24話 トラウマへの恐怖
リディアより救援を求められ、早くも六時間と少しが経過した。
空を飛んでいた鳥の魔物を吸収し、一体化により生えた翼で障害物の無い空を走りの倍の速度で移動して来た。
そして現在、洞窟の大穴上空。下を見下ろしてみる。
まず目に入った光景は、背中を上に向け、恐らく体の表面と頭部を焼け爛れさせた一匹の大きな竜。
その周りを見てみる。重鎧、軽鎧、ローブを着た人間の集団がいた。その中のローブの若い男が魔法陣を五枚重ねて出しており、もう完成している。
そして次に泣きながら竜に近づくミュリエルがいた。
ん?ミュリエルが竜に泣きながら近づく?…………まさか、ローレンか!?
ローレンの完全な[竜化]を見た事の無い俺は、眼下の竜がローレンという可能性に到るのに少しの時間がかかった。それに気づいた時とほぼ同じ頃、ミュリエルの叫びを伴い、割られた魔法陣から炎が射出された。
ちょ!!えっ!!ああ、くそっ!!我慢して突っ込む!!
すでに出された炎は、進む速度はそれ程速くは無い。だが、それを止める為に割り込むには、位置的にかなりの速度がいる。下の竜がローレンという確証は無いが、そうだったら後悔で済むか分からないので痛み覚悟で突っ込む。
頭を下に向け、翼を[覚醒]により全力で使用。翼が駄目になる程の力技で下に向かう力を得る。その後は抵抗を減らすために一体化を解き、体を縮める。重い鎧のお蔭で大きな重力も加わり、急降下する。
ここで人狼との一体化による力の強化で衝撃を和らげたいが、あの熱そうな炎もある。ホノサウルスとの一体化で耐熱性を上げる事で回避できるが、それでは衝撃をもろに受ける。どっちを我慢するか一秒にも満たない時間で悩んだ末、炎は止める為に全身で受けるから、そちらを回避しようと決める。
頭から角を生やしつつ、二本の足を地面に突き出し、粉塵を撒き散らしながら荒々しく着地。地面には足がめり込んで亀裂が走った。想像していたような大きな痛みはやって来なかった。
炎を止める為に両手を広げ、自らを盾にする。炎は胸の当たりに着弾したが、ホノサウルスの力を全力使用しているのであまり暑くない。身近な物で体感温度を例えると、ストーブを至近距離で当たったくらいの熱さだ。
ひとまず何とかなったと安心した時、足の先から頭の先まで駆け上がるように痛みが走った。
いってぇぇぇぇぇぇ!!うおおおおおお!!いってぇぇぇぇぇぇ!!
遅れてやってきた痛みはとんでも無い物だった。体の芯から響く痛みは想像を越えており、鎧でなければ気絶していたかもしれない。
「…ッ!……ッ!!…………ッ!!!」
痛すぎて声も出ず、悶絶する。両手をブンブン振り回して痛みを逸す。最終的には腰を捻って右手を前に突き出し、左腕をきつく曲げて、拳を脇の近くで硬く握りしめるという、中二ワードでも叫びそうな体勢で耐えていた。
何とか痛みが引いてきた時、自分を覆っていた粉塵が晴れていた。晴れた視界には人間たちが驚き、顔を青ざめさせている所だった。
「ジン!!」
そう叫ぶミュリエルの声がした。まだ痛いので耐える為に体勢を維持しつつ、ミュリエルに尋ねる。
「ギリギリ……か?」
「ええ。ええ。ダーリンはまだ生きているわ。来てくれて良かった!!ありがとう!!」
ミュリエルは文字通り降ってきた希望に、涙ながらに感謝を深く込めてそう答えていた。
やっぱりローレンか……痛めつけやがって、この野郎共……。
腹の中に黒い何かが現れ、グルグルと渦を巻く感覚。それが段々と中心から広がり、自信が怒りに染まっていく事に気づいていく。脳内で何度も響く。「殺せ。殺せ」と。それは段々と大きくなる。もはや声に出して叫んでいるのではと錯覚するほどに。意識が浅くなり、顔に影が差す。目の前の者を見る目に鋭さが増していく。
この状態でもまだ動いていないのは、やはりまだ『人間を殺す』のに躊躇いがあるからだ。晴彦の時は死を感じ、すでに理性が吹っ飛んでいた。だが、今回は生きている。残っている理性が本能をなんとか押さえつけているのだ。
そんな戦いを心で広げていると、広がる黒い何かによって、脳内で大きく響く単語が静かな文へと変わった───
『今の内に殺らないと、また死ぬぞ?』
体が、脳が、心が、凍えるように、感じた。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ───殺さないと。
意識だけが水の中にいるようにぼんやりとなった。体と切り離されるように。
兜の目から光が消えた。
痛みで入っていた力が抜けた。上半身を前に傾け、肩から下をぶら下げる。
禍々しさの中に殺気を含ませ、光の消えた目で初めの標的を定める。
俺が出てきてから全員体を強張らせていたのだが、目の前の奴等は視線に当たるたびに体を震わせる。
どれだ……どれから殺せば、友達の危険性が減る?……ああ、あいつは確か友達を殺す寸前だったか……あいつにしよう。
炎を放った者に狙いを定め、異様な雰囲気を放ちなが見据える。
「うぅっ、うぁっ」
俺に睨まれた。それだけでそいつは苦しげな声を上げる。
そんな物は気にもせず、地面に脛ほどまでめり込んだ足を、高熱価で周りを溶かして抜く。
そして、今にも飛びかかろうという時───
「ジン!!ダーリン、ダーリンが!!速く手当を!!」
その声で俺ははっきりとした意識を取り戻した。
俺は………………。
フィアが治った時の様に、自分の中で起こった事に対応しきれずにいた。
呆然としながらも自分のしようとした事を思い出す。そして『人殺し』と浮かんで嘔吐感が湧いてきた。
今まで考える中では、助ける為に必要なら殺せると思っていた。それは、裏を返せば出来れば殺さずに助けたいと思っていたという事だ。だが、今実際には殺さなくても助けられるのに殺そうとした。酷いトラウマから来る恐怖に押し負けて殺そうとした。自分の考えが怖くて、拒絶が嘔吐の感覚を引き起こした。
だが中身の無い俺から、口のない俺から何も出るわけが無い。口を手で押さえて呻くだけだ。
しかし、すぐに気合で押さえ込んだ。
トラウマから俺を引き摺り出したミュリエルの言葉があったからだ。
トラウマによる殺意すら上回るそれは、友達の命だ。
俺は自分の行動への恐怖を救命の意思で塗り潰した。
「ローレンがどうしたんだ!!」
叫びながらミュリエルの横、ローレン頭の側に近寄る。
「意識が無くなりそうなの!!速く手当を!!」
大きな竜の姿をしたローレンの瞳は虚ろなものになっていた。
「ローレンを人型に戻せ!!竜じゃ俺には範囲が広すぎる!!」
ローレンの頭を揺するミュリエル。
「ダーリン!!戻って!!ダーリンッ!!」
顔に明らかに焦りを浮かべたミュリエルは、呼びかけながら夫の意識を戻すために頬を思いっきり殴った。硬い竜の皮膚を殴った拳は血を滲ませ、酷く傷ついていた。そうまでしても意識がはっきりとしない。
「う、うぅぅぅ」
遅れてやって来た痛みに、思わず小さな声が漏れた。だが、それは妻を愛するローレンにとっては殴られるよりも効果があった。
「ハ、ハニー……」
「ダーリン!!」
ローレンの目に僅かな光が戻った。ミュリエルは夫を呼びながら顔に抱きつく。
「ダーリン。[竜化]を今すぐ解いて」
涙声を押し殺し、一音一音丁寧に、はっきりとそう伝えた。
ローレンは返事をしなかったが、体がみるみる小さくなって見覚えのある姿に戻った。
「よし。治療するぞ。ミュリエルもこれで頼む」
ホノサウルスの牙の中身を分解し、それを鎧から取り出して小さな器代わりにする。そこに俺の作ったアリガタ草の回復薬を入れてミュリエルに手渡した。
ミュリエルは大きく頷いて回復薬を受け取ると、さっそくローレンを仰向けにして薬を塗り始めた。
俺も手伝おうとアリガタ草と一体化して治療し始めた時、野太い声がかけられた。
「貴様は何者だ!!答えろ!!黒い騎士甲冑!!」
振り向いてみれば重鎧を着たゴツイおっさんがいた。
あー。忘れてたな。
恐怖と一緒に意識から消していた事に今気づいた。トラウマはこれから気を付けようと思う。
「えっと……竜の友達で~す」
いまいち良い説明が思い浮かばなかったので、友達と言ってみた。ちょっと恥ずかしい。
「嘘を付くな!!【災害竜】が友好的になる事など無かったはずだ!!友人などいるはずがない!!」
「え?……俺達友達だよな?」
今まで友達が少なかった俺は、関係を疑われると急に不安になってしまった。おずおずとミュリエルに尋ねる。
「当たり前よ。決まってるじゃない!!」
「あ、当たり前……」
ローレンの傷がみるみる治って安心しだしたのか、割りとテンション高めで『当たり前』と言うミュリエル。
『当たり前』と言われることがどうしようもなく嬉しかった。なんだか温泉にでも浸かっているようなふわふわした気分だ。『俺ってすぐ騙されんじゃね?』と不安が一瞬過ったが、その場合は経験あるので回避する自信はある。因みにその騙したやつはきっちり仕返しをしてやった。
ドヤ顔をおっさんに向けてやる。
「そんな……金品も食料も地位も受け付けない【災害竜】が……」
「うわ。手段が汚い」
「そんな物で釣ろうってのがおこがましいのよ」
今度は二人でジト目を向ける。勿論ローレンへの治療は続行中だ。
「くっ!!煩いわ!!黒の騎士甲冑。貴様はどこの者だ。答えろ」
おっさんは居心地悪そうな顔をして再び訪ねてきた。
「えっと。どこの者って?」
割りと本気で聞かれた事が分からず、聞き返す。するとおっさんはイライラしながら答えた。
「所属国に決まっているだろうが!!やはり身体能力から言ってヘルベルクか?」
ヘルベルク?新種のベークルか?なにそれ?美味しいの?
口があったらポカンと開けていそう表情で止まる。
「まさか所属国が無いとは言わんだろ?答える気が無いのか?それとも分からないほど馬鹿なのか?」
う~ん。いや、さすがに分かってるよ?ヘルベルクが国だろうって事もさ。だけど所属国って言われてもな……言うならば、俺は中立地帯であるこの森出身だから、どこにも所属していないんだけど。怪しまれるかな?けど適当な事言って国際問題とか起こすのもな……正直にいうか。
「俺はこの森出身。だから所属国無し」
「嘘を付くな!!五重の魔法に耐え切れる者が所属国無しなど信じられん!!答える気が無いならお前ごと討伐する!!全員構えろ!!」
舐められてるとでも思ったのか、おっさんは顔を真っ赤にして全員に指示を出した。
おっさん……おっさんって気軽に心の中で呼んでたけど、実は偉い人だったのか。まあ、若い奴等の中に一人おっさんがいれば、そうなるのが普通か。長生きしてるだけあるな。
一人納得して頷く俺。それが更に怒りに拍車をかけたらしい。
「舐めおって!!第一師団以外は氷結系の魔法を三重で展開しろ!!」
第一師団。大盾を構えた者意外が魔法陣を作り出す。さすがにこの数はまずそうだ。俺はローレンとミュリエルを抱えて、二人の木のベッドまで一気に走った。
「ちょっと頑張ってくるから、治療よろしく」
「ええ、わかったけど…………一人で勝てるの?」
ミュリエルは頷き、心配そうな顔を向けてきた。
「まあ、大丈夫だと思う。一人じゃ無いしな」
俺はそう言って大穴の入り口を指した。その先を見てミュリエルが驚いたような顔をした。
「あれって……」
「俺の自慢の友達だ」
そう言って俺は敵に突っ込んで行った。




