第7話 獅子丸
……このライオンに名前を付けるべきだろうか。
機会があれば俺を喰い殺しそうな目をしているライオンを見て、そう思う。仕方なく俺に服従しているのが丸わかりだ。いつ寝首をかかれてもおかしくない。
実際ライオンの立場からすれば不満も分かる。
やっとゴブリンの支配から脱したと思えば俺に支配されるのだから、そりゃ俺が憎くて仕方ないだろう。だが俺から言わせれば、弱いのが悪いのだ。
ゴブリンには知恵で劣り、俺に暴力で劣っているのが悪い。
……うん、名前は付けないようにしよう。
最終的に捨てるか殺すかなのだから、情が移ってはいけない。
ただライオンだと呼びにくいし、心の中では獅子丸でいいか。
「おい、これを飲め」
俺はバッグから水筒を取り出し、なけなしの綺麗な水を飲ませた。獅子丸は警戒しながらも喉が渇いていたのか、すぐに水を舐め取る。
もちろん貴重な水を分け与えているのではない。
「俺をこれが飲める所まで連れて行け」
こん棒をチラつかせながら水筒を掲げる。
意味が理解できたのか、軽く唸ると不機嫌そうに背を向けた。一応乗っても良いということらしい。
……まったく協力的ではないが、とりあえずよし。
「ははははは! 速いな!」
風が頬を叩く。景色があっという間に後ろに過ぎ去る。
バイクに乗っている人はこんな感覚なのだろうか。いや、ノーヘルだからそれ以上だ。体が大きすぎて乗りにくいにもほどがあるが、それを我慢するだけの価値がある。
倒木を飛び越え、茂みを突き破り、川すら一息で跳ね越えていく。人間の足では何時間も掛かりそうな距離が、ほんの数分で後方へ消えていった。
「爽快だ! 気持ちいい! やるなお前!」
当たり前だと言うように鼻を鳴らされた。
生意気な態度だが、それくらいは許してやろう。
やがて渓谷を抜け、少し開けた場所に出る。
俺は鬣を引っ張り、少しだけ速度を緩めさせた。
これからこいつの鬣はブレーキと呼ぼう。
「……思った以上にここは広いな」
獅子丸の背から見る景色は高く、辺りをよく見渡せる。
荒野と森がどこまでも続いていた。
人の住む村も、煙も、道すら見えない。
さっきまでの高揚感が少しだけ冷める。
十分あり得たことだ。これくらいは想定内。
そう簡単に事が進むとは俺も思っちゃいない。
それに俺は、現在地について一つ予想を立てていた。
もし予想が当たっているなら、人里などあるはずがない。
……それより、思った以上に動物がいるな。後で狩ってみるか。
近いところにサイのようなものもいる。間違いなくこっちに気付いているのに襲ってくる気配がない。獅子丸も警戒していないし、少なくとも今すぐ敵対する相手ではなさそうだ。
きっと俺が知らないだけで色々食物連鎖が働いているのだろうが、今はどうでもいい。
俺だけなら果物だけで事足りるが、今は獅子丸がいる。こいつにも食わせてやらないとどれだけ脅しても言う事を聞かなくなるだろう。餓死されても困るし。
あと、俺も久しぶりに焼き肉が食べたい。
「どうした、ライオン」
獅子丸が鼻を鳴らして辺りを気にしている。
俺は気にせず速度を上げろと促したが、どうやら聞く気はないらしい。もう一度分からせる必要があるかとこん棒を振り上げ――俺も気付いた。
「いるな」
ゴブリンとライオンのセット……もうゴブリンライダーでいいか。
それも一騎や二騎ではなく集団、四騎まとまって動いている。どこに向かう気なのかは知らないが、こっちにまだ気付いていない。
「お前、わざとか?」
「グルルゥッ」
心外だとばかりに鼻を鳴らされた。そりゃそうか。
獅子丸が俺を罠に嵌めようと、ゴブリンライダーの集団と鉢合わさせる。そういうこともあるかと一瞬思ったが、こいつにそんな知能はない。
……倒せる時に、倒せるだけ倒すべきか。
俺もさすがに学んだ。ここでは力が全てだと。
生きる為に食料や寝床を探すのも重要だが、化け物に襲われればそこで死ぬ。対抗するには力……レベルを上げるしかない。それだけがここでの生きる道だ。そのレベルを上げるには、化け物を倒すしかないのが腹立つが。
……幸いにも、今の俺はある程度の対抗力を持っている。
「よし、殺すぞ」
獅子丸は不服そうに背を揺すった。俺に指示されるのが本当に嫌いらしい。
だが、その耳は逆立ち、既に四つ足に力が入っている。俺は嫌いだが、ゴブリンも嫌いといった所か。それでいい。
「グルルルルルルゥッ!」
「おい待て!」
……が、思った通りに事を運ばせてはくれないらしい。
獅子丸は俺の判断を待たず、勝手にゴブリンライダーに特攻する。
景色が一気に加速した。背中に乗っている俺もなし崩しだ。
……こいつ、後で絶対ぶん殴る。
「グガッ!?」
俺達の特攻に気付いたゴブリンライダーが、直ぐさま戦闘態勢に入る。俺の想定より全然近づけていない。
「ギャッ!」
四騎から一斉に矢を放たれた。
こっちも超スピードで走っているからなおさら矢が早く感じるが、獅子丸は意外と避けれている。避けきれなかった分をこん棒で弾き、俺はポケットに手を突っ込んで石ころを握った。
「死――ちょ!?」
投石しようとした途端、獅子丸が急に旋回した。
俺が投げた石は明後日の方向に飛んで土煙を上げている。急に振り回されたせいで、俺は投擲の体勢から復帰できていない。
超高速の戦闘中に、その隙は致命的だった。
「グキャッ!」
「ぐっ!?」
放たれた矢を腕で受け止める。
矢は腕を貫き、矢じりだけが反対側から突き出ていた。俺は矢を折ってから抜くと、急いでリジェネを発動させる。
焼けるように痛い。本当に燃えてるんじゃないか。
だが、痛み以上に怒りが勝る。
「いい加減にしろこの馬鹿が!」
「グルァ!」
獅子丸の背中をそれなりの力で殴りつける。
少しは大人しくなったが、まだ荒い気性は収まっていない。
……こいつは俺に従ってるが、味方じゃない。落ち着け。
獅子丸は本能のままに、もしくは憎しみだけで動いている。俺の指示に細かく従う知能も余裕もないだろう。そんなことは期待してはいけない。
……だが、その方向だけは誘導する必要があるな。
俺は獅子丸の鬣を引っ張り、こん棒で指図した。
「あいつだ。まずはあいつから殺す。いいな?」
低い唸り声が返ってくる。本当に分かってるのか。
……こいつにも暴れさせてやらないと駄目だな。
俺は石ころを手放し、背中から頭付近に移動する。前のめりになっては口元まで手を伸ばした。そして、獅子丸に噛まされた轡を外してやる。
「ガァアアアアアアアアアッ!」
空に響くような獣声が、俺には歓喜の雄叫びに聞こえた。
次の瞬間、獅子丸は俺が指差したゴブリンライダーへと一直線に駆け出した。
そして――ライオンの喉笛を噛み千切る。
「ガルルルァアッ!」
凄まじい顎力、いや、これが本来の獣の強さだ。
心なしか喜んでいる気がする。いや知らないけど。
俺は騎獣を食い殺されて呆然としているゴブリンの頭を叩いた。
一騎目。
獅子丸が騎獣へ食らいつき、俺がその隙に騎手を落とす。一度形ができてしまえば残りも同じだった。
俺の指示を多少は聞くようになった獅子丸と共に、二騎目、三騎目を同じように殺していく。四騎目のゴブリンは逃げようとしたので投石で殺した。
騎手を失ったライオンは逆にこちらへ向かってきたが、それも俺が仕留める。これも貴重な、というより多分ゴブリンより多い経験値だ。獅子丸に三頭も殺させたのは失敗だったかもしれない。
とはいえ戦闘が終わり、静けさが戻ってくる。
「食っていいぞ」
そう許可を出すと、獅子丸はゴブリンを貪り食らった。
轡も無しに肉を食うのは久しぶりなのか、がっつき方が半端じゃなかった。「うめぇうめぇ」と副音声が聞こえてきそうだ。これだけ喜んでくれるなら、これからも肉として与えた方がいいだろう。
その分だけ、俺に付いた方が得だと、獣でも理解するだろう。
色々考えたが、轡は付けず、そのままにしておくことにした。せっかく少しは従順になったのに、それだけで反抗的になられても面倒だし。
……それに襲ってきたら、また力で止めればいい。
それくらいの力量は見せないと、むしろ駄目だろう。
「もう十分食べたな。行くぞ」
俺は獅子丸の背に飛び乗る。
相変わらず不機嫌そうに唸ってきたが、今度は嫌々ではなく、軽い足取りで走り出した。
獅子丸が見つけた水源は優秀だった。
崖の中腹に当たるような場所で、大きな滝が流れ落ち、泉のような形を作っている。少し探索した限りだが、小さな洞窟もあってそこをそのまま拠点として利用することにした。
正直、不安はある。滝の音がうるさすぎるからだ。
だが、獅子丸は俺より先にゴブリンライダーに気付けていた。少なくともレベル4の俺より耳や鼻が利くだろうし、自分が危険になれば吠えるくらいはするはずだ。一種の警報機である。とりあえずはそれで十分だろう。
そのあとは、草食動物を狩って肉を確保し、ついでに体も洗った。
遭難中に呑気なとは思ったが、いい加減どうにかしたかったのだ。野生染みた方がここでは安全かもしれないが、病気はもっと怖い。臭いはとっくにどうでもよくなってるが、不衛生にも限度がある。
ちなみに獅子丸は入らなかった。水をぶっかけたら殺し合いになりそうなくらい嫌がったので、流石にそれはしていない。
そうして気付けば、いつの間にか夜を迎えていた。
パチパチと、枝木の爆ぜる音が響く。
俺は適当に拾ってきた枝に肉をぶっ刺して焼いていた。調味料も何もないから本当にただ焼いてるだけだ。動物の解体方法なんて知らないから肉の形もめちゃくちゃ歪だし、素人だからとちょっと擁護できない有様ではある。
けど、焼いて腹に入ればなんでも一緒だ。
ほら、既に美味そうだし。
「お前、火を怖がらないんだな」
意外にも、獅子丸は火を怖がっていない。
だが、近寄ってもいなかった。
獣の本能なのかもしれないが、少し引っかかりを覚える。初めて火を見た生き物とは思えない静かな反応だ。
……もしかして、ゴブリンも火を使うのかもしれないな。
分からないが、覚えておこう。
「お前には残りをやるから少し待て。というか、もう十分食べたろ」
肉を横取りしそうな獅子丸に注意する。さっきは全く反応を見せなかった癖に、今度は不満そうにそっぽを向いた。
ゴブリンを散々食い散らかし、不慣れな俺の解体跡を喜んで食べていたくせにまだ食いたりないらしい。獲物を横取りしそうと、涎が落ちたのを俺は見逃してないぞ。
「お前、ここをどこだと思う?」
肉が焼けるまで暇で、俺は気付けば獅子丸に話しかけていた。
返事もなければ反応もない。
独り言には丁度いい相手だ。
「俺は、ここをダンジョンみたいな場所だと思ってる」
これまでの出来事を考えれば、その予想が一番しっくりきてしまう。
あの洞窟が最初の層なら、ここは次の層ということになる。そうなれば、景色が一変していることにも説明が付いてしまうのだ。全てゲームの知識だが。
ダンジョンであれば、少なくとも人里なんて期待できない。
「俺の考え、合ってるか?」
もちろん反応はなかった。そうだろうよ。
俺の予想が正しかったとして、そのうえで帰り方を考える。
ゲームなら帰還アイテムとか入口に戻るとかだけど、そういうのは期待できない。戻るのは一層だからもう無理だし、アイテムだってあるのかすら分からないのだから。
一番確実なのは、ダンジョンを攻略することか。
「どこまで攻略すれば、俺は帰れるんだろうな」
洞窟でもここでも俺は必死だ。楽だった時なんて一度もない。
それどころか難易度は確実に上がっている。レベルが上がったおかげで気づきにくいが、俺が遭難した場所がここだったら俺は一日目に死んでいるだろう。
本当に、いつ死んでいてもおかしくないことばかりだった。
……それでも、諦めるつもりは欠片もないけど。
綱渡りの連続だった。それがどうした。
今から怖がってたら何もできない。
……まぁ、安全な道があるならそっち選ぶけど。
そう思っていたら、いつの間にか獅子丸がこっちを見ていた。
いや、肉を見ていた。また涎を垂らして。
……こいつ。
いや、いいや。もうなんでも。
ここまできたら難しく考えることはない。
行けるところまで行くしかないんだ。
……どうせ生き残る以外に、道はないんだからな。
肉を食おう。
腹が減った。肉が美味そうだ。
「明日から忙しく動くぞ、いいな?」
「グルゥ」
誰にものを言っているんだと、尻尾を一振りされた。
相変わらず生意気な態度だ。
だが今回は許してやろうと、俺は肉にかぶりつく。
久しぶりに食べた焼肉は、それだけで涙が出るほど美味かった。




