は通気性に優れています。しかし、汗が多すぎてピッタリと肌にくっついています。なので私は川に寄って帰ると返事をしました。
「あら、奇遇ですわね」
村の女性用に作られた水浴び場を訪れると、エリーナさんが先にいました。
エリーナさんは日頃から肩こりに悩まされているらしいです。水浴びをしているエリーナさんは当然裸なので、肩こりの元凶が目に入りました。デカイです。だからどうしたと言うことでもないのですが、デカイです。憧れはしません。私は今のサイズに満足していますので。ただ、大きいから目立つのです。脂肪の塊の存在感、恐るべしですね。
「……どうしましたの?」
「いえ、なんでもありませんよ」
スッ、と視線を逸らして服を脱ぎ初めます。水浴び場と言っても設置してあるのは桶と囲いだけ。脱いだ服を畳んで川辺に置き、桶を持って皮に足を付けます。
「ん……」
流れて行く水が冷たくて気持ち良いです。今日も一日頑張りました~。
「えいっ」
「ひょわっ!」
後ろから大量の水を浴びせられました。修行で火照った体にはとても冷たく、驚いて声を上げてしまいました。水浴び場にいたのは私を除けば一人だけ。犯人は分かっています。
「エリーナさん! 酷いですよ!」
振り向きながら文句を言ってやります。しかし、そこで桶に水を掬うエリーナさんが見えました。
「ほら、もう一撃ですわ!」
「ふわっ!」
冷やされた背中とは違い、まだ温かいお腹に水が浴びせられます。冷たいです。また声が出てしまいます。
「何するんですか! びっくりするじゃないですか!」
「ちょっと遊んでいるだけですわよ。面白い反応でしたわ」
クスクス、と笑うエリーナさん。笑うたびにデカイものが揺れています。存在感恐るべしです。
その後、雑談をしていると空が暗くなってきました。そろそろ上がろうと思った時、ある事に気づきました。修行から寄り道して来たのでタオルと着替えを忘れてしまったのです。困りました。
「上がらないんですの?」
川から上がったエリーナさんが不思議そうな顔をする。
「実はタオルと着替えを忘れてしまって……」
「あら、そうだったの。なら取って来てあげるから少し待っていて」
そう言ってエリーナさんは体を拭いて服を着ました。それから能力を使ってものすごい速さで出ていきました。
数分後、エリーナさんがタオルと服を渡してくれました。
「勝手に部屋に入ったけど良かったかしら?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
助かりました。エリーナさんがいなければ今頃は大変だった所です。意地悪な所もあるけど、頼りになります。
村に帰った頃、空にはすでに星が輝いていました。洞窟に暮らしていた頃は見れなかった光景です。とても綺麗です。
「どうしたの?」
見上げていた顔を戻します。すると首を捻るチャノさんがいました。彼女はジンさんの宗教団体の代表で幹部をしています。たまに信者一丸となって良くわからない事をしていますが、ジンさんは基本的に放っています。
「星が綺麗だなー、と思いまして」
「星か~。本当だね」
チャノさんが星を見上げます。その顔は優しい顔でした。
「何時でも見れていたチャノさんが羨ましいです」
「う~ん。そうでもないよ?」
チャノさんが困った顔をします。どうしてでしょう? 進化前は崖に住んでいたと聞いているので、星は見放題だったと思うのですが。
「昔は必死だったからな」
横から新しい声が入って来ました。クロナさんです。
「必死だったとは?」
「生き残るためさ。森には格上の相手が大量にいたからな」
私は理解しました。洞窟で竜に守られていた私達と違い、目の前の二人は常に危険と隣り合わせだったのでしょう。何時も生き残る為に必死になり、夜空を見上げる暇も無かったのです。
「その……」
無神経に悪い事をしてしまいました。謝ればいいのか、触れずに流せばいいのか、どちらが二人にとっていいのでしょうか。
喉で言葉を詰まらせていると、クロナさんとチャノさんが顔を見合わせて小さく笑いました。
「なあ、リディア。今は幸せか?」
唐突なクロナさんからの質問。少し戸惑いましたが、私は大きく縦に首を振りました。
「私達も幸せなんだ」
「そうだよ。今はゆっくり星を見られるくらい幸せ」
チャノさんが夜空を指差します。
「だからな。そこまで深く考えるな。傷つく以上に癒やされている。私達はリディアが心配してくれただけでも嬉しいよ」
「そうだよ。だから安心して。ありがとうね」
お礼を言われてしまいました。私を気遣ってくれたのでしょう。
「ありがとうございます」
詰まっていた喉で、私もお礼を言いました。二人はとても強くて優しいです。
しばらく話をしてから二人と別れました。
切り倒された丸太に腰掛け、一人でぼんやりと夜空を眺めていました。
「おっす!」
「ふわっ!」
ヌルリ、と闇夜から怖い顔が浮き上がりました。ジンさんでした。黒だから紛れて見つけづらかったのでしょう。突然出て来られると怖いです。
「俺、そんなに怖いかな……」
しょんぼりとするジンさん。悪いとは思うのですが、不意打ちだったので勘弁して欲しいです。
「ヘルベルクは楽しかったですか?」
「ん~。くまさんを作るのが一番楽しかったかな」
「くまさん!?」
どうしてそんな事に!?
「冗談だって。色々楽しかったぞ」
ジンさんは小さく笑い、私の横に腰掛けました。
「どうしたんだ? ちょっと元気無いな」
ぬ…………。ジンさんは地味に鋭いですね。
「実はですね。皆に何が出来ているのか、疑問に思ったんです」
ウルさんも、エリーナさんも、クロナさんも、チャノさんも、皆が私に温かいものをくれた。けれど、私は何かを渡せているのでしょうか。
「少なくとも俺は癒やされてるぞ。垂れた耳もいいな」
ジンさんが私の耳で目を輝かせています。この人のツボは何処にあるのでしょう。よく分かりませんが、とりあえず耳が好きなのでしょうか?
「まあ、それは置いといてだな。労力的な話か?」
「いえ、感情的な話です」
「だったら大丈夫だろ」
ジンさんはスッパリと言いました。その根拠は何処から出るのでしょう。
「何故ですか?」
「何が出来ているか、つまりは何かしてやりたいんだろ?」
「はい。私が貰ったように、何かを返してあげたいです」
「そう思っているなら問題無い。その優しい感情を無意識に渡しているさ」
ジンさんは笑いました。きっと照れ隠しです。
「そういうものですか?」
「そういうものだろう」
答えを聞いた私は、何だか安心しました。自分も皆と同じだったと思えたからです。
「ありがとうございます」
「おう」
その後、二人で下らない話をしながら見た星空は、とても綺麗でした。




