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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
5/38

第5話 ホブゴブリン


 拠点を放棄してから、体感で七日は経過した。

 思った通りこの洞窟は異常に広い。最早終わりが無いと思えるほどに。

 ここまで広いと探索のやり方を変えざるをえなくて、俺はノートの切れ端をちまちま置くのを止めた。代わりに地図をノートに書いている。


 地図なんて一度も書いたことがないから、合っているのか分からない。

 俺が分かればそれでいいが、それだって正直怪しいものだ。ぐちゃぐちゃだし、後で迷いそうである。一番尊敬できる偉人は、と今聞かれたら、俺は伊能忠敬と答えるだろう。


 あと、地味にノートの残りが少ないのが不安だ。切れ端として使ったのは後悔していないが、今と関係ない数学の数式が憎たらしい。割と丁寧に板書するタイプだったのは後悔してる。


 正直見通しが甘かったと言わざるをえないが、これでも上手くやっている方だと思う。

 その証拠に、洞窟の探索は順調に進んでいる。俺が今まで過ごしていた場所は洞窟全体の一部に過ぎず、全く理解など及んでいなかったことが判明した。


 この洞窟はアリの巣によく似ている。地図を書くとよく分かる。

 進む度により複雑に、立体的になる。それどころか生態系も変わっている。前は一度も見なかった鳥やウサギを、ここ最近では見るようになった。


 謎肉の正体はアレだろうなと、地味に安心したのは内緒だ。


 それと一番変わったのは――ああ、来た。


「グギャ!」


 高所から飛び降りざまの一撃を受け止める。ゴブリンだ。

 俺は石斧を盾のようにして間合いを取った。

 奥へと進む度、ゴブリンの襲撃がより知的に、狡猾になっている。

 今もそうだ。俺が通りかかるのを待っていた。

 視力や聴力が鋭くなっても、動かない敵を察知するのは難しい。

 

 ……レベルが上がってなかったら、普通に死んでるな。


 俺はきっと運が良い。

 遭難地点が馬鹿ゴブリンばかりだったのだから。


「グギギ、グガッ!」


 一撃を止められたことで苛立ったのか、ゴブリンは汚い歯を剥き出しにして怒っている。何を言っているのか分からないが大声でずっと喚き散らしていた。


 もう最初のような恐怖はない。手も足も心臓も普通だ。

 だが、緊張はする。

 向こうも俺を殺そうと必死だからだ。


 ……殺し合い中に何をそんなに喚いて……ああ、そういうこと。


 ゴブリンの口元がニヤケた瞬間、俺は背後に向かって石斧を振り抜いた。


「ギャ!?」


 二匹目のゴブリン。


 一匹目の大声は陽動で、俺の注意を自分に向けて、二匹目が背後から仕留める作戦だったのだろう。小賢しいにもほどがあるが、これが中々侮れない。


 だが、今の俺の耳にはその動きが全て筒抜けだった。

 石斧はゴブリンの肩にぶち当たり、俺は力任せに吹っ飛ばす。


「ギィアッ!」


 作戦が失敗したと見るや、一匹目が奇声を上げて突進してきた。

 腰溜めに石ナイフを構えている。対処が難しい。

 なので、俺はゴブリンの腕を掴み、腕力に物をいわせて止めた。


「グギャ、グギギッ」

「……――ッ!」


 ゆっくり、ゆっくりと力を入れて押し返していく。

 ゴブリンの腕に血管が浮き出る。緑色の肌なのに、顔だけ血が昇って赤く染まるのが見ていて面白い。だが、どれだけ頑張ったところで力の差は歴然だ。


 俺はゴブリンの手を包み込むように握り直すと、一思いに力を加える。


「ギャ!?」


 バキッ、という手の骨が砕ける音と共に、悲鳴が漏れた。

 力の入らなくなった手から石ナイフを奪い、一思いに心臓を抉る。

 当たりどころが良かったのか、一発で息絶えた。

 技術も何もないただの力押しだが、格闘技の経験も無い俺にはこれで精一杯だ。空手でも何でも格闘技を習っておけばよかったと心の底から思う。


 だが、なんとか戦えていた。

 

 ……もう一匹は流石に逃げるか。


 血を落としながら逃げ去るゴブリンの背中が見えた。

 追いついて殺すような真似はしない。そんなのは勿体ない。


 俺を待ち伏せていたということは、俺を先に見つけていたか、もしくは獲物がよく通る道かのどっちかだ。隠れ方からして、俺は後者ではないかと踏んでいる。


 ゴブリンにとっての獲物には、人間も含まれる。

 つまり、先に被害にあった人間がいたかもしれない。


 ……そうじゃなくても、寝所は奪えるからな。


 俺はこの方法で、常に寝所を奪いながら生き延びている。

 それが最も効率が良くて、一番安全だからだ。


 俺は気付かれないよう、ゴブリンの後を追った。

 



 傷を負ったゴブリンの寝所は、割とすぐ近くにあった。

 まずは数を確認する。最近は群れでいることが当たり前になってきたし、集中して音を聞くのも忘れない。陰で寝ているサボりゴブリンだっているのだから。


 ……うん、大丈夫そうだな。


 俺は瀕死ゴブリンしかいないことを確かめ、ゆっくり近づく。

 殺そうと動いたタイミングで、俺は瀕死ゴブリンがその辺に生えている雑草を傷口に擦り付けているのに気付いた。


 ……薬草なのか?


 怪我に効果が無ければそんなことはしないだろう。

 いいことを知った。やっぱりここで長年生活しているゴブリンの知恵は侮れない。

 俺は感心した面持ちでそう思いながら、一気にゴブリンの頭をかち割った。

 悲鳴一つ上げることなく息絶えたゴブリン。俺はすぐに心臓付近を抉ると、中から石ころを取り出した。粒子のようにゴブリンが消えてなくなる。


 ……こうすると死体の処理がいらなくて楽でいいな。


 俺は特に使い道もない石ころをポケットに放り、寝所を漁った。


 結果として、このゴブリンは人間を襲っていた。

 寝所には人骨らしきもの、そして何より人工物があったからだ。

 念のため、ここにある干し肉は食べないようにしよう。

 

 ……怖かったろうなぁ。


 多分、この人たちは俺と同じだ。いきなり訳の分からない場所に落ち、訳の分からない生き物に襲われてしまったのだろう。そして殺されてしまったのだ。


 恐怖と理不尽。無念にも程がある。 

 一歩間違えれば俺がこうなっていた。この人は運が無かった。


 俺のように弱く、群れないゴブリンと戦っていれば、きっとレベルが上がって生き延びられただろうに。そうすれば生きて帰ることができたかもしれない。


 いや、俺が生きている方が偶然なのかもしれないな。


 ……とりあえず、使わせてもらうか。


 俺はその人が着ていたと思われる衣服をバッグに詰め込む。

 布は貴重だ。とりあえず確保する価値がある。

 使わなくても、脱出できた時には遺品として遺族に渡したい。


 ……コートはどうするか。着ちゃうか?


 少し肌寒い程度でそこまで必要とはしていないが……ん?

 タバコ? 紙巻きタバコ?


 コートのポケットから落ちてきた箱を見て、俺は震えた。

 タバコに興味はない。俺は不良じゃないのだ。

 しかし、タバコがあるということは、まさか。


「――お、ぉぉ、ぉぉ……っ」


 やはりあったと、俺は感動で膝から崩れ落ちた。

 ライターだ。

 ライターがあったのだ。

 つまり火だ。

 俺は人間の偉大なる発明品を、偶然手にした。

 これがあれば暖を取れる。肉が焼ける。

 人間としての生活を、少しは取り戻せるのだ。


 俺はその日、雑草と木くずを集めて焚き火を作った。

 炎の温かさに触れた瞬間、涙で前がよく見えなくなる。

 久しぶりの火を絶やすまいと、何度も目を覚ました。

 眠りは浅い。

 それでも遭難してから、一番幸せな夜だった。

 




 ライターを手に入れてから、更に五日以上が経過した。


 俺は相変わらず洞窟を探索しながら、ゴブリンを瀕死にしては拠点を奪う生活を続けていた。ここ最近ではもう慣れたもので、サクッと瀕死にすることができるようになった。コツはそんなに手加減しないことである。


 その間に、俺は二回ほど人の死体を見ている。

 俺はその人の特徴になりそうな小物だけをバッグに入れ、あとは残念ながら残した。本当はすべて持って帰りたかったが、持っていける荷物にも限りがあるのだ。


 ついでに水筒を手に入れたのは大きな収穫だったが、それ以外は特にない。

 四人も見つけて、四人とも死んでいた。次に見つける人も死んでいる気がして嫌になる。


 正直、焦りを覚えた。


 どれだけの人がこの洞窟に遭難したのかは知らないが、もっと沢山人と会ってもいいと思うのだ。少なくとも全員死人というのはちょっとどうかと思うが、本質はそうじゃない。


 例えば百人ほどが遭難していたとする。洞窟が狭ければそれだけ会う確率が高くなるだろう。逆に広ければ、それだけ人と会う確率は低くなる。後者のパターンだった場合は絶望するほど最悪な状況だと言えるだろう。


 ……俺は、どれだけここで生きていけばいいんだ?


 全く終わりが見える気がしない。 

 地図を書いても書いても道は続く。

 いつまでこの洞窟を彷徨えばいいのだろうか。


 そう思った次の日だった。

 いつもと少し、毛色の違うゴブリン達を発見した。


 ……集団行動だと?


 俺が知っているゴブリンは、大体ニ、三匹で固まっている。多くても最大で五匹だ。それ以上の集団は見ていない。


 だが、そいつらは遠目から見ても十匹ほどいる。影で見えなくなっている奴らも含めればもっといるだろう。こんなことは初めてだった。

 

 ……勝てないとは思わないけど、避けたほうがいいな。


 怪我をしたら、全てが終わる可能性がある。擦り傷が致命傷になってもおかしくない不潔な環境なのだ。

 雑草が薬草になるのはゴブリンを見て知ったが、試す気には到底なれない。


 俺は岩陰に身を隠し、奴らが通り過ぎるのを息を殺して待った。

 そして見た。

 集団に囲まれ、威風堂々と歩いているゴブリンを。

 緑色の肌。醜悪な顔。汚らわしい腰布。

 大体は見慣れたゴブリンと同じだったが、明らかに他とは違う。

 大きい。

 そこいらのゴブリンより頭一つ分どころではない。

 人間の、男性の大人くらいに大きいのだ。

 俺は背の高い方じゃないが、間違いなく俺よりでかい。

 それに何より、そいつは他のゴブリンに指示を出していた。


 そいつの指示に従い、数匹のゴブリンが兎を追う。

 別のゴブリンは周囲を警戒する。

 整列する。また動き出す。

 まるで軍隊だと、俺は思った。


 ……ボス、なのか?


 他より大きく、他より知能があり、群れを従えている。

 傍から見れば立派にボスだろう。

 だがそうではない。俺が言いたいのはそうではなかった。

 アイツを倒せば、この洞窟について何か分かるかもしれない。


 ……殺せるか?


 奴は革鎧を着ている。それに腰まであるようなこん棒を握っていた。こん棒だけで俺より大きい。あれで殴られたらきっと一発でアウトだろう。


 少なくとも、すぐに突っ込めるような敵ではなかった。


 ……少し調べよう。


 そもそも、殺した所で何かがあるとは限らない。

 調べてみて、その結果判明することだってあるだろう。それで済めばそれでいいじゃないか。


 奴を殺せば俺の安全性は一気に増すが、わざわざ危険を冒してまで取りに行くようなものではない。そもそも戦わないで済むならそれに越したことはないのだから。


 俺はそう思い直し、ひたすら息を殺し続けた。





 ……奴を殺そうと思う。


 それが、俺が七日以上掛けて奴を調べ尽くした結論だった。

 奴、というのも味気ないので、仮称としてホブゴブリンとする。


 ホブゴブリンを調べていると、分かったことが幾つかあった。

 それは、奴には何か秘密があるということだ。

 だが、最終的に断念せざるを得なかった。理由は幾つかある。


 まず、ホブゴブリンは異常に感知範囲が広かった。

 取り巻きの存在も無視できず、接近することすらできない。


 次に、決まったルーティンを持たないこと。


 いつ頃寝所を出て、どこに狩りに出て、何を重視して何を持ち帰るのか。その全てに規則性が見当たらなかった。たった七日だが、されど七日である。これだと俺の体力が先に尽きる。いつ寝て、いつ見張ればいいのか分からないのだから当たり前だ。


 最後に、そして一番重要だが、寝所が非常に広いことだ。


 ボスなのだから当たり前だが、ホブゴブリンは洞窟の奥を丸ごと陣取っている。洞窟の中に洞窟があるような感じだ。俺が書いた地図からホブゴブリンの寝所を逆算すると相当なものになる。


 しかし、残念ながら奴の寝所を調べるのは無理だった。ホブゴブリンが外に出ていても、常に取り巻きゴブリン達が待機しているのだから。ボスの為に獲物の一つでも狩ってこいよと言いたくなる。


 潜入まではできるだろうが、それまでだ。調べ尽くすことは到底できない。


 だが、ホブゴブリンの寝所には必ず何かがある。

 遠目から見ても中にはかなりの物資があった。薬草になる雑草の干し草。動物の毛皮に、どこから手に入れたのか木材まで見えた。だからこそ、俺は是が非でも奴の寝所を調べたい。

 

 だから俺は、ホブゴブリンを殺すことに決めた。

 決行は、今日だ。




 ……6451、6452、6453、6454。


 俺はホブゴブリンの寝所に潜入してから、ただの一度も身動ぎすることなく耐えていた。

 ホブゴブリンが外に出た隙を狙って潜入し、干した雑草の束に潜り込む。

 ホブゴブリンが戻ってくるまで、どれだけ待ったか。

 ホブゴブリンが戻ってから、寝静まるまでどれだけ待ったか。

  

 奴らが寝静まってから、6454秒。

 二時間経過まで、あと700秒弱。


 人間は寝始めが最も覚醒しやすく、深い睡眠に入るにはどうしても時間が掛かる。ホブゴブリンも同じかどうかは分からないが、やれることは全てやっておくべきだと俺は思った。

 

 ……6861、6862、6863、6864。


 一番良いのはホブゴブリンを楽に、安全に倒せること。

 だが、寝込みを襲ってもきっとそれは叶わない。


 ホブゴブリンは異常な感知範囲を持ち、寝ていても俺が近付いた瞬間に気付かれる危険性があった。そうなれば俺は囲まれて終わりだ。


 だからと言って、外に出ている時を狙うのはもっと不味い。その状況こそ最も警戒している時で、最も準備万端なのだから。不意打ちなんて出来るわけがなかった。


 この潜入も命を賭けている。身動ぎ一つで、俺は死ぬ。


 ……6991、6992、6993、6994。


 ベストは楽に、安全にだが、まず無理だ。

 となると次点は自然と決まってくる。

 取り巻きに邪魔されず、ホブゴブリンと一対一で殺し合うこと。

 

 俺が用いる中で、その状況にもってこれる方法は一つしかなかった。これだってどれだけ効果があるか分からない。だけどやるしかないだろう。


 俺が取れる方法。

 それは――放火だ。


 ……7197、7198、7199――7200。


 俺は干し草の山を、ライターで放火した。


 乾いた干し草はすぐに燃え広がり始めた。火は燃えやすいものへとすぐに移っていく。干し草から毛皮へ、毛皮から木材へ。木材を組んで作られた棚や寝床が次々と燃え上がる。


 煙はあっという間に高く上がり、広い洞窟内を瞬く間に充満した。その隙に、俺は急いで煙が流れてこない風上側の出口脇に回り込む。


「ギャ!?」「グガガ!」「ギャギャ!」


 次々と飛び起きるゴブリン達。

 起きたら火が上がり、前が見えないほどの煙に包まれる。

 これ以上のパニックを起こす方法は無い。

 そして、パニックになればそれだけ短絡的な行動に出る。


「ギャ!?」


 俺は寝所から煙を割って出てきたゴブリンを、石斧のフルスイングで粉砕した。


 二匹。

 三匹。

 四匹。


 パニックになったゴブリン達は、仲間を押し退けて出口へと殺到する。出口は人一人が通れるほどしかない。押し合う奴らは、否応なく一匹ずつ俺の前へ出てきた。


 俺は炎や煙から逃げてきたゴブリンを各個撃破し、確実に数を減らしていく。まるでフリーキックでもしてるみたいに無防備な頭だ。いや、この場合はフルスイングだからティーバッティングか。どっちでもいいけど。


 怖いくらい順調に進んでいる中、雄叫びが響いた。


 ――きた。


「グガォオオオオオオッ!」


 根源的な恐怖が呼び起こされる低い獣声に、全身の毛が逆立った。


 ホブゴブリンは炎をものともせずに、煙を割って寝所から飛び出してくる。そして俺の居場所が分かっていたように、躊躇なくこん棒を振り下ろしてきた。


 速い。


「っ!」


 横っ飛びで回避する。とても受け止められない。

 俺は飛び起き様にまた飛んだ。そうしなければ不味いと反射で動く。そしてその判断は正解だった。見ればホブゴブリンが間髪入れずにこん棒を振りかぶっている。


 振り下ろし、振り下ろし、また振り下ろし。

 その度に地面が揺れる。視界が目まぐるしい。

 俺はゲーセンにあるモグラになった気分だった。冗談じゃない。

 

「死ね!」


 石斧で反撃するも、運悪く革鎧に阻まれた。

 効いてはいるが浅い。浅すぎる。

 ホブゴブリンの動きを止めるには到底足りないほど。

 俺はこん棒の一撃を、真横から腹に直撃された。


「――ぐぉぉぇっっ」


 吹っ飛ぶ。吹っ飛んでいる。

 倒れた? いつ。いつの間に。いつから俺は倒れている。

 チカチカする視界の向こうに、ホブゴブリンがいた。

 奴は止まらない。

 止めを刺すためにこん棒を振り上げている。

 死ぬ。

 情けない。結局これで終わりかよ。

 ふざけんな。


「ああああああああああッ!」

「ゴガッ!?」


 俺はホブゴブリンに飛び付き、そのまま諸共地面に倒れる。

 俺は石斧をホブゴブリンの首に押し付けた。無我夢中で力を込めるが、やはり駄目だ。ホブゴブリンは石斧を跳ね返そうと俺の腕を掴み、徐々に押し返してきている。


 ……だが、負けられない。


 痛い。痛い。痛すぎる。

 勝手に胃液が上がってくる。吐いたら血だった。どうでもいい。

 首まであと少し。たったそれだけが遠い。


「あああああああああああッ!」

「グガアアアアアアアアアッ!」


 押せ。

 押せ。

 押せ。

 俺にはこれしかない。これだけが俺の武器だ。

 いいから届け。


「――ガッ」


 石斧が首に食い込んだ。

 ホブゴブリンの力が一瞬だけ崩れる。

 その瞬間、俺は押した。

 全体重を込めて。

 全ての力を込めて。 

 そして――首を潰した。


 一瞬だけ、ホブゴブリンの体が大きく跳ねる。

 次の瞬間には、完全に力が抜けていた。



『レベルアップをお知らせします』



 勝利を知らせる言葉が頭に響く。

 終わった。

 勝った。

 俺は立ち上がれないほどの虚脱感に身を任せ、そのまま倒れた。


 ……ダメだ。痛すぎる。


 安堵した瞬間、これまで経験したことのない痛みに襲われた。


 戦っている最中はこれで動けていたのが嘘みたいだ。火事場の馬鹿力というやつだろうか。恥も外聞なく泣き喚いてしまいたくなる痛みだが、ろくに息も吸えないのでそれもできない。生殺しだ。


 このままでは残ったゴブリンに殺されて死ぬ。

 せっかくボスを倒したのに、そんな終わりはあんまりだ。

 治れ。治ってくれ。

 奇跡でもいいから、頼むから治れ。


 ……気の所為だろうか。


 腹の激痛が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

 俺は飛び起きて、飛び起き様の激痛でまた倒れる。

 だが起き上がれた。ついさっきまで絶対無理だと思ったのに。


 ……なんだ、どうなっている?


 レベルが上がったことで何かが変わったのかと、俺は「ステータス」を開いた。

 相変わらず力だけ伸びが異常だが、重要なのはそこではない。

 

【MP】 12/13

【スキル】???


 スキルがはてなで、MPが一つ減っている。

 しばらく呆然と眺めていると、また一つ減って11/13になった。

 すると腹の痛みがほんの少しだけ和らいだ。今度は気の所為ではない。


 回復している? いやそんなまさか。

 そんなのまるで、


「リジェネ――!?」


 ゲームでよくある、継続回復のリジェネレーション。

 それみたいだと口にしたら、スキルのはてなに変化があった。


【スキル】リジェネ


 ……なんで略語?


 スキル欄のはてなは消えたが、俺の頭にははてなが残った。

 意味が分からない。

 だが、いい。

 理由なんてどうでもいい。

 俺はホブゴブリンに勝って、便利な回復スキルを手に入れた。

 それだけが分かれば、今はいい。





 立ち上がれる程度まで回復する頃には、煙も大体収まっていた。

 完治には程遠いが、それでも歩いて武器を振れる。


 ホブゴブリンのこん棒を武器として貰い、俺は中に残っていたゴブリンを掃討する。ある程度は抵抗されたが、レベル3に上がったおかげですぐに終わった。


 ゴブリンの寝所には期待していた通りの物資が大量にあったが、今の俺に使えそうなものは意外と少ない。ただ思ったよりも人間の持ち物が混ざっていた。 


 時計、財布、靴、ベルト。

 俺はそれらを片っ端からバッグに放り込む。


 燃え移ってしまったものも沢山あった。

 そういうのは残念だが、放置するしかない。


 そうして物資を漁り終わったタイミングで、俺は見つけた。

 

「……階段?」


 寝所の奥には階段があった。

 石造りで、明らかに人工的に造られた階段。

 それも下だった。


 ……上じゃないのかよ。


 上なら出口みたいで喜べたが、下だと出口っぽくない。

 勝手に肩が落ちるくらいにはげんなりする。この洞窟はまだ俺を帰したくないらしい。いい加減にしてくれ。


 いや、決まったわけじゃない。

 下への階段だろうと、そこが出口ではない理由にはならない。


 ……行くしかないか。


 そこに希望がある以上、行かないという選択はできなかった。

 

 俺はゆっくりと、一段ずつ階段を降りた。





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