28話 恐怖の形
日が沈みかける頃。空飛ぶ石版を引っ張って屋敷に帰って来た。約半日ぶりだがちょっと安心する。ここを出ると襲われて気が抜きづらいのだ。
因みに、一度羽はダメになったが、魔物と一体化した部分は魔力でいくらでも再生可能である。更にこの空飛ぶ魔物はオオバトというらしく、名前の通りに鳩がかなり大きくなったようなものだ。サイズで言えば人間を乗せられるくらいだろう。ただ羽と体のバランスが悪く、その巨体は本来羽だけで飛ぶことは出来ないが、称号の能力によって飛んでいるらしい。なので、ぶっちゃけ羽が無くても飛べる。まあ、羽が無いと浮くだけなので、動きは基本風任せになるが。
兵士が帰った後、ローレンとミュリエルも安全のために近くに住もうという事になった。配下の作った小屋を一つ提供してやったので、子供が産まれるまではゆっくりしてもらおうと思う。
リディア達も付いて来た。洞窟にやって来た敵を倒す竜がいなければ危険という事で、連れて来たのだ。
小屋の完成速度はかなり速い、俺達がいない間かなり頑張ってくれたようだ。直接見てはいないが、全員分の小屋の完成も近そうだ。
素晴らしい進行具合の報告に満足し、様子を見に行ってみる。すると、同じ大きさほどの小屋が並ぶ中、目立つ大きめの建物が一つ建っていた。
「ん?あれ何?」
ちょっとした疑問で近くにいた青年に訊いてみる。
「あれは信者達が……とりあえず行ってみるといいですよ」
生暖かい目で建物を見つつ言葉を濁す青年。おい。半日で何があった。
早足になりつつもその建物に近づく。すると、信者達が満足気な顔で建物を見つめていた。
「おお、ジン様!!帰られていたのですか!!」
バルが俺に気づき、声をかけてきた。それとほぼ同時、信者達が一斉に振り向く。まるで幼い子供が『褒めて!!褒めて!!』と言わんばかりの期待に満ちた目をしながら、だ。
「ああ。少し前に帰って来たんだが……これは何だ?」
すっと目の前の建物を指さす。すると、バルが『待ってました!!』とばかりにいい笑顔をしながら口を開いた。
「ふっふっふ。ジン様、これはですな。貴方様の教会ですぞ!!」
額の汗を煌めかせながら胸を張る信者一同。皆いい顔している。
ああ、やっぱりそうか。予想は付いてたよ。だって……。
「って事は、あの彫像はやっぱ俺なのか……」
開けられた扉から見える、中央の奥。魔物は勿論。人間や亜人さえも踏みつけて拳を突き上げる俺の木彫の像があった。踏みつけられている方は絶望の顔や、絶叫した顔がかなりリアルに彫られている。正直怖い。
「おお!!気付いてくださいましたか!!あれは皆が一番苦労したと言っても過言ではありますまい。チャノが中心となってつくったのですが、ジン様は勿論。踏みつけられる者の顔まで細部に拘って掘ったのです。あれが完成した時、全員歓喜にあふれ、泣き出してしまった者までいましたからな。しかし、やはり本物とは比べ物になりませんな。感じる恐怖感がまるで違います」
チャノが誇らしげに一歩前に出てきた。
「ジン様のご命令通りにたいきしている間、一生懸命作らせて頂きました!!」
「そ、そう……」
主力や側近がかなり抜けるので、統率の為にチャノは残しておいたのだ。だが、出かけている間にこんな事をしているとは予想していなかった。
その時間を小屋作りに回そうぜ!!どんだけ無駄に頑張ってんだよ!!一目見た時から潰してやろうと思ってたけど出来ないじゃん!!頑張ったな、おい!!ってかあれより俺って怖いの!?どんな見た目なんだよ!!
心の中で色々突っ込みながら空を見る。ああ、空って青い。悩みも忘れられ───
「ささ。ジン様。中も御覧ください」
悩みの種達により、現実に引き戻される。まだ何かあるのか……。
『褒めて!!褒めて!!』の視線に押され、中に入る。そこで気付いた。他にも数体の俺の彫像があった。しかも全てどこか怖い。泣き叫ぶ小さな子どもの頭を鷲掴みにする像や身を縮める者を蹴りつける像等。恐らく一番酷い物は、頭を踏みつぶして高笑いしている像だろう。
精神的に結構グッサリ来た。立ち直る時間が欲しい。しかし、バルが話かけてきた。
「如何ですかな?初めに見て頂いた像が一番だろうと皆で決まりましたが、ジン様はどれがいいですかな?」
どれがいいか?どれも嫌だ。
先程にも増して、さらに誇らしげに胸を張る信者一同。そんな皆に、俺は波の無い。けれど何かの感情を押し殺している事が伝わる声で告げる。
「全部撤去」
「そ、そん……な…………」
バルが抗議をしようと俺を見る。だが、その言葉は俺からの威圧感によって途中で止められた。先程の清々しい汗の代わりに、冷たい汗が信者達に流れる。口を半開きにして震わせる者もいる。
「あ……ああ、ジン様……なんと……なんと禍々しく、神々しい……」
そんな中、バルが一番に気を取り戻して言葉を発した。尊敬を抱くような、悦に浸ったような、素晴らしい光景に興奮するような顔で。
バルに続いて他の信者達も表情を恐怖からプラスに変化させ、俺を見つめる。
そんな中、頭に声が響いた。
『称号【人気者】が【畏敬されし者】に変化した。畏敬でも尊敬の一部さ!!』
そこで、心が折れた。
俺は屋敷まで走った。身体能力を上げて一気に走った。そしてもはや俺専用となりつつある客室に飛び込む。両手、両膝で着地。その体勢で首を項垂れさせ、涙声で叫ぶ。
「好きで怖い見た目してねぇよーーー!!」
十分程経っただろうか。部屋の隅っこで三角座りでぶつぶつ言っていると、ドアが開かれた。
「お兄ちゃん大丈夫なんよ?」
トトである。最近見てなかったので懐かしい。後ろから一緒にウルも入って来た。慰めに来てくれたのだろうか。
「ちょっと……傷が深いかな……」
今回の心の折れ方は酷い。さすがにあれほどまでに恐怖のイメージを形にされると凹み方も激しいのだ。
「どこなんよ?私が見てあげるんよ?」
そう言って心配そうに顔を覗きこんでくるトト。
ああ、優しいな。癒される……。
「ありがとう。でも、見えない所なんだ。気持ちだけで十分だ。本当にありがとう」
「そうなんよ?それじゃあ、せめておまじないしてあげるんよ」
おまじない?回復魔法のようなものだろうか?
魔法陣でも出せるのかと、顔を上げて見てみる。トトは俺から少し距離を開け、両手を俺に向かってつきだした。
「痛いの痛いの飛んでくんよ~」
「っ!!」
魔法陣なんて出てこなかった。だが、それは純粋な心を持った少女が作り出した。一種の(精神的な)回復魔法。少なくとも俺にはそう思えた。
傷がみるみる塞がっていくようだ。ああ、癒される。純粋さって凄い。
「どうだったんよ?」
コクリと首を傾げるトト。
「おーい。聞こえてるんよ?」
心に染み渡った回復魔法に放心状態でいると、トトが訪ねてきた。それによって我に返り、俺は慌てて返答を返した。
「すっごい効いた。元気出てきた。トトのお蔭だ。本当にありがとう」
そう言って俺は立ち上がり、トトの頭を撫でた。
「おまじないが効いて良かったんよ。痛くても頑張るんよ」
「ああ。俺、頑張れそうだ」
笑顔を向けるトトに笑顔で返した。
真っ直ぐ前を向くと、申し訳無さそうな顔をしたウルがおり、俺に向かって頭を下げて来た。
「お爺ちゃんが迷惑かけてごめんなさい!!」
「ああ。もういいよ。大丈夫だから」
現在俺の心は、晴れた日の草原の風のように穏やかである。
「本当に?」
ウルが少し顔を上げて俺を視界に入れ、確認をする。
「ああ、本当だ。こっちこそありがとう」
俺の答えに安心したのか、ウルは安堵の息を漏らした。
「トトと話をしていたら、ジンを追いかける信者が見えたから捕まえて話を聞いたのよ。何言ってるか良く分からならかったけど、大体想像付いたから来たの」
なるほど。走っている所を見られていたのか。ちょっと恥ずかしい。しかし、そこで慰めに来てくれるような優しい友達がいて幸せである。
「ところで大体想像は付いているけれど、叱るためにもお爺ちゃん達がやったことを詳しく聞かせてくれる?」
「ああ。いいぞ」
教会であった出来事を話してやった。すると、ウルは額に手を当てて大きな溜め息を付いた。俺もそれに続いて溜め息が出た。
「小屋の建設中に何やってるのよ……」
「本当にな……」
二人で苦笑いする。トトはよく分からなかったのか、はてな顔である。分からない方が良い事だってあるよね。
「でも、称号は手に入ったんでしょ?」
「ん?ああ、【畏敬されし者】だな」
俺の心を折った称号である。称号になる程ってどんなだけだよ。しかし、獲得と同時に『畏敬も尊敬の一部さ』って言われたけど、あれは慰めだろうか?そうだとしたらダメージが大きすぎて効果が無かった。
「どんな能力なの?」
「ちょっと待ってくれ。調べてみる」
【覚醒を促す者】の[理解]を【畏敬されし者】に使ってみる。
【畏敬されし者】[畏敬]……指定した一定範囲内の者に恐怖と存在感を与える事が可能。
ふむ。【人気者】に恐怖が加わったという事だろう。獲得方法が残念ではあるが、威嚇などで使えるのでは無いだろうか。意外と便利かもしれない。
「えっと。周りの好きな奴に恐怖と存在感を与えるって能力だった」
「そうなの。だったら仕返しに信者にでも使ってやれば?」
ウルさん。片方の口を釣り上げて悪い顔である。俺のように直接的では無いが、ウルも結構な被害者なので、お仕置きぐらいしたいのかもしれない。
「そうだな。ちょっとくらいやってやるか」
結果。
「「「あ、あああ。うあ、あ」」」
[畏敬]を使った信者達が俺を凝視している。[覚醒]を使った上に、コントロールが難しかったので、一気に全力を出してしまったのだ。それは凄まじい威力を発揮した。信者の中で俺の怖さにかなり耐性があったであろうバルでさえ、口が閉じずに目を泳がせている。他の者は涙目は基本。酷いレベルになると、涙に鼻水、涎がダバダバと流れ、失禁までしている。
異常な威力に即発動解除である。
「お、おい!!だいじょうぶか!?」
被害は近くの者程強いようだ。だが、前に来ていたのは基本的に信仰が厚い者、俺への恐怖を喜びに変換出来る人が多かったようで、ある程度で止まっている人と、酷い状態の人と差が激しい。
俺は近くにいたチャノの肩を掴んだ。すると、チャノは涙を流しながら笑った。
「ああ。ジン様……ふふふ、ふふふふふふ」
その異様さに思わず一歩仰け反る。
だが、笑いは止まらない。むしろ他の信者達も続いて笑い始めた。
「ああ、ジン様最高!!」
「ジン様ジン様ジン様ぁぁぁ!!」
「なんという恐怖!!なんという幸せなんだ!!」
不気味な笑いの合唱。悪寒のようなものが背筋に走った。
一応言っておけば、[畏敬]の使用許可はとってある。
屋敷から出てすぐ。信者達が集まって中を窺っていたのだ。猫人の速いものなら、[高速]を使う事で一時的に俺と同じ速度を出せるので、付いて来たものの中に入るか迷い、そのまま後続も溜まっていたのだろう。
俺の姿が見えると、バルが前に出て「やはり本物は段違いですな。ジン様が撤去せよというのも納得です。より素晴らしさを増すためにも、撤去させて頂きます」とか言ってきた。面倒なので、軽く流しながら能力の調査に手伝ってもらえるか訊いてみると「ジン様の恐怖をより深く味わえるなら喜んで」と、全員快く引き受けてくれた。のだが───
「まさかここまでとは………」
一応[理解]で、酷い状態の者を確認していくと、俺の恐怖に抵抗がある信者はこの威力では狂い死んだり、後遺症が残ったりはしないようだ。普通の人だと危なかったかもしれないので、初めに使ったのがが信者だったのは不幸中の幸いだろう。
使いこなせれば便利そうだが、要練習である。使うときは気を付けようと思いながら、[畏敬]を受けた信者達を小屋に運んだ。
この後、正常に戻った[畏敬]を受けた者達に謝罪をすると、「むしろ感謝しています。お気になさらず」と喜ばれてしまった。様子を見てみれば、どうやら信仰心がさらに増したらしい。




