46話 飛び出し注意
酒場から呼び出されて約三十分。何故か俺はスザクの恋話を長々と聞かされていた。
「──それでな、ベニバナ様が言ったんだ。私は貴方が七代目スザクだからこのように庇っているわけではないのです。貴方個人が十分信用に足る人物だからこうしているのですって。それを聞いて俺は泣きそうになると同時に気付いたんだ。ああ。好きなんだなって」
「……終わった?」
ガッツリうざそうな視線をスザクに向けつつ俺はそう尋ねた。
人の恋心をそんなに無碍に扱うな。そう言われるかもしれない。だがしかしだ。
楽しく友人達と夕食をしているというのに路地裏に呼び出され、まともに会話した事も無い奴に三十分も色恋の話を聞かされる。
正直かなり迷惑である。
ほぼ確実に皆の夕食は終盤に入っているだろう。もしかしたら終わっている可能性だってある。
話の内容もどこどこでなになにと言ってくださって~とか。あれこれをしている姿が愛らしくて~とかそんなのばっかり。
言ってる側からしたら楽しいんだろう。だが、俺からしたらあまり楽しくない。
ベニバナの性格は昨夜の会話で幾らか分かるものの、スザクの方はほぼ知らない状態。そこで二人の心温まるシーンばかりを語られる。
あれだ、ドラマで良いシーンだけを飛ばし飛ばしで見るような感覚だ。
感動も薄いというものである。
まあそんなわけでうんざりしている俺がやっと解放されるかと淡い期待をしつつ尋ねたのだ。
「いや。私が惚れるまでの話は終わったが、まだ惚れてからの話が終わっていない」
ですよね~。言うと思ってました。
こいつは三十分掛けて自分が惚れるまでを飛ばし飛ばしで説明してきた。それもかなり楽しそうに。
きっと近衛隊長という立場があるから、王に惚れてるとか中々人に話せ無くって舞い上がっているんだろう。
惚れるまででも俺の視線に気づけ無い程かなりテンションが高いのだから、惚れてからとかもう話したくて仕方ないだろうな。
この際無理矢理走って逃げるか?こう……『付き合ってられっかよ!!』みたいな台詞でも吐きながら路地から飛び出すとか。
なんだか死亡フラグでも立ちそうだな。一番に逃げ出した者が一番に死ぬというあれ。
路地から飛び出した途端トラックがドーン!!だとか想像してしまうな。まあ異世界にトラックの時点で無いだろうが。
思考がそれたが、スザクは人に話したくて仕方なかったんだろう。しょうがないからもう少し位なら聞いてやるか。
「じゃあ後どれくらいで終わるんだ?」
せめてそれくらい知っておきたい。終わりが見えれば精神的に軽い物になるだろう。
「そうだな……」
スザクが中空に視線を彷徨わせながら、ゆっくりと答える。
「惚れてからの内容がその前の二倍として……後二年分だから……」
スザクの計算より早く俺の頭が式を割り出し、答えを導き出した。
確か惚れるまでの半年が三十分。
三十分を二倍してさらに四倍した時間がこれから話される時間。
30×2×4=240という事は後約四時間。
ふむふむ。なるほど。これは……あれだな。
「付き合ってられっかよ!!」
俺は駆け出した。暗い路地から光溢れる大通りへと。
後ろで恋する青年の慌てた声が聞こえる。しかし俺はその声を振り切って走る。
そして大通りに飛び出した所で──
「げふっ!!」
「あっ」
何処からか気の抜けたような声が聞こえると共に俺は吹き飛ばされた。
トラック?いやいや。違いますよ。ぶつかってきたのは白目を剥いた鬼人のおっさんです。
俺は飛んできたおっさんごと地面を転がったが、上手く体勢を戻して座り込むような体勢で地面を滑って止まった。
因みにおっさんは片手で抱えている。
「ごめんなさいっす。まさかそんな所から出てくるなんて思いもしなかったっすから」
おっさんが飛んできた方を見ると、倒れた数人の男達に囲まれたルインがいた。
「それは別にいいさ。俺もおっさんが飛んでくるだなんて思いもしなかったしな。それよりこの状況は何だ?」
見たところルインを囲んでいる奴等は全員バラバラの防具や、武器を持っている。
国の兵士では無い。となれば傭兵や私兵、もしくは冒険者とかかもしれない。
ただ、飛んできたおっさんは筋肉が少ない小太りで、豪華な服を着ている。
う~ん。飛ばされた所からたぶんルインを囲んでいる奴等の仲間だろうが、こいつだけ雰囲気が違うな。
俺が色々考えていると、フィアが少し困った顔で説明しだした。
◆◇◆◇◆◇
ジンが呼び出しを受けて店を出て行ってからしばらく経った頃の事、京子は街巡りの時に仲良くなったクロナとセキトのお蔭もあり、フィアとルインとも仲良くなっていた。
そして、夕食も終わりそうになった所でフィアが不思議そうに首を捻りながら言った。
「遅いわね、ジン。どうしたのかしら?」
それに賛成するように他の者も頷く。
「確かにそうですね。私が見てきましょうか?」
クロナはそう言って椅子から立ち上がった。すると周りの客が皆一斉に顔を逸らすようにした。
「これは……やはり店ぐるみの罠では……」
クロナの顔に不安の色が現れた。だが、それを京子が笑って否定した。
「違うわよ。と言うか気付かなかったの?」
「視線の事か?」
「なんだ。気付いてるじゃない。じゃあその意味は?」
「私達を監視してのジンの……」
「あー、もういいよ」
京子は苦笑い気味に手を前に出してストップをかけた。
「違うのか?」
「ふっ。違うっすよ。奴等は隙あらば襲いかかって仕舞おうとしているっすよ」
「な、なんだと!?」
ルインの言葉を聞いてクロナが大きく目を開けて驚く。
「間違っても無い気はするけど、大きな誤解を産んでないかな?」
京子はまた苦笑いをする。
「ん?違うのか?」
「んー。ほら。考えてみて。今の自分の格好」
「私の格好?」
クロナが自分の体を見る。すると綺麗な振り袖が目に入った。
「この国の服だな」
「そう。今、男一人を除いて皆可愛らしくて綺麗な、高ーい服を着ている」
「高いのか」
「そうね。一式を売ればここのご飯が百回以上は楽に食べられるくらい」
「それほどの価値が!!」
クロナが驚いた様に再度自分の服を見る。そしてすぐに京子に顔を向ける。
「つまりこの服を剥ぎ取って売ろうとしているのだな」
「うーん。違うな」
「また違うのか。ではどういう事なんだ?もう教えてくれないか?」
「そうね。このままだと長くなりそうだから説明するわ」
そう言うと京子は自分を指さしながらセキトを除いた皆も指差した。
「ここにいるのは美人ばかり」
「自分で言うのか」
「いいじゃない。続けるわよ」
「分かった」
クロナは口を閉じて座り、犬耳を京子に傾けて話を聞く体勢になった。
「そんな美人の集団が綺麗な着ている。声を掛けたい、混ざりたい。まあ言っちゃえばナンパしたいと考える。けれどそこには分かりやすい問題が四つはある」
三本の指を立て、それをズイッと前に出す。
「まず、これだけ高そうな服を着て酒場に来れる、つまりは日常的にこれを着られるくらいの階級の集団だと目星がつく。この時点で大半の男は吊り合わないと考えて近寄れない」
四本の内の一本を折る。
「私達には角がない。異国者だと考えられるから、手を出して厄介事になる面倒を考える」
残った三本から更に一本折る。
「私達の中に男がいる。さすがに気まずいわよね」
また一本折る。
「最後に、これが一番大きいと私は思ってるけど、ジンがいた事。あんな怖い奴が付いてると思ったら手を出せないわよね」
そう言って最後の一本を折り、手を引っ込めた。
「分かった?」
「つまりは、声を掛けたいがそれが出来ない男共が私達を見ている、という事だろう?」
「そう。周りの会話をよく聞いてみて」
クロナは言われた通りに耳をすました。
『あーくそ!!あの娘達可愛いな!!』
『そうだよな。男いるけど、声掛けちまおうかな』
『おい!!お前等やめとけって。後から来たから知らねぇだろうが、今いる男以外にも、もう一人おっかねえのがいるんだよ。飯を食う間も全身鎧の奴がよ。きっとボディガードだぜ。痛い目を見たくなきゃ見るだけにしとけ』
『なるほどなだから誰も声掛けねぇのか。身なりからしてそれくらい雇えそうだもんな。俺も地位があれば声くらい掛けられただろうにな』
『ちっくしょー!!出世してぇなあ!!おい!!』
話を聞いたクロナがちょっと困った顔をした。
「ね?わかったでしょ?」
「ああ。しかし、そういった目で多くの人に見られていると思うとちょっと居心地が悪いな」
「そう?私はむしろ嬉しいわよ。私ってやっぱり人気者だわって」
「……そうか」
胸を張る京子をクロナは苦笑いしつつ流した。
そんな雑談をしていると、酒場が一気に騒がしくなった。
何事かと視線を巡らせると、そこには小太りの中年とその周りに様々な防具を付けた男達がいた。
その人物達を見て、客が騒ぎ始める。
『おい。あれって貴族か?』
『馬鹿!!お前知らねぇのかよ。ほら、親に似ていないダメ息子で有名だったが一人っ子だからって家を継いだ』
『ああ。あいつか。女癖が悪い貴族だよな』
『そうそう。噂じゃ二、三日に一回は違う女を家に招くんだとよ。金持ちだ事で』
『ちっくしょー!!出世してぇなあ!!おい!!』
噂なったその中年はそんな周りの言葉を気にもせず、酒場を見回す。そして皆の所で目を止めて口元をニヤニヤさせながら歩み寄ってきた。
「やあ。お嬢さん達。私の名前は……」
「うざい。きもい。帰れおっさん」
「女癖悪いんですってね。気持ち悪い」
「いい趣味では無いな」
京子、フィア、クロナの順に三連撃が決まった。効果はバツグンだ!!
おっさんは呻きながら後ろに仰け反った。
周りの噂を聞いたので、既に皆のこのおっさんへ対する警戒心は高いものになっているのだ。
そのおっさんを、周りに付いて来ていた男達が心配そうに背中を擦る。
「おいコラ!!テメェら俺らの雇い主に何言って……おお、可愛いな」
「そうだぞ!!可愛いな!!テメェら!!」
「良かったら一緒にお食事でもどうだコラ!!」
「貴様ら私を忘れてないか!?」
怒りの形相からすぐに鼻の下を伸ばしだした兵士達におっさんが怒鳴る。
「じょ、冗談ですって……」
「そうですよ。大金積んでもらってるんですよ?」
「大金か美女かって言われたら……………………ね?」
「その間はなんだ!?しかも答えていないな!?」
顔を真っ赤にしてつばを飛ばすおっさん。
「……まあ、今はお前等などどうでもいい。それよりだ」
おっさんが皆に向き直る。
「私はこれでも大きな領地を抱える貴族でね偉い友人も多いんだ。少しばかり私の家に来て、言う事を聞いてくれれば家の繁栄に役立つように動いてあげるよ?何ほんのすこしさ」
下卑た笑みを浮かべて見つめるおっさん。
「うざい。きもい。帰れおっさん」
「女癖悪いんですってね。気持ち悪い」
「いい趣味では無いな」
先程と同じ言葉の三連撃がまたもやおっさんに浴びせられた。効果はバツグンだ!!
おっさんが唸りながら胸の辺りを擦る。心に刺さったようだ。
「くっ!!そんな事を言って良いのか!!私はかの有名な……」
「鬱陶しいわね。まだいたの?ルイン。ちょっと外で話付けてきなさい」
「ちょっ。せめて名乗らせ……」
「えー。私っすか?」
おっさんの声など聞こえないとばかりにルインはフィアに返事する。
「いざとなったら実力行使でいいから」
「はぁ……分かったっすよ。メイドは辛いっす。ほら。おっさん達。行くっすよ」
「くっ!!まあ良い。メイドならば話位は出来そうだしな」
この後、話を断ったルインに怒ったおっさん達が襲いかかったのが、見事に返り討ちにした。
一人づつ気絶させていって、最後に残ったおっさんをルインが投げるとジンにぶつかった。
因みにセキトはおっさん達が来た時、ずっと無視して肉を食い続けていたらしい。




