52話 武闘大会本選 上
「これで終わりだぁああああああ!!」
無傷のスザクが叫ぶと共に、ボロボロのビャッコを叩き伏せた。
第一試合であるスザクとビャッコの戦いは一方的なものになった。
『好きな女の子とデートしたい』という思いがスザクの力を普段以上に引き出したのだ。
正直、前に戦った時より断然強そうである。膝など簡単に付かされてしまうかもしれない。
スザクは京子からの勝利宣言を受け、観客からの盛大な拍手や称賛を受けている。
だが、嬉しそうな顔はしておらず。むしろ、こうでなければならないと、顔をより引き締めていた。
「では、第二試合です!!我が国の美しき王と予選で全員を一瞬で行動不能にした恐ろしき騎士の戦い!!さて、どうなるか!!」
京子が俺たちを軽く紹介するが、観客のほぼ全てから今までのような熱気が感じられなかった。
楽しみにしている所もあるが、王の身が心配でもあるといった所だろう。
まあ、俺が一回戦で結構な事をしたからな~。しょうがないのか。
因みに、俺の信者集団は元気である。
むしろ、「王なんてぶっ倒せ~」といったような事を言って周りから不謹慎だと睨まれている。
そんな大多数の観客から心配されているご本人であるベニバナは、周りも気にせずに準備運動をしている。
袴に、金属の胸当て。手には小さな体に似合わぬ大きな木製の槍。
その槍をブンブンと音を鳴らしながら、体の周りを這わせるかのように動き回らせる。
まるで槍が生きているような錯覚すら覚える滑らかな動きだ。
やがて、槍を構えてピタッと動きを止めた。どうやら体は十分にほぐれたようだ。
「さて、準備が出来たようですのでそろそろ試合を始めようと思います」
京子がそう告げると、観客が静まり返った。これからどうなろうと、起こることを見逃さぬ為だ。
「では、試合開始!!」
そう告げられたと同時、ベニバナは俺に向かって一直線に突っ込んで来た。その動きは体の見た目からは想像も出来無い程、力強く、素早いものだった。
予想外の動きに俺は一瞬反応を遅らせてしまい。ベニバナの槍の範囲にまで迫られてしまった。
既に槍は俺を定め、その体を貫かんとばかりに突き出されようとしている。
体への直撃は避けるべきだと考え、腕を十の字型に組んで守りを固め、[覚醒]を使って身体能力を引き上げた。
「せいっ!!」
「──っ!!」
ベニバナの短い掛け声と共に放たれた一撃。それはまたもや予想を超えた。
俺の体は中身は空だと言っても鎧。それなりの重さはあり、引き上げられた身体能力によって、並みの壁より頑丈で動くことは無い。
しかし、だ。ベニバナの放った攻撃は俺が咄嗟に構えたガードを跳ね上げさせ、更に体ごと宙に浮かせた。
床に背を向け、空中を漂う。ガードなど出来るはずもない、隙だらけの状況。
そこで見たのは付いた槍を一回転させて俺に叩きつけんとするベニバナの姿。
「ふっ!!」
その動作は見事に成功し、息を吐き、力を込めた一撃をベニバナは俺に叩きつけた。
へその上辺りに激しい衝撃が走る。
悶えて叫んでしまいそうだ。
くの字の形で俺が地面に叩き落とされると、床にヒビが入った。
背中も痛い。だが、腹が更に痛くてしょうがない。
反射的に腹を抱えるが、今は戦いの最中。それは更なる隙を生み出した。
「はっ!!」
槍で俺の頭が横薙ぎにされた。
金属の頭に鈍く響く音が鳴り続ける。
目眩がする。吐き気がする。恐ろしく気持ちが悪い。
いっその事、意識が飛んでしまえば楽になれるだろう。
だが、俺の体は鎧だ。意識など飛ばない。
故に、激しく不快な感覚が俺を襲い続けるのだ。
逃げ道など無いのだ。
「いってぇええええええ!!」
思わず叫んだ。
転がり回った。
大衆の目など気にしていられない。
酷く気持ちが悪いのだ。
吐きたい。胃の中身を全てぶちまけたい。
けれど吐けない。俺には胃など無いのだから。
そんな意識の中、俺の耳に無理矢理声がねじ込まれた。
「おおっと!!なんと我が国の王、ベニバナ様があの【空の黒騎士】を圧倒している!!凄い!!凄いぞ!!我等の王!!観客も大盛り上がりだ!!」
今、観客が盛り上がっていると初めて気付いた。
なにせ、普通なら飛んでしまうような意識の中で、嫌でも耐えさせられているのだから。
京子の能力でも無ければ声など聞こえない状況なのだ。
しかし、京子の声が届くことで少し冷静さを取り戻した。
俺の体は鎧だ。
触覚による痛みはあるが、胃が無いので吐くことなど無い。
だから、そんな感覚は存在しないはずだ。俺が元の体の感覚を引きずっているだけのはずだ。
そう思ってみると、スーっと痛みが引いていく気がする。
全て思い込みなのだ。そう思い込む。
それだけで気分がとても良くなった。
落ち着いて立ち上がる。
頭に腹に背中。痛みがズキズキと響く。
こっちも思い込もうとしたがダメだった。
「かなり力を込めたので、気絶してもおかしく無いのですが……さすがですね」
ベニバナが唇を軽く噛んだ。
恐らくもう決まったと思っていたのだろう。
しかし、俺は意識を失えない。気絶などしたくても出来なかったのだ。
「まあな……けど、凄い攻撃だったぞ」
正直、まだ吐き気や目眩だってある。
この体がどの程度まで前の感覚を持っているか良く分からないが、今は思い込みで何とかしているのだ。
[理解]で調べれば分かるだろうが、それを今して吐き気等が存在していると分かったら思い込みが解けてしまいそうなので、今度しようと思う。
「次は油断しないぞ」
俺はそう言ってベニバナの動きに注意するべく真っ直ぐ視界に捉えながら姿勢を少し低くしてすぐに動けるようにした。
ベニバナの体は小さい方だ。それに、筋肉などもあまりあるようには見えないので、とても俺を動かせるようには見えない。
なので、[剛力]のような強化を施す能力を使っていると俺は予想している。
だからとりあえず考えた対策は二つ。
近接戦闘の為に人狼と一体化する事と、体の機能を封じる[邪気]を使った[畏怖]を使う事だ。
耳と尻尾を生やして[覚醒]まで使った[剛力]を使う。ルインの作った五メートル級のゴーレムさえ吹き飛ばした力だ。これで簡単にはやられまい。
そして、第一試合で使った[畏怖]を使う。此方も[覚醒]を使い、更に手加減などしていない。かなりの恐怖がベニバナを襲っているはずだ。
だが、こちらは恐らく大きな効果は得られない。
「これは……少し戦い辛いですね」
予想通り、全力の[畏怖]によって封じられた機能は左目だけだった。
この体を封じる機能の弱点は、俺の事を怖く無いと思う事だ。
つまり、仲が良いとあまり効果が無い。
ベニバナの俺に対する好感度は割りと高いと思う。
実は、一昨日だけでなく、昨日の夜も京子と一緒に楽しく話していたし、ぬいぐるみをあげた事も良い印象を持ってくれていると思う。
よって、[畏怖]によって無理に恐怖心を与えても、ある程度は中和されてしまうのだ。
しかし、なんだかあんまり怖がってくれていないと思うと嬉しくもある。
「……ありがとう」
思わずお礼を言ってしまった。
そのせいでベニバナは困惑顔だ。
「なんですか?急に」
「いや、あんまり怖がってないんだな~って思って」
「怖がる?まあ、希少な友達ですし……能力でも無い限り、そうそう怖がりませんよ」
ああ!!今、そう言う事言わないで!!凄い戦いにくい!!友達殴りたくない!!
俺にとって友達は数少ない大切な人達なのだ。試合だから平気だったのだが、改めて友達とか言われてしまうとやり辛さを感じる。
しかし、俺はここで負ける訳にはいかない。
この武闘大会には多くの他の国の使者達が来ている。
俺が舐められて村にいる皆を危険に晒したくは無い。
それに、正式な試合で手抜きをしてしまうなど失礼だ。
「そう言ってくれてありがとう。でも、俺は負けないぞ」
そう言って拳を構えると、ベニバナも微笑みながら槍を構えた。
「私も負けるつもりはありませんよ」
その言葉を聞き終えると同時、俺はベニバナに向けて駆け出した。
いや、跳んだと言った方が正しいのかもしれない。
なにせ、距離にして約十メートルはある所を、たったの一歩で拳が届く範囲まで辿り着いたのだから。
更に、床が割り砕ける程の力によって、そのスピードも尋常では無い。
勢いにのせて、俺は拳を真正面からベニバナの腹に向けて叩き込んだ。
するとベニバナは突然の出来事に反応を遅らせたが、槍の柄でその攻撃を受けて逸そうとした。
まるで初撃の真反対だ。
だが、ここには違いがある。俺は金属の鎧の腕で防ごうとしたが、ベニバナは木製の槍の柄だと言う事だ。
俺は槍を砕き。そのままベニバナを大きく吹き飛ばした。
小さな体は空中で為す術も無くそのまま場外まで飛び、観客席の手前まで転がっていった。
「ベニバナ選手の場外により、ジン・ミクモ選手の勝利です!!」
京子が勝利を宣言すると同時。俺はベニバナの元に駆けつけていった。
一体化や[畏怖]はベニバナが場外に出ると同時に解いた。
近よると、ベニバナが少し残念そうに笑いながらムックリと起き上がった。
「やはり負けてしまいました。さすがは伝説に並ぶ者です」
「それより怪我させただろう?見せてみろ。治すから」
「治す?そんな事が出来るのですか?」
ベニバナが不思議そうに首を捻る。
「ああ。出来るから見せてみろ」
「分かりましたが……ここではちょっと……」
そう言ってベニバナが観客席を指差した。腹といえど、大勢の前で肌を晒すのは恥ずかしいようだ。
「分かった。それなら救護室に行こう」
そう言って俺は救護室に行くと、ベニバナの打撲傷を治療した。
「凄いですね」
自分の腹のあたりをペタペタと触り、関心したようにベニバナが声を漏らした。
「もう痛くないか?」
「はい。大丈夫です」
ベニバナはニッコリと笑ってくれた。
治ったようで良かった。
「しかし、凄い力でしたね。私自身が称号で出せる純粋な力では恐らく負けています」
「どんな称号か聞いても?」
「ええ。公言されているので問題無いです。【ヘルベルクの王】という称号で、能力は[鬼王]と言う鬼人なら誰でも身体強化が出来、強化する人数が減るほど強化の振り幅が上がる能力です。戦争などでは便利なものですよ」
ふむ。鬼人限定の身体強化か。
パッと見だと力が無さそうなベニバナがあれだけの力を出したのだ。
力がありそうな鬼人が使えば凄い事になりそうだ。
「所で話しが変わるのですが、次の試合。手は抜かないで下さいね」
「スザクとの戦いか?」
「ええ。ジンに膝を付かせる事が出来ればスザクの好きな物を一つ買いに行く、という約束を知っていますよね?普段の活躍を見ればそれくらい買って上げても良いのですが……八百長は嫌なので手抜きはしてほしく無いのです」
「分かってるよ。八百長はスザクにもするなって言われてる。でも、スザクが条件を通ったらきっちりデートしろよ?」
俺がそう言うと何故かベニバナが笑った。
「デートな訳無いですよ。ただの買い物ですよ?」
「………………そうか」
なるほど。結構困惑したけど理解した。
ベニバナはデートと認識していない。
俺は溜め息を吐きかけたが、そうすればスザクの思いが関節的にバレてしまう。なので耐えた。
恐らく、京子もスザクの思いがバレぬようにと計ったのだろう。
なのでベニバナは気付いていない。
スザク。最後は自分で頑張れよ。
俺は心の中で密かにスザクにエールを送ったのだった。




