37話 異世界初の温泉
俺達はベニバナの後を付いて行った。
木で出来た広い廊下。壁に取り付けてあるのは綺麗な絵の書かれた障子。天井には電球のように光る小さな提灯が幾つも釣られている。
進んでいると壁が無くなり、中庭が見えた。
木や花が計算された配置で育てられ、中央には橋の架けられたひょうたん型の池がある。その池には橋が掛かっており中では鯉のような魚が泳いでいる。
……えらく和風だな。この世界はこういう物なのか?
後ろを振り返る。
そこにはもの珍しそうに辺りを見る四人がいた。
森から出たことの無いクロナとセキトは当たり前だが、長い時間を生きているフィアとルインまで珍しがるという事は恐らくこれはメジャーでは無い。屋敷も洋風だったしね。まあ、魔女とあの館が特殊という可能性もあるが。
「どうかしましたか?」
部下モード中のクロナが訊いてくる。
「気にしないでくれ」
そう言って正面に顔を戻す。
異世界に来て和風。町に入った時点でほぼ和風とは思っていた。だが、城に入ってからは歴史物のドラマ等で見たような物ばかりが目に入るのだ。ここまで文化が似ていると不思議に思ってしまう。
どうしてなのかと考えていると、ベニバナが立ち止まった。
「こちらで宴の準備が出来ています。足を休め、ゆっくりと楽しんでください」
「ああ、わかった。だがその前に風呂場を貸してもらえないか?ひとまず汚れを落としたい」
季節はもうすぐ梅雨。ジメジメとして来だした中を俺たちは野宿してここまで来た。汗臭いのが女性陣は嫌だろうと考えた。
他に、これだけ和風な所なら温泉に入れるかもしれないという期待もある。
「ああ、それなら──」
ベニバナが案内をしようと動くが、クロナが止めに入った。
「ジン様!!ここは襲撃を仕掛けて来た者達の城なのですよ?襲われたらどうするのですか!!」
ベニバナとその連れの者達が一斉に渋い顔をする。
む。確かにそうだ。風呂に入れば武器も防具も何も無い裸の状態。襲われたら大変だな。
なら武器持ち込みで……って、誰一人武器も防具も付けて無いな。俺の体を除けば。
となれば。問題としては混浴でも無ければ男と女で分断される事だろうか。
だが、女側ではルイン。男側では俺がいる。何かあってもそう簡単には負けないと思う。だが、ここは国の王が住む城。もしや想像外の強者がいるかもしれない。諦めるべきか。
だけどなー。ここなら温泉ありそうだし。今まで川ばっかりだったから浸かりたいんだよな。何とか出来ないものか。
次第に唸りながら考えていると、フィアが割り込んできた。
「そんなに悩むなら私が結界張ってあげるわよ」
おお!!そんな手があるのか。さすが異世界。便利だ。
「出来るのか?」
「誰か入って来たら捕まえて、私達に知らせる感知式の結界を少し広めに張るわ。これに反応があったらすぐに集まれば問題無いでしょ?」
「そうだな。クロナも良いか?」
クロナが少しの間黙考し、俺に尋ねる。
「そんなに入りたいのですか?」
迷い無く首を縦に振る。
「そうですか……分かりました。では私とセキトが見張りをしますからお三方は入って来てください」
「いやいや。クロナ達も入ればいいじゃん」
俺たちだけが入るのは少し気が引けてしまう。
「そうよ。私の結界が信用出来ないの?」
「いえ。そうではありませんが……」
フィアの言葉でクロナは困っている。
まあ、クロナの気持ちは分からなくも無い。何をしてくるか分からない奴等の拠点で裸になるのだ。なによりクロナは襲撃された本人なのだから。
ここは上手くクロナ達も入れるようにせねば。
「それならクロナ達も一緒に入りながら見張ってれば良いだろ?」
どうだ!!武器も防具も無い俺たちにならば中も外も関係ないだろ?という俺の考えは!!
「……分かりました」
渋々といった様子でクロナは頷きながらそう言った。さて、久しぶりの温泉だ!!
予想通り、湯気の立ち上る温泉であった。
俺は鎧の腰部分に布を巻くという気分作りをしている。やってみて思うが、鎧の上に服とか付けるってかなり違和感がある。
まあ、そんなことは良い。
「温泉だー!!ひゃっほう!!」
テンション高めで温泉に向けて走りだす。
「あっ──」
そして渡された石鹸を落として踏む。
「──ぐはっ!!」
額から石造りの床に着地した。広場に金属音が響き渡る。
「痛たた……」
これは危ない。人間だったら病院送りだったかもしれない。
額をさすりながら起き上がると、セキトが近づいて来た。
顔は女と言われれば間違いそうな美男子。細いながらもしっかり筋肉の付いた体で、腰には布を巻いている。
横に片膝付いて座り、心配そうにこちらを見る。
「大丈夫。ありがとう」
そう言って起き上がる。
俺はテンションが上がると暴走気味になる事が多い。そういった時はこんな事も起こったりする。
待ち望んだ新作ゲームが手に入り、三日徹夜してから月曜日の体育の授業で倒れたのは良い思い出である。
「おお!!広いっすね~」
「本当ね!!温泉何て久しぶりだわ!!」
「これが風呂……」
板の向こう。すぐ隣から声が聞こえた。
期待していたのだが、ここは混浴では無かったのだ。残念である。
温泉の真ん中で区切る形で男女分けられるという仕組みなのだ。
壁は全て木製。床は石を敷き詰めて磨いた物。温泉は岩で囲まれたようになっている。
キャッキャキャッキャと騒ぐ黄色い声に、男二人が耳を傾ける。
そしてセキトが音もなく壁に近づき、キョロキョロと何か──恐らく穴を探す。
「待て。それは不味く無いか?」
覗きは犯罪である。さすがにそれはやっちゃいけないと思う。
セキトはこちらに振り向き。少し考える。そしてゆっくりと頭の犬耳を塞いだ。
「いやいや。しっかり聞いてただろ?」
ブンブンと首を横に振る。
「塞いでも聞こえてんじゃん。止めとけって」
セキトはきつく目を瞑り考える。やがて犬耳から手を離す。
そして自由になった手を壁に付き先程よりも熱心に探し始めた。
「おいコラ。開き直るな」
止めても聞かなかったので、俺は無視して体を洗って温泉に入った。
しばらく浸かっていると、セキトがトボトボ歩いてきた。
「無くて諦めたのか?」
コクンと頷く。
まあそうだよな。国の王が暮らす城の風呂に穴が開いてる訳も無い。
「うう。お二人共大きい……」
「そうすっか?フィアさんは分かるっすけど、私は普通っすよ?」
「私からみたら大きく見えるんですよ……」
「まあまあ。その内大きくなるわよ。それに大きいのが全てって訳じゃないわよ」
「そうでしょうか?」
「そうそう。気にしないの」
……とりあえず何処について話し合っているのか教えて欲しい。そして期待通りなら詳細をください。
考えたすぐ後に自分で自分を馬鹿だなと思った。
その間にセキトが壁に走って近づき、また穴を探し始める。
「懲りないな~」
見ていると、やはり無かったのかセキとは両手両膝を地面に付いた。
とその時。張っていた半透明の結界が赤く染まった。これは事前にフィアに知らされていた侵入者の合図だ。
俺とセキトは急いで立ち上がって辺りを見回す。特に問題は無い。
こっちは何も無い……向こう側か!?
そう考えて壁越しに女湯を見る。すると壁が向こう側から吹き飛んだ。壁の近くにいたセキトに板が飛んできたが、[剛力]を使って弾いた。
俺達は女湯にすぐに入った。
そこには大きめの布で体を巻き、胸元から太もも辺りまでを隠した三人がいた。
「大丈夫か?」
「ええ。そっちこそ大丈夫?」
「ああ。問題ない」
五人で近づき、辺りを警戒する。結界の効果でうまく言っていれば侵入者は捕まっているはずだが破られている可能性だってある。
そう考えていると、脱衣所の方から何か叫ぶような声が聞こえてきた。
「……俺が行く」
一人で脱衣所への扉を開ける。するとそこには結界と同じ色で出来た半透明の小さな箱に浴衣姿の女の鬼がかなり無理矢理詰め込まれていた。左足が右の頬に当たって、右膝が左耳に当たるくらいに。
辺りには浴衣と布がばらまかれている。
ふむ。これは……。
俺は皆の所に戻った。
「どうだったすか?」
「あれは結界の場所が悪かったと思うぞ?」
そう言って俺は皆をつれて脱衣所に入った。
「ほら。あの位置は仕方無いんじゃないか?」
そう言って指を差すのは廊下と脱衣所を区切る障子のすぐ手前にある結界。
「あれだと開けなくても、指を入れただけで結界に触れる事になると思うぞ?」
「確かにそうね。捕まった位置から考えてもそうみたい」
「つまり着替え等を持って来ただけで捕まってしまって事っすね」
「「「「……」」」」
沈黙の中、捕まった鬼が呻く声だけが聞こえた。
その後。鬼を解放。結界を貼り直して温泉に戻った。
「……セキト。さっきまでのお前は何処に行った」
セキトは温泉の中、女湯の方向に背を向けて三角座りしている。
「そいつは恥ずかしがり屋なんだ。気にするな」
と言ってくるのは横にいるクロナ。
湯に使って湿った長い黒髪。火照った肌には水滴が付いている。首筋から雫が下に向けて滑り、鎖骨を伝って小さな胸へと落ちていく。
「……そうか」
必死に平気っぽいふりをして答える。
先程壁を壊してしまった為、混浴になってしまったのだ。
そこでセキとは大喜びかと思えば、ヘタレ全開で隅の方へ。
俺はこの状況で平然としている女性陣を見つつ頑張って平静を保つ努力中である。
「あれ?セキトさんどうしたっすか?」
ルインが俺の前を泳いでセキトに近づく。
褐色の肌には水滴の光が輝き、存在を際立たせる。泳いでいる為に足動し、太もも辺りまでしか無い布の防御力はかなりギリギリで耐えている。
セキトはルインに背中を指で突かれ、ビクッと体を震わせて体をガッチガチに固めた。
頑張れ。お前の見たがったものがすぐ後ろにあるぞ。
「ガン見ね。ジン」
「ああ。素晴らしいものをありがとう」
言われて視線をフィアへ移す。
大きな胸が今にも包んでいる布から零れそうである。白い肌をほんのり赤くし、温泉の縁に座って体を冷やしている。空に浮かぶ付きが重なり、まるで高名な画家が書いた一枚の絵のような美しい光景が目の前に出来上がっていた。
「しかし、俺が言うのもなんだけど恥ずかしさとか平気なのか?」
「んー。まあちょっと恥ずかしいけど、隠す所隠してるし、折角の温泉にもっと浸かりたいしね」
そう言ってのぼせ無いように少し体を冷やしたフィアが温泉に入る。
「私も同じようなもんっすね。気持ちいいっす~」
力を抜いて体をプカプカ浮かせてリラックスするルイン。真横のセキトは凄くぎこちない動作で顔を背けた。
「私は既にジンに見られているし、セキトは長い時間三人一緒にいた兄弟だ。しっかり隠しているし、ある程度なら問題ない」
両手を天に掲げて伸びをして、顔を緩めるクロナ。
「そうか。とりあえず三人ともありがとう」
その後、俺は温泉に浸かる三人をもうちょっとの間見て幸福を味わった。




