30話 竜の産声
村から明かりが消え、暗い夜道を照らすのは片手に持った松明の火。皆が眠り、自分の歩く音がやけに大きく聞こえる。
現在、深夜の村を巡回中である。
俺は眠る必要がなく、夜は基本退屈なのだ。なので、俺がやらなくても見回りはしてくれるだろうが、俺も警備に参加している。
あっちをうろうろ。こっちをうろうろ。出会った警備中の配下に軽く挨拶。相手は丁寧にお辞儀してくれた。また、あっちをうろうろ。こっちをうろうろ……退屈だ……。
やることが無いからやっているが、これはこれで退屈である。まあ、部屋でゴロゴロするよりましではあるが。
それからダラダラ~っと巡回すること三時間程だろうか。ローレンとミュリエルに提供した小屋を通りすぎようとした時、慌てたような声が小さく響いてきた。思わず足を止めて二人の小屋に顔を向ける。
「ハニー!!ハニー!!」
「ん~。なぁに?ダーリン」
「卵にヒビが入っているんだ。どうしようハニー!!」
ローレンの呼びかけに寝ぼけながら答えたミュリエルだが、その後の言葉を聞きて驚いたのか、床が軋む音が聞こえたので恐らく慌てて起きたのだろう。
そんな会話をきいた俺も慌てた。
ヒビ!?産まれるのか!!
俺は思わず小屋に入ろうとしたが、手が扉に届く寸前でそれを止めた。さすがに子供が産まれる時に邪魔するのは如何なものかと思ったのだ。
少し悩んだ結果、俺はその場を立ち去る事にした。気付かれないように足音を消し、距離を取る。そのまま巡回に戻ろうとしたが、中から聞こえた声が俺を止めた。
「ど、どうしたらいいのかしら?小屋が水浸しにされちゃうわ」
「そこはこの際仕方ないだろう。それよりも風を止めないとこの小屋が吹き飛んでしまう」
……えっと。子供が産まれる時。小屋が水浸しになって吹き飛ぶだと?何があった……。
俺は先程の決断を覆し、一息に小屋を開けた。そして驚きで体が固まってしまった。
「あ。ジンじゃない。いいところに来てくれたわね」
「ちょっと手を貸してくれないか?」
区切りも何もない小屋。その扉から水が凄まじい勢いで流れ出し、当たりは水浸しになった。壁に染みた後を見る限り、どうやら小屋の中を脛あたりまで溢れさせていたようだ。
さらに、水が足元を流れると同時に激しい風が吹き付けてくる。部屋の中はほぼ何もないのでいいが、小物などがあれば吹き飛ばされていただろう。
そんな激しい環境の中、ローレンがミュリエルを庇うように抱きしめて屈んでいた。そして、一番驚いたのは二人の奥卵である。
「ちょっ……卵」
「ああ。元気に飛んでいるだろう?きっと元気な子だ」
そう。卵は割れ目から水を噴射しつつ、風を纏って飛んでいるのだ。
「いや、どうして飛んでいるんだよ。卵の時点で良く分かんなかったけど。飛ぶっておかしくないか?」
「いやいや。優秀な竜人は生まれ方も派手になったりするよ?主に暴走して」
「そうよ。将来有望ね!!」
「ああ。そうだねハニー。名前は何にしようか」
「…………」
風が吹き荒れ、水が床を覆い。卵が空を飛んでいるというのに、見つめ合って盛り上がる二人。絶句である。
二人が名前候補を上げていると、段々小屋が大きく軋み始める。そこで俺のみが正気に戻った。この小屋は簡易であり、強度はかなり悪いのだ。このままでは小屋が倒壊して危ないかもしれない。
そう考えた俺は、自然に壊れる前に自分で小屋を破壊することにした。
中に入って背中から蔓を生やし、四本の蔓で天井を広場に吹っ飛ばす。すると壁は外側に倒れ、ひとまず倒壊による被害は免れた。
「さすがジンだな。やる事が速い」
「本当ね。助かるわ」
「褒める前に動けよ……」
ほとんど諦めたような感覚である。この二人は結構マイペースだとは思っていたが、二人の世界をこの状況で作るなどやめてもらいたいものだ。
「まあとりあえず。どうしたらあれは収まる。暴走って事は普通に戻す方法くらい勿論あるんだろ?」
卵を指さして尋ねる。
卵は未だに風と水を発生させており、威力が段々強くなっている気がする。このままでは周りの小屋を潰してしまいそうだ。
二人は黙考し、やがて一人一つずつの方法を上げた。
「待つ」
「見守る」
「ここでふざけんなよ!!真面目に教えろ!!」
やることに変わりなしである。しかも解決策では無い。大真面目な顔がさらに苛つかせるスパイスである。
「ジン。僕らは真面目さ」
「そうよ。これしか無いの」
「え?マジ?」
「「…………」」
沈黙が答えを表していた。
よし。落ち着け、俺。つまり、卵が孵る時に暴走すると止める手段が無い。目の前にはその暴走中の卵。そしてその周りには皆が頑張って作った小屋。暴走した卵はの生まれ方は派手に、つまりは色々壊しちゃう……と。他に情報は無いな?……うん、無い。
考えを纏めてから『ふっ』と軽く笑う。そして───
「どうしてここで孵らせたんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
絶叫である。村の皆を起こす程の、絶叫である。
「だってジンはここを使ってくれって言ったじゃないか」
「こうなるなんて思わねぇだろ!?俺お前たちが亜人って事も知らなかったんだぞ!!第一移動させようって思わなかったのか?」
「それは……あれよ。そう。思ったより早かったのよ」
「嘘付くなよ!!今の間からして、絶対忘れてただろ!!」
「「……ごめんなさい」」
「今謝るなよ!!俺の怒りは何処にやればいいんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
綺麗な仕草でペコリと腰を直角に折って謝る二人。怒りのぶつけどころを無くしてっしまったので残りは天に向かって吐き出した。
ひとしきり叫んだ後、がくっと膝を地面へ落とす。疲れた。そして全力で現実逃避したい。
このまま顔を天に向けてしばらくの間何も見ず、何もしたく無かったがそうもいかない。ワラワラと皆が集まってきた。
いい加減なにか行動するか……
溜め息を吐きつつ立ち上がると、聞き捨てならない事が聞こえてきた。
「噂通り派手ね~。敢えて教えなかったのは正解ね!!」
「そうっすね。長生きするもんっすね~」
「…………」
グルンっと顔を声の方、フィアとルインに向ける。
「あら、ジン。どうしたの?」
「機嫌悪いっすね~。どうしたっすか?」
「…………これ。知ってた?」
「当たり前じゃない。私達何年生きてると思ってるの?」
「そうっすよ。知識量はここらじゃ私達が一番っすよ?」
「っ!!…………」
また絶叫しそうになった。しかし、先程さんざん叫んだので、もう精神的な燃料が枯渇している。すっごいしんどいのだ。
もう諦めたような気分で肩を落として顔を戻す。すると抗議の声が上がった。
「ちょっと!!私達の時は起こったのにどうして二人はお咎め無しなの?」
「そうだよジン。不公平だ!!」
「…………シャラップ」
ジト目でボソリとそう呟いた。すると二人は抱き合った。
「ダーリン!!何言ってるか良く分からないけどジンが怖いわ!!」
「大丈夫だよハニー!!僕があの視線を代わりに受けてあげるよ!!」
俺とミュリエルの間にローレンが入り、『ダーリン!!』『ハニー!!』とお互いを呼びながらさらにきつく抱きしめ合う。
…………しんどい。
盛大に溜め息を吐きつつ卵を見る。すでに纏っていた風は小さな竜巻へと代わり、それが水を巻き上げて激しい雨のようになっている。
長い時を生きて知識量も多いが、卵の事を教えてくれなかった魔女に声を掛ける。
「止め方知らないか?」
「う~ん。止め方は知らないわね」
「私もっす。話を聞いた事も無いっすね」
その言葉に落ちた肩がさらに落ちる。このままでは村を捨てて全員退避を考えなくてはならない。折角作った小屋は惜しいが、命の方が大切だ。屋敷まで被害が出るかわからないが、そっちは再建できないので実力者で守らねばならない。
守り方を考えていると、フィアが声を掛けてきた。
「見るもの見たし、もう卵移動させたら?」
「……へ?」
思わずおかしな声が出た。
「だから移動よ。このままじゃ小屋が潰れちゃうわよ?」
ふむ。落ち着け、俺。卵は暴走している。だが、危いが持ち運び可能。なるほど、気づけば簡単。
未だ抱きしめ合う二人に視線をやる。
「知ってた?」
「え?うん。知ってたけど……あっ。もしかして村を壊すと勘違いしてた?」
「そうなの?なんだ。怒ってたのはこの小屋の事だけじゃなかったんだ。」
「…………」
黙って両手両膝を地面に付いて項垂れる。一人キレてた自分がもの凄く恥ずかしい。通りで皆余裕である。穴があったら入りたい。二泊三日くらいしたい。
「ねえ、ジン。項垂れてる所質問何だけど、ローレンもミュリエルも[竜化]出来ないし、私は魔力があまり無い。だから、ルインに卵移動して貰う?」
俺がウルが[变化]した鎖引っ張り、九畳半くらいのスペースの円盤に割とギッチリ全員を乗せて昼の戦闘から帰って来た時。俺は引っ張っていてウルとしか話せなかったが、皆は仲良く話し合っていたので仲良くなったようである。恐らくその時にフィアが二人を調べて[竜化]出来ないと知ったのだろう。
因みに、防風と落下防止でリディアが結界を張っていので皆は比較的安全だった。
さて。勘違いで切れた挙句何もしないとか、残念な子過ぎる。たぶんフィアは気を使って聞いてくれた。期待に応える為にも頑張れ俺!!可哀想な子を見る視線に耐えるんだ!!
狼の耳と尻尾を生やし、卵を潰さない程度に調整できる当たりまで身体強化。竜巻に突っ込んで強引に卵を回収。小屋を避けて森に走る。後は卵を置いて距離を置いた。
視線を避けるために恐ろしい速さで全てを終えたのだ。いい動きだった。自分で自分を褒めて恥を忘れたい。
待っているとローレンとミュリエルがやってきた。続いて他の皆もやって来た。やはり孵るのが気になるのだろう。二人の承諾を得て、産まれる瞬間を皆で見ることにした……のだが。
「本当に将来有望ね~」
「ああ。きっと凄い子だよ」
森の中に移動したから良いが、村を三つ程を余裕で包み込むレベルの大きさで森に被害を及ぼした。もう災害である。さすが【災害竜】の子だ。
危ないので実力者以外避難させた。この規模は弱い奴が巻き込まれたら洒落にならないからだ。まあ、基本だれでも危ないことに変わりはないが。
朝になり、災害は終わった。なぎ倒された木々の中にチョコンと乗った卵が見える。中央に大きなヒビが入り、真っ二つに割れた。出てきたのは額に角が生えた、二人の赤ん坊だった。二重の産声が上がり、夫婦はとても嬉しそうに駆け寄る。
「ダーリン!!孵ったわ!!私達の子よ!!」
「ああ。ハニー!!僕達の子だ!!」
二人は赤ん坊を抱き上げると、その新たな生命を中心にして抱きしめ合った。
親が子を優しく包み込み、とても大切そうに。
色々と迷惑を掛けながらも、竜は生誕した。
これで二章完結です。読んで下さりありがとうございました!!
感想など頂けたら嬉しいです!!
さて、次は三章ですが今回の十日後、来週の金曜日に始めさせて頂きます。
どうするかなかなか決まらないんです。
クロナの新称号が使えていないので、三章の内に特訓でうまく使えるようにしたいです。書けていなかったので、戦闘回では新称号が使えなかったように少し編集してきました。
後はそろそろ他の国にも行かせたいな~。問題はどの国に行かせるか。
どうするにせよ続けるつもりなので、これからもよろしくお願いします!!




