20話 妖精との別れ
屋敷の一室、俺とフィア、リディアは椅子に座っていた。
「お世話になりました。このお礼はいつか」
リディアが深く頭を下げ、俺達に感謝の言葉を述べた。
「いや、俺がいなかったとしても帰れていた訳だし、お礼はいらない。気にするな。」
「私もいらないわよ。屋敷の余ったスペースを貸しただけだもの。気にしないで良いわよ」
「いえ……しかし……」
申し訳無く思っているのだろう。リディアは何か言おうと口を半開きでいる。
「ん~。じゃあ、どうしても気になるなら、今から辺りで食べられそうな木の実でも採って来てくれ。数は十個くらいで良い。フィアもそうするか?」
「ええ。その方がお互い良さそうだしね」
何も無い事に納得が出来ないなら、簡単な条件を決めてやれば良い。
リディアは笑顔で大きく頷いた。
「分かりました。行って来ます」
数十分後。
「青いな」
「ええ。不気味な程に真っ青ね」
目の前には怪しげな青い実が二十個置かれていた。
リディアはニッコリと笑顔だが、後ろのフェアリー達はかなりそわそわしている。
絶対何かあるだろ……
「私達の部族では、この実は魔力回復を助けると言われています。魔力量の多い二人には微々たる効果かもしれませんが、どうぞお使い下さい」
ニコニコと、リディアがこちらを見てくる。眩しい視線に耐えられず、俺とリディアは青い実に手を伸ばした。
「それじゃあ一つ……」
「俺も……」
実に手が届く前に、俺はバレないよう[理解]を使って調べた。
アオマの実というらしい。毒もないし、確かに少しの魔力回復効果もあった。だがしかし、この実はとても酸っぱいようだ。梅干しの約十倍程。口がすぼまる事はほぼ確定だろう。
効果は[吸収]しておきたいし、リディアの目線は気になるし、酸っぱさも気になるので口に当てて吸収する事にする。
俺とフィアは互いの行動を確認するように顔を見合せた。
「酸っぱいからな」
「……分かったわ……」
俺の[理解]の存在を知るフィアは、すぐに信じて頷いた。
それから一気に口に運ぶ。
アオマの実は口に当たって潰れ、中の汁を滲ませた。
「くあっ」
「んっ……んっ、んーーーーーー!!」
俺は酸っぱさに耐えられず、すぐに吸収して味を消した。しかし、フィアはそうもいかない。口をすぼませ、涙目になり、手でペチペチと膝を叩いている。
「酸っぱいですが、我慢ですよ!!フィア様は魔力が必要なのですから!!さあさあ、一気に!!」
左手でグッと拳を握って眩しい視線を送りつつも、右手でさらにアオマの実を口に運ぶリディア。
善意って場合によっては凶器だよね。
フィアに注目がいっているうちに、こっそり残りの俺の分は全て吸収しておいた。
その後、フィアはアオマの実を完食させられた。疲れた顔をしているが、魔力は回復しているだろう。フィアからすれば本当に微々たる量だが。
屋敷の玄関、俺とフィア、そして外でまたもや激しい模擬戦をしていた四人は、リディアとフェアリー達にそれぞれ声を掛けた。
「名残惜しいですが、そろそろ行かなければ日のあるうちに洞窟に帰れないので。ありがとうございました」
リディアはそう言うと、フェアリー達を引き連れて帰って行った。
それを俺達は手を振って見送った。
「良い人でしたわね」
エリーナがポツリと呟くと、それからしばらくリディア達の話が続いた。
いつの間にか仲良くなっていたらしい。結構話題があった。
さて、急ぐような事は大体終わった。次の行動だが、配下達を集めて村を作ろうと思う。洞穴では火が使えなくて不便だ。それに今の配下達なら集団で地上にいても襲われる事は無いだろう。
何か洞穴に拘りがあるかもしれないので、ウルに住み処を移しても良いか訊いた所、強くなった今なら寧ろ地上に移りたいとの事だった。
さて、問題は何処に作るかだ。
「屋敷の近くに作ったら?ここら辺は便利良いわよ?」
悩んでいると、フィアがそう言ってきた。
「そうか?だけど、領土の問題とか大丈夫なのか?」
作った後で『領土審判だ』とか言われても困る。
俺の疑問に答えたのはウルだった。
「それなら問題ないわ。このネイロンの森は何処にも属さない中立地帯だから、他の部族の住み処を奪ったりしなければ問題も起こらないはずよ」
「そうか……ん?ネイロン?」
この森の名前は初めて聞いた。しかしその名前は別に聞き覚えがある。
「それはフィア様が有名だから、皆がそう呼び出したのよ」
その事に俺とフィア、ルインが驚く。
「え?どうしてお前らまでそんな反応なんだよ?」
「いや……昔と名前が変わってて、それが私達の名前だったのよ?驚くでしょ」
「そうっすよ。時の流れは怖いっすね」
なるほど、結界と洞窟にいた本人達が知らない間に呼ばれていたのか。それは驚きだな。
俺は納得して頷いた。
「まあ、屋敷近くに作るとして、ここら辺って何があるんだ?」
正直な所、俺には森の中がよく分からないのだ。
「そうっすね~。昔と同じなら川と湖に肥えた土地、後は一時間も歩いた所に海があったっすね」
「魚!!貝!!塩!!」
海に反応して、頭に浮かぶ海の幸や塩を使った料理。
塩の存在も大きい。香辛料はある。だが、種類が少ないのだ。塩という色々と使い易い物は是非欲しい。
「よし!!潮風で植物が駄目にならない程度に海に近くて川にも近い、土地の肥えた場所に作ろう!!」
近くの良い所を大体詰め込んで作ろう!!ヒャッホー。美味しい料理が待ってるぜ!!
「あの……ジン様」
「ん……なんだ?」
テンション上がって拳を掲げていると、チャノが声を掛けて来た。
「海には行かないほうがいいですよ」
「どうしてさ!?海の幸が待ってるのに!!」
お刺身や焼き魚が早く食べたい。最近は魚を味わっていないから、舌が魚を求めているのだよ!!
「えっと、森の近くの海には魚の亜人や強い魔物が住んでいて、近寄れないんですよ……」
「そんなものは俺がどうにかする!!今の俺は海の幸に飢えている!!寧ろ村後回しで今すぐ行こう!!」
おっ魚♪おっ魚♪おっ魚♪
久しぶりの魚にいよいよテンションが振り切り始めていると、フィアが皆に向かって言った。
「私も……魚食べたい!!」
おぉ。同志がいたか!!
「折角結界から解放されたんだもの。お肉もいいけど魚も食べたい!!」
フィアとルインは自由になってから、肉をとても嬉しそうに食べる。一口一口噛み締めるように幸せそうにだ。屋敷や洞窟では薬草があったが、それだけではやはり満足出来なかっだのろう。長い期間溜まっていた食欲が出ても不思議は無いだろう。
「私だって食べたいっすけど……どうやって獲るんすか」
「それは私の魔法で―――」
「海から探す作業からっすよ?魔法が強力とは言っても、今のフィアさんに魔力はあまり無いから持続力が足りないっすよ」
「うぅ~」と唸るフィアに代わって、俺が案を出す。
「なら、俺の能力で―――」
「ジンさんの能力は戦闘向きのものばかりで、魚を捕まえるのには向いてないっすよね?潜っても浮くのに必死になりそうっすし」
確かに、ロケットパンチは吹き飛ばして終わりそうだし。蔓は重さでうまく動けない俺に固定される。身体能力全開と[剛力]を使って泳ぐ速さをあげても、海の中で魚に勝てないだろうし、海底を蹴って一気に近付いても、通り過ぎる間に捕まえられる自信はない。
「ぐっ」と悔しがる俺。ルインはフィアと俺を見て更に続ける。
「私を含めた他四人も魚を獲るのに向いてないっすよ」
「何か魔法無いのか?」
「残念ながら人形を作る事と動かす事以外は詳しくないっす。それに人形でとるのも難しそうっす」
そう言ってルインが肩をすくめる。この世界で魔法とは、元の世界でプログラムを作るようなもので、様々な式を魔方陣に組み込み発動する。そして複雑なもの程描くのに時間がかかるが、詳細な効果を加えられるのだ。だが、その式が分からなければ勿論描けない。
「なら、フィアに紙に描いてもらうとかどうだ?」
「それは難しいわね、魔方陣を手書きしようとすれば、正確に描く技術がいるもの。私には簡単に出来そうも無いわ」
「う~ん。なら船や釣りは?」
まず浮かびそうな案だが、誰も言わないので無理だろうな~と思いつつも聞いてみる。
質問にはウルが答えてくれた。
「船は魔物に襲われて沈めばお仕舞いだし。釣りは間違って亜人を引っ掻けたら、後が大変になるわよ」
「大変って?」
「近くの海にいる亜人は敵と判断すると容赦無いの。もしも針でも刺しちゃったら、多分一族で襲ってくるわよ」
ことごとく案が潰される。亜人と魔物は厄介だ。どうするか。俺の周りにいる亜人達は友好的なのに……あ。そうだ。
「そいつらと取引できないか?」
「う~ん。堂々と会いに行っても警戒して出てこないと思う。今回は塩で我慢したら?」
「……分かった……」
まあ、塩は手に入るのだ。良しとしようじゃないか。
その後、村作りの計画は進んでいき、どうせならという事で村にフィアの屋敷も入れる事にした。フィアの屋敷は川にも近く、周りには肥えた大地がある。海からも約一時間なので注文通りである。
場所も決まり、移動速度の速いエリーナとウルに配下を連れて来るように頼んだ。
もうすぐ俺達の村作りの始まりである。




