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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
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第34話 三層再訪


 三層から帰ってきてから、およそ数週間が経過した。

 その間も俺は通常通り学校に通っている。


 朝起きて学校に行き、授業を受けて、たまに放課後に友達と遊ぶようになった。家に帰れば母さんに勉強しろと言われ、唯愛には相変わらず朱音たちをいつ連れてくるのかとせっつかれている。


 特に珍しいことは何もない。実に平和だ。


 ……世間では、ダンジョンフィーバーが少しは落ち着いた。


 というより、三層突破の発表直後という熱が沈静化したような気がする。新たな話題が出ればまたすぐに再燃しそうな雰囲気を感じた。沸騰寸前のお湯みたいなものだろうか。


 とはいえ、生半可な話題ではもう燃料にはならないらしい。

 一期生の上澄みがレベル10へと到達し、俺も知らない新たなスキルを獲得していた。一時期ネットニュースのトップになっていたが、それも数日で流れていった。


 そもそもスキル自体は海外でいくつも確認されていて、今となってはそれほど珍しい話でもない。公表はしていないが、自衛隊だって絶対何らかのスキルを習得してるだろうし。


 ただスキルは自分で命名する必要がある以上、SNSではその辺でずっと弄られていた。可哀想に。


 スキルの習得は世間が沸き立つほどではなかった。

 では何なら沸き立つのかといえば、それは恐らくアイテムの存在だろう。特にハコブネは間違いなく燃料に足る。そういったアイテムがあること自体、俺が知る限りまだ誰も話してはいないのだから。


 いつ頃発表するつもりなのか、俺は知らないし、興味もない。

 俺はただそういったのを持って帰ってくればいい。気楽な立場というやつだ。

 世間への公表も研究も、頭の良い人が考えればいい。


 ……研究といえば、ステータスについて新しいことが判明した。


 数週間前、俺との面談を終えたあと、真壁さんと石田さんはさっそく各ステータスに特化した人を集めて色々検証したらしい。まだすべてを把握しきれたわけではないが、取り急ぎ分かったことを教えてくれた。


 【器用】は、単純に手先が器用になるだけのステータスではなかった。どうやら身体を思い通りに動かす精度そのものに影響しているらしい。


 検証には射撃や投擲、モーションキャプチャーを使った反復動作なんかが使われたそうだ。中でも分かりやすかったのが、指定された力だけを出す試験だった。


 たとえば握力三十キロを狙って出すよう指示すると、【器用】が高い人ほど三十キロに近い数値を安定して出せる。目標に向かって物を投げても誤差が小さく、同じ動作を何度繰り返しても身体の軌道がほとんどブレない。


 逆に、単純な反応速度には大きな差がなかった。そちらは【敏捷】の影響が強いらしい。


 要するに、【敏捷】が身体を速く動かすためのものなら、【器用】は身体を正確に動かすためのもの、ということだった。 


 また、【器用】の高い人ほど未経験の動作を短時間で再現できる傾向も確認されている。ただし、これが純粋に【器用】の効果なのか、単に身体を正確に動かせる結果として習得が早く見えるだけなのかは、まだ分かっていないそうだ。


 へー、という感じだったが、ひとこと言わせてほしい。

 力は?

 まぁ、いい。まだ検証中なのだろう。

 単純に力が強くなるだけとか、そんな適当ではないと思いたい。


 ……自衛隊はまだ三層には潜っていない。そう聞いている。


 まだ圧倒的に情報が不足している以上それは仕方ない。真壁さんからも遠回しに要求されている気がするし、俺としても三層を見て回れたとは思っていない。どうせ二層並みに広いのだろう。


 最大の懸念だった朱音の怪我も、数日前に完治している。

 そういうわけで、俺たちは久しぶりに揃ってダンジョンに潜ることになった。




 

 巨人の振り下ろした棍棒が、地面を大きく陥没させた。


 少し離れた場所にいた俺の足元まで揺れる。土煙の向こうから棍棒が持ち上がり、その下には人一人くらいなら余裕で収まりそうな穴ができていた。


 相変わらず力だけなら異常に強い。俺でも勝てない。

 ただ、こいつは本当に力だけしか取り柄がない。


「朱音!」

「分かってますよ」


 怪我が完治したことで、朱音本来の軽快な動きが戻っている。

 朱音は巨人の身体を跳ねるように器用に駆けると、一瞬で奴の頭まで上った。


 そして空中で弓を構え、巨人の後頭部を矢で射抜く。


「グォオオッ!?」


 朱音が自分で作った弓の威力は凄まじく、スキルも使っていないのに衝撃で巨人の身体が大きく揺らいだ。しかし貫通するには至っておらず、恐らく頭蓋骨に止められている。


 ……スキル使ってれば今ので終わったろ。


 いや、空中という足場もない場所では使えないのかもしれない。

 朱音も憎たらしそうに巨人を見ているが、今はあとだ。


 朱音の回収を雪村さんに任せ、俺は大骨をもって駆けた。

 そしてふらつく巨人の脛に、勢いも合わせて全力で振るう。


「ォッ!?」


 凄まじい手応え。しかし反動で腕が持っていかれそうになる。

 いつもならここで流れに合わせて体を引くのだが、今回はあえて更に腕を押し込んだ。


 同時に――『硬化』。


 魔狼との戦闘で覚えたスキルを、上半身に集中させる。

 自分の体なのにまるで別の物質に置き換わったような感覚。

 その得体のしれない感覚と共に、それまで押し返されていた腕がぴたりと止まった。


 ……いける。


「ぉおおおおおおッ!」

「ガァアアアアアアッ!?」


 ……ようやく、力に体が追い付いたような気がした。

俺が振るった大骨は巨人の脛を粉々に砕いた。脚が見るからに不自然な方向へ折れ曲がり、とりわけ大きな骨片が内側から皮膚を突き破る。


 巨人が前のめりに倒れる中、俺は手元の大骨を眺めた。


 ……ちょっと欠けちゃったよ。


 大骨も元は巨人の骨だろうし、こうなるのも無理はない。

 ただ、こうも簡単に欠けてしまうと、なんとも言えない気持ちになってくる。別に大骨に愛着があるわけではない。悲しいというより、正直頼りない。


 だが、それもあとで考えるべきことだ。まだ戦闘は続いている。

 巨人が盛大な土煙を上げながら顔面から倒れた。

 俺は巨人の頭に回り込み――呆気に取られる。


「終わりました」


 雪村さんが、いつの間にか巨人に止めを刺していたからだ。


 ……道理でやけに素直に倒れたと思ったよ。


 俺が間抜けになるから、いつ倒したかは聞かないでおこう。


「これで巨人も五体目ですか」


 巨人の死体を眺めながら、朱音が軽く嘆息した。


「というより、三層に降りてからまだ巨人としか会ってませんね。樹海は樹海ですけど、まるで生態系が違います。ワーウルフはどこいったんですか」

「俺が知るかよ。それだけ三層が広いってことだろ」

「まぁそうですけど。正直疲れてきましたね」


 朱音が愚痴を言うのも分からなくもない。俺も疲れた。

 その場に座り込みたくなるが、みっともないから止めておく。


「……場所が違うだけならなんてことないけど、出てくるモンスターも違うとなるとかなり厄介だな。特に巨人なんて二層から降りたばかりだと相当きついぞ」

「自衛隊や一期生の心配ですか? 一体くらいなら何とかなるでしょう。そこは私たちが気にしても仕方ありませんよ」


 意外とドライな朱音が、そう言ってリュックを担ぎ直した。

 まだ何も入っていないデカリュックからは、当然何の音もしない。


「しかし、三層が広いのは分かってましたけど、こうも知らない場所に降りるとは。運が良ければ魔狼の住処からオタカラを回収しようと思ってたんですけど」

「そりゃ高望みしすぎだろ」

「分かってますよ。言ってみただけです」


 朱音が子供のように膨れた。よほど残念だったらしい。


 そうしている間にも、雪村さんが巨人の魔石を回収してくれたらしい。死体がいつの間にか溶けるように消えている。巨人の魔石はその図体に見合わない手の平サイズだった。


 朱音が雪村さんから魔石を受け取り、背中のリュックに放り込む。

 正確には、リュックに入れているハコブネに放り込んでいた。


「……それ、真壁さんに渡さなくて済んだんだな」

「え? ああ、ハコブネですか。ふふん、やってやりましたよ」


 朱音が満面の笑みを浮かべ、経緯を自慢げに語ってくれた。


 なんでも他のアイテムを半分以上売る代わりに、ハコブネの優先権を勝ち取ってきたらしい。俺たちがダンジョンに潜る時は便利だからそのまま使い、そうじゃない時は施設に預けて色々調べることになったそうだ。


「でも、あの長官も中々やり手ですね。こういった交渉は専門外のはずなのに、預け先は政府とうちで七三になりましたよ。あ、もちろんうちが七ですよ?」

「いや、聞いてないよ」

「ハコブネ以外のオタカラは魔狼の住処からいくらでも回収できます。これは実質私の勝ちと言ってもいいでしょう。そうだよね、綾?」

「はい。お嬢様の勝利かと」


 ……もう勝手にしてくれ。俺は便利ならなんでもいい。


 しかし、さっきの戦闘は得るものと失ったものが両方あったな。


 得るものとは、スキル――『硬化』の新たな使い道だ。

 これは一見防御寄りのスキルに思えるが、実は攻撃にも使えることが分かった。さっきは上半身だけを硬化させたが、やろうと思えば指先だけでも、逆に全身を一気に硬化させることもできそうだった。


 だが、惜しむらくはMP消費が激しいことだろうか。

 具体的には、リジェネと同じように一定時間ごとに一ずつ減る。

 

 ……そういえば、雪村さんの影移動もこれと同じ仕様だったな。


 俺も何度か検証に付き合ったから、ある程度の仕様は知っている。


 例えば、影移動に入れるのは雪村さん含めて二人まで。

 そして潜っている影に攻撃されたら弾かれるように出てしまう。

 そういったのと同じように、この硬化も検証するべきだろう。


 失ったものは……まぁ、大骨欠けたよね。

 

 そんなことを考えている間に、朱音はもう別のことに意識を向けていた。

 地面に転がる矢を回収し、じっとそれを眺めている。


「やっぱり、即席武器は使い勝手が悪いですね。専用の矢を作る手間もあるし、細かいところで取り回しに失敗するし。何か考える必要がありそう……」


 朱音は独り言のように軽く唸ったあと、俺の大骨を見た。


「先輩はどうですか、その骨。使えます?」

「見ての通りだよ。さっき欠けた」

「あぁ……先輩のは素材そのものですからね」


 遠回しに武器ですらないと言われた気がする。

 まったくその通りだけど、一応これで魔狼と渡り合ったんだが?


「綾は? そのナイフどう?」

「私は不満なんてありません。一生これを使い続けます」

「いや一生は……別にいいけど」


 雪村さんがナイフの血を丁寧に拭い、懐にしまった。

 朱音が初めて作ったナイフだからか、扱いが妙に丁寧だ。自分で作ったものを大事に扱われて、珍しく朱音が恥ずかしそうにしている。


 ただ、一生は無理だろ。仲間としては更新してほしい。


「……まぁ、武器についてはあとで考えますか」

「そうだな。とりあえず、さっさと出口を見つけよう。それが終わったらレベル上げとアイテム探しだ」


 二人が頷いたのを確認して、俺たちは移動を開始した。


 それからも樹海の探索を続けたが、やはり以前来た場所とは結構違った。心なしか木々の種類さえ違うように思える。今回はどちらかという枯れ木が多かった。


 モンスターも相変わらず巨人ばかりだ。


 途中、一度だけ遠くから二体が連れ立って歩いている姿を見つけた。あいつらにも群れる習性があるのかと警戒したが、しばらく観察しても特に会話らしきものはしていない。


 何をしているのか気になってあとを追っかけてみたら、途中で言葉もなくそれぞれ別れてしまった。どうやら本当に、ただ適当に歩いていたら同族と鉢合わせただけのように思える。


 ……時間を無駄にさせやがって。


 腹いせにレベル上げも兼ねて一体ずつ倒していった。経験値の糧にでもなってもらわないと気が収まらない。


 そうやって少しずつ地図を埋めていったものの、予定していた帰還時間を過ぎても出口が見つからなかった。そのことに焦りを覚えた俺は、思い切って木に登り、周囲を確かめてみることにした。


 樹冠から顔を出せばすぐに鉄鳥が襲ってくる。

 前は全身を切り刻まれて無残にも逃げ帰ったが、今回はそうはならない。『硬化』のスキルで鉄鳥の猛攻を耐えしのぎ、俺は出口を見つけることに成功した。


 ……最初からこれやればよかったよ。


 三層はやはり広い。俺が知っている景色は見られなかったが、遺跡らしきものを見つけることはできた。次来た時のためにマッピングだけはしておこう。


 ……今回は、朱音には黙っておくか。


 遺跡を見つけたと知ったら、今から行くと言い出しかねない。





 ダンジョンから帰還して戦利品を幾つか預けたあとは、久しぶりに拠点で打ち上げを行うことにした。


 一カ月以上放置したせいか少し埃っぽい。まずは全員で軽く掃除をしてから食事をつまむ。適当に反省会を兼ねながら地図に情報を書き込んでいると、朱音が唐突に三層の素材をテーブルに広げだした。


 ……拠点も少し手狭になってきたな。


 元々それほど広くはなかった貸しテナントに、今では雑多なものが非常に増えている。この上ダンジョン素材まで持ち込むようになれば、もう物理的に面積が足りなくなるかもしれない。


 その辺朱音はどう考えているのだろうか。

 何となく怖いから、聞かないでおこう。 


「……何してんだ?」

「この中から弓の改良に使えそうなものはないかなぁ、と」


 真剣な顔で眺める素材の中には、どこかで見たようなガラクタも混じっていた。遺跡ではないが、探索中にそこら辺から朱音が拾ってきたものだ。


 俺も興味が湧いてきて、手近にあった金属っぽいものを触る。


「お、これ硬くない? 俺が握っても壊れないぞ」

「なんですその悲しいモンスターみたいなセリフ」


 朱音が苦笑して、俺の手元を眺めた。


「でも先輩が壊せないならかなり良い素材ですね。そこまで硬いと私では加工できないので残念ですが、しかるべきところに預ければ役立つかもしれません」


 そう言って、朱音が金属っぽいものをハコブネに放り込む。

 モンスターの素材は見飽きているから、俺たちはガラクタを中心に色々調べていった。


 見た目と耐久に反して異様に軽い金属板。

 雪村さんのナイフでもなかなか切れない、ぼろぼろの布。

 俺が力を込めても傷一つつかない透明な板。


 途中からちょっと怖くなってきたが、さすがに興味の方が勝る。

 オーバーテクノロジーとは少し違うが、どれも一癖ある代物ばかりだった。


「……もうガラクタとは呼べないな」

「私も想像以上で驚きました。やっぱりうちに持って帰って調べてもらった方がよさそうですね」


 朱音がそう言いながらも、並べた素材をもう一度見回す。


「でも、自分で触ってみて正解でした。何となくですけど、見えてきた気がします」

「それって武器の改良か?」

「ふふん。まぁ楽しみにしていてください」


 ……なんだそれ。もったいぶるな。


 とはいえ、ここで出来ることはもうたかが知れている。

 朱音がそう言う以上、俺は楽しみに待っていればいい。


 そのあとは軽い雑談をして解散し、家路についた。

 久しぶりの探索で得たものはそれなりにある。『硬化』の新しい使い道やさっき調べたガラクタ……いや遺物なんかがそうだろう。朱音と雪村さんのレベルも一つ上がった。


 ただ、それ以上にまた新しい未知が増えてしまった。俺たちが攻略した三層はほんの一部に過ぎず、全体から見ればどれほどのものなのかすら分からない。改めて見た三層はそう思うほどに広く、様々な顔を覗かせてくれた。


 ……攻略しがいがある。


 正直、かなり楽しみだ。


「……」


 住宅街には珍しい、ホームレスの人が電柱に寄りかかっていた。


 いや、白衣で、しかも女性だからホームレスではないのかもしれない。ただ、ぱっと見でそう思ってしまうほどにはボロボロだった。


 特にそれ以上の感想もなく、俺は女性の前を通り過ぎようとした。

 その瞬間、弾けるように女性が顔を上げる。

 そしてふらふらとした足取りで俺の肩を掴み、言った。


「君なんだろ、三層を攻略したのはっ!」

「――――」



 ……目が血走っていて、めちゃくちゃ怖い。

 



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