38話 異世界アイドル
風呂で温まった体を冷やしながら廊下を歩き、案内された場所へと入る。
そこには上座に一つの席、そして連なるように片側だけに五つの席が用意されている。
「どうぞお座りください」
ベニバナが五つの席を手で示してそう言った。
「順番とか気にしたほうが良いか?」
「いえ。楽しんで頂ければいいのでお好きに座ってください」
俺は頷いて返した。皆が適当な場所に座っていく。
部屋の中にはベニバナと先程実力を測りにきた老人。そして俺達だけとなっている。
「それではまず、私達から言いたいことがあります」
ベニバナはそう言ってから老人と目を合わせ、二人で俺達の前に立った。
「それでは……」
咳払い一つ。少しの沈黙。
二人は再度目を合わせ、頷き合う。そして、こちらを真っ直ぐに見ると膝を曲げ、床に手を付く。そのまま更に膝を曲げ、正座する。そして頭を勢い良く床ギリギリまで下げて言う。
「「すいませんでした!!」」
「「「「「……」」」」」
まあ簡単に言えば土下座で謝罪をされた。初対面の王様に。
王様が土下座って……いいのか。色々と。
しかし、これはどうしたものか。相手は王だ。ここで断ればこれからのこの国との関係はあまり良いものにならないかもしれない。だが、許してしまえば交渉材料としての襲撃が軽くなってしまいかねない。
俺が返答を悩んでいるとフィアが口を開いた。
「やだ」
「「……」」
ふむ。断ったか。まああまり考えすぎて間を開けるのも良くなかっただろう。ここは上手くフォローせねば。
うまく事を運ぼうと話をしようとした。だが、それを遮られた。
「ただし──」
「けど、美味しいご飯をいっぱいくれたら考えてあげる」
おいコラ。なに言ってやがる。今ので要求を釣り上げられたかもしれないのに飯に変えてんじゃ無いよ。
今からでも変更させねば。
「はい!!極上の料理をすでに用意させていますので少々お待ちください!!」
顔を上げるベニバナの顔は眩しい笑顔だった。
くっ。言い辛い!!俺がここで何かいったら絶対落ち込むじゃん!!畜生!!もういいよ。笑顔とご飯で我慢するよ。
溜め息を我慢しながらフィアを見る。
俺の視線に気付いたフィアはドヤ顔を向けてきた。
腹が立つな。何うまくやってやったぞみたいな顔してんだよ。はじめから宴って言っていたんだから言わなくても食えたんだよ。
しばらくして料理が運ばれてきた。肉、魚、野菜。様々な食材が使われた豪華な物だ。
「どうぞ、お食べください」
俺達は食事を始めた。
皆が手を付け始めた頃。並べられた料理の中で一際俺の目を引くものがあり、俺はそれを見ていた。
「こ、これは……」
「ただの汁物ですが、何かお気に召しませんでしたか?」
「いや、ちょっと懐かしくて」
そう言ってお椀を両手で持つ。その中には茶色い液体。味噌汁のようなものが入っていた。
「懐かしい、ですか?これはこの国以外ではあまり見られないはずなのですが……もしやヘルベルク出身で?」
「いや。違うんだけどな。故郷に似たような物があるんだよ」
「故郷……まさか……」
ベニバナが俺をまじまじと見つめる。
「でも目は赤いですし……」
「何か?」
じっくり見られると少し恥ずかしい。
「いえ。もしかして異世界人では……と」
その言葉で、俺はお椀をひっくり返しそうになった。
バレた!!別にバレた所で良いけど驚きだ。
「やはりそうなのですか?」
「あ、ああ。そうだ。良く分わかったな」
「この国にも一人いますので」
「それは本当か!?」
「ええ。宴で歌と踊りを披露してくれる予定ですよ」
会えるのか?なんだろう知り合いじゃないだろうけど同郷と思うと少し緊張してきた。
「食事が進んでからと思いましたが順番を変えてすぐに見ますか?」
「ああ。頼む」
「分かりました」
ベニバナは振り返って老人を呼んだ。そして先に始めるようにと指示を出した。
「もうしばらくすれば初められると思います」
「ありがとう。因みにそいつはどんなやつなんだ?」
「キラリ・ホシヅキと言う名前の女の子ですよ」
「どこのアイドルだよ……」
漫画にでも出てきそうながっつりとした名前である。
「名前だけでよくわかりましたね。彼女は自分をアイドルと言っていました」
「え?本当にそうなのか?」
「ええ。自己紹介でそう言ってましたよ」
異世界で自分はアイドルって言ってんのか?という事は歌と踊りもそう言う類か?演舞とかを期待していたんだけどな……。
「一応注意ですが、彼女の能力で言うつもりの無い言葉を言わせられる事もあるので、嫌ならば口を塞ぐ事をおすすめします」
「それって危なくないか?」
自分の思いのままに人に話をさせられるなら、権力者を操れば色々出来そうだ。
「いえいえ。あまり問題無い事しか基本的には言わされませんよ」
「そうか。因みに何を言わされるんだ?」
「それはですね……あっ。始まるみたいですよ。どうせなら体験して見てはどうでしょう」
ベニバナが話している途中で辺りの提灯からの光が小さくなってきた。
「そうか……分かった」
まあとにかく見てみよう。俺達は舞台に顔を向けた。
一人の少女が横から駆けて来て中央に立つ。
すると、その少女が部屋の隅からスポットライトのようなもので照らされた。
手には世界感に合わないマイク。服装は華美な装飾を施された振り袖だが丈はひざ上、肩から肘の辺りは布では無く数本の紐で繋がれている。頭には拳二つ分程の大きな花飾り。
背丈は高めで手足が長い。胸は無いわけでは無いが小さめ。
髪と瞳は黒色。大きな目には長いまつ毛。鼻と口は小さく、顔も小さい。元気の良い印象を受ける高校生位に見える少女だった。
その少女は大きく息を吸い、マイクを添えて口を開く。
「キラリ・ホシヅキでーす!!よっろしくねー!!」
「「「フー!!」」」
「「「っ!?」」」
ビビった。何がビビったかと言えば。
料理を運び出す時などにこの部屋に入ってきた者がいきなり『フー!!』とか言ったのもビビったが。なんとクロナとベニバナまで参加していた。
よくこの流れに乗れたなクロナ。そしてベニバナは客の前でそれはいいのか。
まあこれもビビった事だ。だが、更にその上がある。それは、なんと──
セキトが声を発した。
鈴を転がしたような綺麗な声で『フー!!』って言った。
「なんだセキト!!お前話せんのかよ!!」
「そうっすよ!!思わず料理ひっくり返す所だったすよ!!」
「凄い綺麗な声だったわよ!!もう一回なんでもいいから言ってみて!!」
俺、ルイン、フィアは一斉にセキトを取り囲んだ。
セキトは顔を真っ赤にして口を両手で塞いでいる。
「クロナ!!これはどういう事だ!?」
グルリと首を回してクロナに尋ねる。
するとクロナはプルプル震えながら丸くなり、顔を両手で覆っていた。
「私は言いたかったんじゃ無い……勝手に口が動いたんだ……」
どうやらさっきの『フー!!』はクロナも予想外の言葉だったらしい。
これがベニバナの言っていた事か?
今舞台にいる奴の能力でクロナは声を出したと。で、その能力がセキトにも働いたと……。
「つまり、あの能力でセキトは予想外に声を発したのか」
俺は上座のすぐ横の位置。そこですぐ近くのベニバナと話をしていたので、皆にはこの事は伝わっていなかったのだろう。
だが、俺とフィア、ルイン、そして老人は平気だった。もしかしたら強ければ平気なのかもしれない。
「お客さーん!!始めるからこっち向いてよー!!皆もキラリの歌う所しっかり見ててね?」
「「「イェー!!」」」
……なんだこのノリは。
よく見るとベニバナは少しタイミングがずれている。恐らく能力の影響は無いが、自分から言っているのだろう。
「ま、まあセキトの事は後にしてとりあえず戻ろう」
「そうね……」
「分かったっす……」
俺達は動揺しながら席に戻った。
「それじゃあ始めるよー!!」
そう告げたすぐ後。アニソンのような物が舞台の方から聞こえてきた。
能力が効かなかった奴にクロナとセキトを含めた六人以外は皆ノリノリで、テンポよく片手を天に突き上げている。
そんな中で歌がはじまる。歌詞だけみたら恥ずかしくなりそうな恋愛の歌。
その歌は一般の人よりは上手いと思うが、プロの歌手よりは上手くは無い。そんな所だ。
踊りはちょっとぎこちない。動きも小さいものが多い。
途中で周りを見てみた。フィアとルインは若干引き気味である。
まあいきなりこんな状況になったビビるよな。なんだろう。道を歩いていたらいきなり有名人がサプライズコンサートを近くで始めたらこんな気分では無いかと思う。
次に犬人二人を見る。二人とも尻尾や耳まで丸くして顔を覆っている。
そんなに恥ずかしかったのか。
ベニバナは楽しそうに声を張り上げ、老人はそれを微笑みながら見つめている。
感覚的には玩具をもらった子どもとそれを見るお爺さんだろうか。
周りの奴等を見てみる。楽しそうな者もいれば、やけくそ感のある者もいる。どうやら手を上げるのは自分の意思によるもののようだ。お勤めご苦労さまです。
さて、歌が終わった。最後に「キラッ☆」って言うと、「最高ー!!」とか、「萌えー!!」とか周りの奴等が拍手をしながら言っている。萌えってこの世界で通じるのか。
歌を終え、舞台を降りて俺達に近づいてきた。
「国賓の人達。私の歌どうだった?」
頬に人差し指を添えて首を傾げ、営業スマイルっぽい笑顔でそう問いかけてくる。
す、凄い!!俺を目前に営業スマイルを崩さない。それどころか足先から頭まで、全くビビってるように見えない。
恐らくこいつは仕事となれば完全に自分をコントロール出来るタイプだ。
こう言う奴が詐欺師とかになったら怖いだろうな。
「なんだろう。凄かったぞ」
「ありがとう!!キラリ嬉しい!!」
そう言って営業スマイルを輝かせる。
「あのさ。幾つか聞きたいことがあるんだがいいか?」
「お客さんがどうしてもーっていうなら良いよ。あっ。でもスリーサイズとかはダメだからね?」
目の前で人差し指を横に振りながらそう言われ、俺は頷いた。
「じゃあ質問だ」
「何かな?」
「名前は?」
「も~う。初めに言ったよ?キラリ・ホシヅキ。今度は忘れないでね☆」
ピースの指の間にウインクした自分の目を合わせる。それに俺は手を振って否定する。
「いや。芸名じゃなく本名」
そう告げた途端。キラリ・ホシヅキと名乗る少女の営業スマイルが引き攣った。




