50話 武闘大会予選 中
クロナとセキトが舞台に上がると、会場は既に狂ったような応援で満たされていた。
「さて、セキト。お前には負けられんからな。覚悟しろよ」
口角を上げながらクロナが手を上げる。それにセキトは軽く自分の手をぶつけながら頷いた。
「圧倒的だった第一試合を終え、第二試合です。この試合の注目選手は、なんと!!大国コズウェルからやって来た勇者であり王子!!ランバート・コズウェルだ!!此方も目が離せません!!」
完成が巻き起こる中、クロナとセキトは一瞬耳を疑った。
勇者。
それは戦いにより異常な活躍を見せ、単身あるいは少数の仲間と共に敵へと突っ込んでける程の異常な存在。
そして、その称号を与えられる者は平和をもたらした者のみ。
神へと近づく存在とさえ言われる程の、貴重であり有名な称号なのだ。
「勇者……そんな大物が……」
クロナはそう呟きつつ、理由をすぐに察した。
恐らく、狙いは他の多くの参加者と変わらないのだ。
会場の中心から、一本の木刀が天へと掲げられる。
それと同時、人垣がそれを囲う様な形で割れた。
「我は勇者!!【俊足の勇者】!!崇めよ!!称えよ!!賛美せよ!!」
木刀を掲げた男、ランバート・コズウェルがそう叫んだ。
見た目は紫の髪に紫の瞳をした、見てくれの良い青年である。
木刀を持っていない手は、こんな状況だというのに腕を組んでいる。
ランバートの自画自賛も過ぎているであろう自己紹介に、観客の熱は更に高まった。
「勇者様直々に自己紹介を頂きました。その間に、皆さんも準備が整ったようですね」
京子が勇者を軽く受け流しつつ、進行する。
「では、予選第二試合──」
セキトとクロナは背中合わせになる。舞台に上がる前、初めは邪魔な周りの者を一緒に蹴散らそうと話し合っていたのだ。
「開始!!」
合図と共に二人は近くの数人を纏めて蹴り飛ばした。
二人からすれば、一般の参加者など[剛力]を使わずとも楽々と勝てる。
その理由は大きく二つ。
ジンによる[覚醒]を使った進化は、配下全員の能力を大きく引き出し、並みの者よりも大きく差を開けさせるものだった事がまず一つ目。
そしてもう一つは、日々の鍛錬である。自主練習は勿論。ルインによる特訓はハードなもので、大きく実力を付けさせたのだ。
二人が周りの敵を次々となぎ倒す中、ランバートがいた方向から困惑の声が響き始める。
そちらでは、一人、また一人と倒れていく人が倒れていく。
その全員が抵抗も出来ずに、うなじを木刀で叩かれて気絶していた。
何故抵抗出来ないか。それはランバートがあまりにも速過ぎるのだ。
背後に現れ、木刀を振り終わると同時に違うものの背後にいる。
その素早さは一秒に一人という凄まじい速さだった。
「ハッハッハ!!遅い遅い!!」
「ランバート様素敵ですわ!!」
次々と参加者をなぎ倒して高笑いするランバートを、先程腕を組んでいた女性が一歩も動かずに褒め称え続ける。
「畜生……舐めやがって!!」
参加者の一人の若い男が青筋を立てて目付きを鋭くする。
その若い男は、ランバートに傷を追わせられないならせめて、と女を狙って駆け出した。
「舐めんなよ!!喰らえ!!」
男は女の目前で拳を振り上げた。だが、女は逃げる素振りを見せるどころか、口角を釣り上げて笑った。
「バーカ」
そう女が呟いたと同時、若い男は吹き飛んだ。
「大丈夫かい?全く。無抵抗の女性を襲うだなんて、野蛮だな」
若い男がいた位置。そこにはランバートの木刀があった。
ランバートは無抵抗の女を襲うなと言うが、まず戦う気のない女を舞台に上げなければいいのだ。
しかし、彼は自分の女を見せつけたいが為に一緒に連れてきたのだ。勝手なものである。
心配するように覗きこむランバートに、女は俯いて顔を覆い、涙も出さずに嘘泣きを始める。
彼女が何故そんな事をするか。それは少しでもランバートの気を引く為である。
王子であり、勇者であるランバートは、地位も名誉も金もある。絶好の狙い目なのだ。
だが、ランバートは目移りが激しく、今日も他の者は同じグループにはならなかったが四人もの女性を連れて大会に出ているのだ。
だからこその同情を買うための嘘泣き。手で覆われた中はポイント稼ぎが出来ると満面の笑顔である。
「ランバート様。私……怖いです。早くこんなもの終わらせて下さい」
どうやって練習したのか。女は上手く涙声を出す。それにランバートは真剣な表情で大きく頷き、参加者達に向けて木刀を向ける。
「おい、貴様ら!!ここからは手は抜かない!!痛い目を見たくないものは即刻舞台を降りろ!!十秒だけ待ってやる!!」
ランバートの叫びに、参加者達の大半は勇者相手に勝てるはずが無いと思った──そう、大半は。
舞台を数人が降り始めると、その流れに乗ろうと他のもの達も次々と降りていく。
そうするともう止まらない。不安と焦りにより、雪崩でも起こったかのように参加者は逃げていった。
そして、舞台に残ったのは、ランバート達を抜くとたったの十人である。
その殆どが国の兵士だった。
彼らは国を背負っている為、簡単に逃げる事は許されないのだ。
「十人か……ん?女性がいるじゃないか」
「……女だからと舐めるなよ」
ランバートはクロナの言葉を無視して、明るい笑顔で近づいていく。
そして、まるで演劇でもしているかのように、大袈裟な抑揚を付けて話しだした。
「ああ!!僕は君のような美しい女性を傷つけたくない!!どうか舞台を降りて下さい。そして、今夜僕とお食事でもどうでしょう?君が望むのならこの国一番の店で二人っきりで過ごそうじゃないか!!」
「……お前の連れが睨んでるぞ」
「なんと僕は罪深いんだ!!二人の女性に嫉妬されるなんて!!」
ランバートの連れてきた女は確かに嫉妬だろう。だが、クロナは戦いの最中でふざけられていると、切れる寸前である。
「正直に言いましょう。僕は君に一目惚れしてしまったようだ。君ほどの美しさは初めてだ!!凛とした佇まいに澄んだ瞳。ああ!!君と一晩過ごせるなら全てを捨てても良い!!」
ランバートの背後には化粧が崩れ得る事も気にせず、形相を怒りと嫉妬で歪ませる女がいる。恐らく彼女はここまで言われた事が無いのだろう。
だが、そんな事女は視界に入らないのか、ランバートは膝を付いてクロナに手を差し出す。その顔には『当然受けてくれるだろう?』と書いてある。
そんな光景にクロナは一つの言葉が頭に浮かんだ。そして思わずそのまま口に出す。
「……気持ち悪い」
「へ?」
固まるランバート。
口元を押さえて後退りするクロナ。
自信満々のナルシストが振られた瞬間である。
ランバートが我に帰り、慌てながらクロナに問答を始める。
「な、何故だい!?顔も、性格も、立場だって良い!!僕にずっと付いてくれば幸せだろう?」
立ち上がり、クロナに迫るが、それをクロナが後退りまた距離を開ける。
「外見は弟の方が優っているだろうし、性格は私の主である【空の黒騎士】様の方が断然上、立場は私自身が今の幹部で満足出来ている。正直に言おう。君は要らない」
クロナは説明の途中でセキトを指差した。
ランバートはセキトを確認した後、連れてきた女に振り返る。
すると、女は目を泳がせながらランバートを褒め称えた。
怒りと嫉妬から我に帰ったばかりで、上手く嘘が付けなかったのだ。
そのままランバートは首を巡らせる。すると、舞台上の兵士たちが気まずそうに顔を逸らした。
その光景にランバートは真実は察する。真実だろうと。
念の為に伝えるならば、ランバートの顔は悪くない。むしろ、王子というだけあって結構良い方だ。だが、今回は相手が悪かった。
ジンがいる村は美男美女が大半を締める。そして、その中でもセキトは上位の部類に入る男なのだ。
並みの男は勿論。セキトは王子でさえも負かす事が出来るイケメンなのである。
ランバートはその事実を何とか受け止めた。自身のプライドはあった。だがしかし、ランバート自身もセキトを見て認めてしまったのだ。『ああ、負けてるな……』と。
「か、顔……そこは悔しいが認めるさ世界は広いからね。僕が一番だなんて傲慢は持たないさ」
そう言うランバートの声は震え、顔は青い。
心が広いというアピールをしたかったのだろうが、逆に小さい男に見える。
「しかし、だ。君の主……あの禍々しさ全開の男に僕が負ける?信じられないな」
必死に自分を取り戻そうと、彼は自分の勝てそうな相手に狙いを定めて反撃を行った。
だが、それは間違いだった。
少なくとも、困り果てた所を救ってくれた時からジンを尊敬し、自らジンの部下になり、喜んで幹部を務めるクロナにとっては。
「貴様……馬鹿にしているのか……」
クロナの顔に暗い影が差し、大きく開いた瞳をランバートに固定する。
その様子を見たランバートは、一瞬恐怖を感じてしまった。それが彼には悔しくて恥ずかしかった。
次に彼は、勇者である自分が衆人の中でこけにされていると考え、先ほどの感情を怒りへと変換していった。
「そうさ!!悪人は馬鹿にされたって仕方がないさ!!あんな悪い奴なんて僕が退治してやる!!何も間違っていない!!僕は間違っていない!!僕は正しい!!」
ランバートはクロナに向かって木刀を振り上げる。
「悪の手先が!!改心させてやる!!僕の物になれ!!」
自分を正当化しようとするランバートは心も体も乱れており、雑な動作で木刀は振り下ろされる。
それはクロナによって簡単に手で捕まえる事ができた。
「黙れ!!このナルシストが!!」
クロナも怒りで頭が沸騰しそうだった。
その理由は単純なもの。
ジンは彼女にとっての英雄であり、主であり、なにより友達だった。
その大切な存在が馬鹿にされたのだ。許せるはずが無かった。
[剛力]を発動して木刀をへし折る。
「勇者だろうが知った事では無い!!痛い目をみてもらうぞ!!」
クロナの拳がランバートに向かって飛んでいった。




