第8話 ゴブリン戦争
――獅子丸の唸り声で目が覚める。
俺は即座に跳ね起き、手近に置いていたこん棒を掴んだ。
「どうした」
「グルルルゥッ」
獅子丸は洞窟の入口を睨み続けている。
嫌でも緊張が高まった。
いるのか、近くに。
思った通り滝の音が邪魔だ。何も聞こえない。
……ゴブリンライダーか? クソ、一番嫌なことしてきたな。
つけられていたのか。だとしたらいつだ。
いや、尾行されていたのなら俺と獅子丸が気付かないはずがない。
ならなんだ。どこで気付かれた。
……落ち着け。パニックになるな。
混乱すれば敵の思うツボだ。
俺はそうして一層のホブゴブリンを殺したのだから、俺もまた同じことをされただけだ。
冷静になれば、俺に気付く痕跡はいくつも残っている。
獅子丸の足跡もそうだし、俺は動物を狩って水浴びまでしてる。
追おうと思えばいくらでも追えるはずだ。
……良し、大丈夫。
思えば、警戒はしていても夜襲されるのは初めてだった。
これも経験だと割り切るしかないか。
……派手に動きすぎたな。次から気を付けるか。
その為には、今を切り抜けないといけない。
「行くぞ」
「ガルァ!」
俺は熾火になっていた焚き火を蹴り飛ばし、ぶん投げた。
草地に火が走り――怒号が聞こえる。
ゴブリンの慌てる声。発声数は五匹。
俺は獅子丸に飛び乗ると、洞窟の入口を指し示した。
「跳べ!」
直後、浮遊感。
獅子丸が火走りを跳び超え、一気に森を駆け抜けた。
ゴブリンライダーが目視で七体。
獅子丸は全てをあっという間に置き去る。
「ギャ!?」「ギャギャ!」「グガガッ!」
慌てて追いすがるゴブリンライダーだが、既に距離は開いている。
獅子丸とゴブリンライダーの速度はほぼ互角。
だが、乗っている騎手の違いでそれらはいくらでも覆る。
その気になれば撒いて逃げ切ることもできる気がした。
事実、俺はこうして包囲を突破したのだから。
逃げてもいいが、気になるな。
……やり口が知的過ぎる。裏がいるのか?
俺の寝所を調べ、夜襲を仕掛ける。
なるほど、知能がある生き物ならそうしてもおかしくはない。
ゴブリンはそれが出来るだけの知能があると言われれば、まぁその通りだ。
しかし、早過ぎる。
俺がゴブリンライダーを殺したのは今日が初だ。
それなのに、その日の夜にはもう俺の寝所を突き止めている。
偶然にしては出来過ぎだ。まるで最初から俺を危険視していたみたいじゃないか。
その事実に、俺はどうしようもなく狡猾な知能を感じるのだ。
少なくとも、指揮してる奴が間違いなくいる。
「ゴブリンライダーのボス、か」
獅子丸の耳がピクリと動いた。
動物の機微なんて読めないが、心当たりがあるのかもしれない。
……なら、決まりだな。
「戻れ。かき乱すぞ」
俺は鬣を引っ張って反転を促した。
少しの抵抗を感じたが、やれやれと諦めたように戻ってくれる。
……夜襲を仕掛けた側が、されて一番嫌なこと。
それはもちろん、全滅だ。
夜が明ける前には、戦闘は終わっていた。
楽勝だったわけではない。なにせ七体もいたのだからそれなりに時間は掛かる。だがそれ以上に苦戦した理由としては、奴らが半数を切った時点で逃げようとしたのが大きい。
指揮官を逃がす、という動きではなかった。
そもそも、奴らの中に指揮官らしき個体は見なかった。
ということは、どこかに情報を持ち帰ろうとしたということだ。
思えば、昼間も最後の一匹は逃げようとしていたな。
……そういえば仲間意識も相当強かった。ここの特徴か?
仲間の死体を見て、さめざめと泣いたゴブリンを俺は思い出した。
あの時は特に何とも思わなかったが、今思うと全く別の視点が見えてくる。
仲間を助けようとする。
仲間の死を悲しむ。
そして仲間を殺した敵に報復する。
少なくとも、洞窟にいたゴブリンよりはずっと人間臭い。
ホブゴブリンも群れを率いていた。
次の層であるここが更に発展していたとしても不思議ではない。
「明日から、と言ったが、今から動くぞ。いいな」
「グルルルゥ」
何にせよ情報が足りない。
俺はもっとここを知る必要がある。
情報を得るには、自分から動くしかないな。
ここの夜は、また別の景色を俺に見せてくれた。
月明かりしかないから探索は捗らない、と思っていたが、とんでもない。
それ以前の問題だった。
「松明……か?」
遠目過ぎて分からないが、恐らく合っている。
炎のような明かりが三つか四つ連なっていた。
その連なりは一つではない。
俺が見える範囲だけでも、更に二つ。
人が徒歩で移動するには速い動きだ。
十中八九ゴブリンライダーだろう。
……火を使うのかもとは思ってたけど、松明とはね。
あれってそんな簡単に作れるものだっけ。
確か油が必要だった気がする。それ以上は知らない。
油を採れて利用できるとは、ここのゴブリンは俺より頭良いな。
「それにしても、まさか夜にまでゴブリンライダーが走ってるとはな。お前知ってたか?」
「ガァ」
フン、とそっぽを向かれる。
まぁいいや。
ともあれ、これは夜に寝ているだけでは知らなかった知識だ。
今日の襲撃もだし、今後は夜襲の備えを更に厳重にしないと。
……ひとまず明かりを観察するか。何か分かるかもしれない。
この暗がりの中無闇に動くのは自殺行為だ。
向こうも同じ条件なら違うが、前提が変わった。
明かりを持つものと、持たないもの。
どちらが夜に適応できるか、比べるまでもない。
そうして俺は、朝を迎えるまで松明の明かりを観察した。
一夜丸々観察して、少しだけ分かったことがある。
奴らは何かを探しているのではなく、決まった行動をとっていた。
点Aまで移動して、Bに移動。C、Dと更に移動し、またAに戻る。
これをずっと繰り返している。
このことから分かるのは、ゴブリンライダーは巡回しているということ。
なぜ巡回しているのかは分からない。
だが、非常に組織立っていることは分かる。
組織があるということは、拠点があるということだ。
ここにもきっと、ホブゴブリンのような根城がある。
……逆を言えば、それしか分かってないんだけどな。
まぁ一夜ではこんなものだろう。
むしろ分かった方だと思う。
焦る必要はない。制限時間はないんだ。
隅から隅まで探索するつもりで動けばいい。
あの夜から三日が経過し、俺は頭を抱えていた。
……何もわからねぇ。
ゴブリンライダーの組織的な動きに根城の可能性。
ここまで分かって三日もすれば、普通は新情報の一つや二つ手に入れてもおかしくないのに、だ。
巡回路を追えば根城に辿り着けると思った。
だが尾行はあっさりと見破られた。ライオンの鼻が良すぎたせいだ。
ならば鼻も効かない遠くから追ってやろうと思ったが、それもあっさり失敗した。奴らの巡回は多岐に渡っていて複雑だ。それでも追い続ければ根城に着くと思ったが、奴らは外で合流し、巡回を引き継いでいる。
遠目なのが災いし、合流して散開したらどれがどいつなのか全く分からなくなってしまうのだ。
それを四回は繰り返した。滑稽過ぎる。
……おかしい。こんなはずではなかった。
ホブゴブリンの拠点を見つけたように、それくらいはさっさと見つける予定だったのだ。
それから時間をかけて攻略していくつもりだったのに、こんな最初の段階で躓くとは思ってもみなかった。
「お前、鼻が利きすぎなんだよ」
「ガァ!」
噛まれそうになったので手を引っ込める。
夜襲への警戒の大半を任せているから、俺も強く叱れなかった。
ちくしょう、悔しい。
ただ、俺も無駄な時間を過ごしたわけではない。
この三日で、レベル4から5に上がっている。
順調に強くはなれているのだから、何も問題はない。
それから更に三日が過ぎた。
俺はステータス画面をぼーっと眺めている。
【名前】 三橋暁一
【レベル】 6
【ジョブ】 無し
【種族】 人間
【称号】 無し
【MP】 21
【力】 39
【敏捷】 23
【器用】 21
【精神】 18
【魔力】 2
【スキル】『リジェネ』
【魔法】
……大分伸びが落ち着いてきたなぁ。
レベル1から3までは倍増する勢いで伸びていたのに、今ではこれくらいの伸び率が普通になっている。相変わらず力だけは他より異常に伸びてるけど、他はもうそれほどではなくなってしまった。
けれど、落ち着いたからといって悲観することはない。
確実に強くはなっているのだから、特に問題ないだろう。
むしろ、悲観するべきことは他にある。
……何も分からないし、やる気出ないな。
つまり、現実逃避だ。
ステータスを眺めていたのは、現実逃避以外の何でもない。
ぶっちゃけ、暇だ。
「ファイアーボール!」
魔法とか唱えてみたりする。もちろん出ない。
魔力が謎に伸びたしいけるかなと思ったけど無理だった。
なんで伸びたのこれ。いる?
「ルァ」
獅子丸も暇そうだ。欠伸までしてる。
それにしてもこいつ太った?
俺が使うようになってから肉を余るほど食べさせてるし、そうかも。
これはよくないと思いつつも、成果が無いのにやる気が出るはずもない。
……まぁ、散歩くらいは連れてってやるか。
何も分からない俺の、八つ当たりも含めた散歩だけどな。
「ギャ!?」
いつものように、偶然出会ったゴブリンライダーを殺して回る。
レベル6に上がったことで、さほど脅威とは感じなくなっていた。
速度だけは負けているが、力はもう俺の方が上だからだ。
いざとなれば腕力で解決できると思えば余裕も出てくる。
この小隊で今日はもう十一体目だ。
「こいつらは外れだな」
何も分からないとは言ったが、新たな謎は生まれている。
ここ最近の乱獲で俺がゴブリンライダーに知られてきたのか、俺を見た瞬間に反応を示す個体が現れ始めた。
反応は様々で規則性はない。
仲間を呼んだり即座に逃げ出したり、単純に間抜け面を晒す奴もいる。
俺はそれを当たりと呼び、普通に襲ってくる奴を外れと呼んでいた。
だからといって何かが分かるわけではないのが悲しい。
「もうゴブリンの肉は飽きたのか? 舌が肥えやがって」
獅子丸はゴブリンの肉を中途半端に食っては残している。
最初はがっつくように食べていたのに、今では「またこの肉かよ」といった感じだ。
まぁゴブリンの肉は不味そうだしな。気持ちは分かる。
……俺の分も調達しないといけないし、今日はもう肉狩って果物でも取るか。
肉は獅子丸に任せておけばいい。張り切り方が違うからな。
ただ果物も取るとなると、結構移動しないといけない。
成果が出ないからって探索範囲を広げ過ぎたかな。
明日からはもう少し腰を落ち着けて――
――怒号が聞こえた。
「ギャギャギャアッ!」「ギァ、ギィッ!」
……なんだ?
思わず獅子丸と顔を見合わせた。聞こえたのはほぼ同時らしい。
俺がすぐさまその背に飛び乗ると、獅子丸は鼻息一つ上げて駆け出した。
ゴブリンは基本的にうるさい生き物だ。奴らはしょっちゅう「ゴキャ」だの「グキャ」だの鳴いている。だからそれ自体は何もおかしくはないのだが、今回は声色が違った。
……念の為確認のつもりだったが、どうやら当たりを引いたらしい。
近付く度に怒号が増している。
それも一つ二つではなく、把握できないほど複数の声。
喜色に富んだものもあれば、悲鳴に近いものもある。入り乱れていた。
そして……見た。
――ゴブリン同士が戦っている。
「一体どうしたんだ……?」
ライオンを駆使したゴブリン同士の戦闘。ゴブリンだけでも数百匹はいる大軍だが、なぜかライオンに二人乗りしている個体が多く見られた。立派な装備を身に着けている個体は一騎なのに、なぜ。
……ライオンの頭数が足りなかったのか?
もしくは、普通はそうなのかもしれない。
巡回部隊は機動力重視で一匹一頭だが、普通は二匹一頭なのか。
気にしても仕方ないな。今は目の前の戦闘だ。
最初はどうだったのか知らないが、今は乱戦みたいにぐちゃぐちゃになっている。騎手を無くしたライオンが手当たり次第にゴブリンを襲っているのも見られた。
だがよく見てみれば、二つの陣営に分けられた。
百対百。手に汗握る大決戦だ。
……冗談言ってる場合じゃないな。仲間割れか?
仲間割れでこんな大規模な戦闘が起こるか? そうは思わない。精々十対十だ。
なら謀反か? 新たに群れのボスが立って、その勢力と既存勢力の戦争か?
いや、それも低い。今度は数が少なすぎる。
俺が殺したゴブリンライダーはこの六日で七十は越えている。
それでも全く変化はなかったのだから、百対百が総力戦とは考えにくい。
俺を知っている当たりのゴブリンと、俺を知らない外れのゴブリン。
それと目の前の光景が、頭の中で繋がった。
戦争。これはゴブリン同士の戦争なんだ。
ということは、つまり、
「群れは一つじゃない……!」
そうだ、考えてみれば当たり前の話だ。
この層は広すぎる。それこそ獅子丸の足でも到底端まで辿り着けないほどに。
それほど広いエリアを、一つの群れが独占することなんて出来るわけがない。
ゴブリンには知能がある。個体差だってあるはずだ。
なら、地球みたいに国、いや集落が複数あってもおかしくないじゃないか。
視界が一気に晴れる気がした。
どうしてこんな簡単なことに今まで気付かなかったのか。
どうりで巡回経路が複雑になるわけだ。エリアAを巡回しているゴブリンと、エリアBを巡回しているゴブリンを一つの群れと誤認してたら、そりゃ訳が分からなくなって当然だ。
俺は馬鹿か。
……いや、いや、反省は後ですればいい。
今は目の前の結果を見届けよう。
どっちが勝っても俺には関係ないが、その結果どうなるのかには興味がある。
それに、楽しい。
新しい情報が嬉しい、というのもある。
だがそれ以上に、憎いゴブリン同士が殺し合いをしているという状況が、面白い。
どうか一方的な勝利ではなく、泥試合にでもなってくれ。
どちらが白だか赤だか知らないが、どうやら戦争は終わったらしい。
俺には見分けが付かないが、ゴブリンには敵味方の区別が付くのか生き残りを殺して回っている。
勝った方は負傷者を丁寧にライオンに載せ、何やら勝鬨らしきものを上げていた。
その後は地面に旗っぽい棒切れを突き刺し、それに各々小便を引っ掛けていく。これでこのエリアは勝った方のもの、という儀式かもしれない。
……あれゴブリンの旗だったのかよ。
これまでにも何回か見たことはあるが、ただの汚いゴミにしか見えなかった。今度からへし折ろう。
まぁいい、どうでも。
俺は勝ちゴブリン達が去ったあとの戦場を眺める。
全滅だ。生き残りは一匹もいない。
俺の時はすぐ逃げるくせに、ゴブリン同士の戦争だと最後の一匹まで戦うらしい。
変なプライドがあるなと呆れていると、まだ動く影を見つけた。
ライオンが三頭生きている。
どうやら気絶していたのか瀕死なのか知らないが、運よく生き延びていたようだ。
奴らはゴブリンの死肉を漁っていた。一頭だけ轡が壊れた奴がいるらしく、死肉漁りで無双している。
……殺すか?
ライオンの肉は何となく食べる気が起きないし、殺して経験値にするのが一番良い。
見逃してやってもいいが、それは何だか勿体ないしな。
……いや待て。こいつら使えないか?
さっきの戦争もきっと小競合い程度だろうし、根城には何百体いるのか想像も付かない。大軍を率いるゴブリン相手に、俺と獅子丸だけで勝負を挑むのは分が悪いだろう。
これは戦争なのだ。個人で戦争する馬鹿がどこにいる。
なら、俺も戦力を持てばいい。
「行くぞ、獅……ライオン」
「ガルァ!」
俺は獅子丸に飛び乗り、戦場に降り立った。
一斉に俺達に気付き、ライオン共が俺を睨みつけてくる。
俺は獅子丸から降りて、手近なライオンに手招きした。
「俺に従え。もっとマシな肉を食わせてやるぞ」
「ガァァァアアアアッ!」
轡の壊れたライオンが、即座に俺に襲いかかってきた。
腹一杯食べれて活力十分といった感じだ。
だから真っ先に俺に噛み付こうとして――こうなる。
「ガッ!?」
俺はライオンの鼻先を掴むと、力任せに地面に叩きつけた。
血しぶきが飛び散る。痙攣したようにしか動かない。
殺しちゃったかな?
まぁいい。まだ二頭も残っている。
「グルルルゥ!」「グルルルァッ!」
俺はこの二頭は殺さないよう、注意を払いながら屈服させる。
といってもこん棒で叩いたり蹴ったり、暴力だ。
やはり、暴力こそがここでは正義となる。
……そうして俺は、新たに二頭のライオンを手に入れた。




