49話 武闘大会予選 上
太陽が頂に差し掛かる真昼。
中央を囲むようにして作られた客席は外側に行くほどせり上がっていき、どの位置からでも観戦が出来る仕組みになっている。
そこには暑苦しい程の人が密集しており、三万も用意された席はとっくに満席。立ち見の客がわんさかといる。
その者達が何故ここに集まっているのか。滾った目で期待しているのは何か。
それは──
「さぁあああて、おまちかねぇい!! 本日のメインイベント!! 武闘会開幕だぁあああ!!」
京子が叫び終わるとほぼ同時、会場全体に地震が起こったかと錯覚するほどの大きな歓声が響き渡った。
「大会前に簡単なルールを説明します。まず、一般の方からも参加可能な予選です。こちらは、三つのグループに別れた後、バトルロイヤルとなっており、最後まで舞台上に立っていれば勝ちです。そして、今回の予選参加者はなんと暦年最大の四百人超え!!更に、今回はあの伝説となっている【人形掌握の魔女】も参戦!!これは凄いことになりそうです!!」
またも上がる観客の声。
今回これだけの数が集まったのは、恐らく伝説級の者と戦い、称号を得たいと思う者が多いからだろう。
更に言えば、それが無くとも三万を超える者達に見られる中で成果を上げれば期待は出来る。
「次に本選の説明です。本選は予選勝ち残りの三名とヘルベルク選抜の五名、合計八名によるトーナメントです。誰と誰が当たるかは運次第となっております。優勝は誰の手に!!第九十回ヘルベルク武闘大会、開・幕・だぁあああ!!」
会場が更なる熱気に包まれた。皆が目をしっかりと見開き、始まるであろう戦いを待っている。
そんな事が起こっている会場を俺は開いた扉から遠目に見ているのだが、俺の心は少し寒さを感じる。
現在、俺は予選出場者の準備室である大部屋にいる。
一、二、三と分けられたグループごとに部屋は用意されており、俺は第一グループの部屋だ。クロナ、セキト、ルインも参加しているが、クロナとセキトは第二グループ、ルインは第三グループとなったので部屋は別。
なので俺は一人で大会開始を待っている。そう、一人で。
「あのさ……そんなに避けなくても……」
俺が他の参加者に声を掛けると全員一斉にざわめいた。
俺は避けられていた。どの位避けられているか。
百と五十近くの参加者の為に用意された大部屋の三分の二を俺一人で使える位だ。
奥の方とか圧死するなよ、とか思う有り様である。本当にありそうで怖い。
ああ、心が寒いな。そんなに避けなくたっていいじゃ無いか。
孤独感を紛らわせる為に、盗み聞きとかしてみる。
「なんと恐ろしい。あれが伝説に並ぶ【空の黒騎士】か」
「噂では心優しく見せおきながら、本当は見た目通りに残虐非道で冷酷な奴らしいぞ。なんでも趣味は生きたまま動物の皮を剥ぐ事だとか」
「皮剥ぎ?俺が聞いたのは女子供の四肢を徐々に削り落とす事って聞いたぜ?」
「どっちにしろとんでも無い奴だな」
しないから!!皮剥ぎとか生まれて一度もやった事ないし、削り落とすとか想像したくもないんだけど!!
全く。おかしな嘘をまき散らさないで欲しい。
ギロリと聞こえた方向を睨んでやる。
すると、青年二人が泣きながら土下座してきた。
そこまで求めて無い!!周りの視線が痛いんだよ!!
「もう良いから止めてくれ」
溜め息を吐き、手をヒラヒラ振って散るように促す。
それを見た青年達は安心したのか、胸を撫で下ろして奥に引っ込んだ。
だが、周りの視線はまだ終わらない。
ポツンと立っているのは目立つ。
試合に早く呼びに来ないだろうか。
俺がいるのは予選の第一グループなので、試合の順番としては一番初めだ。
今、京子がアイドルモードで試合の禁止事項等の細かいルール説明をしているので、それが終われば呼ばれるはずなのだが……意外と説明が長い。
因みに、京子は司会進行を務めている。理由は、能力によって客に嫌でも話を聞かせる事と、適度に気分を高揚させる事。後は京子が新たなファン集めだとか言っていた。
少しして、係員が呼びに来た。やっと始まるようだ。
一人で部屋をほぼ好きにしている俺を見て係員が何か言いたげだったが、俺相手だからか、言えなかったようで口をしばらくもごもごとしていた。
「……第一グループの皆さん。舞台にお上がり下さい」
係員は何とか要件を伝えて走り去って行った。
逃げるように行かなくたっていいのに……。
俺は両肩をそれぞれ円の形に回して頭を振った。先程から思考が暗くなりがちなので切り替えである。
「よし、行こう」
一人で呟いて外へと出る。
真正面には真っ直ぐと続く廊下が伸び、その先には大きな両開きの扉が開け放たれている。
そこから見えるのは観客の熱気と期待が渦巻く舞台である。
自分がいた部屋の両隣の部屋も確認する。
一緒に出場した三人がそこにはいるはずだ。ルインは何も問題なく勝ち上がるだろう。クロナとセキトもなんだかんだでそれなりに強いので、恐らくどちらかが上がってくる。
俺も勝ち上がって見せようじゃないか。
俺は舞台に向けて歩き出し、舞台に一番初めに上ってやった。
やがて、第一グループ全員が舞台に上がった。
「それではまず、予選第一グループのバトルロイヤルを行います。注目選手は、その禍々しさから周囲を恐怖に突き落とす、【空の黒騎士】と呼ばれる伝説と並ぶ者!!ジン・ミクモだ!!ヤツから目を離すなー!!」
酷い言われようである。
手元にある紙を読んでいる所から、京子が考えたものでは無いのだろう。
だが、結構ノリノリで言っている。後で文句でも言ってやろうか……あー、でも京子も仕事だろうし、我慢しよう。
観客はテンション上がりまくりで叫びまくっている。
何故だろう。一部から集中的に、まるで信者のような言葉が聞こえてくる。
そちらに振り向いてみる。
「ジン様素敵ーーー!!」
「俺を抱いてくださーい!!」
「男よりも私を抱いてーーー!!」
……あれ。おかしいな。人間だ。百人くらいの人間の集団。
てっきり一昨日戦った時に信者っぽい目をしていた鬼達かと思ったが……。
良く見てみればたまに鬼も混じっている。だが、これだけの数の人間の信者なんて俺にいただろうか。
不思議に思いながらも見ていると、戦闘で旗を振る女性が目に入った。
恐らく俺の黒い兜をモチーフにした刺繍が施された大きな旗を、黒い服で身を包んだ人間の女性が振っている。
ん。あいつは確か……。
俺の記憶に引っ掛かり、そのままずるずると思い出されていく。
思い出した!!討伐隊の隊長だ!!
確か最後の方には信者と同じ臭いを感じたが……あいつ、立派な信者になってやがった。
しかも恐らく、立ち位置的に奴等の中ではトップのポジション。
布教して結構な数の集団にしやがったな……。
そこまで考えて俺は彼女達を視界から外した。
今は試合前だし、余計な事は考えるべきではないとの判断だ。
……まあ、本当は現実逃避したかったんだけどね。
痛くなってきた頭を抱えていると、京子が声を上げた。
「皆さん準備は出来たようですね。さすがに百人以上を乗せると狭いですが、頑張ってください」
周りを見ると、準備室とは態度が変わり、皆の目がギラついている。そして、その目の三分の二程は俺に向けられている気がする。
恐らく早めに集団で潰そうと考えているのだろう。
俺は結構端の方にいるので、集団で押されると結構危ないかもしれない。まあ、そうはさせないつもりだが。
「では、予選第一試合──」
全員が各々の戦闘体勢を取る。いくつもの拳が俺に向けられている。
まあ、俺も今では結構な有名人のようだし、はじめから狙っていた奴もいるのかもな。
だが、負けるつもりはない。
流れで出場したが、どうせなら優勝して賞金を取ってやる。
「──開始!!」
始まりが告げられ、俺に向かって一斉に人が押し寄せてくる。
このまま押されてしまえば、俺は場外になるかもしれない。
だが、俺には攻撃力は無くとも便利な能力があるのだ。
昨日はゴーレム相手で使う意味が無かった能力──[畏敬]。
これに[邪気]を使う事で更なる力を生み出す。
「あ、う、動けない。見えない……聞こえない……何も……っ!!」
予選参加者の一人はそう言った後、発狂した。
[覚醒]と[邪気]を使った[畏敬]を発動。
これにより大半の者は恐怖に支配され、崩れ落ちる。
だが、意識保つ者もいる。
涙を流して歯を鳴らしながら立つ者もいれば、氷漬けにされたかのように固まる者、度合いは様々だが耐える者はいるのだ。
だが、[邪気]による[畏敬]はそんなやっとの事でさえ耐えている者に余裕を与えない。
先程声を出した予選参加者を見てみる。
目と耳を黒い霧が覆い、体中を細長い何本もの黒い霧が縛り上げている。
崩れ落ちていた者に関しては、全身を黒い霧が覆っている。
これが[邪気]を使用した[畏敬]の力。
恐怖を感じた度合いによって体の機能を封じられるのだ。
何も聞こえない、何も見えない、何も臭わない、何も味わえない、何も動けない、何も感じない。
完全に恐怖に支配されればそうなる。
そして、完全でなくとも一部を封じられる恐怖によって、段々と連鎖的に封じられていく体の機能。
それは、どんな感覚だろうか。
徐々に体が動かなくなり、考えるしかなくなる。
さらに言えば、その思考は恐怖が支配している。
叫びたくても叫べない。死にたくても死ねない。
そんな、とんでもなく意地の悪い力だ。
熱狂が満ちていた会場を、今は静寂が支配している。
観客には能力を使っていない。
ただ、皆がその光景に圧倒されているのだ。
人が闇に飲まれていく姿を見ているような、そんな光景に。
「えっと……きょう、じゃなくて、星月さん。終わりですよね?」
俺は京子に終わりを告げるように声を掛けた。
舞台にまだ立っている者は僅かにいる。だがしかし、とても戦えるとは思えない。一番頑張っている人でさえ、両手と両目が塞がっている。これでは試合になら無いだろう。
「え、あ、ああ。そうですねでは──」
「まだ、私は戦える!!」
呆けた顔から立ち直り、終了を宣言しようとした京子を止める声が掛かった。
一番頑張っていた人だ。見れば、僅かながらに恐怖に打ち勝っていっているのか、霧が少しづつ欠けていく。
「……そうか。じゃあ、もっときつくてもいいな?」
「何を言って──っ!!」
声を上げた人物、心の強い女性に、俺は再度同じ事をする。ただし、先程の手抜きとは違う、全力で。
女性は叫び狂い、数秒とかからずに闇に飲まれた。
「……しょ、勝者が決まりました。皆さん大きな拍手をお願いします」
京子が紙に書いてある台詞を読む。
数秒の静寂。後、大きな歓声が沸き起こった。




