第9話 開戦
ゴブリン共はそれぞれ集落を形成し、互いに縄張り争いをしている。そんなことは俺の知ったことではないが、その集団の規模は馬鹿にできない。
だから俺は、ライオンの群れを率いてゴブリン共に戦争を仕掛けることにした。
第三の勢力として名乗りを上げるわけではない。俺はただ、この層のボスを殺したいだけだ。戦争はその手段に過ぎない。
……この追加の二頭は、その為の最初の一歩だ。
結論から言って、この目論見は成功した。
既に獅子丸という前例がいたおかげで俺が対応しやすかったのもあるが、従属させることができたのは獅子丸がいたからと言っても過言ではない。
屈服ではない、従属だ。
元々群れの序列に厳しい気性をしているのか、奴らは獅子丸の言うことをよく聞いた。俺だけではいつか破綻していたのが目に見える。
暴力で従えることしか知らないのだから、当たり前だ。俺は群れの主ではあっても、あくまで支配者なのだろう。
だが、結果良ければ全て良し。
気付けばいつの間にか、総勢十頭の大所帯になっていた。
「ガルァ、ガァ、グルルルッ」
獅子丸が他のライオンに指示を飛ばしている。言われたライオンは萎縮したように情けなく頭を下げ、どこかに走り去ってしまった。
……あいつら、今肉を狩ってきたばかりなのに。
『てめぇこんな不味い肉ばっかで舐めてんの? 舌腐ってんだろ!』
『すんませんっ! もう一度行ってきやす!』
こんな感じだろうか。あってる気がする。
答え合わせがしたいから、誰か翻訳アプリくれ。
まぁ冗談はともかく、大所帯になることで一番困ったのは食料問題だった。俺と獅子丸が食べるだけなら自分で取ればいいのだが、ライオン十頭ともなるとそうもいかない。
最初の二頭はそれで苦労した。数日は食料を調達することだけに専念したくらいだ。
だが、俺はある時思ったのだ。
なぜ、俺がせっせと動いてライオン共の腹を満たしてやらねばならない、と。
自分が食べる分は自分で調達すればいい。
それが功を奏したのか、今ではライオン共だけではなく俺の分まで肉が運ばれてくるようになった。寝ているだけで勝手にご飯が運ばれてくるシステムの完成だ。
ご飯と言っても解体されてない獲物だし、十頭のうち三頭を狩りに行かせなければならないが、まぁ良し。兵站だと考えればいい。
獅子丸に怒られていたライオン達が戻ってくる。今度は満足させるだけの部位だったのか、獅子丸は無言で俺に肉を差し出してきた。
一番は俺。二番は獅子丸。後は平等に肉を食らう。
……うまく回っている。
こいつには感謝しないといけないなと、俺は余分な肉を獅子丸に分け与えた。
「ガルァ」
焼いた肉はお気に召さないのか、ぺいっと爪で弾き飛ばされる。
……こいつ。
そうした日々を過ごしながら、俺達は空いた時間で探索に出る。
自分で狩りに出なくてもよくなったことで、自由時間が倍増した。これまで行けなかったところにも、行って戻って来れるようになったのだ。
俺が調べた限りにおいてだが、ゴブリンの根城は近場に二つある。俺を知っているゴブリンと、俺を知らないゴブリンの二つ。
……いや、言い直そう。
俺を警戒しているゴブリンと、俺を無視しているゴブリンだ。
その境界線は既に見つけている。何日掛けたかもう覚えていないが、巡回範囲もある程度まで絞り込むことができた。
俺を警戒しているゴブリンは、十中八九俺に夜襲を仕掛けてきた奴らだろう。逆に俺を無視しているゴブリンは、この間の戦争で負けていた奴らだと思われる。
俺はそうした背景から、まずはどちらから攻め入るべきかを即決した。
方針が決まれば、後は早い。
「ギャ!?」
俺を視界に入れた途端、驚愕の声を上げるゴブリンライダー。
すぐさま逃げるように反転するが、もう遅い。
「蹴散らせッ!」
「ガァアアアアアアアアアアッ!」
速度を緩めずに走り、抜き去り際にこん棒を全力で叩きつける。一体目を潰すようにして沈めると、残りのゴブリンライダーに次々とライオン達が群がった。
爪で抉り、牙で千切る。
ほとんど一瞬で巡回部隊を轢き殺したのだと、俺は走り抜けてから気付いた。
練度は日に日に増している。
一つの巨大な生き物のように、とまではいかないが、十分だ。
……俺を警戒しているゴブリン共を、まずはぶち殺す。
俺を無視しているゴブリン共の方がやりやすいとは思う。
無警戒だし、ゴブリン同士の戦争でも劣勢だから戦力が低い。だが俺は、俺を殺そうとしている奴を野放しにすることはできない。
……殺される前に殺してやる。
この意味不明な場所に放り込まれてから、俺が徹底していることだ。
……そろそろいけるだろうか。
今日の戦闘でも、群れの運用は完成形に近付いていると思えた。この状態の群れを相手にしたら、今の俺でも負けがあり得る。
俺はここ数日で、レベルが二つ上がってレベル8となった。
その俺でさえ、負ける恐れがあるのだ。
その恐るべき集団と化したこいつらと、俺が一緒に戦う。
それはもう、敵がいないと、そう思ってもいいかもしれない。
「進むぞ」
俺は獅子丸に振り落とされないように膝を締める。こうしていると何だか安定する気がしてちょっとした発見をした気分だが、今はどうでもいい。ただ進軍の意思が獅子丸に伝わればそれでよかった。
獅子丸は一つ吠えて、群れに指示を出してから荒野を駆けた。
根城の在り処は既に見当が付いている。奴らの巡回範囲は多岐に渡っているが、それでも空白地帯が存在していた。
最初はそういうこともあるかと気にも留めなかったが、奴らを昼夜問わず調べた結果あることに気が付いた。
奴らは空白地帯を中心として、円を描くように警戒していたのだ。
もう偶然とは思えなかった。
疑念は確信にすぐに変わった。
近づく度に巡回部隊との遭遇頻度が増える。
最初は数十分に一回。今では数分に一回。
確信が更に強まり、もうそこしか考えられなくなった頃。
――俺は見付けた。
「……静かに」
獅子丸の口元にこん棒を当てる。珍しく素直に頷いた。
……ゴブリン集落。
大瀑布のような滝が流れる渓谷に、それはあった。
遠目から見ても立派な集落だ。ほとんどの建物が藁葺きの屋根に、木材の家屋で造られている。丘隆に作られた山間民族のようだった。
木柵に囲まれた集落は渓谷に沿ってどこまでも連なり、建物の数だけでも数百はある。もしかしたら、総勢千匹は暮らしているかもしれない。
何というか、本当に村だな。
普通に敗北感を覚える。俺は青天で寝ているのに。
……今の戦力だけで、この集落を落とせるか?
ゴブリンと俺の生活レベルの差は今はどうでもいいとして。
……正直、怪しい。
千匹を越えるゴブリンと敵地で戦うのはリスクが大きい。ゴブリン全てが戦闘員ではないとしても同じことだ。千匹が七百匹になった所で、じゃあ余裕だとはならない。
「……どうした?」
獅子丸が何か言いたそうに俺を見る。
その視線を辿っていくと、木々か何かで作られた大きな檻があった。
「もしかして、あそこがお前達の元いた場所か?」
「グルルルゥ」
獅子丸は肯定するように低い唸り声を上げた。
そうか。ゴブリンはあの檻の中でライオンを飼育し、調教しているのか。
使えるかもしれない。
集落を攻め落とすのは難しい。
だが、檻を壊すだけなら可能なように思えた。
うまくいけば混乱を誘えるし、ライオンを奪って戦力を低下させることができる。ボスが出てくればそのまま倒すことだって出来るかもしれない。
それは流石に希望が過ぎるけど、決して夢物語ではないように思えた。
……落ち着け。本当にそうか?
俺はもう一度集落を見た。
巡回部隊に多くのゴブリンを割いているのか、本拠地には見張り台が一つしか見当たらない。襲撃など思ってもいないような長閑な空気だ。
言い換えれば、油断していると、そう思える。
……今日は確認だけして帰るつもりだったけど、引っ掻き回せるならそうすべきか。
よし、作戦変更だ。
ゴブリン集落に奇襲を仕掛ける。
第一目標、ライオンの檻を破壊する。
第二目標、ゴブリン部隊を可能な限り殺害する。
第三目標、ボスゴブリンを撃破する。
――準備はとっくの前からできている。
「行くぞ!」
俺の号令に従い、ライオン達が一斉に渓谷を駆ける。距離が近づくごとに集落の全景が目に映った。出入口は回りこんだ先に一つしかない。
……だが、わざわざそこから侵入する必要はないだろう?
見張りだっているのだし、狭い正面から突撃とか馬鹿だ。
申し訳なさそうに置かれた木柵ごと、崖を跳び越えてしまえばいい。
「跳べ!」
長い滞空時間のあと、大きな土煙を伴って着地する。
侵入成功だ。
「ギャァァッ!?」「グキャ!? グキャ!?」
今更のようにゴブリン達が悲鳴を上げる。それは至る所に伝播した。
家から飛び出してくるもの、何かの手作業をしているもの、なぜか集まっているもの。その全てのゴブリン達が、俺を見て悲鳴を上げている。
殺人鬼のような扱いで全く不快だが、事実その通りだ。
「手当たり次第に喰い殺せ! 暴れ回れ!」
「ガルルルルァァアアアアッ!」
「ガアアアアアッ!」
獅子丸の雄叫びに呼応し、ライオン共が目に映ったゴブリンに襲い掛かった。よほど憎しみが溜まっていたのか本当に見境なしだ。
戦闘員ではなさそうな奴に、何が起きたのか分からずぼけっとしてる奴。ゴブリンの子供らしきものがいたが、一切の躊躇なく喰い殺していく。
……もっと殺せ。むしろ率先して子供を狙え。
そっちの方が、守ろうとする無防備なゴブリンごと始末できる。
「お前もあいつらに加勢しろ。出来るだけ殺せ」
「ガルルルルァ!」
俺は獅子丸から飛び降りると、あとを振り返ることなく一直線に走る。
ライオンの檻は幹のようにぶっとい樹木で作られていた。中には二、三頭いる。どいつもこいつも「俺も暴れさせろ」とばかりに唸りを上げていた。
ライオンの檻をライオンが壊せるとは思えない。それができるなら、俺達がわざわざ壊さなくても勝手に逃げ出すだろう。
だから俺は、陽動と攪乱をあいつらに任せた。
集落を可能な限り破壊する為。そして第一目標を隠す為に。
俺の腕力は、とっくの昔にライオンを越えている。
つまり、
……俺なら檻を壊すくらいはできるだろ!
「――ッ!」
全速力の勢いも乗せた渾身の一撃。
それは檻を模った樹木にぶち当たり、激しい打撃音を響かせる。
それで終わらせるつもりはなく、更に力を込めて――押した。
「ぉおおおおおッ!」
ミシミシ、ギギギと破壊の音が耳元で聞こえる。
打撃箇所から亀裂が広がる。樹木が一斉にしなりを越えて曲がり始めた。
一度広がった決壊を止めることなく押し続ける。
一定の閾値を超えると後は楽だった。
バギッ、と激しい炸裂音が響き、一気に風穴が開く。
「グルルルルルウゥゥゥッ!」
囚われていたライオン達が我先にと飛び出してきた。俺を襲う奴はいない。真っ先にゴブリンへと突撃していく。
……まずは一つ。
見える範囲だけでも、檻はあと六つもある。
「クソ! 思った以上に硬い!」
全力を込めてもギリギリだった。
太さにして俺の三倍はありそうな樹木ともなると、今の俺でも簡単には叩き折れないらしい。切実に斧が欲しいが、ないものねだりをしても仕方がない。
「二つ……目ッ!」
檻を壊し、またライオンを暴れさせる。
ゴブリンの悲鳴が激しくなった。絶叫が絶えず聞こえてくる。
それらを全て無視して、三つ目の檻に取り掛かった。
……なんだ、意外といけてる。これなら全て壊して、その後も――!
俺が三つ目の檻を壊したのと、角笛が響き渡るのは同時だった。
ブォオオオオ、と絶え間なく響く音と共に、どこからともなくゴブリンライダーが現れる。
一騎や二騎ではない。
十や二十でも足りない。
まるで角笛を待っていたかのように、この場に突然現れた。
まさに一斉に、という言葉が相応しい。
……全身に鳥肌が立った。
「――退け!」
叫び、口笛を鳴らす。
すぐさま獅子丸に飛び乗ると、速度を一切落とさず駆けた。
「全体退け! なりふり構わず逃げろ!」
瞬間、矢の雨が降ってくる。
獅子丸で避けきれない矢をこん棒で弾き飛ばすが、それでも無傷というわけにはいかない。避けきれない分も当然出てくる。
だがそれ以上に深刻なのは、攻撃範囲が広大だったことだ。
耐えきれず、俺の傘下にいたライオンが一頭崩れた。
「邪魔だどけ!」
「ギャ!?」
獅子丸と共にゴブリンライダーへと真正面から突撃した。
接近戦なら弓矢は使えない。幾ら数がいても俺の相手にはならない。
俺と獅子丸だけならいつでも離脱できるが、後に続く奴らの為に俺は血路を作り続けた。
無我夢中でこん棒を振り回している最中、俺は見た。
一際立派な、黒い甲冑のようなものを着ているゴブリンを。
目が合う。知らずに指差した。
……お前がボスか。
心の中でそう呟き、俺は集落から脱出した。
その道中で更に一頭、俺はライオンを失った。
集落から脱した後は、俺を殿として撤退を続けた。俺と共に逃げてきた囚われのライオンを群れに加えてやる。
仲間になりたそうにこちらを見ていたから、後は獅子丸に一任だ。
新たに加わったのは総勢七頭。
さっきの戦いで二頭を失ってしまったから、これで俺の群れは十五頭になった。
戦果としてはまずまずだと思う。
集落に侵入し、短時間とはいえゴブリンを大量に殺戮し、ライオンの檻をぶっ壊して解き放つ。しかも俺の群れは十頭から十五頭に増強されているのだから、勝利と言っても過言ではないと思える。
だが、俺は負けた気分でいっぱいだ。
……あいつ、狙ってやがった。
被害を受けるのは認めた上で、確実に俺を殺すために手を打っていた。そうでなければ、ゴブリンライダーに一瞬で包囲されたのが説明付かない。
数を集め、適切なタイミングで集中攻撃させる。
切り抜けることができたのは、単純に力業でしかない。
最後に見たボスゴブリンを思い出す。
奴がこの層のボスかは知らないが、あの集落の指揮官であることは間違いなかった。
「……ふぅ。肉を食うぞ」
「ガルァ!」
気分が落ち込んだ時は肉を食うに限る。
ゴブリンに知恵比べで負けたからといって、そう落ち込むこともない。そもそもの場数が違うだろうし。
それに、間違いなく一歩前進したのだ。
今はただ、それを喜んでいればいい。
俺は干していた肉をライオン達にも分け与え、満足した心地で眠りについた。
夜、俺達は夜襲を受けた。
夜襲といってもゴブリンライダーが雪崩のように押し寄せてくるのではなく、遠距離から矢を散発的に放たれる嫌がらせのようなものだ。
当然迎撃に行くと、察知されたのかすぐに逃げられてしまった。殺したかったが仕方ないと、俺は諦めて警戒しながら休息する。
……また次の日の夜も、同じように夜襲を受ける。
逃げられた。
そして最初の侵攻から三日後、俺は偵察として集落に向かった。道中は不思議なくらい巡回部隊との遭遇が少なく、一部隊しか見掛けない。
今日は運の悪いゴブリンがいないなと思っていたが――違う。
俺はゴブリン集落を遠目から眺めて、愕然とした。
「なんだこれは……っ」
長閑だった空気が一変し、ガチガチに固められている。
見張りの数が激増し、武装したゴブリンライダー達が門番のように辺りに立っていた。
心なしか木柵も大きくなっている気がする。
いや、気の所為ではないだろう。集落を要塞化している。前は一つしか見えなかった高台が、今日は二つ見えているのだから。
……やってくれたな。
恐らく、巡回の数を減らしてでも守りを固めてきた。
これでは二度目の侵攻が困難になる。
侵攻自体はできても、一度目のような奇襲は不可能だ。
完全に、俺に焦点を当てて警戒している。
「上等だよ」
ここ最近の夜襲も俺への嫌がらせがメインだろう。
突撃させずに逃げ帰らせるのは、部下の無駄死にを嫌ったからか。それとも俺を殺すには一度の襲撃では無理で、嫌がらせで疲弊させてからだと考えたのか。
全く合理的だ。厭らしい手を打ってきている。
軍隊の運用という点では俺じゃ相手にならない。
俺は要塞と化した集落を睨みつけた。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
「戦争だ。本当に戦争をやってやるよ」
ボスかもしれない相手に、様式美のように正面から勝とうとしていた側面が俺にはあった。
だが、向こうが戦争を望むならその限りではない。
どっちが先に力尽きるか、消耗戦といこうじゃないか。




