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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
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第4話 レベルアップ


 とりあえず、この空間を俺の本格的な拠点にしようと思う。

 その為には、まずゴブリンの死体をどうにかしなければならない。

 勝利の余韻も罪悪感もすぐに消えた。

 ゴブリンの死体が臭いからだ。

 

 ……もしかして、俺の体もゴブリン臭いのかな。 


 遭難してから一度も体を洗っていないし、吐いたり臭いゴブリンと取っ組み合ったりしている。返り血だって相当だろう。自分じゃ気付かないだけでかなりのものだと思う。


 ちょっと落ち込むが、まぁ良しとしよう。

 ゴブリンはここで生きている。何匹いるか知らないが、奴らはここの頂点捕食者だ。つまり、ゴブリンになり切ればここで生きられるということだ。


 ……違うか。でもそう思わないとやってられない。


「意外と軽いな」


 ゴブリンの足を掴み、引きずるようにしてベッドからどける。

 当たり前だが、ベッドは血でべったりだった。再利用したかったけど、流石にここで寝るわけにはいかない。面倒だが新しく作るしかないだろう。


 ……とりあえず、適当に捨ててくるか。


 そう思ってゴブリンの死体を引きずり回すと――コツ、という軽い音がした。

 同時に、引いていたはずの重さが消える。


「は?」


 振り返った瞬間、ゴブリンの身体が崩れた。

 一瞬で泥のようになったかと思えば、急速に粒子化する。


 ……お前、消えて無くなるのか?


 冗談ではなく、ゴブリンは地面に溶けるようにして消えてしまった。


 ……なんだ。何が起きた?


 言葉も出せないほど唖然とする。

 一体何が起きたのか全く分からない。マジックか?

 ……と、ゴブリンが消えた地面に何かが落ちているのに俺は気付いた。


 ……宝石?


 いや、そんな綺麗なものではない。

 親指サイズの黒い石、と言った方が正しい。ただちょっと光って見えるから、一瞬だけ宝石と間違えてしまった。宝石だからって別に喜ばないけど。


 なんなんだ、これは。

 分からない。

 分からないが、仮説は立てられる。


 ……ゴブリンにとっての心臓、いや、止めだ。 


 考えた所で意味はない。何の役にも立たない。

 考えても出ない答えは置いて、俺はベッドに視線を向けた。

 相変わらず血でべったり。

 死体が消えても、本体から離れた血は残るらしい。

 残念だ。


 どうやら、ここのゴブリンは長い間この場に居座っていたらしい。


 ゴブリンの荷物、というかガラクタ置き場だかゴミ捨て場だか分からない場所を漁ると、何に使っていたのか分からないようなものが色々出てきた。


 何かの皮。干からびた肉。骨を削って作った針のようなもの。石を削り出して作ったナイフ。木の蔓を編んだ紐。使い道の分からない石ころ。


 大半はガラクタばかりだが、おかげであることが分かってくる。

 つまり、食料を保存し、道具を作っているということだ。

 どうやら、ゴブリンにはそこそこの知能と生活能力があるらしい。


 おかしい。

 さっき殺したゴブリンは、かなり馬鹿だった気がするのだが。


 いや、言うまい。人間だってたまに馬鹿になる。ゴブリンだって馬鹿な時があっても不思議じゃないだろう。それか俺が殺した奴が特別馬鹿だったのかもしれないしな。

 

 ……しかし、干し肉はゴブリンが作ったのか?


 食料保存の技術を持っていることが不思議だ。これだけ知能レベルが一段は上がっている。考えられるとすれば、どこかの誰かから貰ったとかだろうか。


 俺は思考するのを止め、首を振った。

 今は分かることだけ考えよう。


 このガラクタ群からは、洞窟にある物資がいかほどのものかが逆算できる。

 今回は俺の役に立ちそうなものはナイフくらいしか無かったが、それはあくまでもこのゴブリンの行動範囲においてはだろう。今後は大きな指針になる。


 さて、と俺は肉に目を向けた。

 何の肉か分からない。カップラーメンの謎肉以上に謎肉だ。肉に釣られてゴブリンを殺したようなものだが、冷静に考えると待ったがかかる。


 もし、これが人間の肉だったらと思うと食べることはできない。

 だが、その可能性は低いだろう。

 ガラクタ置き場には様々な骨があった。

 そこに人骨らしきものは無かったし、人工物も特になかった。


 つまりこの肉が人肉だという可能性は限りなく低く、俺が食べても大丈夫だということだろう。

 いや、俺は肉を食べたいのだ。

 色々理由を重ねてみたけど、結局はそこに着地する。

 むしろ、こうして長々と言い訳を重ねていると余計食べられなくなってしまう。


 ……よし、食べよう。


 俺はその日、久しぶりに肉を食べ、久しぶりに冷たい水を浴びるように飲んだ。

 涙が勝手に出てきたのは、仕方ない。





 ゴブリンの寝床を奪い、そこを拠点にしてから七回ほど眠った。

 その間に俺の一日は半ばルーティンへと洗練化されたと思う。


 起きたらまず周囲の確認。この周囲とは拠点だけではなく拠点周りも含まれる。具体的にはゴブリンが近付いた痕跡がないか、寝ている間に何か変化がないかを重点的に調べている。


 次に水汲み。水場までは近いが、だからこそ油断はしない。

 といっても、弁当の容器くらいしか今は無いのが残念だが。

 持ち運びもできないのが悔しい。


 その後は食料集めだ。芋虫を捕まえ、木の根を掘る。運が良ければ木の実らしきものが根っこに付いていることがある。食べられるのはネズミで確認済みだ。


 もっとも、味はしない。そこは期待していなかったけど、不味いよりははるかにマシだろう。栄養があるのかも分からないが、腹の足しにはなるしな。


 空いた時間は探索に使った。

 分岐路を調べ、行ける場所を少しずつ広げていく。

 帰り道を忘れないよう、ノートの切れ端は欠かせない。

 

 そんな生活を続けていると、次第に体力と活力が元の水準へと戻ってきた気がした。


 肉のおかげ、とは言うまい。

 あれは数が少なかった。もう食べ終わっている。

 芋虫だ。絶対に芋虫のおかげと言えよう。

 あれはとても素晴らしい食料だ。あと水。


 冗談はともかく、体力が戻ると余裕が出てくる。

 余裕が出ると、それまで見えていなかったものが見えてきた。

 生き物の気配が分かる。

 ネズミが走る音と、他の生き物が動く音の違い。

 足跡の新しさ。

 前まで見逃していた情報が、自然と頭に入ってくるようになった。


 体力が戻ったからなのか、それとも俺がこの洞窟に適応したのかは分からない。多分どっちもかもしれないが、何にせよ助かっている。我ながらよくやっていた。


 そうした生存ルーティンを続けて今日、俺は痕跡を見つけた。


「クソが」


 滅多に出さない悪態が漏れる。

 ずっと一人のせいで口調がおかしい。

 いやそんなことはどうでもいい。実際悪態も吐きたくなる。


 ……痕跡だ。ゴブリンの痕跡。


 俺がせっせと置いた紙の切れ端に、小便が引っ掛けられている。

 拠点に他のゴブリンがやってきたことはまだ一度もない。

 だがこれまで無かっただけで絶対無いとは言い切れなかった。

 それが今日、起こっただけだ。


「ここは俺の縄張りだぞ」


 ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 思考が物騒になるのを止められない。

 ここは俺が見つけた。いや奪った。

 だが俺が整えた。

 俺が生き延びる為に確保した場所だ。

 それを奪おうというのなら、守るしかない。

 倒すしかない。


 ……殺そう。


 そう結論が出た瞬間、不思議なくらい迷いは消えた。




 俺は小便が温かいことを確かめ、ゴブリンがまだこの付近にいることを確認した。最早ゴブリンの小便に直で触るくらいはなんてことない。汚さとかどうでもいい。


 俺の縄張りに宣戦布告をしてくるような奴だ。絶対俺の拠点を狙っている。放置しておけばいつ寝首を掻かれるか分からない。今日中にさっさと解決させる気で俺は動いた。


 ……俺を殺そうとする奴なんて、先に殺しておかないと安心できないだろう。


 足跡をメインに痕跡を辿ると、案の定ゴブリンはすぐに見つかった。奴は俺が置いたノートの切れ端を、踏み潰すようにして遊んでいる。


 人工物が珍しいのか、それとも敵である人間のものだと認識しているのか。どっちでもいいが、その行為は俺の怒りを増幅させるだけだ。


 ……落ち着け。一匹か?


 俺が見たゴブリンはすべて一匹で行動している。だが、人型だし、群れで行動していてもおかしくはないだろう。警戒するに越したことはなかった。


 ……大丈夫、一匹だ。少なくとも周囲に仲間はいない。


 ゴブリンが握っている武器は木のこん棒だった。

 こっちは石斧だ。すっかり手に馴染んでいる。


 不思議だった。少し前までの俺なら、この時点でもう逃げ帰っている。ゴブリンを見ただけで怖くなって、とても戦うなんて発想は頭になかった。


 だが今は、こいつを殺したくて仕方がない。

 人型の生き物を殺す恐怖も、全て怒りで上書きされている。

 今すぐにでも頭をかち割ってやりたいが、落ち着け。


 俺はポケットに入れていた宝石のような石を掴むと、ゴブリンの奥に向かって思い切り投げた。石は壁に当たって跳ね返り、コツコツと音を立てて地面を転がる。


「……ギャ?」


 ゴブリンは紙を踏ん付ける遊びを止め、振り返る。

 その視線が石ころへと向いた瞬間、俺は駆け出した。


 ……死ね!


「――グギ!?」


 石斧がゴブリンの後頭部に食い込んだ。

 鈍い音を立てて、ゴブリンが前のめりに倒れる。

 浅い。


「ギィ、ギアッ!」


 俺はのたうち回るゴブリンの胸を、右足で勢いよく踏み付ける。

 暴れるゴブリンを抑え付けながら、今度は両手で石斧を握った。

 そして頭に向かって、全力で石斧を振り下ろす。


「――っ! っ!」

「グ、グガ……っ」


 ゴブリンの抵抗が消えても、俺は石斧を止めない。

 動かなくなった後もしばらく石斧を振り下ろしていた。

 ピクリとも動かなくなったことを確認して、俺は軽く息を吐く。


 ……殺した。いや、殺せた。


 自分の意思で、俺はゴブリンを殺せたんだ。

 手も足も震えている。嫌な感触は相変わらずある。

 だが、恐怖はない。

 俺は死体となったゴブリンを見て、何の感情も浮かばない自分に気付いた。


 俺の拠点を狙っていたから殺した。

 ただそれだけの結果がここにある。

 生きていける。間違いない。

 俺はここで、ゴブリンを殺してでも生きていける。


 俺は石斧を強く握り締め、そう確信した。




 俺の主観で三日後、またゴブリンが俺の縄張りに侵入した。

 当たり前のように不意打ちで殺し、事なきを得た。

 その次は五日後。

 さらにその次は二日後。

 最初は偶然だと思っていたが、どうやら違うらしい。

 ゴブリンは定期的にこの辺りをうろついている。

 いい加減業を煮やした俺は、自分からも動くようになった。


 痕跡を見つければ追った。

 寝床を見つければ襲った。

 水場を見つければ張り込んだ。

 最初の頃のような恐怖はもう無かった。

 ゴブリンを見つける。殺す。荷物を漁る。

 使えそうなものだけ持ち帰る。


 そんな生活を繰り返している内に、黒い石だけが増えていく。気付けば拠点の隅には、両手で抱えられるほどの石が積み上がっていた。


 何匹殺したのかは覚えていない。途中から数えるのを止めた。

 ただ、生きる為に殺していた。

 そうしてゴブリンを殺し続けていた時だったか。

 ふと、頭の中に声が響いた。

 

 

『レベルアップをお知らせします』



 ……は?


 なんだ今のは。

 俺は急いで壁に背中をくっつけ、周囲に注意を払った。

 何も音はしない。いつも通りの静けさがある。

 なら殺したばかりのゴブリンかと思ったが、それも違う。

 どういうことだと考える前に、声の響き方がおかしかったことに気付いた。

 まるで、頭に直接聞こえてくるような。


 ……レベルアップ? 確かそう言ったよな。


 理解に苦しむ。

 俺はオタクだから、レベルアップという言葉は知っている。

 ゲーム用語で強くなるという意味だ。

 つまり、ここはやっぱりゲームなのか?


「……」


 俺は至って冷静だ。全くどこもおかしくない。


 遭難したばかりの頃と違って、幻聴だと片付けられない程には頭もクリアになっている。間違いなく、現実で聞いた言葉だと断言できた。


 その状況で、レベルアップという謎の声を聞いた。

 俺は手に握っている石斧を改めて意識する。

 軽い。手に馴染んだという言葉では説明できない軽さだ。


 ……一旦帰ろう。


 異常事態が起こったら、一度拠点に戻る。

 これができたから、俺は今まで生きて来られたと言ってもいい。

 




 拠点に戻り、水を一杯飲むと少しだけ落ち着いた。

 改めて頭に響いた言葉を考える。


 ……レベルアップか。確かにそれに近い感じはする。


 石斧が棒切れのように軽く感じるし、帰り道は普通に歩いたつもりでも結構速かった。

 目は暗視かと思えるほどよく見えて、耳は敏感になったという言葉では説明が付かないほど遠くまで聞こえる。今回はかなり遠くまで足を伸ばしたのに、全く疲れなかったのも大きい。

 

 これはまさしく、レベルアップだ。

 それも、ちょっと強くなるとかいうレベルではない。

 感覚では全体的に二倍、は言い過ぎにしても、それに近かった。


 ……ゴブリンを倒したからか?


 まぁそれしか考えられないだろう。

 ゴブリンを倒すと経験値的なものを獲得して、何やかんやで俺のレベルが上がったと考えるのが自然だ。レベルが上がるのが自然なのかはともかく。


 そうすると、ここがゲームの中という説が急に現実味を帯びてくるが、正直それはあまり考えたくない。俺は生きているし、ゴブリンも生きていたのだから。


 いきなりここがゲームの中だと言われても、受け入れがたい。


「そうだ、ステータス……うわ!?」


 遭難した一番最初に出た謎の言葉を口にすると、俺の目の前に大量の文字や数字が現れた。


「なんだ、これ……」


 目の前、というより網膜に焼き付いているように見える。右を向いても左を向いても、常に視界に映り続けていた。目を閉じたら流石に消える。

 

 ……幻覚じゃなかったのか。


 俺は驚きつつも、ステータス画面を食い入るように見つめる。

 そこにはこう書かれていた。


【名前】 三橋暁一

【レベル】 2

【ジョブ】 無し

【種族】 人間

【称号】 無し

【MP】 7

【力】 16

【敏捷】 12

【器用】 10

【精神】 7

【魔力】 0

【スキル】

【魔法】 


 ……すごいゲームっぽいなぁ。


 いや、HPがないか。まぁ首を切られたり心臓を潰されたら即死だろうから、そりゃそうだけど。逆に怪我も無いのにHPがゼロになった途端死んだら笑える。いやそれが自分だったら笑えないけど。


 というか、ステータスという言葉だけで現れるのか。

 確かに普通は言わない言葉だが、一度見てるんだから一回くらいは口に出してもおかしくない。幻覚で片付けてしまった過去の自分を殴りたい気分だ。


 いや、レベルが上がったから言葉に反応したのかもしれない。

 そう思おう。その方が精神衛生上楽だ。

 むしろ、こんなステータス最初に見ないで済んで良かった。


 ……俺、雑魚じゃん。


 元はどれだけだったのか、正直考えたくもない。

 なに、このステータス。平均どれくらいなのかは知らないが、どう見ても強そうには見えない。こんなの最初に見たらきっと心を折られていた。


 あと、なんか力のステータスが特別伸びてるのが気になる。

 俺、そんな脳筋みたいな戦い方した?

 石斧か? 石斧使ってるからか?

 蛮族だとでも思われたのか?

 地味にショックだ。


 ……まぁいい。気にしても仕方ない。


 他にも種族とかジョブとか知りたいことは沢山あるが、教えてくれる人がいない以上答えは出ない。考えても仕方ないことは考えるだけ無駄だ。


 今わかることは、俺は強くなったということ。

 これで更に生き延びやすくなったと思えば、悪くない。


 ……少し動くか。

 

 いざという時に、思った通り動けなかったら困るからな。




 実際に体を動かして、俺は本当に強くなっていることが分かった。その中でも特に力の伸びが異常で、これだけちょっとおかしい。握力だけで小石にヒビが入ったりする。


 それ以外は前が高校生だとすれば、今はアスリートレベルといった所だろうか。百メートル何秒と測れるわけではないので大体になるが、まぁそれほど外れてはいないだろう。


 他にも聴力や視力が異常に敏感になっている。前と感覚が違いすぎて最初は戸惑うが、便利になったのは間違いない。これは慣れていくしかないだろう。


 ……本当は、MPの使い道が分かれば良かったんだけどな。


 魔力0でMPがある意味を知りたかったが、結局不明だ。

 魔法、ちょっと使いたかったが、仕方ない。


 ともあれ、これはいけるかもしれない。

 俺は今まで生存を第一に行動してきた。

 もちろんその方針を変えるつもりはない。

 だがここまで動けるようになったのなら、本格的に、本腰を入れて探してもいいと思えてくる。


 出口だ。

 ここからの脱出。

 それが俺にとっての最終目標なのだから。


「……」


 正直怖い気持ちはあるし、何より名残惜しい。

 今やこの拠点には、他ゴブリンから鹵獲した大量の謎肉や物資がある。無限に近い水源もあるし、緊急時の芋虫も豊富だ。何より俺が生き延びた場所で、愛着がある。


 出口を探すなら、ここを捨てなければならないだろう。

 きっとこの洞窟は、俺の想像以上に広いのだから。


 ……いや、また奪えばいいか。


 そう思ってしまえば、あとは簡単だった。

 俺はカバンに入るだけの食料を詰め込み、さっさと拠点を出ていった。

 

 


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