18話 竜夫婦の姿
「いや~。本当にありがとう」
男は安心したような顔で俺に向かってそう言った。
「困った時は助け合わないとな」
返事をしながらも俺は作業を続ける。
現在。俺は卵を産んだ女を治療中である。アリガタ草にて一体化し、腹の上に手を乗せてジワジワ回復中である。
卵を産んだ後、血が流れるのみで胎盤等が出る気配はなかった。女に聞いてみたら、「出るのは血だけだったはずよ」との事なので血が出ているならと治療してあげる事にした。消耗した体力等は回復しないが、出血は治まるだろう。ただし、股の所は本人が恥ずかしいだろうと思ったので、腰から下に布を被せ、アリガタ草の回復成分のみを抽出した液体をパートナーであろう男に渡して塗らせた。因みに入れ物は木を削った器である。ぬるま湯も同じく木の器に入れていた。
「今更なんだけど……あなた達誰?」
「そう言えばそうだな。君達どうしてここへ?」
「……本当に今更だな。俺はジン・ミクモ。こっちはリディアだ」
そう言って俺がリディアに手を向けると、「どうも」とリディアが小さく頭を下げた。それに対し、二人も「どうも」と同じ様に頭を下げる。
「俺達がここに来たのは、フェアリーの手掛かりを探しに来たんだ。まさかここにいたとは思って無かったけどな」
ここは竜の住み処のはず。そこに竜に怯えたフェアリーがいるとは思わなかった。
「数日前からハニーが動け無くなってしまって、慌てている所で見つけてね。彼等には手伝いを頼んでいたんだ」
「そうだったんですか。内の者がお役にたったようで良かったです」
ニッコリと笑うリディア。しかし、俺以外の皆が訳が分からないといった表情をしている。それに気付いたリディアは、自分が族長であり、進化した事を伝えた。すると皆驚き、フェアリー達が泣きそうな顔で抱き付いていった。きっと群れから離れて寂しかったのだろう。リディアは頭を撫でてやっていた。
「そう言えば、二人はどうしてここに?ここは竜が住んでいるはずだろ?」
俺は気になっていた事を訊いてみた。ここは竜が住んでいたはずだ。今の時期は人間が一緒にいては危ないのではないだろうか。
俺の質問に、二人はキョトンとした顔をし、次に一気に笑った。
「え?俺何かおかしな事言った?」
「ああ。ごめんよ。僕等はここいらでは有名だったから、てっきり知っているんだと思ってたんだ」
「どういう事だ?」
俺が首を傾げていると、男はニッコリ笑って立ち上がった。
「見ていてくれよ?」
言われた通りに見ていると、息を大きく吸っていた。そして力を込めた瞬間。男の背中に大きな竜の翼が生えた。
「お……おおぅ」
驚き、思わずおかしな声が出てしまった。こんな事が起きたというのに、フェアリーやリディアは知っていたのか、特に驚いていない。
どうなってんの?背中に竜の翼が……ん ?竜!?
「驚いたかい?僕等は竜の亜人さ。普段はこの洞窟に住んでいるんだ」
「そういう事か……」
なるほど。納得である。だから産まれたのも卵だったのか。しかし、知らぬ間に竜の産卵に立ち会う事になるとは、珍しい経験をしたものだ。
男が翼を仕舞い。自己紹介を始めた。
「僕の名前はローレン・ドラグ。そして愛しのハニーの名前はミュリエルだ」
「ミュリエル・ドラグです」
ふむ、名字まであったか。しかし、人生=彼女いない歴の俺には『愛しの』とか付ける辺りはちょっと腹立つな。
「そうだ。因みに僕等は【災害竜】って称号でも呼ばれる事もあるんだ」
「【災害竜】って……何したんだよ」
「ちょっと昔二人で暴れてね……激しい戦闘だったんだ」
「そうね。あの頃暴れたのが懐かしいわ~」
二人で遠くを眺めて昔を思い出しているようだ。
どんだけ暴れたんだよ。災害って付くなんてどんだけ暴れたんだよ。
気にはなったが、二人の思い出を訊こうとして、また甘い空間に引き摺り込まれるのは嫌なので触れない事にした。
「えっと、呼び方は二人とも名前で良いか?」
「僕は構わないよ。ハニーは?」
「勿論良いわよ。私達も名前で良いかしら?」
「ああ。いいぞ」
「じゃあ、ジン。もう平気よ。治療してくれてありがとう」
俺に向かって手を上げ、治療を終わらせたミュリエルは起き上がろうとする。だが、ふらついて倒れそうになる。
「ハニー。無理はしない方がいい。何かあるなら僕がやるよ」
「そうだ。体力までは回復しないんだから、しばらくの間は安静にして、愛しのダーリンに頼っとけ」
「そう?それじゃあ甘えさせて貰おうかしら」
ミュリエルは起こそうとした体勢を戻し、楽な姿勢に戻った。
「ダーリン。水を一杯貰える?たくさん汗かいちゃって喉が渇いたの」
「分かったよ。すぐに持って来る」
ローレンは頷き、洞窟に向かって走って行った。
恐らく洞窟の中に幾つかある小さな湖にむかったのだろう。
「情けないわね。たった一度の産卵でここまで弱るなんて」
ミュリエルは呟き、ため息を吐いた。
「そんなに弱くなったのか?」
弱っても【災害竜】と呼ばれている程なのだから、強そうに思えるのだが。
「そうね~。今じゃ人間に竜の翼が生えたようなもんね。そこいらの魔物が群れで襲ってきたら負けるかも」
それは……弱いのか?結構強そうだが。
「そうなのか……でも旦那が守ってくれるだろ?」
「まあそうでしょうけど。ダーリンも時間を掛けて回復したおかげで私程じではないけど、かなり弱ってる方よ」
フィアの話では、魔物や亜人は子供を産む時にペアで子供に力を注いで作るらしい。子供を宿した瞬間、雄の力が雌に受け渡され、産む時にその力と一緒に雌も力を注ぐとか。その為両方が弱まってしまうらしい。
「ミュリエルより強ければ大丈夫だろ。まあそこまで苦労したんだ。きっと凄い子供が殻を破って出てくるさ」
「そうね。元気な顔を早く見たいわ」
愛しそうにミュリエルは側にある卵を撫でた。
その後、俺、リディア、ローレン、ミュリエルを中心に雑談した。内容は下らないものが多かったが、楽しい時間だった。また新しく二人の友達が増えた。
異世界に来てから友達が一気に増えている。もしやこの禍々しい鎧の方が元の顔より怖くないとか?……そんな事は無いと思いたい。
さて、つい話し込んでしまって夜になってしまったので火を焚いて明かりを灯し、その周りを俺とリディアとローレンで囲む形になっている。ミュリエルは疲れていたので、夕方には眠ってしまった。皆も段々と眠りにつき、黙って出ていくのも嫌なので、朝まで待つことにした。
朝が来た。疲れているミュリエル以外は起きたので帰る事にする。
「さて世話になったな。俺はそろそろ帰るわ」
「そうか。本当に今日はありがとう。助かったよ。大したお礼も出来なくて悪いね」
「良いって良いって。晩御飯と朝御飯貰ったしな」
お礼として晩御飯と朝御飯をご馳走になったのだ。メニューどちらも同じで、野菜を煮込んだスープと肉の丸焼きだった。因みに、肉は俺が産卵祝い?に何匹か上げたホノサウルスの肉だ。「竜が竜を食って良いのか?」と訊いてみると、種類が全然違うから問題ないとの事。人間が哺乳類の動物を食べるのと同じ感覚のようだ。
「リディア。お前どうする?このまま洞窟にいるか?何なら屋敷のフェアリー達には洞窟に帰るように伝えとくけど」
リディアの頼みは洞窟に帰れないから守ってくれという物だった。今は二人の竜は正常に戻ったので問題ないはずだ。
「いえ。一度帰って全員を引き連れてこようと思います。私がいないと統率が取りにくいでしょうから」
「そうか。じゃあ一緒に帰るか?」
「そうさせて頂きます」
俺とリディアは立ち上がって伸びをした。俺には必要無いのだが、つい人間だった頃の癖でやってしまったのだ。
「じゃあな。しばらくしたらまた来て良いか?二人の子供を俺も見たい」
「ああ。自慢の子供を見せてあげるよ。それじゃあまたね」
「ありがとうございました」
俺とローレンは手を振り。リディアがは頭を下げる。
フェアリー達は竜のお手伝いに残して、俺達は屋敷へと向かった。
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ジン達が竜の産卵に苦労していた頃。屋敷では模擬戦が行われていた。
「ほらほら!!頑張らないと潰れちゃうっすよ!!」
「う、ぐぅぅぅ」
メイド服を着たまま戦闘するルインの右手はゴーレム化しており、それがチャノを潰さんと上から襲いかかっている。
対するチャノは、[剛力]を発動した上に両手で支え、何とか耐えている状態だ。
「私達がいることも覚えているかしら?」
[高速]の使用によって、凄まじい速度でルインの後ろに回ったエリーナが、右手で太めの木の枝を振りかざす。
「勿論。覚えてるっすよ」
ルインは自分の足元に魔方陣を描きつつ、それをゴーレム化していた右手で受ける。
自由になったチャノが肩を出してルインへと即座に突進する。
「残念っすね。当たら無いっす!!」
完成した魔方陣を足で踏み壊し。地面を膨れ上がらせてチャノとの間に壁を作り出す。
「あら。余裕ね。私達って言ったの聞こえなかったのかしら?」
「何を言―――っ!!」
木の枝を受け止めていたはずの右手は鎖に巻かれ、その先には小さな碇の様な物があり、地面に食い込んでいた。
「ウルさんだったすか!?」
「あら、さすがに気付いた?私があなたを逃がさないわよ」
エリーナが振るった枝はウルだったのだ。右手に触れた後は剣付きの鎖に姿を変え、それをエリーナに地面に突き刺して貰ってから剣を碇に変える。この作業をチャノに気が向いているたった少しの時間で二人は済ませたのだ。
「くっ!!」
焦ってルインが無理矢理に引っ張り上げようとするが、碇は深く食い込んでいる為外れない。
その隙にエリーナが素早い動きで足を払う。
「うぐあっ!?」
見事に尻餅をついた所で、右拳を後ろに引きながら壁を回り込んだチャノがやってくる。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げながら拳が振り下ろされる。
「待つっす!!ギブ、ギブっす!!」
その言葉に反応し、チャノの拳が顔スレスレで止まる。大きな威力を秘めた拳は風を起こし、ルインの髪をなびかせる。それによってサッと顔色が悪くなった。
「チャノさんの拳は素だと洒落になんないっすよ!!」
そう叫ぶルインとは反対にチャノ、ウル、エリーナは満足そうな顔で喜んでいた。チャノはへたりこみ。ウルは自分の肩を揉み。エリーナは伸びをしている。三人とも体は土塗れだ。
「やっと勝てたよ~」
「本当ね。凄い疲れちゃった」
「私もですわ~。それにしても三人がかりで一勝九敗だなんて、自信無くしちゃいそうですわ」
「聞いてるっすか!?」
割と本気で命の危機を感じたルインが叫んでいると、屋敷の二階から声が降ってきた。
「凄いじゃない。本気ではないけど、ルインに勝つなんて」
「フィアさんもひどいっす!!ゴーレム化が片手だけなんて!!」
「生きた時間が違うんだから、それくらいやらなきゃ面白くないじゃない」
この模擬戦は、フィアの退屈しのぎと三人の特訓を兼ねて始まったのだ。なので、均衡した勝負をさせる為にルインは縛りを付けられたのだ。
「もしかして悔しい?」
「当たり前っすよ!!」
悔しそうな素振りを大袈裟に演技するルイン。それを見たフィアは「そうね~」と言いながら少し考えた後、ルインに向かって笑顔を向ける。
「それじゃあ。両手ゴーレム化まで許してあげる」
「やったっす!!」
ルインが嬉しそうな声をあげる。しかし、三人は一気に嫌そうな顔をした。チャノが声をあげる。
「フィア様!!お待ちください!!片手でもボロボロなので、両手なんてとても……」
「良い修行よ。存分にボロボロにしてもらうと良いわ」
「そ、そんな~」
チャノが情けない声を漏らすが、それにルインの声が被さるように出てきた。
「ふっふっふ!!更に厳しさを増して行くっすよ!!愛の鞭を覚悟して受けるっす!!」
ルインが笑みを浮かべ、左手を魔方陣に突っ込んで割る事でゴーレム化する。
「さあ!!楽しい修行の始まりっすよ!!」
この後、しばらくの間女性三人の叫び声が響き続けた―――
順調に強くなっている事に気付かない三人の声が。




